さかな
11151文字
Public フロ監
 

こんなはずじゃなかった!

頑張って求愛するフロイドと、ペットかぬいぐるみ気分な監督生

pixiv投稿 2024年12月15日



「あ、小エビちゃん」

連れ立って歩いていたフロイドが突然立ち止まったかと思えば、確かにその視線の先にはオンボロ寮の監督生がひとりベンチに座っていた。
流石ウツボというべきか、惚れた相手への嗅覚は素晴らしい。信じ難いことではあるが、あのフロイドが飽きずに構い倒し、鏡舎から少し距離のある寮へ通い、せっせとモストロラウンジに呼び出しては貢いでいるのだ。本気のほどが窺える。

「相変わらず監督生さんの事となると目ざといな……おや? 1人じゃないですか」

普段脇を固めている元イソギンチャクの後輩も親分と言い張る小さな魔獣すら連れておらず、警戒心の足りない様子に眉を顰める。
幼馴染が熱を上げている相手、というだけでなく斯くいうアズールもそれなりに監督生のことは気に入っているのだ。
あまり賢くはない小心者ではあるが目端もきき、言われたことは真面目に働く素直さは好ましい。それに加え学園長から猛獣使いとしてお墨付きをもらい、あの怠惰な獅子をも動かした実績もある。
それなりに因縁のある相手ではあるが、フロイドが番として群れに連れて来れなくても自分の手駒として欲しいな、と思う程度には。

これが単なる後輩 イソギンチャク候補であったなら無視したところだが、同行者である自分にひと言も言わずにずんずん歩くフロイドに続き監督生の方へ向かう。無防備な彼女は更に呑気なことになにやら歌っているようだった。
密やかな声が奏でるのは聞き覚えのない旋律と歌詞である。

「そういえば、ジェイドが珍妙な歌を聞いたと言っていましたね」

———先日グリムくんがツナサンドを抱えてご機嫌に歌っていたんです。監督生さんに習ったそうで……異世界の歌もなかなか愉快なものでしたよ。

「あいつが興味を示すなんてどんなヤバい歌だと思ってましたが、ただの恋歌じゃないか」

私の行く道はあなたへ続く道、なんてなかなか情熱的な内容だが、監督生のゆるい歌声も相まっていっそ微笑ましい気分になる。
が、続く歌詞に思わず足を止めてしまった。

……いま、食べたいって言いました?」


マグロへつづく道



フロイドは愕然としていた。

最初歌ってると気がついたときは、ウツボではなくマグロ相手に「手を繋ぎたい」だの「誕生日にお呼ばれしたい」だの、到底許容できるものではなかった。しかし聴けば続くのは突然の捕食願望、果てにはマグロでできた家……。つまり恋情ではなく食欲を歌ったものである。
てっきりマグロの人魚(ワーカホリック傾向はあるが基本的に強く立派な体躯のためモテる人魚種)へ宛てた恋歌だと思っていただけに安堵もしたが、それ以上の衝撃があった。

「小エビちゃん、マグロ好きだったの……?」

モストロラウンジで夕食を奢った回数は少なくない。普段からそれなりに会話もしてきた。けれども、マグロが好物だなんて知りもしなかった。

好いたメスの好物を獲ってくるのはオスの甲斐性である。人魚の殆どは、自分にアピールしてくるものがいれば求愛を受けるに値するか試すために課題を与えるのだ。
それなのにフロイドは獲物を要求されたことがない。もしかしてとは思っていたが、いままで求愛してきたのにこれっぽっちも、歯牙にもかけられていなかったのだ。

できるだけ早く、質の良いマグロを貢がなければならない。生憎、歌っているマグロの品種は聞いたことがないため異世界産の可能性がある。が、それはそれ。細かいことは関係ないのだ。

「待ってろよ小エビぃ……!!」

フロイドは愛しい少女をキツく睨むと、決意も早々に鏡舎へ向かった。オクタヴィネル寮の外は海である。マスターシェフでは色んな魚を提供しているのだ、貢物に相応しい最高のマグロだって探せばいるであろう。



その翌日、監督生はフロイドに捕獲されていた。グリム、エース、デュースらと大食堂にて昼食を楽しんでいたところを背後から掴まれズルリと引っこ抜かれたのだ。
これは毎週金曜日の昼休みになると発生する光景なので、周りも慣れた様子でスルーする。触らぬウツボに祟りなし。マブたちも手を振って「次移動だから遅れんなよー」と声をかけるだけだった。

「先輩、今日はちょっと早いですねぇ。まだ私食べ終わってないですよ」
「んー」

なんだか気怠げな雰囲気で碌な返事もなく小脇に抱えられ、食べかけのトレーもフロイドに回収される。
向かう先にはアズールとジェイドが待っており、いつものことながらちょっとしたパーティかな?という量の食事で机が埋まっていた。

「アズール先輩、ジェイド先輩。こんにちは」
「えぇこんにちは」
「どうも。あなたも大変ですねぇ」

雑に持っていたトレーを置き、席に着くなり監督生を膝の間に仕舞い込む。これもいつものこと。ぬいぐるみ扱いにもだいぶ慣れたなぁと思いながら先輩方に挨拶をして、途中だった食事を再開する。
時々横から差し出されるスプーンにぱくつきながらデザート代わりのフルーツサラダを食べ終えたところで、やっとフロイドが口を開いた。

「小エビちゃん、明日はうんとお腹空かせてモストロきてね」
「はぁい。いつも通り20時ぐらいでいいですか?」
「んー、うん」

覇気のない声に首をひねって顔を覗くが、顔色は良い。体調不良ではなさそうだった。
しかし、気分じゃないときや商談などで予定が合わないのだったのなら割合いすぐに「ごめぇん」とぐんにゃりしながら断ってくるのだ。歯切れの悪いフロイドというのは初めてで困惑してしまう。

「あのぅ……ほんとに大丈夫です?」
「は? 絶対にきて」
「うわっ行きます行きます!」

声も低くぎゅっと腹を締められて思わずべちべち腕を叩く。すっぽかしたりしないからやめてほしい。食べたばかりなのでかなり切実にやめていただきたい……! としっかりめに叩く。

「ちゃあんとアザラシちゃんに着いてきてもらうんだよ」
「わかってますよう……

ぐったりしつつ頷けば、満足したのかやっと締め付けが緩んだ。

「フロイド」
「ぁに」
「監督生さんはお次の授業錬金術でしたよね? 早めに解放してあげなければ遅刻してしまいますよ」
「えっ! もうそんな時間ですか!?」

驚いて時間を確認すると、そろそろ予鈴が鳴る時刻であった。ジェイドが何故こちらの時間割を把握しているかは無視するとして、教室まで距離もあるしロッカーから白衣を回収するのを考えると余裕があった方が嬉しいのは確かである。

「あ〜、小エビちゃん脚みじけぇもんね……ッテェ!!」
「おっと手がすべりました」

自分を囲むの長い長い御御足から抜け出す途中、ついメッシュに掴まってしまった。やぁうっかり。

「んの小エビぃ……!」
「では、お先に失礼します。また夜にお邪魔しますね!」

衝動的にやり返してしまったがそこそこダメージが入ったようだ。立ち上がると同時に自分のトレーを引っ掴むと御三方に頭を下げ、再び捕まってしまわぬよう早々に退散する。

……明日には戻ってるといいなぁ」

早足で大食堂を後にしつつ、ぽつりと呟く。ハッキリしない態度のフロイドなんて珍しかったが、ちらりと振り返って遠目から眺めてみればいつも通りに見えた。



「グリム〜。そろそろ行こ〜」

その日は早めにシャワーを浴びて、身支度を整えればもう約束の30分前だった。
監督生は普段スラックスで過ごしているが、モストロラウンジで夕食をご馳走になるときだけワンピースやスカートなど女の子らしい服を着る。私服が貰い物しかないとなにかの折にこぼした際にフロイドから押し付けられたものだ。
こんな良い服を貰う理由が無いと断りもしたけれど「じゃあラウンジ来るときの服にしてよ。お洒落空間って気後れする〜とか言って小エビちゃん全然来てくんねぇじゃん」とかなんとか、流されて一度受け取ったが最後「次はこれ着てね」と渡されるようになってしまった。今ではワードローブの半分がフロイド由来の服である。

最初はいつ対価を要求されるか戦々恐々としていたが特になにも起きず、逆に着ないとぎゅ〜っと締められるのだ。お洒落にこだわりのある人魚であるし、案外お気に入りの人形やペットを着飾るタイプだったんだな……と納得することにした。
わからないことを深く考えると疲れるので、害がなさそうならそうなんだ〜の精神で適当に流すのが監督生なりの処世術であった。省エネ稼働の小エビなのだ。

「今日はなに食えるんだろうな!」
「そうだねぇ。お腹空かせてきてって言ってたから、なんか良いものかも」

楽しみなんだゾ〜! と飛び跳ねるグリムと並び鏡舎へと歩いていく。オンボロ寮から鏡舎への道は街灯が少ないのでグリムの耳から溢れる青い炎がよく映えて美しい。
すっかり慣れた夜道ではあるが、ワンピースの裾をすぅすぅと風が撫でるのも楽しくて、監督生の足音もほんの少し浮かれていた。

「いらっしゃいませ。ようこそ『モストロラウンジ』へ」

オクタヴィネル寮への鏡をくぐりラウンジへ進めば、1番のピークが過ぎたとはいえまだまだ賑やかな店内に迎えられ、何も言わずともいつもの席に案内される。少し奥まったカウンターの左端。
グリムを右隣に座らせて、そのままドリンクの注文だけ手早く済ませてしまう。

「ドリンクおまたせしましたァ」
「フロイド先輩」
「いま準備してっから、もーちょっと待っててねぇ」
「もう腹ペコペコなんだゾ〜!」
「ふふ、ゆっくり待ってます」

注文してから然程待たずにフロイドが現れ、ドリンクを置いていく。昨日の煮え切らない様子は吹っ切れたようでこっそり安堵の息をもらした。この様子なら今週も美味しいディナーにありつけるだろう。

馴染みの寮生にこっそりサービスしてもらったクラッカー(グリムの腹の虫がうるさかったため)をつまみ、ドリンクの終わりが見えてきたころ、両手にトレンチを携えたフロイドがやってきた。

「はいまずこれ、アザラシちゃんのツナスペシャル」
「ふな〜!! ツナがこんなに山盛り……!」

ツナパスタにグラタン、ツナのステーキまで出てきて、普段にない豪華さに息を呑む。

「こ、これ一体どうしたんですか?」
「ん? 練習した余りだからダイジョブだよ。んでぇ……小エビちゃんのはコチラでぇす」
「? なにもないですが……?」

じゃーん とフロイドが手を差し出すがそこにはなにもなく。理解が及ばず首を傾げてしまった。
フロイドは焦れたように「だからぁ」とそのまま腕を伸ばし監督生の顎を掴むと、水槽に顔を向けさせる。

「小エビちゃんが歌ってたやつとは違うマグロなんだけどさぁ……許してくれる?」

改めて見れば、お洒落にライトアップされた大水槽の中を泳ぐ大きな魚影があった。

「わぁ……おっきいですね」
「でしょ? 群れの中でいっちばん美味しそうなヤツ選んだんだ〜」

色々と聞きたいことは湧いたが、監督生は全部飲み込んで素直に賞賛することにした。お腹も空いているし、あまり深く考えたくはなかったので。
フロイドはその返答に満足したらしく、すりすり頬を撫でながら己がどれだけ尽力したかを語りはじめる。グリムがいま舌鼓を打っている大量のツナ料理は、監督生用のを追い込むときや捌く練習の際にいくつか犠牲にしてしまった副産物らしい。

「とっても頑張ってくれたんですねぇ。ありがとうございます」
「合格!? じゃあ今持ってくんね!」
「えっ」

妙にざわつく指先やグリムの食レポも挟みつつなのであんまり頭に入って来なかったが、なんとか笑顔でお礼を言えばフロイドも喜色満面といった風情で裏に走っていってしまった。
もしやビチビチしているマグロまるごと提供されるのか……と慄く。抱えて食べたいとか言っていたのはただの歌詞なので思いとどまってください! と叫ぶべきかと悩んでいると、すっかり顔馴染みになった寮生たちがワッと話しかけてくる。

「監督生、マジでOKしてくれて良かった〜!」
「先輩滅茶苦茶ソワソワするし俺らも心配してたからさぁ!」
「いま血抜きとかしてるけどすぐ来るから、ここ片付けちゃうな」
「グリムはどうする?」
「オレ様もう食い終わったから先帰るんだゾ」

勢いに押されアレよアレよと場が整えられていき、なんだか大事になってきたぞとやっと現実を飲み込み始めればグリムが席を降りようとしたところだった。

「えっ! 待ってよ親分!」

帰りはフロイドが送るため、食べ終わったグリムが先に帰るのはいつものことではあるのだが今日は雰囲気が違った。妙に盛り上がりを見せる寮生たちの中に置いていかれる不安から思わず引き留めてしまう。それなのに返ってきたのはまさかのため息で、いっそう心細くなる。

「こんばんは、いい夜ですね」
「ぎゃっ」
「グリムさん。こちらお土産のデザートです」
「おう! ……子分、そろそろお前も腹を括ったほうがいいんだゾ」

音もなく現れたジェイドに驚けば、流れるようなエスコートでグリムが席を立つ。
去り際に意味深なことを言わないでほしい、と恨めしく睨んでしまうが、親分は振り返りもせずさっさとラウンジを後にしてしまった。

「監督生さん」
……なんでしょう」

グリムに土産を渡して見送りそのまま去るかと思ったジェイドだが、こちらへ話しかけきた。監督生の早いこと仕事に戻ってほしい気持ちは感じているだろうに、その表情はにこやかなものであった。

「フロイドは一昨日貴方の歌を聞いてから仕事もせず泳ぎ回って、昨日は尾鰭が痺れちゃった〜とか言ってキッチンで捌く練習以外ばかり」
……それは」
「それなのに誰も怒らず、仕方がないと見守っていたんです。何故だと思いますか?」
「えっ」

仕事が滞った原因としてネチネチ詰められるのかと思ったのに、想像を裏切った突然の謎かけであった。ジェイドは想像もつかずまごついてしまう監督生をしばらく見つめると、爆弾だけ落として去っていった。

「人魚は総じて、恋バナが大好きなんですよ♡」


言われた言葉を飲み込めずひとり茫然としていると突如歓声が聞こえ、我に返ったように慌てて振り向けば、大きなマグロを抱えたフロイドと支配人たるアズールの登場であった。

「小エビちゃーん!」

次から次へと想像もしてなかった事が起こり、監督生はフロイドへ手を振り返すのに精一杯だった。今週もいつも通りのご飯会だと思っていたのに、知らぬ間に歌を聞かれていたのも恥ずかしいのに一体全体どうしてこうなったのか。

「御来店の皆様、本日は当店をご利用いただきありがとうございます」

アズールが朗々と語るには、サプライズイベントとしてマグロ解体ショーが開催されるようだ。今からフロイドが解体するものは売約済みのため提供できないが、事前に捌かれ柵状態になったマグロがあるのでそちらを注文できるらしい。
マグロはいつのまにか大水槽前に設置されていた解体台に置かれ、フロイドは恭しく監督生をそのすぐ近くへエスコートしてくれた。

「小エビちゃん、どっから食べたい? やっぱ頭?」
「えぇと……フロイド先輩のおすすめで」
「おっけぇ〜」

台に用意されていたイカツイ包丁を手に訊かれるが、絵面が物騒すぎて頭が働かず無難にお任せしてしまう。フロイドは随分ご機嫌な様子で、監督生のぼんやりした返答にもニヤリと返し解体をし始めた。

「まず頭を落としまぁす」

ザクッ!バリバリ! とおよそ聞いた事がない音を立てながら捌かれていくマグロ。
その横ではアズールが「ここは頭肉といい希少部位で……」と解説をしつつ、ご注文はお近くのスタッフにお尋ねくださいと販促も行っている。

「はい小エビちゃん」
「あ、ありがとうございます」

マグロの解体なんて初めて見たため思わずかぶりつくように見ていると、食べやすく切り小皿に盛ったものを手渡された。火を通すこともできると言添えられたが、案内してもらったテーブルには醤油やワサビまで用意されていたのでありがたく刺身としていただく。

「ん!!! おいしいです!!」
「ほんと!? 良かった〜!」
「頭肉ってはじめて食べました。とろけます〜!」

喜ぶ監督生にフロイドはさらに顔を緩め解体を進める。今回のように大型の魚は三枚おろしではなく五枚おろしを行い……とアズールの解説をBGMに、ここもうまいよ、脂好きならこっちも、とおすすめの部位を教えてくれる。

「小エビちゃんさぁ、こないだのマスターシェフでポキ丼うまいうまいって食ってたじゃん。生魚って駄目なヤツは本当に駄目だからオレ嬉しくってさぁ」
「そうですねぇ、私は国民食にお刺身があったので……。ここでこんなおいしいお刺身食べれるなんて思わなかったので、すっごく嬉しいです」

えへへ、と笑えば「人魚の才能あるよぉ」ととろりとした顔で言われ、それに「照れますねぇ」なんて返す。弱すぎて海だと一瞬で死にそうと言われてきたので、たぶん人魚なりのフォローなんだろうなぁと軽くなのだろう。

「いやでもほんとに。アズールには目の前で捌くなんて小エビには刺激が強いって反対されたんだけど……ニッコニコで食ってるもんねェ?」
……? おいしいですもん。次赤身食べたいです!」

フロイド1人でやるため浮遊魔法まで使った解体ショーは見応えがあり、しかも切ったその場で刺身にして提供までしてもらえ、監督生は今日イチでご機嫌であった。色々ありすぎて内心頭を抱えもしたが、こんなにおいしい思いができたならトータルで幸せな日である。

各種部位の刺身を食べ、〆に大トロのねぎま汁までいただきご馳走様をした。まだ大分マグロが残っているのが悔しいが、さすがにジェイドでもあるまいし食べれる量には限りがある。

「お腹いっぱいになった?」
「ぱんぱんです〜! ご馳走様でした!」
「んふふ。良かった〜」

フロイドは監督生がギブをしてからも解体を進め、マグロを柵状にしていく。これは冷凍して後日オンボロ量に届けてくれるらしい。至れり尽くせりすぎて恐ろしいが、ありがたいので対価は言われてから考えようと頭の外に追いやった。

「でもほんとにおいしくて……舌が肥えちゃったかも。他のマグロが味気なくなったらどうしましょう」
「え〜。小エビちゃんが望むならまた何度でも獲ってきてあげるよォ」

だからちゃあんとオレに言ってね、と念を押すような声は妙に真剣に聞こえ背筋が震える。

……はぁい」
「ん、いいこ」

にこりと笑う姿はいつも通りのゆるいフロイドで、ほっと息を吐く。
解体も粗方終わったようで、包丁を拭きながら「じゃあ片付けてくっから、送るまでこっちで待ってて〜」と元のカウンター席に案内された。ついでにそろそろドリンクもラストオーダーだから、とおかわりを訊かれたので暖かいお茶を頼む。

店内を見回せば客もまばらで先程までの賑わいはなく、ラウンジにはゆったりとした雰囲気が戻っていた。

「お待たせいたしました」
「ありがとうございます……あれ、アズール先輩」

支配人直々の配膳に驚いたが、サプライズイベントは中々の売上になったようで実ににこやかであった。

「お陰様で今日は稼がせていただきました」
「お客さんみんな盛り上がってましたねぇ」
「目の前で魚を捌いて提供するなんて陸の人間にはウケないかと思いましたが……これならまたやってもいいですね」
「えっほんとですか!」

お金に余裕がないため普段はラウンジへ滅多に訪れない。しかし解体ショーは見るだけでも楽しかった。注文はお財布的に難しいかもしれないが、絶対に行きたい。

「いつやるか分からないイベントなんて、来客数を稼ぐのにももってこいだ。いやぁ! 次が楽しみですねぇ」

新しい商機を得たとアズールはすっかり恵比寿顔だ。常連にだけ事前に伝えるというのも特別感でますよ、と下心を込めて伝えれば「考えておきましょう」と鷹揚に頷いた。たぶん教えてはくれないだろう。


「小エビちゃん、お待たせ〜」

アズールも去り、暫くひとりぼんやりと水槽を見つめていると、身綺麗にジャケットまで着直したフロイドが戻ってきた。

「お疲れ様です。もういいんですか?」
「うん。今日はもう上がり〜」

閉店にはまだ少しあるが、今日は沢山稼いだのもあって早めに退勤を許されたらしい。差し出された手を取り席を立てば、そのまま手を繋がれ一緒に店を出た。
鏡を抜け鏡舎につくと途端に夜の静けさが満ちており、自然と声を潜めてしまう。ポツリポツリと話しながら歩けば、すぐにオンボロ寮が見えてくる。

「今日はほんとにありがとうございました。でも、急にどうして?」
「アハ……聞いちゃうんだ?」

改めてご馳走になったお礼を言えば、フロイドは歯を覗かせて笑った。

「小エビちゃんは焦ったり断ったり喜んだりはするけどさァ、いっつも理由なんて碌に聞かねぇじゃん」
「えぇと……そうでしたっけ」
「そぉだよ。ツレナイ小エビはオレの真心をいっつも流しちゃって」

詰るような声色に思わず目が泳ぐ。確かにあまり考えずになあなあにしてしまう癖があるし、今日も似たようなことをグリムに注意された気がする。

「それは、その……申し訳なく……
「イイヨォ。今日はちゃあんと聞いてくれるんだもんね?」

笑顔のままなにやら不穏な空気を纏ったフロイドが、ギィとオンボロな門扉を開き顎をしゃくって寮へと促してくる。
自分の寮であるはずなのに、足取りも重く恐る恐る進む。

「きょ、今日もお泊まりします?」
「すんに決まってんじゃん。いつも通り添い寝とぉ……い〜っぱいオハナシしてあげんね♡」
「ヒェ……いらない……

いままでなったことのない雰囲気に思わずお断りしてしまったが、フロイドはクスクス笑うばかりか逃がさないとばかりに腰をぐいと掴まれた。

「直接言ってくんなかったのはショックだったけどさぁ、求愛の課題に合格出したの小エビでしょお?」
「うぅ……歌ってただけなのに……
「ほらぁ、はやくドア開けてよ」

せっつかれヒィヒィ言いながら鍵を開ければ、いっとう甘い声が降ってくる。

「招き入れてくれてありがと、小エビちゃん♡」

あ、やらかしたかも、と思っても後の祭りで。止まった足も虚しく長い腕にぎゅうと巻き取られ、気がつけば寮へと引き摺り込まれてしまった。