sidori
2025-04-12 00:00:00
12014文字
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人妻定食四月号『卒業式・社会人パロ』

モブ視点で高銀の坂田に失恋するNTRマガジン四月号。

jilの『しめやかな春風香る咲かない恋の蕾と涙の満足プレート ~散り行くことすらできなかった想いを添えて~』


「俺、三月に高校卒業したら結婚するんだよね」
そう言ったのは、白い髪をした学生服を着た少年だった。
まだ風が冷たい、二月の頭。午前十一時の公園のベンチ。僕と彼は、並んで座っていた。
「きみ、学校は?」
「サボり」
思わずそう返せば、隣に座る少年はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「なーんてね。今の時期、学校は自由登校なんだよ」
そういえば、そんなものもあった気がする。
もう何十年も前のことだ。記憶は朧気だし、昔と今ではいろいろと変わっていることもあるだろう。
僕には少年の言葉が嘘か本当かわからなかった。
だが、わからなくてもいいことだった。
「おっさんこそ。こんなところでサボり?会社は?」
「今日は休みだよ。それに僕は自営業なんだ」
「ふーん。いいなぁ、じえーぎょー」
「これはこれで大変なんだよ」
「まあ、それもそっか」
少年は簡単に納得したように、ひとりでに頷く。
「はあ〜」
そして、大きくため息をつく。
「聞いてよ。もうすぐ結婚するんだよ、俺」
「えっと…………素敵だね」
「素敵かなぁ?」
とりあえずそう返せば、少年は首を傾げる。それは、彼がまだ高校生ということを差し引いても、ひどく幼い仕草に見えた。
「相手はさ俺よりも十歳年上なんだよ」
「随分と年の差婚だ」
「そう……だよなぁ」
少年は困ったように息をつきながら、髪の毛の先を指先で弄ぶ。
今度はひどく、大人びた仕草だった。
「俺、うまくやれるのかなぁ」
「そんなに不安なら待ってもらえばいいじゃないか。正直、まだ早いと僕は思うよ」
「でも、高校卒業するまで待ってやったんだから……て言われた」
「随分と相手の人はせっかちなんだね……。あ、それとも、あの、こう、責任を取らなくちゃいけない感じなのかな?」
「んーん」
ふるふると、少年は首を横に振る。そして、空を見上げながら、またため息をついた。
「まだ手だって、繋いでない」
「恋人じゃないの?」
「許嫁的な?」
……時代錯誤だね」
なかなかリアルでは聞かない言葉に、僕は少しだけたじろぐ。
「まだ数回しか会ったことなくてさ。顔はイケメンだった」
「イケメンって……男の人?」
「そう」
十歳も年上の、あまり知らない男との結婚。
それも自分の意思ではないーーというのであれば、確かに少年の気が浮かないのも仕方ない。
むしろ、もっと深刻そうにしていてもおかしくないだろう。
「嫌なら、ちゃんとそう言ったほうがいいんじゃないかな?それとも、言えない感じなのかい?」
「嫌というか……マリッジブルー的な?」
少年は、顎の下で手を組んで三度目のため息をつく。
憂いを帯びた眼差しで見つめる先にあるのは、まだ花を咲かせない桜の木だった。
「逃げちゃえば、いいんじゃない?」
僕がそう言うと、少年は視線を僕に向けた。
はじめて少年と目が合う。
赤いような、青いような。その目に映すものによって変わるような、不思議な目だった。
「おっさんさ、明日もここにいる?」
……いるよ」
「そっか」
少年は立ち上がると、尻についたほこりを軽くはたく。
「またね」
そう言って、小さく手を振ってから僕に背を向けて歩き出す。
遠ざかっていく背中を見ながら、僕も大きなため息をついた。
逃げちゃえばいいーーだなんて、よく言えたものだ。
逃げてきたのは、僕なのに。
「勝手に店を休みにして、出てきちゃった。母さん、怒ってるだろうなぁ」
うちの店は、町にひとつはあるような小さな自転車屋だ。
二年前に親父が急に倒れて、仕方なく店を継いだ。
けれども、大型店舗や通販なんかが跋扈する昨今では、こんな小さな店をやっていくのは正直、厳しい。
地域密着型とはいえ、この町だって人口がどんどん出ていってしまっていて、見かけるのはお年寄ばかりだ。
努力はしているつもりだった。でも、なかなか実らない。
おふくろも、最初は店を継いでくれるだけで十分と言っていたのに、最近ではもっとうまくできないのかと詰めてくる始末だ。
「帰りたくねーなぁ」
いい歳をして家出だなんて、情けないにもほどがある。
それこそ、思春期の高校生でもあるまいし。
そうは思っても、どうしても店に戻る気も、家のおふくろの顔を見る気にもなれず、結局その夜は駅前にひとつだけある漫画喫茶に泊まった。
「あ、今日もいた」
次の日、また公園のベンチに座ってぼんやりと考え事をしていると、昨日の少年がやってきた。
「じえーぎょーて、そんなに休めるの?」
そう言って、少年が隣に座る。
「君こそ。昨日は自由登校なんて言ってたけど、よくよく考えたら、なんで制服を着ているだい?」
「そりゃあ、家のやつには学校に行ってくるって、言ってるからさ」
悪びれもせず、少年が言う。
「家にさぁ、いたくないんだよね」
「例の結婚のせいで?」
「まあね」
「許嫁かぁ、僕にとっては随分と遠い世界の話だよ。君はよっぽど、立派な家柄なんだろうなぁ」
「まさか。万年金欠の貧乏塾だったよ。あー、でも相手はお金持ちかも?」
少年はケラケラと笑いながら、自分の膝をたたく。
「俺、ちょっといろいろ事情があってさ。養父っていうのかな、その塾の先生にお世話になってたんだ。でも、昨年先生が死んじゃってさ。金もなくて、塾というか家も兼ねてたんだけどさ、それを売るかどうかってときに、結婚相手のオトコがひょっこり出てきて、いろいろ工面してくれたんだ」
「なんか、昔うちの養父ーー先生に世話になったとか、どうとか?それで、もし先生になにかあったら、俺の面倒をみるって約束してたみたいで」
「それで、結婚なの?」
「そう、結婚」
そう言って、少年が僕に左手の薬指を見せる。
そこには、高校生の指にはあまりにも不釣り合いなーー桜の形にカットされた大ぶりのダイヤモンドが、艶やかな金色の台座に咲いたーー婚約指輪が輝いていた。
「助けてもらって感謝もしてるし、悪いやつじゃないとは思うんだけど……
「そうかな……?話を聞いてるだけだと、お金を盾に未成年に結婚を迫る極悪人だと思うんだけど」
「俺、あいつのこと好きなのかなぁ?」
「いやいや、まだ数回しかあってないんだろ?」
「うん。正直、なにを考えてるのかよく分からないけど。とりあえず……優しい?」
「大丈夫?きみ、それ騙されてない?」
「寿司とか肉とか、奢ってくれる」
「チョロすぎるよ!ちょっと待ってくれ。だいぶ心配になってきた。ん、でもさっき家の人って……
「ああ。先生が死んでから、隣の家の婆さんがしきりに様子を見に来るんだよ。昔からいろいろ面倒は見てもらってるけど……口うるさいババアでさ」
「そ、その人に相談とかは……
「んー、婆さんも最初は、その相手のこと警戒してたんだけど、なんか知らないうちに仲良くなってた。今では結婚式では俺の親族席に座るって息巻いてる」
「籠絡されてる!?ねえ、本当に大丈夫なの、その人!絶対大丈夫じゃない人だよ!」
「でも、イケメンだし」
「イケメンでも悪い人はいるよ!?」
「俺のこと、幸せにしたいんだって」
「口先ではなんとでも言えるよ!?」
「うーん」
少年は悩むようにうなると、むっと唇を突き出した。
「でも、俺……ほかに居場所ないし」
そうこぼした少年の声は、迷子のようだった。
心細くて、やるせなくて、でもどうしようもなくて。
まわりが望むように、受け入れる。
少し前の、僕のようだった。
本当は、店なんか継ぎたくなかった。
僕にはほかに、やりたいことや夢があった。
でもーー親父が倒れて、おふくろに縋りつかれて。
仕方なくーー、なんて思うとみじめに思えて。
それなら、僕が望んだことだと、そう自分に言い聞かせてーー。
そうして、上手くいかなくなって。ごまかしが効かなくなって。
「じゃあさ。おじさんと一緒に、逃げよっか」
思わず、口からこぼれた言葉はーー僕の言葉のようでいて、僕の言葉ではないようだった。
少年は少しだけ驚いたように目を見開いてから、薄く笑った。
「ははっ、悪い大人のセリフだ」
少年のそっと伏せたまつ毛が、日の光を浴びて銀色に光る。それに見蕩れる前に、少年はベンチから立ち上がった。
「またね」
そう言って、少年は昨日のように小さく手を振った。
「おっさん。じえーぎょーだからって、三日も休めるの?」
「君こそ、どうして毎日この公園に来るんだい?」
家から出て三日目。もうすぐ、持ってきた着替えがなくなるから、コインランドリーを探さないといけない。
おふくろが怖くて、電源を落としたままの携帯の、真っ黒な画面を見つめていると、例の少年がやってきた。
少年は定位置のように僕の隣に座ると、「あそこの桜の木」と、ベンチに座れば目の前に見える桜の木を指さした。まだ小さくて青い蕾をつけたばかりの枝が、しなやかに、でも少し寒そうに伸びている。
「あれ見てると、なんかモヤモヤして、ウズウズして……なんか、こう……なんか」
「なんか?」
「ムカつくというか」
「はあ……
「思い出しそうになるというか」
「ううん」
「なんか、腹立つ」
「ムカついてるんじゃないか」
「例の結婚相手のやつを見てるときと、同じ気持ちになるんだよな」
「どういうこと?」
「んー。あっ、そういえばさ、おっさん。おっさんって結婚してる?」
……してないよ」
「えー、じゃあ結婚生活について聞けないじゃん」
「悪かったね。というか、君はずっと僕のことをおっさんおっさんて言うけど……まだギリギリ20代だから」
「おっさんじゃん」
「ムカッ。そんなこと言ったら、君の結婚相手だっておじさんじゃないか」
「おっさんじゃないもん」
「五年もしたら、おっさんだ」
「え、なんかめっちゃ必死。ごめんな。俺が若くてピチピチなばかりに」
「子どもなだけだろう?」
「あ!言ったな、おっさん!」
ムッとした顔で少年は僕を睨んでーー「はーあ」と、間の抜けた声を出してから、うなだれる。
「そういえば、おじさん。じえーぎょーて、なにしてるの?」
「売れない自転車さんだよ」
「自転車かぁ。俺、ケーキ屋がいいなぁ」
「なんの話?」
「せんぎょーしゅふになっても良いって言われたんだけど、働いたほうがいいのかなぁって。でも、朝はやく起きる会社員は嫌だなって」
「相手の男、君を囲む気マンマンじゃないか……。ちなみに、多分だけどケーキ屋さんは普通の会社員よりずっと早起きだと思うよ」
「ゲッ。やだー!俺、なんにもしたくない」
「なんでもやってみなよ。若いんだからさ」
「なんでも……なんでもかぁ……
少年が頭を抱えながらうーんうーんとうなっていると、当然「あ」と、大声を出した。
……思い出した」
「え?」
「おっさん……。俺、坂田……坂田銀時っていうんだ」
「えっと、そうなんだ」
「俺、坂田銀時だったんだ」
「ぎ、ぎんときくん?」
少年ーー銀時くんは、何かを確かめるように、自分の名前を言う。
その名前の響きをしっかりと舌の上にのせ、噛み締めるように。
「おっさん、おれーー」
「きゃあ!」
と、そのときガシャンという音と甲高い悲鳴がした。
声がしたほうを見ると、倒れた自転車の脇で女の人がおろおろとしていた。
「大丈夫?どしたのおねぇさん」
すかさず駆け寄る銀時くんに、僕もついて行く。
「自転車がパンクしちゃったみたいで……
倒れた自転車の前輪は平に潰れていて、触るまでもなく空気が抜けているのがわかった。よく見ると、どこかで踏んだのか釘が刺さっている。
「運がいいよ、おねーさん。このおっさん、自転車屋さんなんだよ!」
銀時くん言われて、僕ははっとする。
今にも泣きそうな顔の女の人が、少しでも安心できるように、営業で身につけたぎこちない笑顔を向ける。
「あ、えっと、はい。すぐそこに店があるので、これくらいのパンクならすぐ直せるかと」
「よかった……、ありがとうございます!」
女の人の顔がパッと明るくなって、僕もほっとする。
それは同時に、僕の小さな家出の終わりでもあった。
「じゃあ、俺もそろそろ行くわ。おっさん、ありがとな」
「え?」
なにかお礼を言われるようなことをしただろうか。戸惑う僕にかまわず、銀時くんはなぜか晴れ晴れとした顔で笑っていた。
そして、春の訪れを告げるような暖かな風が吹いて、銀時くんの髪を揺らす。陽の透けた銀髪が、眩しいくらいに輝いていた。
「ちょっと、ムカつく顔も思い出したから。一発殴りに行ってくる」
「え?」
「バイバイ」
少年は、そう言って僕に小さく手を振った。
またね、の言葉はなかった。
それが、僕の年甲斐もない、三日間の小さな恋と失恋だっとーー認めるのは少し癪だと思うのは、大人気ないだろうか。
きっともう会うことはないのだろう。
その予感が裏切られたのは、彼と別れてから五年後。
僕と妻(あのときの女の人となんやかんやと縁があり)とで、なんとかやりくりする自転車屋に、喧嘩しながらも仲睦まじい様子のふたりがやって来たときだった。