山城まつり
2025-03-04 20:33:34
18482文字
Public 【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉
 

【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉#04

Ep.4です!!お久しぶりです!!
ついに種明かしですよ~~~~~!!!推理発表会です!!よろしくお願いいたします!!

一応ですね、ちゃんと今までの情報だけで推理できるようにしているはず、なの、で……うん……自信ないな……。
頑張りましたのでね……許してください…。

また、今回はがっつり医療のシーンを含みます!
知識足りないので間違っている事が多いと思います、いろいろ調べましたが違っていたらすみません…。


レヴリの紅玉 シリーズ▼
https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=66492


前回#03▼
https://privatter.me/page/67bc36b1317bf


アスナショウコ様宅【レゾン・デートル】から四宮椿さん、市ノ瀬咲良さん、大河カレンさんをお借りしております。お貸しくださって本当にありがとうございます。

本作は自創作【suicidal/leniency(スーサイダルリニアンスィ)】を「馬子軸」(現代ファンタジー)に落とし込んだ作品です。作者自身、馬子軸に関してど素人中のど素人ですので、間違った解釈などあるかもしれません。本当にすみません。
また、本シリーズ、特に#03以降は【suicidal/leniency】本編のネタバレを含みますので、「ネタバレNG!」という方は閲覧をお控えください。作者的にはスーリニはネタバレありきの方が面白いと思っております……。

スーリニ原作が気になってくださった方におかれましては、以下に本編リンクを載せておきますのでよろしければご覧ください。現在Prologue~Karte03まで読めます。

▼suicidal/leniency本編
https://novel.daysneo.com/works/3870c9c909042fb07a363f371caeee59.html


それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


バイタルサインが一定のリズムを保って俺達に生命の存続を教えている。空調が効いた適温の手術室の中にそれ以外の音はなく、静寂と緊張感に包まれていた。


「メス」


そういえば看護師は居なかった。
伸ばされたクレマリーの右手にメスをしっかりと置くと、彼女はそれを握りしめて胸骨の真上、胸の中央に一つの線を描く。それはあっという間に緋色に染まり、銀色のメスにその色を反射させた。
鎖骨の下から肋骨の突起部分────「剣状突起」までを真っ直ぐに線引けば、クレマリーの向かいに居る椿が電気メスを用いて焼灼しながらそれを広げる。そのまま皮膚と脂肪層の下にある胸骨に向けて剥離、切開。剣状突起の裏側に指が入るまで切り開く。
ライトを当てながら更に深くまで切開すれば、白い胸骨が姿を現す。それを「ストライカー」という器具を用いて二分すると、その下に拍動を続ける心臓と空洞……胸腔が目視出来るようになる。どくどくと動き続ける心臓は、確かに左右が反転しており、しかも心臓自体が横転しているような歪な形をしている。そう、心臓外科が専門でもない俺でも一目で分かった。


「やはり、普通の心臓ではないな。興味深い。左心室が普通の人間の右心室にあたる場所で、つまり私達から見て左側が左心室であると」

「混乱するような事を言わんといてくれ……

「続けるぞ。開胸器」


開胸器で胸骨を広げ、術野を確保する。再び電気メスを手に取ったクレマリーは、悩む素振りを見せる事なく慣れた動作で心膜を縦に切開した。俺はそんな彼女の術野を覗き込んで吸引管を当てがう。すう、と紅い筋が吸い込まれて、視野は常にクリアに保たれていた。


「椿、此処を把持してもらえるか」

「構わない」


大動脈付近の心膜を、血管を傷つけないように剥離する。合計6本の腕が彼の体内に触れていた。心膜を切り取った下にあるのは、薄い橙色をした心臓だ。出血はない。至って綺麗な心臓だった。俺は吸引の必要がなくなった事を悟ると、吸引管を離して静脈内にヘパリンを投与する。


「人工心肺に接続する。椿、送血管と脱血管は……

「先程の待ち時間で準備済みだ。咲良、ACTは?」

「400秒超えとる。繋いでくれ」

「分かった────」


手術において、血液が凝固するのは極めて危険だ。血栓が出来てしまい、想定外のところで致死率を上げるのはご法度。従ってACT、血液が凝固する時間を延ばすために医師は患者にヘパリンを投与する。
凝固リスクが最小限である事を共有した後に、人工心肺と身体を接続する。
送血管を右の鎖骨の下の動脈に、脱血管を上下大静脈に────勿論、それは「普通の人」の場合だ。彼の場合は全てが逆……つまり、左鎖骨の下の動脈と左心臓部にある上大静脈に管を差し込み、体外循環を開始する。その後に「彼にとっての」左肺静脈にカテーテルを、右冠動脈洞から心筋保護液を注入するためのカニューレを挿入すれば、動かない視野の完成だ。
さぁ、ここからが本番だぞ────椿のその一言に俺は気を引き締める。


「心筋切開を開始する。超音波メス」

「はい」


メスを握りなおしたクレマリーはまるで機械を用いたような正確かつ迷いのない動きで心筋を慎重に切開した。重さを持って左右に広げられた左心室────全身に血液を送り出す場所は、ルビーのような紅いクリスタルの腫瘍に占領されていた。露出したその鉱石腫瘍は、まるで心筋の一部が結晶化したように固く、鋭い光を放っている。実際に見たのはこれで二度目だ。だが、生きている人間の体内にこれが生えているのを見るのは初めてだった。
人を死に至らせる幻想の病、スアサイダル症候群。
人を想い、同時に人を破滅に導く死神スアサイダルが呼び寄せた、神秘そのもの。
それは、拍動を停止したイアサント・マルシャンの体内────左心室の中で、私は此処に居ると力強く告げていた。


……クレマリー、これはどうやって取る?剝がせるんか」

「剥がせる。ダイヤモンドカッターで削りながら、電メスで健常組織と剥離するんだ……一歩間違えると心筋を穿ったり冠動脈を損傷しかねないがな」

「博打、」

「博打?そんなものではない。私はミスなどしないのでな」


椿を「医学における万能の天才」と称するなら、彼女は「スアサイダル医療における万能の天才」と言うべきか。……いや、彼女は総合外科医って言っとったよな。という事は、スアサイダル医療に限らずあらゆる外科医療が彼女の専門?
頭が痛くなってきた。
天才という神に与えられた叡智がそんなぽんぽん居ていいのか。

じゅう、と組織を焼灼する音が響き、緋色の体内から煙が揺蕩う。
クレマリーは「いつも通り」の動きで腫瘍を削り、隙間から電気メスで組織と剥離し、再び削り────。
少しずつ、鉱石の形が崩れていく。
銀のトレーの上に、クリスタルの塊が増えていく。
流石の腕だ、と椿が素直に称賛する。目の前の彼女は、死神でありながら────その本質は、間違いなく医師であり救世主なのだ。その手腕は、決して一朝一夕で成り立ったものではない。何度も苦悩したのだろう。何度も嘆いてきたのだろう。奪ってばかりの自分の生涯を呪い、それでも救い続ける道を選んだ。

俺は、彼女を赦していた。
それは、「クレマリー・ルーヴィル」という人間性を知り得なければ至らなかった思想。
初めてスアサイダル症候群について知ったときでは至れなかった思想。

それだけでも、フランスまで来た意義があったと、今では思う。


……切除、完了だ」


クレマリーはメスを置き、両手で「それ」を掴み上げる。湿った音と共に、「それ」は俺達の前に正体を現した。
きらきらと、無影灯の光を反射して煌めいている。その透き通る紅い結晶は、患者の身体の上にプリズムの影を落とした。
彼女はまたひとつ、自分の罪を償った。
全てを見ていた俺は分かる。
今までも、これからも、彼女はこうやって誰かを救っているのだ、と────。


……これにて手術を終了する、と言いたいところだが」


クレマリーはトレーに腫瘍を置いて心筋を縫合すると、バイタルサインを見遣りながら低く告げた。
俺もまた、彼女同様にモニタを見上げる。────血圧が、上71・下39まで下がっている。椿もそれを視界に入れ、ふむ、と唸った。


……血流が悪いようだな。左冠動脈が捻じれている……詰まってしまうのも時間の問題、かもしれない」


それを聞いて俺は術野を覗き込んだ。心臓の表面、彼にとっての右側であり俺にとっての左側……その表面に走る動脈、左冠動脈。それは複雑な形状をした心臓に引っ張られてぐにゃりと歪んでいた。三本ある冠動脈の中央の枝、その中心部分────俗に言う左前下行枝ひだりぜんかこうしが捻じれている。椿が言うように、このままでは心筋梗塞を起こすのも時間の問題だった。
クレマリーはリトラクターを取り出しながら告げる。


……私は彼から全てを奪った。その償いを一生をかけてしなければならないと思っている。これから彼を蝕む可能性がある疾患を未然に防げるのであれば……それはひとつの償いになるのではないか、と。……無論、私のエゴに過ぎないが」

……前から気になっとった。お前は、イアサント・マルシャンに何を、」

「それは彼から聞いてくれ。彼の目線で聞いて、私がいかに酷い事をしたか知ってくれ。……私は、許されようだなど思ってはいない」


彼女は寂しそうに笑った。
一体何をしたのか、どんな罪を起こしたのか────それを問い正したい気持ちを呑み込んで、俺は「分かった」と小さく告げた。ありがとう、と彼女は答える。
ありがとう、って、何なんかちゃ。
そう心を痛めながら……「じゃあ、まだオペを続けるんか」と問う。


「嗚呼。今から、左前下行枝に対し、左内胸動脈を用いた冠動脈バイパス術を行う」

「CABGか……嘴馬が最近執刀していたな」

「執刀しとったのを見ただけやろ」

「失礼な。私に執刀経験がないと言いたいのか!?私は────」

「ハイハイ、医学における万能の天才やろうが。分かっとる」

「駄弁っている暇はない、始めるぞ」

「言われているぞ咲良」

「お前もやろうが!!」


そんなやり取りを尻目に、クレマリーは鉤爪のようになったシルバーの器具、リトラクターを用いて胸壁を持ち上げる。そこで「椿」と目の前の緋色の女に声を掛け……それに気付いた椿は真剣モードに戻ると超音波メスで内胸動脈を丁寧に剥離していく。脂肪組織にメスを当てがえば、組織はそれを避けるように道を開ける。


「咲良、塩酸パペリン溶液」

「あ、ああ」

「何だ、素人のような声をして」

「しゃあしい」


言っておくが、俺は脳外科医やったんやぞ。冠動脈バイパス術みたいな心臓血管外科専攻医がするオペをやった事などない。
……それでも、流れは何となく知っている。冠動脈バイパス術とは血流の悪くなった冠動脈に迂回路を作り出し、血流を改善する治療法だ。脚の大伏在静脈や腕の橈骨動脈でバイパスする事も多いが、安全面を考慮してグラフトの第一選択になるのは胸にある動脈、内胸動脈だ。今回は彼の右手側────ややこしいが彼にとっての「左内胸動脈」、その下側を取り外して冠動脈に縫い付ける。やっとる事は分かっとる。分かっとるが、経験は無かった。


……CABGは初めてか、咲良」

……すみません」


塩酸パペリン溶液を撒布し、内胸動脈を全長に渡って組織から剥がしている椿の向かいからクレマリーがそう問い掛けてくる。それらを専門としている医師達の間に居る事が途端に恥ずかしくなり、自然と敬語が漏れてしまう。だがクレマリーは「気にするな」と微笑んだ。……この2日間で、彼女の感情の表し方を何となく掴んだ気がしていた。


「私と椿が中心となって執刀しよう。適時説明もする……あまり気張らないでくれ」

「あ、え……ありがとう、ございます」

「先程までの砕けた口調はどうした。こそばゆい」

「────クレマリー、剥離が終わったぞ」


椿の鶴の一声で目の前の彼女は表情を引き締めた。
彼女は視野を術野に戻すと、大動脈に鉗子を掛けて血流を遮断し、小尖刀とポッツ剪刃を俺に要求する。その間に椿が冠動脈も剥離し────その後を追うように剪刃で小切開、そして延長。5mm程度の穴を作り出す。
吻合口は、俺が知っているCABGと異なる場所であった。捻じれた走行をしている左前下行枝では、吻合する位置の選定が難しいのだ……そう悟る。


「此処に吻合する。ハチゼロ」


8-0モノフィラメント縫合糸を受け取ったクレマリーはそれを細い血管の表面に空いた穴にU字を描くようにして縫い合わせる。髪の毛より細い糸が、彼女の掌で優雅に踊っている。ミシンで縫い合わせているように、1mmのずれもほつれもなく、二つの血管が身を寄せ合う。


「メッツェン」


その一言で現実に引き戻される。縫合は、完璧に完了していた。メッツェンを受け取り糸を切った彼女は遮断鉗子を外して血流を再開する。
どくん、と確かに心臓は脈打った。彼は確かに、救われ────


「!!」


刹那。
バイタルサインが赤く泣き叫んだ。
何が起きた!?吻合は完璧だった筈────そう思いながらモニタを見遣れば、先程の手術で回復しているはずの血圧が低下して危険域に達していた。「出血……!?」と焦りを強く孕んだ声が漏れる。クレマリーは即座に緋色に染まる胸腔内に手を差し込んで出血点を探す。血圧と同時に、心拍が著しく低下している。このままじゃ────!!


「────焦るな!」


鋭いアルトの声が呼び止める。俺は縋るように彼女を見上げた────椿は緋色に溺れる体内の一点を指差す。俺達から見て、心臓の左下。つまり左心室。先程腫瘍を摘出した場所であった。


「スアサイダル症候群の腫瘍は心筋にも至っていた。それを取り除き、薄くなった心筋が穿孔したのだ」

「なら縫合せんと、」


そう怒鳴ろうとして、俺はぎょっとする。血液が胸腔内を満たし、ぼたぼたと地面に緋色の水溜まりを作り始めている!心臓は全身に血液を送り出すポンプ、出血量が尋常じゃない!縫合では止血が間に合わないッ!


「何か手はないんか!?」

「焦るなと言っている!前に似た症例を見た、穴をフェルトで塞いでしまえば────」


ぶちっ。
不意に、嫌な音が聞こえた。
まるで、肉が裂けるような、嫌な音だった。
その音は、紛れもなく彼の体内から発せられた。
心室の壁の穴が開いて、そこから血が噴き出して、肉が裂ける音がして────


「穴が、広がったッ!?」


振り絞った俺の声は、情けないほどに震えていた。
溢れ返る血液は、まるで噴水のようにその量を増やして。
ただでさえ低かったバイタルは、限りなくゼロに近づいて。
椿を見上げる。
彼女なら、どうにかしてくれるだろうと一縷の希望を掛けて、見上げる。
だが彼女も、瞳を見開いたまま……そこに、縫い付けられていた。

絶望。
それが、手術室を占めていた。

だが────


……まだ、私は諦めない」


泣き叫ぶバイタルの音に埋もれながら、凛とした声が響いた。
それは、死神が零した決意だった。
俺はそちらを見遣る。
彼女は緋色に染まった手袋で、そっと心臓に触れていた。
静かに、静かに。彼女は俺達に問い掛けた。


……今から私がする事を、容認してくれるか」


その言葉に対し、俺はただ一言「救えるんか」と返した。
彼女は決意を瞳に秘めて、「救ってみせる」と呟いた。誓った。
────そこに、偽りなどは無かった。


……認める」

「神秘を取り締まる者として、赦してくれるか」

…………救えるんなら、赦す。市ノ瀬咲良としても、螺旋捜査官としても」

「ありがとう。私は、いい友を持ったと誇ろう」


ゆっくりと、瞳を閉じる。紅玉は白い睫毛に隠されて────再びそれを開いた時には、その中央に白い十字架が宿っていた。





「────“静謐たる闇よ、絶望に光を授けよ”」





それは先程聞いた、死を持っての救済の呪詛ではなく。
それに似た、しかしそれと相反する────死神から授ける、生への赦しであった。



*“砕けし魂よ、今一度の鼓動を受け入れよ。*
*救いなき病に手を差し伸べる。*
*たとえ、我が身が穢れようとも。*
*我が名はスアサイダル────病の名を冠し、生を繕う神秘。*

*命を奪い、我が名の下に命を創ろう。*
*命を救う事が、人の罪であるならば。*
*我が罪の全てを、今、受け入れよう“*



彼女が天に掲げた左の指先から、クリスタルの欠片が生み出される。
それは螺旋を描き、淡く輝きながらその形を変える。
互いに身を寄せ合った鉱石の腫瘍は、彼女の右手へと収束する。
────その先は、イアサント・マルシャンの心臓。

傷口に、ぴたりとそれは重なって。
彼のために生み出されたその光の結晶は、確かに傷口を塞いで。
溢れ続ける血液が止まる。
バイタルが徐々に正常域へ戻っていく。
モニターが反応し、緑のランプを灯した。

────救った。
「殺す」ための力で、彼女は確かに「救った」。

矛盾だらけの死神は、柔らかに微笑んでいた。
良かった、と。その言葉は、天使のような慈愛を含んでいた。


……心拍63。血圧、上77、下45。────オペレーション終了だ」


矛盾に満ちた彼女は、手術の終了を宣告する。

8月9日、午前4時丁度。

クレマリー・ルーヴィルを恨む彼は、彼女の手で救われていた。








────────Ep.5(epilogue)に続く