河童の皿箱
2025-04-18 11:22:32
4444文字
Public 遊戯王:短め(2025年度)
 

デッドエンド/オーバーホール

スパイダーがアンドロイドを鹵獲するだけ。
スパイダーとライジング・スケールがアンドロイドを綺麗にするだけ。

 どこだどこだ、追えよ追えよ。駆けずり回る路地裏の、なんと暗きことか。表の電光届かぬその道、ゆくゆくゆくは人と人。
 居たぞ、あっちだ! 冷えた壁に、怒号が反響する。囲い込めよと黒衣を追い、あらゆる出口を塞いで追い詰め。
 ようやく見つけた黒き背を、行き止まりに立ち止まった背を、賊どもは囲い込む。観念したのか、もう逃げる様子もない。にたりにたり、嫌らしい笑い声が、とうとう黒衣を手にかけた。
 刹那。黒き身体はふらりと崩れ、ぐにゃり曲がった上体だけが、ぐるり振り向き、頭巾の奥に秘められし、青く光る目が振り向いた。上体のみが振り向くその異形に悲鳴を上げた、ひとり、ふたり。頭巾の面紗がひらりと飛び去り、現れたるは、口裂け人形。逃げ出す足に絡みつくは、人形が吐き出した無数の白糸。絡め取られた体からピタリと動きを止め、そして首領もまた、不用意に糸に触れてしまった。
 ジリリ、とハッキングアラームが鳴り響くも時すでに遅し。仕込まれた頭脳を覆う防護壁は小さな穴から掘り返され、いとも容易く侵入を許す。中枢へと駆ける無数の命令が、賊どもの思考を埋め尽くした。

[止まれ。]
[抵抗をするな。]
[命令に従え。]

 反射的に振りほどこうとすれば、次に脳髄へ注ぎ込まれしは、脊髄ごと溶かし尽くすような快楽。母に頭を撫でられるような、あらゆる食を堪能したかのような、陽の光にあてられるような、柔らかな女の四肢を好き放題に蹂躙するような。

[ロックを解除せよ。]
[ログを開示せよ。]
[身分を証明せよ。]

 纏わりついて離れぬ快楽は、賊どもを捕らえて離さず、蕩ける体内に巡る神経接続を素早く切断した。己が内に滲み出始めた恐怖ですら、ほんのわずかな間でしか認識できない。快楽、恐怖、快楽、恐怖。最早何の制御もできない。人間であれば失禁していただろう弛緩した四肢は、行き止まりの吹き溜まりに項垂れ、そして見上げた。見上げてしまった。捕食者の、蜘蛛の目が、こちらを見下ろしている。

 黒き衣が舞い降りた。糸の主が送り続ける命令に従い、その奇怪な肉体に詰め込まれたありとあらゆる情報が、口からあふれ出る。青い目は、動かぬ人形をじいと眺め、その羅列に耳を傾け続けた。
 ひとつ。またひとつ。離れた子分どもが、いや、機体が、機能を停止されていく。それは眠り、いや、死に等しく。
 連結させた思考が、ひとつひとつ、消え去っていく。ようやく造り上げたクラスターが、潰れていく。快楽から意識を取り戻して、ようやく認識した。取り残されたのは、わが身がひとつのみ。
 捕食者が、近づいてくる。足音もなく、足跡も残さず。まさか、これが、これが。かの人形師の。今更になって、相手が悪すぎたことを悟る。けれど、もう。
 最後の命令を、この体は、いや、OSは実行し、そしてあらゆる意識を手放した。わずかに残ったログも、じきに消え去る。

[ありがとう。]
[綺麗にしてあげる。]
[だから、おやすみなさい。]

 あぁ、愚かであった。蜘蛛の巣に飛び込んでしまったとは。