饂飩粉
2025-04-16 12:52:19
10322文字
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木漏れ日の下で

 ハートキャッチプリキュア!の、月影ゆりと来海ももかのGL二次創作です。
 以前pixivに投稿したものをこちらに再掲しています。
 アニメ本編終了後の後日談的な位置付けなので、ちょいちょい本編終盤の言及が入ってますがガッツリネタバレというわけではないはず……。


 来海ももかと私は似ているところがあった。

 中には、むしろ正反対だという人もいるかもしれない。確かに性格は違うと言い切れるし、食べ物の好みだって異なる。ファッションのセンスは言うまでもなく、親しい人との接し方は文字通り正反対だろう。

 現役高校生モデルという肩書を持つ彼女に比べて、私――月影ゆりは勉強と運動が得意である(と周囲から言われている)以外には何もない……正確にはちょっとした肩書きを持っていたが、今はない。

 似ているとする根拠をを挙げるなら、互いを意識し始めた経緯だ。
 ももかがクラスメイト達から距離を置かれているのに対し、私は意図的に距離を置いていた。学年で常に成績トップを取っていると、周囲が勝手に私を浮かすのだ。

 ももかと同じクラスになったのは、中学二年生になった時だ。

 理由は違えど——結果的に集団から離れていたからこそ——私たち二人は、不意に背中同士でぶつかり合うようにして、互いの存在を意識し始めたのかもしれない。

 少なくとも、私はそうだった。体育の授業で二人一組になるときも、自然と私の相手はももかになった。

 意識し始めたからといって、いきなり言葉を交わすことはなかった。私は必要なこと以外は話さないし、当時はももかと仲良くなりたいとも思っていなかった。

 だから、きっかけとなった出来事にも深い意味はなかった。

 中学二年生にしてティーンズファッション誌の専属モデルを務めていたももかは、その人気もあってか仕事に追われ、学校を欠席しがちだった。
 そんな彼女の境遇を気遣ってか、授業中に先生がももかを指名したことは一度もない。

 そんな彼女が勉強で躓いていると気付いたのは、全くの偶然だった。

 私はその時の授業でたまたまわからない部分があった。だから、終了のチャイムが鳴ると同時に先生の元に駆け寄り、わからなかった部分を質問したのだ。
 そのとき、ふと視線を感じた。その先に、教科書とノートを手にこちらへ向かおうと前のめりになっている姿勢のももかの姿があった。しかし彼女は、そのまま遠慮がちに席に座り直してしまった。その一瞬——目が合ったその時、私は声をかけることができなかった。
 私は、故意ではないにせよ、彼女の機会を奪ってしまったのだ。家に帰ってから、そのことをすごく後悔したのを今も覚えている。

 次にももかが学校に来た時、私は彼女が欠席していた分のノートを用意しておいた。
 彼女が席に着くなり、私はももかに話しかけた。

「来海さん。これ、あなたが休んでた時の授業のノート」

「えっ……月影さん……?」

 ももかは明らかに戸惑っていた。

「いいから。わからないところがあったら、私が教えてあげる」

 私はさらにノートを持った手をさらに突き出した。当時はそれが、私の出せる精一杯の勇気だった。

 ノートと私の顔を交互に見ながら、やがてももかは恐る恐るノートを手に取った。

「ありがとう……でも、どうして?」

 ももかは申し訳なさそうに尋ねてきた。今思えば、彼女は、私の真意を測りかねていたのだろう。

 突然ももかにプレゼントを渡したり、サインをねだったり、写真を撮ってもらおうとしたりする生徒の姿は私も何度か目にしたことがあった。

 でも、その時の私はそんなこと全く考えておらず、心の底からこう思っていた。

「困っている人を見捨てたくないだけ」

…………
…………
…………ぷっ」

 しばらく口をぽかんと開けて硬直していたももかは、突然くすくすと笑い始めた。
 その時のことを、ももかは「そんな正義の味方みたいなこと言う人、初めて見たから」と折に触れて口にした。
…………?」

「ごめんなさい。でも本当にありがとう、月影さん」
 無邪気で、無防備で、だからこそ花のように美しい笑顔だった。

「どういたしまして。ゆり、でいいわ。来海さん」

 だからなのか、思わずそんなことを口走ってしまった。
 とにかく、彼女に名前を呼んでほしいと、強く思ったのだ。

「いいよ。じゃあ私のことも、ももかって呼んでよ。ゆり」

 ももかは悪戯っぽく微笑む。私も、それにつられて頬が緩んだ。

「ええ。ももか」

 それ以来、家族以外で彼女のことを下の名前で呼び捨てにするのは私だけだ。



 砂漠の使徒達との戦いが終わり、文字通り世界に平和が訪れてから最初の春がやって来た。

 私はプリキュア――キュアムーンライトとして砂漠の使徒と戦い、実際に世界を危機から救った内の一人だ。その事実を知る者は、当事者以外にはごく僅かだしかいない。それに、今の私にはプリキュアに変身する力もない。
 だから、そんな肩書は、もうない。

 ある意味、普通の高校生としての生活が帰ってきたと言ってもいい。

 それも、あともう一年も残っていない。


 四時間目の授業が終わり、昼休みになった。

 私は持参した弁当箱を持ち、騒がしくなる教室を後にする。真っ直ぐに校舎の外周にあるベンチに向かった。
 そこは校舎を背にして400メートルトラックのあるグラウンドを一望できるし、隣には桜の木が植えてある。
 今の季節は、枝いっぱいに生い茂った葉桜が天然のステンドグラスになって、ベンチに木漏れ日を注いでいる。

 しかし、今日はその特等席に先客がいた。

「ゆり~」

 彼女は私に気づくと、大人びた容姿とは裏腹な、無邪気な子供のように手を振った。
 美しい潮騒さえ聞こえてきそうな、ウェーブのかかった淡い紫色のロングヘア。
 大きな瞳は可愛らしくも力強い目力を湛え、白く滑らかな肌は陶芸品のようだ。

 だがそれよりも目を惹くのは、その陶器のような肌に包まれた、すらりと伸びる両足だろう。私は元陸上部ということもあり、どうしても他人の脚に目が行ってしまう。ほどよく鍛えられ引き締まった太股は、細さだけを追求したそれよりずっと魅力的だ。

 来海ももか。

 家族以外で私のことを下の名前で呼び捨てにする、私の親友。

 私は突然の出会いに嬉しさ半分、驚き半分だった。

「ももか、今日もモデルの仕事じゃなかったの?」

 彼女が欠席するということは、本人とのメールのやり取りで聞かされていた。

「そうだったんだけど、無理言って午前中で切り上げてきちゃったんだ。スタジオが近かったから、午後からは授業受けるよ」

 ももかは小さく舌を出した。子供っぽい仕草は、特に彼女の妹のえりかがいる前では全く見せない。
「そんなことよりさ、お弁当食べよ?」

 ベンチの真ん中に座っていたももかはするすると横に移動し、私の分の席を空けてくれた。まるで私のことを待っていたかのように。

 既に彼女の膝の上には大きめのハンカチーフが広げられ、その上にプラスチック容器のお弁当が乗っていた。恐らく仕事場でもらってきたのだろう。コンビニで買えるとは思えないくらい豪華なおかずが乗っている。

 私も彼女の隣に腰掛けて、手に提げていた弁当箱の包みを膝の上で広げた。

「いただきます」

「いただきます」

 今日のお弁当の中身は、アスパラのベーコン巻、朝食の残りものである卵焼き、プチトマトと塩もみした短冊状のきゅうりだ。

「あ、そのアスパラベーコン美味しそう」

 蓋を開けた途端、ももかがあからさまに物欲しそうな眼差しを向けてくる。

「よかったら、一つ食べる?」

「うん!」

 ももかはただでさえ輝いている瞳を一層きらきらさせて、私が彼女のお弁当の隅っこにアスパラベーコンを置くのを見届けた。普段は大人びているようで、妹の来海えりかにそっくりな一面もあるところが可愛らしい。

「……んっ、おいひい! ほえゆりわふくっはの?」

 と、アスパラベーコンを咥えながら喋り出すももか。こんな姿、きっとクラスメイトの前では絶対に見せないだろう。モデルは体型維持が大変なんじゃないかとも思ったが、ももかがモデルになれたのは親の七光りだけではないことを私は知っている。
 彼女はスカウトされて、モデルの仕事を始めたのだ。

 ——とはいえ、それが口の中に物を入れたまま喋ってもいいという免罪符にはならない。

「一応私が作ったものだけど、それよりも行儀が悪いわよももか」

「ふぁ~い」

 私もアスパラベーコンを口に運ぶ。手前味噌だが、アスパラの瑞々しい食感とベーコンの塩気が絶妙だ。自分のお弁当の分だけでなく、今度はお母さんにも作ってあげよう。

「ももか、口の周りにご飯粒」

「ん? あ、本当だ!」
 舌を伸ばして頬についたご飯粒を取ろうとする彼女の様子に、思わず頬が緩んだ。

 ○

 お弁当を食べ終えたが、まだ昼休みは半分以上残っていた。

 私は空になった弁当箱を包み直して立ち上がる。

「ももか、折角だから欠席してた分のノート、今取ってくる」

 高等部のクラス替えは、二年生になったときだけだ。ももかとは今年も同じクラスで、彼女が欠席した分のノートは今も私が用意していた。

 だが、ももかは立ちあがろうとした私の制服の袖をつまんで離そうとしなかった。


「いいよ、それは後でも」

「でも、三日分も溜まってる」

 ももかのモデルとしての仕事は、デビュー当時から右肩上がりで増えている。既に学校に来る方が少なくなりつつあるくらいだ。私は出席日数が心配だったが、出席日数が足りなくなった科目はその都度追試を受けることで学校側とは同意が取れているらしい。

 ももかの出席日数が少なくなるほど、私が代わりに取るノートの量も増える。それは苦にならない。私にとっても授業の復習も兼ねているので、一石二鳥だ。

「ノートは五時間目が始まる直前でいいよ。お昼休みくらい、ゆっくりしたい」

 そう言うももかの顔は、どこか寂しげだった。
 そんな顔をされると、私も無碍にはできなくなってしまう。
 ももかには、ずっと笑顔でいてほしい。

「わかった。じゃあ残りの時間、何をするの?」

 やれやれと苦笑したつもりだが、内心引き留めてくれたことを嬉しく思っていた。今、ももかの孤独を癒せるのは、世界で私だけしかいない。

「さっき言ったじゃん。ゆっくりするの」

 ももかは、私の肩に頭を乗せるようにして寄りかかってきた。頬を、彼女の長い髪がくすぐる。華やかな香りが鼻孔を掠めた。
 香水? シャンプー? わからなかったが、とにかくそれはももかの匂いだった。


「ゆりの肩、あったかい」

「今日は、日差しが暖かいから」

「違うよ。ゆりがあったかいの」


 ももかの表情はうかがえない。私は迷った末に、制服の内ポケットに入れてあった文庫本を読み始めた。

 でも、内容がまるで頭に入って来ない。文字の一つ一つがたんぽぽの種のようにふわふわとページの中を漂っている。

 違う。動揺して目が泳いでいるのは私の方だ。
 ももかが呼吸すると、胸や肩が微かに動く。その動きが、直に伝わってくる。触れ合わなければわからないものを、感じている。

「なんだか、夢みたい」

「えっ?」

 心を読み当てられたようで、私は思わずびくっと身を震わせてしまった。

 ももかにも衝撃は伝わっただろうに、彼女は相変わらず私の肩に頭を乗せたままだ。

「一度、この世界は一面の砂漠になったんだよね」

……ええ」

 砂漠の使徒たちを総べる王、デューン。
 彼が初めて私達プリキュアの前に現れた時、私達は完敗した。デューンの力を封じ込めていた薫子さんのペンダントも、砕かれてしまった。力を取り戻したデューンは、たった一夜で地球を砂漠に変えるほど圧倒的な存在だった。

 世界の砂漠化と共に、ほとんどの人は結晶化し、こころの花を萎れさせてしまった。

 あの時の絶望的な光景は、平和を取り戻した今でも瞼の裏にこびりついて離れない。見慣れた希望ヶ花市の町並みは完全に砂に沈んでいるわけではなかったが、なまじ面影を残していただけに、そこが自分の育った町の変わり果てた姿だということを思い知らされた。

 砂漠のあちこちにはこころの花を萎れさせた人々の結晶が転がっていた。彼らは、プリキュアの力をもってしても浄化することができないほどの絶望に打ちひしがれていた。

 私はその中で、必死にお母さんを探した。辛うじて希望ヶ花市の面影が残る砂漠をひた走り、母と暮らしているアパートに辿り着いた。

 そこに、母の結晶はなかった。


「でも、なぜか私は無事だった。お父さんもお母さんも、水晶玉みたいなものの中で小さくなっていたのに」

「私も、無事だった」


 私達が、唯一無事に残っていた薫子さんの植物園で挫けそうになっていた時、ももかや私のお母さんがやって来た。

 他にも、かつて私や他のプリキュア――つぼみ、えりか、いつきが救った人々が、続々と集まってきたのだ。

 以前薫子さんに聞いたことがあった。理由はわからないが、一度プリキュアが救った人は二度と結晶化することはないと。
 無事だった彼らは皆、プリキュアに強い心を教えてもらったと言った。
 私はお母さんに、少しでも強い心を教えられたのだろうか……


「ねえ、ゆり」


 読んでもいない文庫本に落としていた視線を横に向けると、ももかが私を覗き込むようにしてこちらを見ていた。

「私、ずっとゆりに聞きたかったことがあるんだ」

 鼻と鼻がぶつかりそうな距離と、その質問が何であるのかという二重の意味で、心臓がきゅっと縮こまった。
 思わず目を逸らしてしまう。
 グラウンドでは、相変わらず男子生徒達がボールを追いかけまわしている。

……なに?」

 自分でも声が震えているのがわかるくらい、動揺が言葉に出てしまった。

「あの時、私や他の皆は植物園に避難したけど、ゆりやえりか、つぼみちゃん、いつきちゃんはいなくなってたよね」

 ももかは核心を避けている。それは、言い逃れを防ぐためなんだろうか。

 ――私が秘密を隠していることを、ももかは怒っているのだろうか。


「植物園に残ってた皆で話したの。皆が皆、今までに悪い夢――自分が化け物になって、溜めこんでた悩みを叫びながら暴れ回って……最後は"彼女達"に助けられてきたんだって。そして夢から覚めた後は、あなた達の誰かが傍にいたって」

「…………


 淡々としたももかの言葉は、ゆっくりと外堀を埋めていくかのようだった。

 だめだ。これ以上は、隠し通せない。

 本をしまう。肩に乗ったももかの顔を優しく押し戻して、立ち上がる。そして、座ったままのももかに向き直る。

 大丈夫、お母さんにだって真実を話した。父の死も、私がプリキュアだったということも、そのせいで孤独な思いをさせたことも、受け止めてくれた。

 お母さんの時と同じように、私がプリキュアだと打ち明ければいい。

 だけどそれは同時に、何の肩書きもない月影ゆりとして、ももかと接することはできなくなるということだ。

 ももかがいてくれたおかげで、私は——


 でも、もう平和は守られた。私のプリキュアとしての使命は終わっている。ももかに秘密を話すことくらい、どうってことない。

 唇は、開くのを恐れているかのように乾いていた。
 でも、傷つく覚悟はとうの昔にできている。