11155.
2024-09-12 01:43:25
2807文字
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落ちた音

うちよそ、アル実の日常話。付き合った後の二人。それぞれの想いを込めて。

落ちた音


 いつものように目の前のつむじを愛でていると突然彼女は振り向いた。
「アルくん! なんか今変な感じする!」
 思わず口をきゅっと閉じたアルバートは、何事も無かったような顔で声を掛ける。
「実さん、どうしたの?」
「わ、わかんないけど、心はポカポカするのに、ザワザワもしてなんか……安心とは別の感じがする……!」
 なんだこれは?と目の前であたふたとしている彼女に目が離せないでいた。何かを伝えようと手振り身振りで話しているのだが、とりあえず分からないということを伝えたいらしい。後ろから抱き抱えて座っていたアルバート。彼女の腰に回していた彼の手にぎゅっと力が入っていた。
「それは、嫌な感じですか?」
「え!?」
 目をぱちくりさせながら固まる実の顔をじっと凝視した彼は少し目を伏せる。自分とは違う気持ちなのかと。
「すみません。恋人らしいことをしようと思って実さんの近くに座ってみたんですが」
 にこっと微笑むアルバートは手の力を緩めようとする。すると、
「あ、いや! 違う! 多分違う! そうじゃない——よ!!」
 腕の中におさまっていた実はガバッと勢いよく体をアルバートに向けた。向かい合うような、むしろ彼を少し見下ろす形で言葉を続けた。
「あ、あの……多分嫌じゃないんだ! なんかむず痒いとか、落ち着かないとか、そんな感じなだけなんだよ! はじめての感覚でよく分からなくて、でも心音はバグバクうるさくなるし自分でも分からないから、そのぅ……うぅ——
「実さん?」
 なんだが胸が苦しくなるような、顔を逸らしたくなるような気持ちが押し寄せる。今までずっとみてきて知ってる綺麗な顔なのになんだがいつもみたいに笑って見ることが出来ない。実は袖口を掴むと手を自分の顔の前に持っていき視界を半分にした。
——ど、どうしよう。なんか、恥ずかしい……!」
 まるで耳の感覚までなくなるような、頭の中のグルグルが身体中に巡っているような気さえする。お姉さんなのに……と零しながら実は目の前のアルバートを見ようとして、目線を逸らすということを繰り返していた。
——るさん——、実」
 すっと彼の手が実の手と重なる。視界には遮るものがない。
「意識してるんだ?」
 鼻先が当たりそうな距離に息が止まる。思わず長い繊細な睫毛の動きでさえ心が揺れ動く。
「可愛いね……
 透き通るような声。その音が耳に届くのには時間は要らなかった。
——っ、きゃぅ——!?!」
 見えない衝撃に体が弾ける。思わず後ろにガっと勢いよく倒れそうになるが、彼の手が包むように頭を支えていた。
「おっと、大丈夫?」
「え、あっ……、ありがとう……
「なら、良かった」
 まるで月が照らす白銀色のような瞳を細めてはにかむように笑うアルバート。
「そ、そんなことないし……こんなこと知らない……
「そんなこととこんなことって?」
 実の目線が定まらない。むしろアルバートの顔しか映らないこの視界に振り回される。考えなきゃと思いながらも思考が追いつかない。
……可愛い、とか。——っ、この、気持ち……こんなの少女漫画にも小説にもな、かったから——
 重なった鼻先も、手も何もかもが熱い。視界が少し揺らめいたように感じた程だ。
「うん」
「だから……知らなかった、から……知らない、し——
「うん」
——だから、はじめてだったから……
「うん」
 言葉を重ねるたびに声が小さくなる。それでも二人には届いた。
……い、しきしたのかな……多分……アルくんでいっぱい、いっぱいです……
 恐る恐る口を開いた実。もう自分の心臓の音だけが頭に響いてる。
 その言葉の後にはまるで音をかき消すような、花が咲いたような笑顔のアルバートが目の前に広がった。
「俺も」
 ただひと言。その言葉でこんなに胸が高鳴るなんて知らなかった。知ってるはずの知らない笑顔に実はなにかが落ちた気がした。