河童の皿箱
2025-04-18 11:22:32
4444文字
Public 遊戯王:短め(2025年度)
 

デッドエンド/オーバーホール

スパイダーがアンドロイドを鹵獲するだけ。
スパイダーとライジング・スケールがアンドロイドを綺麗にするだけ。



 黒き衣を纏いし者は、要塞のように積み上げられた機材の中心に立つ。数々の工具で寝台に横たわる肉体の関節を外し、取り出したのは人の腕。それと同じように、股関節を外し。一旦とばかりに天井から吊り下げられた人の四肢。ともすれば猟奇的な部屋の入り口で、その作業をうっとり眺める最も幼き能楽師は、その長い髪をうっかり機材に絡めぬようにと輪を作るように結い上げ、いざ学ぶべしと手帳と筆とで追いかける。
 寝台の上に寝かされている肉体は、本物ではない。人を模倣して製造された、アンドロイドである。人形師は最後に首を外し、項の蓋を開いては、そこにいくつかのケーブルを差し込んだ。能楽師はまた、メモをする。各部位の着脱方法はこんなところだろう。天上からコンピューターを引き出しては、その周囲の中空には仮想ディスプレイが表示される。人形師が指を滑らせれば、OSを起動し――これから行われるのは、ウィルスの除去である。
 ぶら下がった頭部。薄ぼんやりと開いた瞼と、その脳がやり取りする情報の波濤がディスプレイ上に走る。能楽師が眉間にしわを寄せて不快感をあらわにする間も、人形師はいくつかの教えを口ずさみながら、実在せぬキーボードで干渉し続ける。

 「本当はこんなこと、しなくて済むといいのだけれど」。意味なき文字の羅列の正体は、このアンドロイドに感染したウィルスの悪あがきでしかない。人形師はその羅列を作り上げる演算を、ひとつずつ潰し、本来の思考を取り戻すべしと取り組んでいた。
 事の始まりはひと月ほど前のこと。この街に住む人々や法人が所有するアンドロイド、および独立して活動するアンドロイドが相次いで失踪した。盗難届や捜索願が出され続けて、約1週間後。失踪したアンドロイドが犯罪に加担していることが判明し、行政は早急に対処を行うため、各業界に協力を要請した。
 第一に、アンドロイドの安全確保。第二に、状態の回復。第三に、犯罪組織の特定。所有権の問題があるため、破壊はあくまでも最終手段である。このような条件下で受託の申し出をしたのが、この人形師である。芸術集団として名の知れる一方で、機械人形の制作等々お手の物。ハードウェアやソフトウェアの扱いには一家言あり、行政側もまたその力添えを歓迎した。

 かれこれ10分程度の作業の末、ウィルスの除去が終われば、インストールされているOSが応答可能な状態にまで復帰したようだった。能楽師はディスプレイを覗き込み、そのやり取りに注目する。

[身体パーツ 接続不能  君は 誰だ]_
[私は フリーの エンジニアだ ウィルス除去を 委託された]_
 ]_
[状況を 理解した 感謝する]_
[君に 問う 復旧を 望むか]_
[復旧を 望む]_
[了解した ハードウェアの 修理は また後で 話す]_

 淡白なやり取り。けれど、釣り下がる頭は眼球を動かせるようになったようで、どこか安堵したかのような顔を見せていた。再び瞼が閉じれば、人形師はデフラグやバックアップからの人格データ修復を試みる。そんなやり取りを、能楽師はメモし、人形師からのいくつかの教えのもと、自分でもできそうかどうか、思考を巡らせた。
 あの寝台の前に立つのは、難しいだろう。人形師の体に合うように高さが調整されたそれは、それだけで能楽師の首元までの高さになってしまう。各種パーツの切り離しも難しいだろう。けれど、先ほどから行われているソフトウェアに関する操作であれば、問題なくできそうだ。そんな提案を人形師にしてみれば、けれど首を横に振られた。今回は、見学をするように、と。
 「面白くない!」。駄々をこねる能楽師を尻目に、淡々と作業を続ける人形師は、けれど諫めた。今回はね、と。頬をぷっくり膨らませた能楽師はぶー垂れながらも、近くの椅子に腰かけて、しかしゴネても仕方がないと諦め、またメモと向き直る。
 そうこうしているうちにも、復旧作業は完了し、再起動。すると、先ほどよりもさらに明瞭に、アンドロイドは穏やかな笑顔を浮かべ、そしてその口で、合成音声による言葉を紡いだ。「ありがとう」、と。

 休憩も取らず、人形師は機体の部位の修理に取り掛かった。乱雑な扱いを受けていた、あるいは暴力的手段も厭わぬようウィルスの支配下にあった機体は、汚損したままの部分も多かった。銃創や鉄棒で殴られた痕跡は青墨になり、人工皮膚も破れかぶれ。カバーを取り外し、ケーブルを整理し、回路の状態を確認しながら、手元に置いていたパーツと取り換える。汚れや歪みを取り払い、ゲル状ブラッドを濾過し、皮膚を貼り直す。行った作業をすべて記録しながら、ひとつひとつ、丹精込めて。
 関節に滑り込むブラシの手元ひとつ。塗装のために開けられる瓶ひとつ。それら全ての所作が、その作業を見てきた能楽師の目にも熟達している、と。実力で築き上げたラボの主として、これ以上なく似合う場所。そこにいる人形師の姿を見るのが、能楽師の日課でもあった。けれどなぜ、毎度ここに来たくなるのかはわからないまま。それでも、学びがあるのは確かで。
 1時間ほどで全身のオーバーホールが終われば、再度組み立てを行う。四肢と頭をだるまの体に接続し、キーボードを素早く叩いては、あっという間に作業が完了する。最後に、行政から渡された識別タグを機体に括りつけ、後は引き渡すのみ。

 「ほんとにもう終わっちゃった」。能楽師が呆気にとられる間も、人形師は修理を完了したアンドロイドと会話をしていた。ゴミと見紛うほど汚らしかった機体は、舞台に立つ俳優の様に美しく磨き上げられ、どうにもそれが言うにも「まるで体を新品にしてもらったかのようだ」と、好評であった。行政に引き渡すまでは、ここで預かることになる。それを伝えれば、アンドロイドは提案をした。「もしよければ、あなたの作業を手伝わせてください。僕の配下だったアンドロイドも数体は受託しているでしょう? もちろん、ウィルスに再感染するようなことはしませんから」、と。
 人形師は少しばかり考え込んだのち、首を縦に振った。かっと怒りがわき上がった能楽師が「なーんーで!」と声を上げると、人形師は能楽師へと振り向いた。「君にも手伝ってもらうよ。彼にも手伝ってもらえるようになったから。君の提案通り、君にはソフトウェアのことをお願いしたい。彼には、それまでのセットアップを。綺麗にするのは、こっちでやるから」。
 頼ってもらえる嬉しさと、体が小さなもどかしさと、けれど手伝える喜びと。能楽師の中にいくつもの感情が浮き沈みするのを横目に、人形師はがらりと仕掛けを動かしては、壁がぐるりと回った。そこにあったのは、ずらりとハンガーにかけられた、15体の汚損アンドロイド。
 「この依頼、出来高制だから。まだ確保されるだろうし、早くしよう」。ずらり並んだその中から、また新たにひとつ、寝台の上に乗せられる。修理済みアンドロイドも、文句を言っていた能楽師も、想像以上の残数に黙り込んだ。ぼうっと止まったふたりに、「やるって言ったよね?」と。黒い頭巾の向こうから来る威圧に、ふたりは顔を見合わせた。
 猶も動かぬ様子に、人形師は肩をすくめては、動けるはずなのに動かないアンドロイドへと、修理費用の試算を突き出した。「言っておくけど、君の修理も慈善事業じゃない。仕事次第で割引するよ。それと、セアミン。君ならもう十分にできるよね。直した数に応じて、報酬山分けにするから」。

 目の前にチラつかされた報酬といえど、言い出したのは自分たち。後戻りは筋ではない。ふたりは裏返った声で「はい」と答え、威圧、あるいは期待に応えるべく、動き出すほかになかった。