sidori
2025-04-12 00:00:00
12014文字
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人妻定食四月号『卒業式・社会人パロ』

モブ視点で高銀の坂田に失恋するNTRマガジン四月号。

しどりの『大人を味わう!まるごと高銀の贅沢三昧御膳 ~モブくんの灼熱脳炙り付き~』




はらはらと薄紅色の舞い散る桜並木。
「じゃあな」
と笑った彼に、僕は結局最後まで声をかける事が出来なかった。
後ろ姿は遠ざかり、やがて花霞の向こうへと消えていく。
高校三年生、卒業式の日。僕の初めての恋はそうして終わった。


七年後。
僕は大学を卒業した後、都内でしがないエンジニアとして働いていた。勤める会社は今のところで二つ目だ。新卒で入った会社はとにかく激務で、その割に薄給で、人間関係もあまりよくなく、世間でよく言われる三年頑張れを信じて頑張ってはみたものの、結局転職する事にした。
幸いにも、新しい会社は中々良いところだった。給料は上がったし、残業はそんなにないって話も本当だった。同僚達ともうまくやれている。
しかしなによりの幸運は、彼と再会できた事だ。
彼。僕の初恋の人。
名前は坂田銀時。僕達は高校生の時に出会った。一年生の時、クラスが同じで、席が前後だった事がきっかけで。
多分一目惚れだったと思う。坂田の容姿はとにかく飛び抜けて他とは違っていた。髪の色が真っ白で、肌の色も白くて。目の色だけが赤い。レクリエーションのプリントを回す為に彼が振り向いて、その宝石みたいな瞳が、伏せられていた髪と同じ透けるような白銀色の睫毛の下から現れ、僕を見た時がきっとそうだった。窓から差し込む春の日差しを柔らかく含ませ、彼は笑った。
「なー、お前名前何?俺、坂田銀時。仲良くしような」
そう言われて、僕はただ一生懸命頷いて。
彼は明るい人だった。新入生、新学期のクラスにあっという間に馴染んで、ムードメーカーになっていた。数学や化学みたいな授業の成績は余り良くなかったらしいが、その分運動神経が抜群に良く、器用でもあった。
一方の僕はと言えば、所謂陰キャと言われる部類の人間だと自覚している。人付き合いはそもそも苦手で、得意だと胸を張れる事は余りない。
だから、たまたま最初に席が近かったというだけの彼と僕とが実際に仲良くする事なんてないと思っていた。だけど坂田は本当によく僕に話しかけて来た。そういうタイプとそれまであんまり縁がなかった僕は、正直に言えば最初はかなり気後れしたけど、向こうがあんまり屈託ないものだからやがて慣れ、一学期が終わる頃には周囲から見ても僕達はいつも一緒に行動している仲良し扱いされていた。
一目惚れだった、とは言ったけど、僕が本当に自分で彼への恋に気が付いたのはもうちょっと後だ。一番の理由は、僕自身、同じ男性が恋愛対象になるとは思っていなかったからだと思う。目を惹かれるのは坂田の容姿が他の人と違って目立ったからだと思ったし、見つめられてドキドキするのは、その人間離れした色彩が余りに綺麗だからだと思っていた。
きっかけは、何だったかな。
好きだ。
と、思った瞬間の、弾けるみたいな感情の波に押し流されて、どうしてそう思ったのかはよく覚えていない。前後の事は。まあ、もう十年近く前の事だ。その感覚だけが鮮明で。歓喜と混乱、興奮と、幸福感。初めてだった。
とは言え、告白する勇気なんて僕にはなかった。坂田は常々彼女が欲しいと口にしていたし、告白なんてして、折角隣にいられる関係を壊したくなかった。気持ち悪いと言われるのが怖かった。もっとも、そんな事を言う割に坂田は女の子に対して積極的に興味がある感じもしなくて、結局、三年間の間に彼女を作った事は一度もなく、だから僕も半ば安心して──もっと言えば、優越感さえ感じて、彼の"友達"というポジションに立っていられたんだと思う。
そして言えないまま迎えた卒業式。最後だから、と、思ったけど。やっぱり僕は何も言えないままで去って行く後ろ姿をただ見送ってしまい、それからずっと、思い出すとじわっと疼き出すような後悔を引きずって生きていた。

そんな彼が、転職先の会社にいたのだ。
正確に言えば、その会社の社員だった訳じゃなくて、彼はその会社のある町のお惣菜屋さんで働いていて、お昼になると出来立てのお弁当を満載したワゴンを曳いて、オフィスの入っているビルの前にある公園で出張店舗を開店していたのである。
彼の容姿で、別人と見間違う事はまずありえない。前後ろにして被ったキャップからはみでたふわふわの白い髪を見つけ、昔より深みを持ったが確かに懐かしい声色を聞いて、
「え」
と、思わず声を上げた僕を見て、彼は赤い瞳を細めて笑った。
「おー、久しぶりじゃん、元気してた?」
覚えてくれていた。それだけで僕が舞い上がったのは言うまでもない。


僕は坂田の進路を知らなかった。
聞いた事は勿論あるけど、最後まで坂田は、「ん-、まだ決めてない」と曖昧な返事しかしなかったからだ。どうやら家庭に複雑な事情があるらしい事はなんとなく知っていて、話したくなさそうな話題に強引に踏み込むのを躊躇ってそのままだった。進学するのか就職するのか、それすら知らなかったから、まさかこんなところでまた会えるなんて。
「今日は~、ミルフィーユ豚肉のアスパラ巻フライ弁当と、生姜焼き定食がオススメ。生姜焼き定食はいつものやつだけど、米のとこが今日だけ特別に筍ご飯になってんの」
それから毎日、僕は坂田のお弁当を買っている。これがまた美味いのだ。僕にとっては、"坂田が作った"と言うだけでも価値があるのに、その上味も良くて、満足できる量もしっかりあって、コンビニ弁当より安いくらい。通わない理由がなかった。
今日も昼休憩になった瞬間オフィスを飛び出し、大急ぎでワゴンの前に立った僕に、坂田はへらりと笑っておすすめを紹介してくれる。
僕はちょっと悩んで、生姜焼き定食の弁当を買った。その一瞬の間に、僕の後ろには行列ができている。坂田の弁当ワゴンは安くて美味いので、当然ながら大人気だった。だから話す時間なんていうのは殆どない。でも僕は、坂田が僕の事を認識して、僕の好きそうなお弁当を勧めてくれて、「今日もありがとな。仕事おつかれさん」と声をかけてくれるだけで嬉しかった。少なくとも、坂田がそういう風に声をかける相手は僕だけだった。
少しずつで良い。そう思っていた。
仲良くなりたい。昔みたいに。
もしチャンスがあるなら、今度はもう一歩、踏み出したい。

下心満載で、僕は時々夜は坂田のお店の方にも通うようになった。会社から僕のアパートと坂田の店は完全に反対方向なので遠回りにはなるが、どっちにしろ自炊は社会人になって早々に諦めていたし、どうせ外食かコンビニ弁当なら坂田の作ったご飯を食べたい。
『お惣菜屋銀ちゃん』
と、ある雑居ビルの一階に手書きの筆文字の看板を掲げたそのお店は、元はその建物のオーナーが自分でスナックを営んでいたらしい。その人が高齢でお店をしめる時、縁があった坂田が譲り受けたという事だった。そして坂田が総菜屋を開いた理由は、そのスナックの手伝いをしている時、あまりに疲れたサラリーマン達と多く知り合ったからだと、坂田は笑った。
「流石にスナックそのまま継いでやるのはちょっと無理だったからさ。けどこれなら、ババアの店に飯食いに来てたオッサンたちもそんな困らねーかなって。俺も料理するの好きだし。あ、店開く時にちゃんと免許取ってっから安心してな」
「いや、それは別に心配してないけど。坂田の作るご飯おいしいよ」
「褒め上手じゃん。ちょっとおまけしてやろ」
「いいの?ありがとう」
なんて。
イートインはないのでカウンター越しにちょっとだけだけど、そういう事を話す時間だって昼間よりずっとある。
段々──近づけている気がした。週に一、二度がおいしいからって言って三、四度になり、実は自炊なんて全然しないし、どうせならって理由を話しながら殆ど毎日になり、休みの土日もどっちかは会うようになって。
他に客がいない時はちょっと長く雑談をした。高校を卒業してからどうしてたのかとかも聞いて。話の流れで連絡先も交換した。「俺無精だからあんま使わないんだけど」なんて言いながら、メッセージアプリに追加された坂田のアイコンには週に二度くらいは向こうからの新着通知が付く。
『カレー味のコロッケと肉じゃがコロッケどっちの方が良いと思う?』
とか、
『新作作ったんだけど、明日味見しに来ねェ?』
とか。


そんなある夜。
トラブルがあって会社を出るのが遅くなった僕は、いつもより大分遅い時間に坂田の店に向かっていた。急ぎ足で。
坂田の店は会社のある大きな駅前のオフィス街からはちょっと離れていて、住宅街の側にある昔ながらって感じの商店街の中にある。その辺りの店は基本的に駅ビルなんかに入っているようなチェーン店より閉まるのがちょっと早くて、滑り込みで間に合うかどうか、ってところだった。
それでも疲れているからこそ、坂田のご飯を食べたかった。決まった休みのない坂田の店が、翌日は休みだって先に知ってたから余計に。多めに買って、次の日も食べようと思っていた。
時計を見ながらどんどん小走りになって、路地を駆け抜けて。
もういつでも下ろせる準備の出来ているシャッターの向こうから、眩く漏れ出る店内の光の中でその後ろ姿を見たんだ。
「さか……
声を掛けようとして、僕は立ち止まった。
店の前に、スーツ姿の男が立っていた。それだけなら別に、不思議な事ではなかったかもしれない。僕と同じように、閉店間際に駆けこもうとしている客がいるだけだと思っただろう。
だけどその男は別に、遠目からでもまだ少し残っているショーケースの中身を選んでいるようには見えなかった。どちらかと言えば、待ち合わせ──開店時間中お店の外に出している手書きのメニューの看板をしまったり、近所の人に貰って飾っているといういくつかの鉢植えをドアの前に寄せたりとくるくる動いている坂田の仕事が終わるのを待っているような感じだった。
坂田は時々男の方に顔を向けて何かを喋っていて、男は頷いたり、何か返事をしたりしている。まだ声が聞こえる程には近づいていなかった。殆ど逆光になっている所為で、表情もよく見えない。それでも、なんとなく楽しそうにしている雰囲気は十分に伝わってきた。
そして光の中に一瞬はっきりと見えた姿が見間違いでなければ、スーツの男の方。彼もまた僕の知っている人物だった。知ってはいるが、予想外の。
(どうして、ここに)
戸惑っている間に、坂田は片付けを終えてしまった。残っていた総菜のトレーも引き上げられ、シャッターが閉まる。時計は閉店時間を過ぎていた。男はやはり立ち去らず、暫くして裏口から出て回って来たのだろう。路地の間から姿を現した坂田は男と、当然のように連れ立って半分以上の店が営業を終えてすっかり夜の寂しさが漂い始めた商店街の通りを歩いて行った。肩を並べる二人の距離は妙に近かった。

「知らなかった。坂田って高杉部長と知り合いだったんだね」
その日と翌日を悶々と過ごした次の日、僕はいつものように夕方坂田の店に行き、なるべくなんでもない事のようにその話を切り出した。
「え?ああ、アイツ」
坂田はちょっと考える素振りをした後で頷いた。
「そういや部長になったとか言ってたっけ?もしかして同じ会社?」
「うん」
そうなのだ。一昨日の夜、坂田と親密そうにしていた男は、部署は違うが、僕と同じ会社の人間だった。経営企画課の高杉晋助部長。昨年、僕の会社を含むグループの本社から出向して来て、その手腕と容姿であっという間に評判になった人だ。どちらも良い意味で。
手腕に関して言えば、僕みたいな下っ端のSEには会社の経営方針やその結果売り上げがどうの、なんて話は正直あまり関係がない。仕事が増えすぎなければいいし、給料がちゃんと貰えて、会社が急に潰れたりしなければそれでいい。多分僕とそう変わらない齢で部長って肩書を持っているってところはちょっとうらやましいかもしれない。
容姿の方も、関係がないと言えばない。僕自身には。ただ、それに惹かれた女性社員の噂話はよく耳に入って来る。先ずスタイルが良い。身長はそれほど高いと言う訳ではないが、多分頭が小さいんだろう。高そうなスーツの着こなしも完璧で、すごくスッとした立ち姿は確かにそれだけで格好いいと思う。女性社員が騒ぐだけあって、当然ながら顔も良い。端正な顔立ち、っていうのは、ああいう人の事をいうのだろう。
格好良くて、仕事が出来て、将来有望だと噂の若き部長。そんな高杉部長は、笑ったところを見た事がないとも評判だった。いつも冷静沈着で、ともすれば冷徹にも見える鉄面皮、と。
だからびっくりした。これは僕の勝手な偏見だし、ともすれば坂田を貶しているようでもあるけれど、高杉部長のような人はもっと高級そうな店に行くようなイメージがあったし、坂田と話しているその雰囲気は会社で見かける時と全然違っていたから。
だけどたまたまなのかもしれない。偶然帰りに通りかかって、偶然立ち寄っただけ。仲がよさそうに見えただけで、実際にはそうじゃなくて、別に一緒に帰った訳でもなくて──
本当はなんとなく分かっていて、だけど諦めきれない僕の希望を、坂田はあっさりと吹き消した。
「まあ、なんつーか……幼馴染?ってやつ?こんなガキの頃知り合ってさ」
と、僕とはお惣菜が一杯並んだショーケース越しに立つ自分の腰よりも下の空間を手の平で撫でるように動かす。
「中学まで一緒だったの。そんで高校卒業した後こっち出てきたらさ、向こうもそうだったみたいで、偶々会って」
「そう、なんだ」
僕は頭を殴られたみたいな衝撃を感じた。涙が出そうになるのを奥歯を噛んで堪えながら、それでも、もしかしたら、と、殆どない可能性を悶々と抱えているよりはいっそ、と、最後の疑問を口にする。
……あの、突っ込んだ事聞いちゃうけど、二人は、その……付き合ってる、とか……?」
聞きながら、僕は思い出していた。
「好きだ」と言う勇気をついぞ出せなかった僕だが、一度だけ、聞いてみた事がある。当時、僕達の定位置だった屋上で一緒にお弁当を広げながら、もう口癖のように彼女が欲しい、とぼやいていた坂田に。
「男同士ってさ、どう思う……?」
って。
坂田は──……
その時の坂田は。

そう。
そうだ。
酷く切なそうな笑みを一瞬浮かべて言った。
「別に、好きなら良いんじゃねえの?」
それは余りに一瞬の事で、今日まで僕は見間違いだと思っていた。坂田のそんな顔は、他では一度もみた事がなかった。坂田はいつも飄々としていて、それでいて表情は豊かな方で、だけど。その時のそれだけは。
「まあ、うまくいくかどうかはともかくとして、俺は応援するぜ」
そう言われても僕は結局言えなかった訳だけど。
今分かった。坂田がその時どうしてそんな顔をしたのか。
歩いて行く二人の後ろ姿が角を曲がる時、すっと伸ばされた高杉部長の腕が坂田の腰に回った事を見たのだと言えば、坂田ははっと驚いたような顔をした後、バツが悪そうに頬をかく。
「あー……。気持ち悪い、よな。ごめん」
僕は首を振った。違う。そういう事が言いたいんじゃない。
……まあ、そう。彼氏、っつーか……。そうだよ」
「そっか」
僕は自分の失恋を悟った。
二人の姿を見てから、本当は色んな可能性を考えた。もしかしたら、もしかしたら、って。どう見たって恋人の距離の二人は、だけど僕の勘違いかもしれない。でももしも本当にそうだとして、僕がもっと早く勇気を出せていれば、僕にもチャンスがあったのか、とか。
だけどどうやら、僕の恋は最初からどうにもならないものだったらしい。七年前のあの時にもしも勇気を出せていたとしても。
二人の間に何があったかは分からないけど、僕の問いを肯定した坂田の口元にあの時とは正反対に、隠し切れない喜びが滲んでいるのを見てしまっては、今更僕がそれを邪魔する気になんてとてもなれない。


オーブンレンジがあたため完了の音を鳴らす。
ほかほかになったお惣菜をパックのまま箸でつつきながら、僕の目からはぽろりと涙が落ちた。