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桐子
2025-03-09 22:13:20
5838文字
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美しい傷 最終回(父水♀)
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何から話したらいいだろう。水木は言葉を探す。ゲゲ郎は急かすことなく、じっと待ってくれた。それが嬉しかった。
「俺はずっと、お父さんとお母さんを助けられなくて、後悔してたんだ」
「ああ」
ゲゲ郎は優しく頷いた。
「でも、もう違うんだ。お父さんもお母さんも、俺が生きててよかったって思ってくれてるって、やっとわかったよ」
生きながら焼かれて、さぞ苦しかったはずだ。それでも、二人は水木を生かしてくれた。自分が助かることよりも、娘を生かす方が大切だと判断したのだ。これまでは、いくらゲゲ郎に「それは違う」と言われてもどこか信じきれなかった。しかし、実際に自分の腹に命が宿ったことで、その気持ちが実感できた。
「だからもう、俺は自分を責めるのをやめた。お父さんとお母さんはきっと、俺が幸せになるのを望んでる」
水木は膨らんできたお腹をそっと撫でた。
「俺は、この子に幸せになってほしい。だからもう一人で抱え込んだりしない。ちゃんと自分の人生と向き合うよ」
ゲゲ郎は黙って聞いていたが、やがてそっと水木の手をとった。包帯が巻かれた腕は、水木自身がつけた傷だ。懐剣で帯を切ったときに、何度も失敗して腕を切りつけてしまったのだ。
「
……
それだけではない。お主は、火の中でわしを助けてくれたではないか」
「え
……
?」
「こんなに傷だらけになりながらも、時貞に一矢報いた。お主は、わしの命を救ってくれたんじゃ」
包帯の巻かれた手に視線を向けていたゲゲ郎は、顔を上げた。彼は穏やかな笑みを浮かべていた。
「わしもな
……
岩子は助けられなんだが、お主のことは助けられた。今でも岩子を失った悲しみは癒えることはないが、それでも少し救われた気がしたよ」
ありがとう、とゲゲ郎は目を細めて言った。
「お互いに、今度こそ間に合ったのう」
ありがとう。
彼の言葉が、両親の声に重なって聞こえた。
――――
そうか。自分は今度こそ、大好きな人を助けることができたのか。
目頭が熱くなるのを感じ、涙が頬を伝った。ゲゲ郎は水木を抱き寄せた。温かい胸に頬を寄せると、規則正しい鼓動が聞こえた。生きている音だった。
「水木」
ゲゲ郎は少し体を離し、水木の涙で濡れた頬を優しく拭った。
「お主はもう自由じゃ。沙代嬢ちゃんのように、どこへなりと行けるぞ。必要ならわしが助けになる」
どうすると視線で促されて、水木は言葉に詰まった。
「子どもは手元で育てたければ、育てればよい。認知もする、養育費も払う。決して不自由はさせん。もし他に好きな男ができて、その者と添い遂げたいというなら、こちらで引き取って育てよう」
水木は首を横に振った。
「俺は、この子を手放すつもりはない。俺の家族だから」
「そうじゃな」
ゲゲ郎は柔らかく微笑んだ。
「お主はきっと、良い母になる」
「そうかな」
「ああ」
そう言って、彼は水木のお腹を撫でた。子どもが生まれてくることを、ゲゲ郎もまた喜んでくれているのだと思わせる、優しい手つきだった。
「
……
もし、俺が出て行ったとして、お前は寂しくないのか?」
ふと気になって尋ねると、ゲゲ郎は虚をつかれた顔をした。そんなことを聞かれるとは考えてもいなかったのだろう。
「そりゃあ、寂しいに決まっておる」
ぽろりとこぼれたのは本音だったのか。だが、彼はそれを打ち消すように慌てて言った。
「まあ、でも、子はいつか親元を離れるものじゃ。寂しいが、わしのために無理する必要はない。わしはな、水木に心から幸せになってほしいんじゃ」
そう言って突き放すくせに、寂しそうな目をしている。そんな顔をしてどこか遠くで幸せに生きろだなんて、説得力が少しもなくて笑えてしまう。
「馬鹿なやつ」
水木はぐっとゲゲ郎の着流しを掴んだ。上体を傾かせた男の唇に、自分のそれを押し付ける。
初めてのキスだった。
驚いたゲゲ郎は目を丸くしている。唇を離した水木は、きっぱりと告げた。
「俺の幸せは、お前と一緒にいることだよ。ゲゲ郎」
ゲゲ郎はしばらくぽかんとしていたが、やがてハッとした顔をして水木の肩を引きはがした。
「口づけくらいは、好きな男のためにとっておけと」
「うるせえな。俺の好きなやつは、お前だよ」
「じゃからそれは男女の恋では
……
」
「これが恋かどうかなんてわからない。でも、お前のそばにいたい。この子を一緒に育てたい。ゲゲ郎は俺の傷を癒してくれた。俺を救ってくれた。今度は俺が、お前の傷を癒したいんだ」
「水木
……
」
「俺、お前と本当に家族になりたいよ」
ゲゲ郎はじっと水木を見つめた。
「わしは極道者じゃ」
「俺だっておじいさまを殺すのに加担した。とっくに犯罪者だ」
「わしのそばにいれば、また危険が及ぶかもしれん」
「俺がまたお前のこと助けてやるよ」
「水木が傷つくのは見とうない」
「俺は、お前のためならどれだけ傷ついたっていいよ。
――――
なあ、ゲゲ郎。俺じゃだめか?」
沈黙が続く。しばらくして、彼ははーっと大きくため息をつくと、そっと水木の頬に触れた。
「
……
本当によいのか?」
もう後戻りできんぞ、と念を押すように言うので、水木は笑って言った。ゲゲ郎はいつもこうなのだ。水木がいいと言っているのに、こうして何度も確かめる。
「いいに決まってるだろ」
彼の言う『男女の愛』というものが、水木にはまだよくわからない。それでも、どれだけ傷ついてもこの人のそばにいたい、というこの気持ちが愛でないなら、何を愛と呼べばいいのだろう。この選択も間違っているはずがない。
「ゲゲ郎、愛してる」
水木は、自分の頬に触れる男の手の上に自分の手を重ねた。目を閉じると、すぐに優しく唇が重ねられた。子どもまでいるというのに、キスだけはまだぎこちないのがなんだかおかしくて、でも嬉しかった。
「水木」
ゲゲ郎がそっと顔を離す。
「わしもお主のことを愛しておるよ。本当はもう、ずっと前からじゃ
……
本当に出て行かれたら、立ち直れんかったかもしれん」
「はは」
見栄っ張りな男だ。でも、それは水木のためを思ってのことだったのだから、責める気にはならない。
「水木、もっと口づけても良いか?」
「うん」
ゲゲ郎は水木の頬を両手で包むと、そっと唇を重ねた。さっきよりも長く、深く。
「ん、ゲゲ郎」
水木はとろりと蕩けた目で男を見上げた。その眼差しに誘われるようにして、ゲゲ郎は再び口付ける。今度は舌を差し込まれる深いキスだ。何度も角度を変えて咥内を貪られ、水木は甘やかな声を漏らした。
「
……
んっ
……
ふ
……
」
飲みきれなかった唾液が口の端から零れたが、気にする余裕もなかった。ようやく唇を離す頃にはすっかり息が上がっていて、くたりと体をゲゲ郎にもたれさせ、肩を大きく上下させながら呼吸を繰り返した。
「綺麗じゃ」
ゲゲ郎は目の傷を撫で、欠けた耳に口づけてくれた。
「本当は初めて会った時に、なんて綺麗な女じゃと見惚れたんじゃ」
照れたように笑うその顔を見て、鼻の奥がつんとした。そうだったのか。あの時、彼は自分を美しいと思ってくれていたのか。
「これからは絶対に大事にすると約束する。同じ時間をともに生きよう。鬼太郎やこの子の未来を、水木とともに見ていたい」
うん、うんと水木は何度も頷いた。涙がこぼれたが、ゲゲ郎がすぐに唇でぬぐい取ってくれた。くすぐったさに水木は声をあげて笑った。泣いたり笑ったり、キスをしたり、忙しい夜だった。
しかし、生涯忘れられない、幸せな夜だった。
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