草枕
2025-03-22 09:31:51
3488文字
Public PBD
 

PBD・レヨン/ケレウス会話ログ小説

『空箱』を乗員たちが送ったあと。
レヨンさん(@So_KZ_kyozyu )とケレウスがバーで飲んでる話

 レヨンのペン先で、先ほど空にしたグラスに酒が満ちていくようだった。比喩である。
 シグの作った、繊細でありながら、一息で飲み干したくなるカクテルは、グラスの中で対流する二つの色が美しい陰影を形作っていた。今はケレウスの胃に収まってしまった、その甘露を、レヨンは黒いインクの一色で、描き上げている。アビソリアに居た頃、酒代が無いと言うレヨンに、ライブドローイングを強請ったことがあった。画家のパフォーマンスをたった一晩の酒代で、とは随分なワガママだったと思うのだが、今でもこうして、ケレウスは特等席に座っている。優秀なバーテンダーは、ケレウスが酔い潰れないアルコール度数と量をもうしっかり把握していて、新しい、少し弱めの酒を置いて、少し離れた位置で控えていた。酩酊のいちばん心地良い時間を長く味わうことができる幸せ、というやつだ。
 スケッチは仕上げに入ったのだろう。レヨンの視線が紙とグラスを行き来して、しかし手の動きは既に殆どなかった。彼女の手元には、スケッチブックであることが勿体ないほどの画が出来上がっている。

「僕に買った物を大切にできる自信があったら、良かったんだけどね」

 酒精は人を饒舌にさせる。──否、ケレウスは口数の多い男であった。これは、うっかり口にした、という言の類いだ。ライブドローイングの観覧代だのと言って絵を強請るくせに、習作の一枚も受け取ったことがないのは、ただ自分なりに、絵を大切にできる自信がないという、臆病だ。

 とは言え、酒を酌み交わしたことがあるということは、毎度しっかり酔っ払う男の無駄口を、天端の泡ほど聞いてきたとも言える。筆を置いたレヨンは、杯を傾けた。

「ンだよ、いじらしい事言うじゃねえか。大事にするが全部じゃねえだろ?なんか事情でもあんのかよ」
「何もないよ。ただ、大事なものを大事にできない大人になっちゃったんだよねぇ〜。それも、最近まで一丁前に得意なつもりで居たもんだからさ」

 大事だと思っているものを、その思いと同等な行動に移さないのは、怠慢だ。温かい料理は、温かいうちに食べるだとか、カクテルは出来たてが一番美味しいから、まずは一口いただくとか。絵画なら、一生大切にメンテするとか。それらをしないのは、対象を貶めることであるし──無責任だ。

「いや〜!君のあの絵を見ていた頃は、こんな大人になると思ってなかった!あはは」
「ンハハ、年取るもんじゃねえなあ、お互いに!
 ……でもま、ただ嫌な大人になっちまったってワケじゃねえだろ?この列車に乗り込んだってことはよ」
「どうだろうね。賭場に居づらくなってでてきた男なんて、イヤな大人じゃない?」
「アタシなんて家に居づらくなった末にこうやって街からも出て行ってんだぜ?そう卑下すんなよ、アハハ!」

 強い酒を一杯頼んだ。