ゑ/圓堂
2025-03-28 21:24:38
6949文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】AM8:40 BREAKFAST/AM0:07 DRUNK【創作男審神者×一文字則宗】

2024年10/27のイベントにて頒布したさにごぜ短編集『BUT, SOMEHOW TODAY』に収録した作品となります。
則宗が管理NO3250本丸に来てから今日までの様々な時期の、とある一日のひと時を綴った全六話のオール書き下ろしの短編集で、徹夜明けの主くんと長期任務明けの則宗の朝食風景を描いた『AM8:40 BREAKFAST』はサンプルとして一話丸々web公開したお話、まだ付き合っていないさにごぜのふたりが初めてサシ飲みした時の出来事を描いた『AM0:07 DRUNK』は今回初めてwebに掲載するお話です。
もし全話気になる!となっていただけましたら、BOOTHにて頒布しておりますのでポチっとお迎えいただけるととても嬉しいです。


【AM0:07 DRUNK】

管理NO.3250本丸の審神者である主は、今猛烈に後悔している。
後悔の原因――それは現在執務室に居る主の目の前で、設(しつら)えられたソファーに長々と寝そべって深い寝息を立てている一文字則宗である。
後悔、という通り、この事態を招いた張本人は主自身だ。完全に読み違えていた――というより、そこまで深く考えていなかった――独り頭を抱えるが、既に手遅れだった。



季節は一月の暮れ、まだ春の訪れにはひと月以上厳寒の気候を乗り越えなければならぬ筈が、今日はやたらと寒さが緩み、うっかり春が早起きしてしまったのかと思うような陽気であった。
夜になっても然程厳しく冷え込まず、それ故に妙な気を起こしてしまったのではないか――主は今になってそう分析している。

サシで吞まないか――と、偶偶(たまたま)本丸の母屋の廊下で行き会った一文字則宗に主が声を掛けたのは、今から大体六時間ほど前のこと。主としては今夜、という意味ではなかったのだが、丁度夕食前の頃合いだったこともあり、一文字則宗がそれならば今宵湯浴み後に――と話をまとめてしまったのである。
主が今から思い返してみれば、彼もまたそのような機会を望んでいた風に見えた。とはいえ、主はその解釈を都合の良い思い込みではないのかとも思っている。そう思わざるを得ない事情がある。

その事情の所為(せい)で主は正直あまり酒の味も判らぬまま、いまいち酔い切れぬ状態のままに、それでも一文字則宗が勧めただけ杯を空けた。
そして、己と同じペースで一文字則宗にも酒を飲ませた。
それがいけなかった。

主は人間の中では所謂(いわゆる)ザルやワクに近い蟒蛇(うわばみ)である。
飲むペースや量にかかわらず、大抵場がお開きになるまで正気を保っていられる。二日酔いもそこまで引き起こさない。
そしてこれこそが主の今回の見誤りの元なのだが、主は一文字則宗もそれくらいは飲める質(たち)だろうと勝手に思い込んでいたのである。
ところが蓋を開けてみればそれほど多くの量は飲めない体質だったようで、飲み始めて二時間近く経過した際、主がほんの一時(いっとき)厠で離席した隙にこの様――というわけだ。
下戸というほどでもなく酒も好きだが、体内のアルコール量が一定に達すると眠くなるタイプの人間はそれなりにいるが、刀剣男士である一文字則宗もその部類だったのだ。

――畜生、騙された」

主の口から行き場のない八つ当たりが思わず零れ落ちる。一文字則宗が起きていたら言いがかりにも程がある――と気を悪くしかねない発言だが、幸か不幸かすっかり熟睡しているのでその心配はない。
完全に弛緩した顔や肢体は酒精(アルコール)によって上気し、頑健な作りの肉体ながら陶器のように白々とした肌を朱に染め上げている。ソファーに投げ出されたような寝姿は、寝間着の浴衣の下に防寒のための肌着を着ていなければ、恐らく半裸になっていただろう。
冬で良かった――と思いつつ、それでもやはり目の毒だ――と主は複雑に顔を顰めた。

主が抱えている事情というのはつまり、どうやら己はこの一文字則宗なる刀剣の付喪神に特別な感情が芽生えている――そしてそのことに自分自身気が付きつつある――ということであった。平たく言えば、惚れているのだ。
一文字則宗が特命調査なる任務の監査官から、主の本丸の一員になって数週間。元々並々ならぬ思い入れのある刀剣がベースになった存在とはいえ、まさかこうもあっさりそのような感情を抱くことになろうとは、主自身思いもよらなかったことである。これでまだ一文字則宗が刀剣男士ならぬ刀剣女士なら致し方なしと思える部分もあるが、そうではない。
否、だからこそ――己の想いは本気なのだろうと主は考えている。現世で色事は覚えたものの、紛うことなき恋慕の情というものを明確に他者に感じたのは初めてである主にとって、あまりにも遅すぎる初恋の到来である。

今宵の酒席も、季節外れの陽気にあてられたのもあるかもしれぬが、元はといえば想いを寄せる一文字則宗のことを少しでも深く知りたいという欲求がそうさせたのだ。だから敢えて普段のように大広間や行きつけの居酒屋も使わず、本来酒を酌み交わすような場所ではない執務室を会場に選んだのである。このようなことは無論初めてであり、普段からよく飲んでいる刀剣男士らなどに知れればかなり面倒なことになるのが目に見えている。普段は何かと味方をしてくれる近侍の蜂須賀虎徹でさえも、流石に眉間に皺を寄せるかも知れぬ。
一文字則宗には予め、皆の見えるところで飲むとゆっくり話が出来ぬから――などと上手いこと言い含め、彼もそれについて大いに納得していたので、今回の件は本丸の誰にも知られていない筈である。

主はちらと卓上の置時計に目を遣った――日付が今にも変わろうとしている。
刀剣男士らの朝は早く、故に眠るのもまた早い。起きているのは不養生を極めた己だけと主は判断し、しかしやはり一寸躊躇して――それから意を決して、一文字則宗の脱力した身体を抱き上げた。



統計が採れるほど他者を両腕に抱えて持ち上げた経験もないが、それでもやはり意識の明確でない男性の肉体は易々と運べるものではない——主は腕の中の一文字則宗の感触に緊張を覚えながら、すっかり冬の様相に戻った深夜の廊下をひたひたと歩く。
太刀にしては小柄で華奢に見えるため油断していたが、主が想像していたよりも一文字則宗の身体はずっと重く、硬かった。泥酔して眠っているのを差し引いても、だ。彼が男性体であることをひしひしと感じ、それでもなお皮膚や筋肉を通して伝わる温度や質感に心拍数が上がる。主の視界を煙らせながら弾む白い息が、それを物語っている。

これが単に、重いものを運んでいるが故だけであればどれほど良かったか――主はまるで中高生のような己の有様にげんなりした心持となり、思わず、様々な思いのこもった溜息が白く漏れた――その時。



――小鳥」

一風変わった呼びかけに、主は二重の意味で飛び上がりそうになった。
主のような草臥(くたび)れた無精髭まみれの男をそのように呼ぶ刀剣男士は一振りしかいない。

――叔父貴こそ、こんな時間に何やってんだよ」

よりにもよって――という感情を隠しもせず、寧ろ言葉のひとつひとつに確(しか)と乗せて主は振り返る。
声の主は思った通り、こちらもまた寝間着の浴衣に半纏を羽織った姿の山鳥毛であった。好(い)い加減その呼び方は止さないか――そう苦笑しつつ、主が今通り過ぎたばかりの厨の入り口から、体格にそぐわぬ身のこなしでするりと廊下に降り立つ。

「それよりも――うちのご隠居のそのなりは」

山鳥毛は主の腕の中で変わらず寝息を立て、流石に寒いと思ったのか主の胸にしがみつくように縋りついてさえいる一文字則宗を覗き込み、それから主の顔を見た。
山鳥毛の視線に射貫かれた主は、まるで謂(いわ)れのない罪で尋問されているかのような心地になる。彼と対峙する時はいつもそうで、だから主はある種の敬遠と親しみを込めて彼を『叔父貴』などと呼んでいるのだ。

「悪い、飲ませ過ぎた」

主は一先(ひとま)ず平に謝った。事実、自身の見積もりの甘さ故に招いた事態である。当然と言えば当然だ。
しかし、山鳥毛が意識を向けたのは主の謝罪理由とはまた別方向であった。

「ほう、小鳥とご隠居で飲んでいたのか。……ふたりきりで?」
「お、おう。……何だよ、まずかったか?」

主は山鳥毛が何か言う前から不用意に勘繰ったが、当然取り越し苦労である。
山鳥毛は再び苦笑し、手振りと共にそれを否定した。

「いや、違うのだ。そうか、お楽しみだった――というわけだな」
「おい、変な言い方すんな!」

山鳥毛が敢えてしたり顔で選んだ表現に、主は咄嗟に食って掛かってから、しまった――と思った。
しかし時既に遅し、である。山鳥毛は声を抑えながらも、いつになく快活に笑った。

「はは、そうむきになることはない。揶揄(からか)ってすまなかったが、しかし私はとても喜ばしく思っているのだ」

そう言ってから、山鳥毛はいつになく穏やかな眼(まなこ)をして主を見つめ、そして一文字則宗の寝顔を見た。
人間である主からすれば、刀派を同じくする山鳥毛と一文字則宗の間に『一文字一家の先代当代』以上のどのような絆があるのか、解りようもない。しかし、今山鳥毛が一文字則宗に向けているその眼差しに込められた感情が慈愛であるということは、理解出来た。
そしてその想いは、主にも同じように向けられているのだということも。

――そりゃあ、どうも」

しかし、結局主の口から出てくるのは皮肉めいた色の返事ばかりである。
山鳥毛とてそれは承知の上らしく、それ以上は無暗に言葉を重ねなかった。

「さあ、ご隠居は私が引き受けよう。小鳥もそろそろ寝た方がいい」

山鳥毛は一文字則宗を起こすことなく器用に主の腕の中から受け取ると、軽々とした様子で抱え込んでから、おやすみ――と深みのある声で主に挨拶した。
そして、彼の腕の中で何やらむにゃむにゃと呟く一文字則宗と共に、彼らの寝室のある棟へと去って行った。






唯一人その場に残された主は、一拍遅れてから応、とだけ返し、暫く立ち竦む。



(そもそも、叔父貴はこんな時間に何やってたんだ? まさか――



新たな勘繰りは主をすっかり支配してしまった。
悶々とした頭を抱え、主は珍しく飲み直さねば収まらぬ――という気持ちになり、新たな酒精を求めて厨へと忍び込んだ。