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眞昼
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春コミ無配
2025.0316に行われたCTオンリーで頒布した無配小話。2話ある。
1.夜行(過去ガラとハイド)
2.月蝕・拾遺(新刊の幕間、R18)
1
2
夜行
——
飽きたな。
深夜まで書類仕事に追われ、疲労の蓄積した身体をキングサイズベッドの広々としたマットレスに身体を預けた瞬間、ハイドの脳裏にその一言が浮かび上がった。
先日、密かな娯楽の一件で用心棒に散々迷惑と心配をかけてから暫く、彼の正義感に免じて大人しく仕事をこなしてきたが、我慢の限界を迎えようとしていた。外に出るといえば会議か会食、ホテル生活では気晴らしの種類も限られており、抜け出そうにもガラの監視の目は一層厳しい。ほとんど囚人の心境だった。
そもそも労働を好んでいるわけでも真面目な性分でもない。
ハイドは身体を起こし、時計の時刻を確認した。ホテル近くにあるバーはまだ開いているはずだ。
ガウンを脱ぎ、別室で休んでいるガラに気取られぬよう素早く着替え始めた。幸いなことに足裏を跳ね返すほどふっくらとした毛並のカーペットのお陰で足音は立たない。だが念のために靴は脱いだ。
リビングを挟んで逆側にある彼の寝室からできるだけ遠いルートを通り、廊下に繋がるドアの前までたどり着くと、ドアハンドルに手をかけ可能な限り静かに押した。
ラッチが外れ、廊下の光が線の太さを増しながら徐々に足元に射してくる。
顔の半分ほど隙間が開いた時、突如背後から伸びてきた手がドアを強く押し戻し、鼻先で閉じた。激しい音に心臓が跳ね上がる。
「どこへ行く?」
そして、低く静かな声で問われた。
背に身体が触れそうなほど近くに立たれた今の今までまるで気配がなかった、
ドアを押さえたままの彼の手はハイドの顔よりも大きい。捕えられたら逃れられないだろう。
企てを見抜かれたばつの悪さからハイドが答えずにいると、痺れを切らしたのか肩を掴まれて振り向かされる。
「また俺の目を盗んで、一体どこへ行こうとしてたんだ?」
平静を努めていても苛立ちの滲んだ有無を言わせない語気で再び問われ、観念したハイドは小さくため息を吐いた。
「
……
ちょいと近くのバーまで」
「こんな時間に行くのは危険だ。酒なら腐るほどカウンターに置いてあるだろ。それかルームサービスで頼めばいい」
至極真っ当な意見が癇に障りハイドはガラを睨め上げたが、彼は竦みもしなかった。
「ろくな愉しみもなくいい加減窒息死しそうなんだ。誰かさんに監視されているお陰でな! この前お前を騙したことまだ根に持ってるのか? あんなに謝っただろ! というかなんでわかった!?」
「そろそろ我慢の限界が来る頃だろうと思ってな。あと、俺は根に持っちゃいない。ただ明日の朝は大事な会合がある。今飲みに行ったら午前中確実に使い物にならないし、何かあった時困るのはあんただけじゃないんだ。明日が終われば好きにすればいい。どこで誰といるかさえ教えてくれりゃあな。とにかく、今夜はだめだ」
「どこで誰といるか教えれば何をしても良いと言うなら、ここに友人を呼んでもいいんだな」
途端に険しい顔つきになるガラを見て、僅かに気が晴れた。
「私にとって重要なのは明日ではなく、今この瞬間の退屈なんだ。お前にはわからんかもそれんがな。人生の中では一瞬より短いはずの、ただ朝を待つだけの時間の長さが」
「
……
退屈しのぎにもならないだろうが、今夜の話し相手が欲しいなら俺がなる。あんたが飲み過ぎる前に止めさせてもらうが、それでも良ければ」
意外な言葉だった。
ハイドは用心棒としてのガラの優秀さを買ってはいたが、個人としての興味が湧いたつい最近まで、彼について知ろうとしたことはなかった。またガラの方も、雇い入れられた恩義をハイドに感じてはいるらしいが、友愛を深めるような個人についての開示をしたことはなかった。
そんな彼が、自ら話相手になるという。
「
……
ルームサービスでミルクティーを頼んでくれ。それとお前の好きなものを」
「酒はいいのか?」
「もう必要ない。その代わり話をしよう。お前についてのな。お前から言い出したんだから逃げられると思うなよ」
「
……
ご期待に添えられるような面白い話はないぞ。あと話したくないことは話さない」
「それで構わない。気に食わなければ、次は友人を呼ぶさ」
再び眉根を厳しく寄せるガラに対して、ハイドは機嫌良く笑った。
温かな紅茶がミルクと混ざり合い、カップの中で渦巻く。ご丁寧に添えられたキャンドルの火を隔てて、向かい合った二人は語り始める。
言葉と言葉の合間に行われる息継ぎの音さえ聞こえるような、静かな夜だった。
やがて黒い夜が藍へと薄らぎ、東の空が火の色を纏って燃え立ち始めた頃、二人は別々の寝室へと戻った。
一人は思う。
誰かに自分のことを話すなど久しぶりだったと。
一人は思う。
誰かについて真に知りたいと思うなど久しいことだと。
それぞれが今は空席となったテーブルと消えたキャンドルの火を思いながら、短い眠りについた。
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