11155.
2022-05-03 23:25:11
3877文字
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ひとりで見上げる場所

うちの子、蛍の日常話。ふと何故か気になって答えのない自問自答をしてしまうそんな場面です。おまけではうちよそCPで謙蛍が少しあります。

ひとりで見上げる場所

 
 天井が高い工場にカチャンと金属がぶつかり合う音が静かに響いた。いつからそこにあったのか分からない切り傷や油の染みがいくつもついた台の上に使い慣れたパイプレンチやプライヤ、ドリルドライバー等が無造作に並べられている。それらの一つ、ニッパーに手を伸ばすと大切そうに手にした。そして顔の前まで持っていくときちんと最大まで開くのか確認するため道具の持ち手に力を入れ、刃が開いたり閉じたりする動きを確認する。
「よし、問題なし。今日の点検はこれで良いか」
 目の前に広げられた工具たちをいそいそと黒い工具箱に戻していく。定位置に戻ったことを確認するとふぅと一息つき、蓋をガチャんと閉めた。肩に手を当て、首をグイッと左右に曲げると肩からもパキパキとかわいた音が鳴る。そのまま両手を後ろに組み、真上に手を平を向け腕をめいっぱい伸ばす蛍は身体を震わせた。
「んっ……————、やっぱり作業してると肩こるな~集中してる時は良いんだけど後からくるこの痛みはどうにかならないかな」
 ダランと両手を下ろすと口からそんな言葉がこぼれた。上の方にある窓から差し込む柔らかい光に目を細めて見つめる。
「早く仕事場に来すぎたけど、この誰も居ない時間好きなんだよね。家の直ぐ隣というか敷地内にあるから、親様々だよ~」
 パイプ椅子の背もたれにもたれ掛かる蛍はありがとうと小さく言いながら、ちゅんちゅんと小鳥の鳴き声にふっと口を緩める。
……よく独りでここに居たけど何だかんだ来ちゃうんだよね。うーん、むしろアレかもしれない」
 ひとりボソッと呟く。
「何処にも行けない……
 そんな言葉がただただ零れていた。
 そっと目を閉じる彼女は今よりも幼い頃を思い出す。校庭で男子と混ざって遊んでいた時、サッカーだったか突然クラスの女子に呼び出された時がある。三人の子たちに校庭の隅で話したいと言われたが、偶に話すくらいこ子たちに何故呼び出されたのか蛍にはさっぱり分からなかった。何か遊びの誘いかなとドキドキしていた蛍だったが、それとは違うものだった。
「ねぇ、何で一緒に居るの?」
「遊びに誘われたからだよ?」
 遊ぼうと誘ってくれたからいたのにと当たり前のことを聞かれて首を傾げる蛍に三人の女子たちがひそひそと話し始める。そして一人が口を開いた。
「じゃあ、一緒にいないで。男子と遊ぶなんて変だもん」
 蛍はよく分からず、目をぱちぱちする。
「え、楽しいじゃん? なんで? あ、一緒に遊びたかったんなら一緒にいこうよ! みんなでやった方が楽しいって言ってたよ」
 誘ってくれた男子の名前を口にした途端、その場の空気が変わったように感じた。目の前の子たちは何だか自分を見てるけど見てないようなそんな気がした。
「だから遊ぶのが変なんだって! そんなことも分からないの?」
 そうだと他の二人も口々に言う。何がそうなのか考えてみた蛍だが、何もわからず混乱するばかり。私が言うからと返事をしても、そうじゃないと目の前の女子たちが怒っていることしかわからなかった。
「もういい! 男子とは遊ばないでよね!!」
 そう言い捨てると三人のその子たちはその場を去っていく。蛍はただごめんとしか口にできず、彼女たちの背中を見つめていた。ただ遊んでくれる子にその事を言うのもはばかられるし、数日経つ頃には蛍は忘れていて誘われるがままにまた男女共に遊んでいたが。
……あれからかな。多分小学生の低学年上がったあとぐらいの。なんか雰囲気良くないなと思って。うーん、未だに女の子の気持ちに共感できなくて苦労するけど今はこうやって働けてるし、職場の皆と居られるのは楽だから単に合ってなかったんだろうな……
 首を捻る蛍はまた小さく唸る。
「ちょっとずつ考えるのも嫌になって工場に遊びに行く機会が増えた中学からはここで工具や要らない部品など触らしてもらったもんな。只管いじってたけどパズルみたいで楽しかったんだよね」
 思いを馳せている蛍はなんとなく口の端を上げて微笑む。だからこの場所が好きだったなと。
「すずめちゃんと会って遊ぶのがまた楽しくなって、セバスチャンにも乗せてもらって……
 ふふと声が溢れるが突然蛍は止まる。ゆっくりと閉じていた目を開けて、膝の上にある手をじっと見下ろす。
「それでも何処にも居ない、そんな自分がいた……ような気がする」
 真っ暗な海の底でじっと周りを眺めている。暗くて手を伸ばしても誰にも届かない。でも上からの微かな光は見えて、消えてくれない、その光が何故か胸を締め付ける——そんな感じがずっとあった。そばに家族はいたし、なんならすずめちゃんも実ちゃん、結さんもいたと。確かにひとりではなかったと思う。
……その光が好きなんだけどな……
 底から見つめる光やその先には届かない。まるで飛べない鳥が空を憧れてるかのようなそんな想いなら共感できる、そんな気さえしてしまう。私は居るんだけど居なくて、私じゃないようなことさえ思っているくらいだ。
……ここから出たいわけでもないんだけど……行けない…………その言葉が、なんかしっくりくるんだよね」
 自分で決めた道に後悔がある訳では無い。好きな事だし、碧のためにも何か出来たら嬉しいなと思ったくらいだ。大学に行って学びたいことがあった訳でもないしと。
「誰かに連れ出して……欲しいの、かな——
 零した言葉に思わず、あははっと小さな笑いが零れた。
「誰かって、誰なんだろう。私は何処にでも行けるし、自分で選んできたのに。可笑しいなぁ……!」
 ははと笑う声が朝日が差し込む工場に響く。上からの微かな光は昔と変わらず優しく蛍を照らしている。