Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
シノハラ
2025-03-12 22:32:53
3612文字
Public
アルカヴェ
Clear cache
Export ePub
アルカヴェまとめ(2本)
1
2
3
1halkav 「ファーストキス」
2023年7月31日
学食で何とか席を確保して、二人で日替わりの定食を腹に収めている時だった。ほとんど彩りの観点で置かれているだけのレモンをひょいと取り上げたかと思うと、かぷりとレモンにカーヴェが歯を立てた。
「うぇ
……
すっぱ
……
」
それから顔を顰めたものの口に入れた物を吐き出すつもりにはならないらしく、カーヴェは何とか果肉を飲み下す。胃の中でもその酸味が悪さをするのか、カーヴェは身を竦めてぶるりと身を震わせた。
口直しとばかりにハーブティーを飲み干してようやく落ち着いたらしいカーヴェに視線だけで訳を促せば、醜態を晒したと思ったのか彼が少々照れくさそうに笑って見せた。ええとね、と言葉を探しながら、カーヴェは頬を指先で軽く擦る。
「ファーストキスはレモンの味って言うじゃないか
――
いや、そんな正気を探る目で見るのは止めてくれ。レモンの味がしないことは当然分かってるから。あるとしても、直前に食べていた物の味がするくらいだろ。僕が気にしているのは本当に表現した人がこの素のままのレモンを想定していたのかってこと」
アルハイゼンの不躾な視線にの意図を早々に察したらしく、カーヴェが口早に訂正を加える。つまるところ彼はレモンを見て、ある種の文化や言語的表現
――
この場合は文学的とした方が適切だろうか
――
に興味を抱いたと言いたいらしい。
「で、考えてるうちにレモンをそのまま食べたことないなって思って気になったんだ。それだけ」
「どうでした?」
好奇心旺盛なのは学徒として称賛されるべき気質ではあるが、カーヴェのそれは大分体当たり過ぎるきらいがある。いつもこういう無害な方向で発揮されればいいのだけれどと思いながら、アルハイゼンは緩く首を傾けた。
「やっぱりキスにレモン単体の味は無茶があると思う」
眉間に少々影を落として、カーヴェは先ほどの味わいを思い出したようだった。それから、手に持ったままだったフォークを手放して、軽く腕を組んで思考を巡らせる。
爽やかなイメージのみで話をしているのか、それともはちみつ漬けのような甘さを伴う物を想定しているのか。どちらかと言うと後者の方が近いのかな。初恋と言えば甘酸っぱいものって扱いだし、そこから派生させるなら酸っぱさだけ踏襲するのは妙な感じがする。
そんなことをつらつらと唱えた後、カーヴェはしばらく考え込むような仕草を見せた。それから前触れもなくぱっと顔を上げた彼はアルハイゼンの方の皿に置いたままだったレモンを取り上げたかと思うと、身を乗り出してアルハイゼンの唇にそれを押し付ける。すっとした柑橘類独特の香りが鼻先に香って、果肉から滲んだ果汁がアルハイゼンの唇を少々ひりつかせる。その向こうにカーヴェの指の重さをじんわりと感じた。
「ほら、君も確かめてごらんよ。さすがにないって思うから」
唇に乗るレモンを無視していると、カーヴェが焦れたのかアルハイゼンに口を開けるように急かしてくる。一旦視線だけで拒否を示してみたが、カーヴェは引き下がるつもりはないようだった。まるで同じ経験をこの場でしないと、議論の土俵に上がれないと言っているようである。実際に、それが有意義な議論の糧になるのであればアルハイゼンだって渋りはしないのだが。
根競べをしているうちに、周囲からの注目を集めるのも本意ではない。鼻先で諦念と譲歩を多分に含んだ息を吐いて、アルハイゼンは唇を開いて見せる。すぐに入り込んでくるレモンの刺激と共に、カーヴェの指先がアルハイゼンの唇を微かになぞった。
痺れを伴うそれに気を取られながらレモンを齧ると、口の中に強い苦味が広がった。それからそれに負けない酸味が広がって、アルハイゼンは思わず眉を顰める。
「苦い」
「そりゃ皮ごと食べたらそうなるよ」
さすがに口の中に留めておくつもりにもなれず、アルハイゼンは机の端に常備されているナプキンに形が崩れたレモンを吐き出した。そこまでさせるつもりはなかったと、少々申し訳なさそうにカーヴェが眉を下げる。その埋め合わせとばかりに彼がハーブティーを差し出してくるので受け取って飲み干すと、そこそこ心地良い調和を生み出してくれた。
「ああでも、そういう苦味がある場合もあるのかもしれない。そういうのはないに越したことはないだろうけど」
ピッチャーに残っていたハーブティーをお互いのコップに注ぎながら、カーヴェは少し苦笑した。誰かが味わったかもしれない恋の終わりを予期させる苦味を想像しながら、アルハイゼンはもう一口ハーブティーを口に含む。
例えばその口づけが恋の終わりを告げるものだったとしても、その味を知れるだけでもひょっとしたら幸せなことなのかもしれない。そう、伝えられるはずもない感想諸共、アルハイゼンは味の変わってしまったハーブティーを喉の奥に流し込んだ。
1
2
3
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内