眞昼
Public ss
 

春コミ無配

2025.0316に行われたCTオンリーで頒布した無配小話。2話ある。
1.夜行(過去ガラとハイド)
2.月蝕・拾遺(新刊の幕間、R18)


月蝕・拾遺



 汚れ物をまとめて洗濯機に放り込んだ後、タオルを数枚掴んで欠伸を噛み殺しながらガラは洗面台の蛇口を捻った。
 水が温水へと変わる前に顔を洗う。凍るような冷たさで意識が僅かに覚醒した。
 顔を上げた先で、鏡の中の自分と目が合った。
 首や胸元に、赤く小さな情痕がいくつか散っていた。胸へと視線を下げ、現実でもその存在を確認する。
 満月明けの朝に、裂傷や打撲の痣以外のものを見るのは初めてだった。
 古い傷を上書きするように、白ずんだ筋となったものの上につけられたものもあった。
 夜の最中、肌を撫でたハイドの吐息の感覚が甦り、胸の奥がざわついた。
 時折、自分が思っているより遥かに深い情を向けられていることを思い知らされる。
 その底知れない淋しさも。
 自罰的な感情に呑まれる前にタオルに湯を含ませ、硬く絞ったものをいくつか手にして寝室に戻った。
 失神との境界が曖昧な深い眠りに落ちたハイドの顔を覗き込むと、閉じた瞼を縁取る睫毛が乾いた涙で束になっていた。
 タオルで額を拭ってやると微かに眉が寄せられたが、目醒めることはなかった。
 それからどちらともない体液で汚れた身体を清拭していく。
 だが、首や胸、腿などに散った、血の蟠った痕は拭い去れない。
 何度も求められるうちに理性が薄れ、力任せに掴んだり、挙げ句の果てにはあちこち咬んでしまった。
 するとハイドは嫌がるどころか、もっと弱いところを晒してくるのだった。
 これほど委ねているのだからお前もそうしろと言わんばかりに。
 白い喉についた情痕を指で撫でる。
 喉笛を咬むことだけは、なんとか耐えられた。
 代わりにもっと身体の急所を、やわらかいところを貫いていたから。
 ハイドの身体を横臥させ膝を曲げると、薄い尻に手をかけ、少し割り開いた。
 散々擦られ赤く腫れぼったくなったその場所は、白濁が漏れ出しぬめっていた。
 そうしている間にも内から滲んでくる。ハイドが眠り込む前にも一度拭き取ったが多くはまだこの胎の中だった。
 ゆっくりと人差し指を差し入れ、指を曲げて孔の縁を拡げるようにしながら掻き出した。初めに、浅い場所まで降りてきていたものがこぽりと流れ出してくる。
 微かな身じろぎと共にハイドが小さく呻いた。
 起こしてしまったのかと思い動きを止めて様子を窺ったが、またすぐに規則的な呼吸音だけになる。作業を再開し、指の数を増やした。不随意に締め付けてくる泥濘んだ粘膜を掻き分け、凝ったものを誘い出す。
 まるで引き留めるかのように窄まりが収縮の動きをしたが、指で開かれているせいで閉じきらない。そののち指に温かい液体がまつわり、粘性のある白濁が溢れ出した。
 どろどろと。呆れるほど。
 自分があれほど与えようとしたものが、彼があれほど欲しがっていたものが、たちまち失せていく。
 肉体の中から他者は失せ、ひとりとひとりに戻っていく。
 ふと、先ほど鏡でみた自分の姿を思い出した。
 もしかすると彼は自分以上に耐えていたのかもしれない。
 自ら禁じてしまったから、それだけは求めることができず、決して与えられもしないもの。
 欲しいものの代わりに得たものまで、目が覚めた時にはもう失っている。
 その拒絶として、目に見えるものをせめてと身体に残していったのかもしれない。
 だからあれほど求めてきたのかもしれない。
 それは呆気なく消えてしまうほど脆く、傷にすらなれないものだが、二つの夜を繋ぐ微かな細い糸のような証左として。
 漸く彼の中からほとんどを掻き出し、もう一度身体を隅々まで丁寧に拭き清めると、忘れていた睡魔が一気に押し寄せてきた。ふらつきながらもなんとか最後の後片付けをしてハイドの隣に横たわる。
 ハイドの目が薄く開いた。
 意識はほとんど眠りの中にあるだろうに、少し首を動かして自分をみつめるガラの姿を捉えたあと、安心したように再び瞼を降ろした。
 そして寝返りを打ち、もっと近づこうとするかのように片腕をガラの首元に回してくる。
 ガラは身体を押し下げ、ハイドの素肌の胸元に額をつけた。
 鼓動。月や波と同じ、永遠の周期。
 胸の間に唇を寄せ、赤いしるしをもう一つだけ加えた。
 心臓を差し押さえるかのように。
 ひ弱なそこに、いつか残り続ける日が来るように。
 ハイドからそれが見えなくなってしまっても。
 その意味を忘れてしまっても。