mishiadd
2025-04-06 10:13:29
9205文字
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月にピアス

【現パロ/本編軸】『品行方正な宮本伊織さんがとんでもないところにピアスをしていてほしい』という謂れのない性癖の展覧会(伊織さんのピアスがバレるシチュエーション3連発短編集)※性癖の都合により剣陣営はデキてません【剣陣営】

1.『中学のクラスメイトのピアス穴』



「伊織、耳に穴あいてんの」という驚いた声にタケルは振り返った。

午前中の授業の合間の短い休み時間、なんとなく誰かの席の周りに集まってくだらない話をしていた時だった。昨晩発表された新作ゲームのストーリー予想をしていた最中に、仲間内のひとりが突然素っ頓狂な声を上げたのだった。

「ああ、」と指摘された伊織が自分の耳に触れ、そこにかかっているふわふわとした長めのサイドバングを掻きあげて耳に掛けてみせた。普段はほとんど見えていないかたちのよい耳が露わになり、――そこに、複数の孔が開いているのがはっきりと見てとれた。
ヒュウ、と誰かが息を呑んだ音がして、「え? 軟骨にもがっつりあいてんじゃん」と別の誰かが言った。

「ああ、そういえばあいているな。――二年前にあけたっきりにしているから、もしかしたらもう塞がってしまっているかもしれないが」
「穴だらけじゃねえか。……二年前? 二年前って――俺らまだ小学生だったろ……?」

話を聞いていた同級生たちが戸惑いでざわめく。今が中学一年生なのだから、二年前であれば小学五年生の筈だった。まだランドセルを背負っていた頃である。
伊織の隣にいた別の同級生が、物珍しげに伊織の耳朶や軟骨を本人に断りもなく勝手に指先でつまんでみたりしている。「あ、おい――」とタケルがやめさせようとしたが、当の伊織が特に気に留めていない様子でそのままにさせているので、タケルも眉を顰めたまま口を噤んだ。伊織の耳朶を引っ張るようにしていた少年が、「マジだ、なんか凸凹して――本当に穴あいてる」と感嘆した。

「なに、伊織って休みの日とかはじゃらじゃらピアスつけてんの? 意外。学校だとお前、真面目ちゃんの優等生代表って感じじゃん」
「休日も特に何もつけていないよ。これはあけるためにあけただけだから」
「ふん?」

伊織の耳朶を指先で引っ張っていた同級生が、調子に乗って伊織の軟骨を手慰みにくにくにと揉み始めたので、いよいよタケルが「よせ」とやめさせる。「ごめん」と謝られてようやく手の離れた伊織の耳介が、血色がよくなってやや赤くなっていた。――そのせいで、空いた孔が余計にくっきりと目立って見える。伊織が言った。

「ひとつずつ――『敗北』を経験するたびに穴をあけている。公式の試合でも、日々の鍛錬でも――己が負けたと感じたとき、己の体に刻み込んでいるのだ。決して忘れぬように
……へえ」

そういえばこの目の前の静かな同級生はかなり真剣に剣道に取り組んでいるのだということを、皆ふと思い出す。――それから、ふとひとりが尋ねた。

「じゃあ、この一番目立つところにある、左耳の軟骨のど真ん中のこれは? なんの時のやつ?」
「これは――

ふ、と伊織がタケルを見た。ゆっくりと、歳の割に切れ長で大人びた、月夜の色をした瞳を細める。密やかな――ひどく妖艶な声音で、言った。

「俺が初めておまえの剣を見た日の夜にあけたものだよ、セイバー」
……
「へえ!」

タケルが押し黙り、周囲が湧く。「やっぱこいつ強いんだな、伊織ずっと言ってるもんな!」とわからないなりに同調した同級生のひとりがタケルの背中を叩く。
男子が大騒ぎをしているのを聞きつけた女子のひとりが、「ねえ、ピアスの話してる?」と話に割って入ってきた。

「あたし、イヤリングと間違えてお花のピアス買ってきちゃったんだよね。返品もできないから――誰かピアス穴あけてるの? これ使わない?」

差し出された愛らしい小さな白い花のかたちをしたピアスに、「いいじゃん伊織、貰っちゃえよ」と無責任に周囲の男子が囃し立てる。それでようやくピアス穴をあけているのが誰なのか察した女子が、「え、宮本くん!?」と一周遅れでひどく驚いた反応をした。

「ごめん、誰かのお姉さんの話なのかと思ったよ。さすがに宮本くんには――っていうか、宮本くんってピアスとかあけてるタイプなんだ!?」
「いや、貰おう。――セイバー」

女子からピアスを受け取った伊織が、そのままタケルに手渡す。戸惑った顔で伊織を見たタケルに、伊織が言った。

「これをおまえが俺につけてほしい。――どの穴でも構わないが、おまえの好きな穴で」

ややあって、ふたりを取り囲んでいたうちのひとりが「ええ、なんだよぉ?」と半ば茶化すように、半ば雰囲気に気圧されたような焦った口調で言った。

「なんか、それはちょっと――だいぶいやらしい感じじゃないか? わざわざ他人につけてもらうのって。……お前ら大丈夫かよ、その感じ」

それには答えぬまま、タケルが肩で大きく溜息をつく。好きな穴でいい――などと言われたとして、ここで『自分のためにあけられた』穴以外を選ぶ理屈などないことを、タケルは重々承知していたし――実際、伊織がそれを強要していることも、その凍てつくような月夜の瞳から察していた。
タケルが、伊織の耳に手を伸ばす。左耳の耳介の、もっとも目立つ箇所の穴にピアスを通してキャッチを留める。慣れない作業にタケルがやや手間取っている間も、伊織はただ黙ってじっとしていた。やがて、かちり、とキャッチの留まる音がする。ふわふわした長いサイドバングを耳に掛けたままにしていた伊織が、改めて指先で癖毛の髪を耳の後ろに流す。
黒い学ラン姿の、生真面目な優等生然とした伊織の左耳に唐突に咲いた小さな白い花は、とてもその姿に馴染んでいるとはいいがたく――その不協和音こそが、伊織の姿をひどく危うくアンバランスな存在に見せていた。――その小さな装飾品が、伊織という生き物が一体何者であるかをけたたましく主張している。

鏡もない中で、指先で触れて自分の左耳のピアスの存在を確かめた伊織が澄ましたままひどく満足げな顔をする。もの言いたげにこれ見よがしに溜息をついたタケルに挑発的な流し目をくれたあと、伊織が耳に掛けていた前髪を払って下ろす。小さな花のピアスがすっかり隠れてしまった。

雰囲気に圧倒されて呆けた顔で伊織を見ていた女子に向き直り、「かたじけない」と伊織が礼を言った。

「もともとイヤリングが欲しかった――と言っていたな。今度、代わりの品を買ってこよう。花のモチーフで構わないだろうか」
「え!? ええと、いいよそんなの。気にしないで」
「いいや、そうもいくまい。――セイバー、おまえも買い物に付き合うな? こういうものはおまえが得意だろう?」
「きみに巻き込まれたのだ、否というわけにもいくまいよ。媛の前だしな」

肩を竦めたタケルに頷いて、伊織が改めて女子に向き直る。「では、また後日」と言いさしたところで、始業のベルが鳴った。
がやがやと同級生らが方々の席に戻っていく中、タケルの不機嫌そうな「厭味ったらしく一体なんなのだ、」という声がかすかに響く。

「媛に返す分とは別に、きみに何か選んでやればいいのだろう。わかったからもう今みたいなのはやめよ」
「そんなものは要らないよ、セイバー。ただいつか、俺と勝負しあいをすると誓ってくれればそれでいい。――そうすれば、この体に刻み込まなくとも、否が応でもずっと覚えているよ」
――きみの左耳にピアスを選んでやるから、それで我慢せよ」

コーーーーン……と若干の余韻と共にベルが鳴り終り、数学の教員が入ってくる。――「起立」、と全員が背筋を正して席を立つ。粛々と授業が始まった。






1.『中学のクラスメイトのピアス穴』・了