草枕
2025-03-22 09:31:51
3488文字
Public PBD
 

PBD・レヨン/ケレウス会話ログ小説

『空箱』を乗員たちが送ったあと。
レヨンさん(@So_KZ_kyozyu )とケレウスがバーで飲んでる話



「──……ね、色々聞いちゃったけど。大切な話だったんじゃない?」

「大切まあ大切かもな。でも、置いていける程度の大切だぜ?」
「なぁアンタ、アンタは何か置いてきたか?自分の大切なものをさ」

「そうだね、まったくない、って言うのも違うか」
「一つは、まあ僕がいなくてもどうとでもなるし……、うん。住まいのことかな、ローン残ってるし」
「大きいベッドも、庭のイソギンチャクも、お気に入りだけど持ってはこれないからねぇ。野生のクマノミが来てかわいかったんだけど」

「そうだな、そうだよなぁ」
「アタシも作品を置いてきたし……、それに、そう、『アタシがいなくてもどうにでもなる』から家族も置いて行けたんだ」

…………なぁ、家族を捨てて遠くに行くってのは薄情のうちに入るのかね」

「それは、きっと、どうしようもない薄情ものだね」

 それは、質問の形をしながら、質問ではなかった。どうにでもなる、が仮に正しいとして、それは心を無視している。先刻まで、大事にしていたと語っていた弟。健在の両親とて、どんな関係であっても、アビソリアを出たとなれば気もそぞろだろう。心配だとか、もしかしたら世間体だとか。
 率直な感想を漏らした。

「アハ、だよなぁ。分かってんだけど
「どうしたって足を止められないワケだ、振り返ることだってしない。前しか見れない」

 先の質問は、質問ではなかった。
 自身の変えれぬ在り方を、吐露する声には、嗤いが滲んでいる。彼女は、今確かに、心の内を微かに開いてみせた。ケレウスに見せたのだ。

「なぁアンタ、厄介な女とトモダチやってんだな」

 トモダチ、その四音が、酔いを覚ました。
 喜びと、絶望と、嬉しさと、躊躇いが、一緒くたに心を埋めつくして、レヨンの顔を見る事ができない。全くこの人は、本当に眩しくて、狡い。言葉通りの『厄介なトモダチ』である。こんな風に言われたら、嬉しいけれどお断りすることもできなければ、嫌なのでお断りすることもできない。──どうしようもなく、許されていると、錯覚してしまう。それを名乗ることを。彼女を知ることを。
 そしてたぶん、錯覚ではないのだ。紙上のグラスの酒を、本物の酔いにしてしまうレヨンだから。
 ポーカーフェイスは得意であるが、元より酔いの回ったケレウスの顔の、赤みが増したことは、画家の目であっても早々には気付かないだろう。

「それを言うなら君だって、こんな人でなしとトモダチなんだから──」

 言葉遊びは好きだ。早速許されたのだから、カードを切らない手はない。

「──いつかきっと後悔すると思うけど。ま、今は仲良くしてよ」

 聞いても、──話した側でさえ、何の特にもならないような話を、それでも聞いてほしくなって喋る人間を、ケレウスは何度も見た。そしてきっと、自分もそういう、ままならぬ人間なのだ。

「アハハ!そりゃお互いサマってやつだ。アンタもアタシも、いい大人なんかじゃないもんな?」

 つられて笑う。全くもって、いい大人なんかじゃない。

「ンじゃ、その"いつか"が遠いことを祈って」

「「乾杯」」

 こんな乾杯をしていると知ったら、わるい大人を二人も列車に乗せたどこかの医者は、どんな顔をするだろうか。面白くてたまらなくなってしまって笑い潰れるケレウスと、訳を聞いて大笑するレヨンの声が、夜に揺蕩っていた。