mishiadd
2025-04-06 10:13:29
9205文字
Public
 

月にピアス

【現パロ/本編軸】『品行方正な宮本伊織さんがとんでもないところにピアスをしていてほしい』という謂れのない性癖の展覧会(伊織さんのピアスがバレるシチュエーション3連発短編集)※性癖の都合により剣陣営はデキてません【剣陣営】


2.『盈月の儀のマスターの舌ピアス』



水茶屋でふたりで並んで物を食べていて、かつん、と硬質な音がしたのだった。

「あ、」と伊織が小さな声を漏らして、しまったな、という顔で大きな手で口許を覆う。「どうした、イオリ」と串団子を咥えたままのセイバーが、目だけをきょろりと動かして伊織を見た。

「いや――はずすのを忘れていた」
はずす? 何を」
「舌の――金具を」

伊織の言葉の意味がわからず、「は?」とセイバーが顔ごと向き直ると、伊織が――んべ、と控えめに舌を出してみせた。
色素の薄い白い肌に対して血のように赤みの強い舌の――その中腹に、一見して目貫のような金具が埋まっている。言葉を失ったセイバーがあんぐりと口を開けたあと、ややって「……えっ!?」とひっくり返ったような声を上げた。

「なん――な、え? い、一体なんなのだ? それは」
「『戒め』だ」
「戒め……?」

物を食べ始めてしまった以上、このタイミングではずすのも――ということなのだろうか、どことなく顔を顰めたまま伊織が団子を食べ進める。団子を噛むたびに金具がどこかしらに当たったり、粘り気のある団子が絡まったりするようで、普段から別段美味そうに食う、というわけではない伊織の表情がますます曇る。他方、答えになっていない答えを与えられたまま放置されていたセイバーが、手に持った団子を――珍しく――ろくに食べ進めることもできぬまま、「イオリ!?」と問い質した。

ようやく団子をすべて呑み込み終えた伊織が、ふう、とどっと疲れたような顔をして串を片付ける。それから、「ああ」とようやくセイバーに向き直ってこともなげに言った。

「もともとは、師匠に世話になる前に身を寄せていた場所――嵌められたものなのだが、一度慣れてしまうとなにも嵌っていないのも落ち着かなくてな」
「何――なん――何の話」

セイバーの持った団子の端からみたらしだれが垂れ落ち、呆けているセイバーの手にかかる。「こら、手が汚れるだろう」と懐から懐紙を取り出してセイバーの手を拭く伊織の顔を、ただぽかんとした顔で見つめていた。ひととおり拭き終えたあと汚れた懐紙を懐に戻した伊織が、「はあ」と肩で大きく息をついた。

「大した話ではないよ。――『必要以上に喋るな』と命じられて、戒めとしてこれを舌に嵌められたんだ。……まあ、その頃は……湊町から出てきたばかりで、言葉遣いもろくになっていなかったからな。話すとぼろが出る――――

一瞬遠い目をした伊織はやがて頭を左右にゆるゆると振り、「とにかく」と穏やかな笑みを浮かべて言った。

「師匠が俺を引き取ってからは無論、これははずすように言われたが――だが実際、悪いばかりのものでもないだろう。『余計なことを話さない』、というのは美徳だ。――今は、俺自身の戒めとして嵌めているんだよ」
――……

あっさりと、まるで誰にでもひとつふたつある我が家の奇妙な逸話――でも語ったかのように、なんでもないような顔でそう言った伊織に、セイバーは押し黙る。伊織自身がそうだと言い張る以上、そして今これをつけているのは彼自身の意志だと言う以上、自分が勝手につらい顔をするのも違うのだろうと思った。

ようやく団子を一口齧り、もぐもぐと噛みしめながら伊織の横顔を見る。「イオリ」と声を掛けてこちらを振り向かせてから、「何か喋ってみよ」と不躾に言った。

「『何か』――とは。随分な物言いじゃないか、セイバー」
「いや。なぜ今まで気付かなかったのだろうと思ってな。――ほら、ただそうしているだけでも見えているのに」
「他人の口の中など別段注目したりしないからだろう」

そう言いながら、じろじろと上から下から伊織の口の中を無遠慮に覗き込んでくるセイバーの仕草に気圧される。やがて、セイバーの丸い頭に大きな手を乗せて、「やめてくれ」とぐいっと押し返した。「あだっ」とセイバーが間抜けな声を上げた。

「痛くは――ないのだな? こうして見ると、口の中でちらちらして――

血色のよいとは言えない白い肌とは対照的な赤みの強い伊織の口の中で、彼が話すたびに白い歯と共にちらちらと――鉛色をしたそれが、赤い舌が蠢くたびに覗いている。

――なにやら、気を取られるな。一度意識してしまうと」
「であれば、意識しないようにしてくれ。口の中ばかり注目されてこちらの話を真面目に聞いてくれないようでは困る」
「ううむ」

セイバーが腕を組む。――それから、ふと言った。

「きみ――それ、口吸いするときにはどうするのだ?」
「は?」

柄にもなく伊織が間の抜けた声を出した。「いや」とセイバーが平坦な口調で言う。

「たとえば――媛と口吸いするときにはどうするのだ。……がちがち当たるだろう」
「それは――

ふむ、と伊織も首を傾げる。口の中でなんとなく舌を上に持ち上げて、金具の嵌っている箇所を口蓋に当ててみているようだった。それから言った。

――当たるな」
「だろう」
……いや待て、そもそも一体なんなんだその仮定は」

「なぜ急に俺が口吸いをするという話になっているのだ」と非難がましく言いさした伊織の言葉を遮るように、セイバーが更に言った。

「私と魔力供給する場合だって、きみはどうするつもりなのだ」
「おまえと魔力供給?」
「私と魔力供給」

大真面目に伊織を見るセイバーの大きな双眸を、ぽかんとして伊織が見る。ややあって、言った。

「そんなこと、したことないだろう」
「したことがないから言っているんだ。したことがあったらこんなこと訊くわけないだろう。――それ、私の歯にもがちがち当たるのか? 嫌だぞ」
「ええ――? いや、まあ――であれば、はずすが」

「うむ」といやに大真面目な顔をして頷いたセイバーが、ようやく納得したように前を向いて団子の残りを食べ始める。いまいち釈然としないままの伊織は、「うん――」と小首を傾げながらも、同じように前を向いた。「――あれ?」と思う。――なぜ、セイバーと魔力供給する、などという話になったのだったか。

ふと、伊織がセイバーを見る。何食わぬ顔をして団子を食べているセイバーの――耳がほんのり赤く染まっているのを見る。あ、と思ったあと――ふふ、と揶揄うようにセイバーの肩を軽く小突いた。

「セイバー。おまえ、よく考えずに物事を言っただろう。今」
……
「今更自分が言った言の葉の意味を自分で理解して照れている」
……――ッ! わかっているならわざわざ言わなくともよいではないか、そんなこと!」

「意地が悪いぞ、きみ!」と急に顔中を真っ赤にしたセイバーが立ちあがって地団駄を踏む。ハハハ、とおおらかに笑った伊織がセイバーを見上げて言った。

「悪かった。揶揄からかったのは確かに意地悪だったな。――まあ、おまえと魔力供給するときがあったら、これははずすようにするよ。……その代わり、舌の真ん中に大きな穴があいているから、それはそれでおまえは気分がよいものではないかもしれんが――
「ッ!! ……~~ッ!!」

「きみは! 意地が悪いというより人が悪いぞ、イオリ!」と真っ赤な顔から湯気の出る勢いでだんだんと足を踏み鳴らすセイバーに、あはは、と伊織が声を上げて笑う。その大きく開いた口の中で、ちらりと金具が鈍く光る。

「しかし――」と互いに口には出さずとも、ふたりは奇しくも同じことを考えていた。――これだけ真っ赤になって地団駄を踏みながら、セイバーわたしは。



――魔力供給しない、とは言わないのだな――などと。



「まあ、いつかそういう日もあるかもしれないしな。――我らおれたちのような友達同士の間では」と、別段疑問にも思わず、それぞれの心中であっさりと納得するなどしていた。






2.『盈月の儀のマスターの舌ピアス』・了