ゑ/圓堂
2025-03-28 21:24:38
6949文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】AM8:40 BREAKFAST/AM0:07 DRUNK【創作男審神者×一文字則宗】

2024年10/27のイベントにて頒布したさにごぜ短編集『BUT, SOMEHOW TODAY』に収録した作品となります。
則宗が管理NO3250本丸に来てから今日までの様々な時期の、とある一日のひと時を綴った全六話のオール書き下ろしの短編集で、徹夜明けの主くんと長期任務明けの則宗の朝食風景を描いた『AM8:40 BREAKFAST』はサンプルとして一話丸々web公開したお話、まだ付き合っていないさにごぜのふたりが初めてサシ飲みした時の出来事を描いた『AM0:07 DRUNK』は今回初めてwebに掲載するお話です。
もし全話気になる!となっていただけましたら、BOOTHにて頒布しておりますのでポチっとお迎えいただけるととても嬉しいです。

【AM8:40 BREAKFAST】


虚ろな空気を纏った主が大広間へと顔を出す頃には、刀剣男士らの朝食は疾(と)うに済んでおり、何となしに先程までは賑わっていたのだろうという残り香のようなものだけが感じられた。

きちんと磨かれた座卓の隅に目を付け、主は厨に用意されていた朝食の膳を置いた。そして部屋の奥に整然と積まれた座布団を一枚取り上げ腰を下ろす。膝の関節はぱきぱきと小気味よい音を立て、背骨がぎしぎしと軋むような感覚が体内から伝わる。今に始まったことではないから、主はただ不快感に顔を顰めるだけに留めた。原因は明確(はっきり)している。昨夜——否、今朝と呼ぶ方が正しいかも知れぬ時間である——主は寝室の布団の上ではなく、執務室のソファーの上で就寝したからだ。おまけに就寝といっても、精々三時間かそこらである。これもまた、今に始まったことではない。季節は本格的に春を迎え始め、新たな年度の始まりをを控えた三月中旬である。職種差はあれど、多くの社会人が繁忙期を極めている筈だ。

刀剣男士は人間同様性格こそ各々違いはあれど、基本的に皆几帳面だ——彼らの主である男は、概ねきちんと片付けられた室内に目を遣りつつそんなことを考えながら、まだ熱い味噌汁を啜る。
本日の厨当番の番長は石切丸だ。彼が長である時は大抵和食である。彼が打たれた時代を考えれば当然ともいえるが、この本丸には戦国時代に打たれた刀剣の付喪神ながら、レストラン顔負けの洋食や創作料理を作る刀剣男士も存在する。それもまたやはり、人間と同じくそれぞれの個性があるのだろう――主はそのように納得している。

今日の朝食のメニューは、鰆(さわら)の西京焼きにひじきの煮物、そして味噌汁と白米という至ってシンプルなラインナップだ。味噌汁には白味噌が使われており、具は人参や大根や油揚げという定番の具材に加えてキャベツが入っている。季節の移ろいだの旬だの、そういったものに滅法疎い主であるが、何となく献立に春を感じた。自ら興味を持つことはないが、刀剣男士らにそういったことを重んじるものが多いため、自然と判る時は判るようになってしまったのだ。以前の主であれば、判ったからとて特に心が動くこともなかったが、今は歌仙兼定辺りのいうところの風流というものを、それなりに楽しむことが出来ている自覚が主にはあった。
特に味覚においては、東京に生まれ育った主にとって新鮮な味との出会いも多い。白味噌の味噌汁も今となっては馴染んだ味だが、審神者になるまでは口にする機会など全く無かった。現世で一般企業に勤めるような社会人生活を送っていたならば、自ら求めなければ食すこともなかろう。全国各地で打たれ、使われていた刀剣の付喪神らが各々のゆかりの味をもって食事を提供してくれる環境に身を置いているからこそである。

(ありがたい話だ)

穏やかな味付けの食事と共に、主は自身の現在の身分への有難みを噛み締める。
ほぼ徹夜の状態で迎えた朝に飲む味噌汁の何と美味いことか――主はしみじみと感じながら、自らに与えられた汁椀一杯のそれを大事そうにゆっくりと味わった。おかずも白米もあらかた食べ終えてしまったが、味噌汁はおかわりしてもいいかもしれない、などと、普段は面倒臭がって考えもしないことを思い浮かべる。



ふと、やにわに耳に届いた足音に、主はちらりと廊下を見遣った。
開け放された大広間の入口の障子戸に影が映り、足音の主はすぐにその姿を主の眼前に晒した。

「おはよう、主よ」
「、おはようさん」

主がそうしたように、朝食の膳を抱えて現れたのは一文字則宗である。
思わぬ登場に、主の返答はほんの少しばかり閊(つか)える。

一文字則宗は気にした様子など一つもなく、戦装束の裾を揺らしながら主の向かいへと腰を下ろした。
よっこいせ、と容姿にそぐわぬ掛け声が、やけに大袈裟に口から零れる。

「長期任務ご苦労さん。他の連中はどうした?」
「先に風呂に入るだとか、とにもかくにも寝るだとか、そんなところだ」

普段と変わらぬのびやかな声には、しかしどことなく疲れの色が滲んでいる。
一文字則宗という刀剣男士は常日頃から自身を隠居のじじいと称して憚らないが、能ある鷹は何とやらで、通常の出陣や演練では誰よりもいきいきと刀を振るっている武闘派なのは主も承知している。しかしその一文字則宗をもってしても、数週間にわたる過去の戦場への出陣はそこそこ体力を削られたらしい。

ずず、とわざとらしいほどに音を立てて煎茶を啜る彼を、正面から主は眺める。
一文字則宗をはじめ、刀剣男士というのは見ても触れても人間そのものとしか思えぬ存在であるが、連日戦闘に明け暮れたであろうその姿に草臥(くたび)れた様子は微塵も見受けられない。その辺りに、彼が人外であるという実感を主は覚える。

ただ一つ、平時よりも一文字則宗が纏う彼自身の匂いがずっと濃いことだけは勘付いている。主が特別嗅覚が優れているというわけでもないが、それだけは判るのだ。
柔らかな朝の景色の中で、主はうっすらと仄暗い本能がさざめくのを、そっと見て見ぬふりをして遣り過ごす。主と一文字則宗の関係を考慮すれば、その反応も致し方ないものではある。しかし、主自身はろくに寝ていないせいだ――と結論付けて、己を律した。

「疲れてる割には飯はしっかり食うんだな」
「当たり前だ。朝飯は一日の要だからな。――お前さんとて、また性懲りもなく僕の留守の合間に不養生を決め込んでいたようだが、ちゃんと食べているじゃないか。珍しい」

腹が減ってたんだよ――主はそう答えたが、思えば珍しいことだと、今になって思い至る。
主は無頓着に輪をかけて、どちらかといえば食も細い方だ。それなりに食べる日もないことはないが、大抵、一度の食事量は一般的な成人男性よりもやや少ない。徹夜明けの日の、それも朝食などは特に、刀剣男士らが食べろと言っても入らぬと断るのがざらである。
我ながら青天の霹靂――と大仰に捉えながらも、それ以上深く詮索することはせず、主はすっかり冷めた茶を一気にあおった。

時を同じくして一文字則宗が味噌汁を啜る。
大袈裟なほど溜息を吐(つ)き、言った。

「ああ、美味いな。夜通し働いた後の味噌汁というのは、何故(なにゆえ)これほどまでに格別なのだろうな」

一文字則宗の感嘆に満ちた一言を、はじめは右から左へと聞き流した主であったが――唐突に何かに気付いて小さく吹き出した。
一文字則宗はきょとんとした顔を作ってから、次いで片眉を吊り上げ、何だ藪から棒に――と不満の色を含めた抗議の声を上げる。

「じじいの発言をいちいち馬鹿にするんじゃない」
「いや、悪い。違うんだ。――俺もさっき、全く同じことを考えながら味噌汁食ってた」

主がまだ可笑しみの残る様相で白状すると、一文字則宗はもう一度きょとんとして、それからうははは――といつものように軽快な笑い声を上げた。

「お前さんも案外じじくさいな」
「それとこれとはまた別だろ」

憎まれ口のような応酬にも、どこか綿毛のような軽やかな笑いが滲んでいる。
先程まで流れていた怠惰な空気が、少しばかり健全さを取り戻したように色を変えた。