山城まつり
2025-02-24 18:06:57
19547文字
Public 【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉
 

【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉#03

Ep.3です!!これでクライマックスだ~~~!!!と思っていたのですがなんだか長くなりそうなのでもう少しだけ続きます…。どうか どうかもう少しお付き合いください……。アッ 勿論無理強いは…いたしませんので……!!

推理パートその1です
推理?推理……なのか……?
次のお話で種明かししますのでね 次のお話に至るまでの軽い推理のウォーミングアップです


レヴリの紅玉 シリーズ▼
https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=66492

前回#02▼
https://privatter.me/page/67b7205b1d5e8


アスナショウコ様宅【レゾン・デートル】から四宮椿さん、市ノ瀬咲良さん、大河カレンさんをお借りしております。お貸しくださって本当にありがとうございます。

本作は自創作【suicidal/leniency(スーサイダルリニアンスィ)】を「馬子軸」(現代ファンタジー)に落とし込んだ作品です。作者自身、馬子軸に関してど素人中のど素人ですので、間違った解釈などあるかもしれません。本当にすみません。
また、本シリーズ、特に#03以降は【suicidal/leniency】本編のネタバレを含みますので、「ネタバレNG!」という方は閲覧をお控えください。作者的にはスーリニはネタバレありきの方が面白いと思っております……。

スーリニ原作が気になってくださった方におかれましては、以下に本編リンクを載せておきますのでよろしければご覧ください。現在Prologue~Karte03まで読めます。

▼suicidal/leniency本編
https://novel.daysneo.com/works/3870c9c909042fb07a363f371caeee59.html


それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


「手術中」のランプが消えるのは、月が南中した頃だった。この病院────イリュソリア・クリニックでスアサイダル症候群感染患者に用いるのは、特効薬『レヴリカ』の投与による腫瘍の溶解施術である筈だが、それにしては些か時間が掛かっている気がする。まさか処置が難航しているのでは……。そう不安に駆られていたが、時計の短針が12に差し掛かった頃にようやく手術室の扉が開かれる。手術室から担架で運ばれるピションさんと、その後に出てきたマルシャン院長。……彼の顔は、以前会った時より憂いに満ちていて、グレーの瞳は曇天のように翳っていた。


「マルシャン院長、ピションさんは……


思わず、そう声を掛ける。マルシャン院長はその悲しげな瞳を細めて、「安定していますよ」と告げた。強張っていた肩から力が抜ける。それと同時に涼しい風が頬を撫でて、俺に温度という概念の周知を蘇らせた。


「全身の腫瘍、溶かせたんですか」

「いえ、全身……ではなく今回は上腹部、胃と十二指腸に腫瘍が発見されました。腹腔内出血が見られましたので、今回は開腹を行い……そして従来の外科的治療で腫瘍を切除したんです。時間が掛かったのはそのせいです。意識障害は出血による痛みと……そして腹膜を圧迫した事によって呼吸が難しくなったからだと」

「手術、されていたんですか」

「『レヴリカ』を世に広めたいのは勿論ですが、外科手術の方が早い場合もあるのです。……今回のように」


確かに、どうせ腹を開くのであれば腫瘍切除も同時にしてしまった方がいいのかもしれない。自身の偉大な発明に囚われず、その時の「最善」を尽くす彼には頭が上がらない────そう考えながら、俺はマルシャン院長に頭を下げた。


「すみません……ありがとうございます」

「そんな、市ノ瀬さんが頭を下げる必要はありません。下げるべきは死神スアサイダルです。……そういえば」


院長はそこで言葉を切り、言葉尻を強くして問う。そこには彼なりの怒りがあった。


……クレマリー・ルーヴィルは、どうでしたか」


どうでしたか。彼はそれだけを口にしたが、その言葉の裏には「クレマリー・ルーヴィルの尻尾を掴めたか」という意味合いがある事を知っている。だから俺は「ええ」と答える。恐らく、と告げようとしたが、今まで得た情報が、そして遭遇した現場が、俺の推測を裏付けていたので付け加える野暮な事はやめておく。


「十中八九、クレマリー・ルーヴィルがスアサイダル症候群を撒き散らす犯人である事に間違いはない、と思います」

「やっぱり……!涼しい顔をして、彼女は未だに医療の中心地で踏ん反り返っているのですか。そんな事……許してはおけません」

「俺としてもそう考えています。俺達が渡仏したのは怪死の謎を暴くためですが……幻想種ヴィーヴィル、特にスアサイダルに関して無視を決め込む訳にはいきません。彼女を捕らえ、神秘管理局に引き渡すつもりではいます」

「心強い。私は神秘管理局、エニグマ医学会の人間ではありますが……スアサイダルが引き起こす『彫刻の奇跡』に対してなす術がありません。私が一人立ち向かったところで、殺されて終わりでしょうから」

「そこのところは俺達に任せてください。椿と大河にも話して即座に逮捕に踏み切ります」

「頼みますよ。……クレマリー・ルーヴィルの居場所は分かっているのですか」

「勿論────ッ!?」


そう言いかけたところで気が付く。
クレマリー・ルーヴィルの監視を、ルミエール・シュヴァリエに一任していた事に。
彼はスアサイダルに立ち向かう医師の一人だ。救世主だ。だが────今、クレマリー・ルーヴィルが「敵」だと分かったこの瞬間。ルミエール・シュヴァリエはただの人間であり、同時に脆すぎる存在なのだ!
そんな焦りを覚えながら彼に連絡を取ろうとしてスマートフォンを取り出す。その画面いっぱいに不在着信が埋め尽くしてあり、その番号は紛れもなくルミエールのもので。何故通知が来なかった?そう訝しむ俺の視点が一点に止まる。バッテリー残量が残り12%になっている。端末は省電力モードに切り替わり、通知がサイレントになっていた────!?
……最悪や、何かがあったに違いない!
彼の身を案じながら電話を折り返す。最後の着信から、既に15分は経過していた。

電話は、コールを5回繰り返したのちに取られた。
スピーカーモードにしているのだろう、くぐもった環境音の中で遠く彼の声が聞こえる。
その声は、混乱と焦りを強く孕んでいた。


……ルミエールッ!!無事かッ!?」

『僕は、全然、大丈夫なんですけど……ッ!クレマリーさんが、クレマリーさんがッ!!』


────クレマリーが?
ただならぬ彼の様子とその言葉に、思わず眉間に皺が寄る。どういう事や、だってクレマリー・ルーヴィルはこの一連の事件と関連性があって、というよりこの一連の事件の犯人で。そんな彼女の身に、何かが……
……まさか。


……自殺したとか、そういうのじゃないやろうな」


振り絞った声は、情けないほど震えていた。
事件の犯人が自殺を選ぶ事は、あり得ない事ではない。それは被害者の遺族や関係者にとって、そして事件を調べる者にとって、悲惨な終末だ。死者となった容疑者は何も答えない。何も語らない。そして、何も償わないのだから。
静かに、俺はルミエールの答えを待つ。NOと言ってくれる事を待つ。
だが────およそ3秒のタイムラグの末、彼は「そうですッ!」と悲痛に告げた。
最悪に、最悪が重なっていた。


「じゃあ、クレマリー・ルーヴィルは────死んだ……ッ!?」

『いえ……ッ!!』


電話の向こうでルミエールが叫ぶ。どん、どんとくぐもった打音が聞こえている。……彼は、何をしている?俺は一言一句を聞き漏らさないよう息を殺した。


『恐らく、自殺未遂ですッ!あの後、クレマリーさんは家に帰られてッ……そこから出てこなくて、っ、でも監視するようにと言われたので23時半まで待って!それで噓の用事を作ってドアノブ回したら開いてて、それでッッ!!』

「落ち着け!……生きとるんか、」

「無脈性VT、もしくはVfですッ!!僕一人では、胸骨圧迫が精一杯です、早く、早くAEDと通報をッ!!」

心臓が止まっとる。だが、助かる可能性もある。
早く、早く彼のもとへ向かわねばならない。だが此処から何分かかる?間に合うか?……涼しかった夜風が途端に温く湿度を持って感じられ、額から気持ちの悪い冷や汗が流れた。
どうすればいい!?俺一人で、何が────!!


「────お前はもう少し、周りを客観的に見る事が必要だな、咲良」


聞き馴染みのある声が、背後から聞こえた。
困惑と、そして確かに芽生えつつある期待を胸に俺は後ろを振り返る。
そこには、彼女が居た。
曰く、「医学における万能の天才」であり……そして同時に、俺にとっての光である、彼女が。


……椿、」


何で此処が。
その質問を口にする前に、緋色の彼女は左右で色の違う双眸を細めた。
そこには彼女だけが識る全てが在った。


「私はどんな情報も聞き漏らさない。救急の要請があり、それがシメリス中央病院で断られ、イリュソリア・クリニックに運ばれた事は知っている。お前はクレマリー・ルーヴィルを尾行した。全てが分かっている私からすればそのような事は無意味なのだが、お前は気になって仕方がないようだからな。誰が選ばれるかまでは知らなかったが、今日一人のスアサイダル症候群患者が生まれる事は予想済みだった。そしてシメリス中央病院は満床。となれば此処に運ばれ、お前が来る事も簡単に予想がつく」

「知ってるって、何を……

「それはこれから答え合わせだ。……クレマリー・ルーヴィルのもとに行きたいのだろう。……カレン」


そう椿が声を上げれば、診療所の入り口から「椿、AEDありましたよォ」とバッグを抱えた大河が飛び出してくる。
彼女の空間魔術で此処まで来たらしい。
そして俺は彼女達の真意を悟る────空間魔術でなら、数分と待たずに現場へ到着出来る!


「さぁ、お前の推理がどこまで正しいか……そしてこの殺人事件がどれほど卑しいものか、確かめに行こう」

……分かった。大河、」

「言われなくとも分かってますよォ。……あ、水戸黄門の院長先生も首洗って待っておいてくださいね、面白い報告してあげますから」

「あ、え、嗚呼……?」

「────バステト」


刹那、足元で大河の従える金色の猫がにゃあと鳴いた。
視界が歪む。意識が歪む。彼女の魔術が、俺達を捕らえていた。
自由落下にも似た僅かな時空のひずみの後────俺達が立っていたのは、古びたアパートの前だった。
「お化け屋敷」。そう呼ぶのが正当解のように思える、石で造られた古い二階建ての建造物だ。叢雲の隙間から覗く満月が、青白く辺りを照らしている。深夜0時過ぎ。宵闇に閉ざされたアパートの一室、階上の角部屋。そこだけが俺達を呼んでいるかのように、明かりを灯していた。そこからは人の気配が感じられた。疑うまでもない。クレマリー・ルーヴィルの部屋である。


「マジで幽霊屋敷ですねェ。ホラーゲームの新作で出てきそうです、ホラアレ、なんだっけ……ルイージが掃除機でお化け吸うヤツ」

「その話は後だ、カレン。直ぐに向かうぞ」

「サーセン、そっすね……。行きますよ咲良さん!」

……嗚呼」


椿を先頭に、俺達は階段を駆け上がる。息は切れない。靴に蜘蛛の巣が纏わりついて白い糸を垂らす事も気にせず、目的の扉の前まで辿り着く。
一息にそれを開けた。ダイニングの奥。そこに────ルミエールの背中があった。


「────ルミエール!!」


俺は彼の背に声を掛ける。ルミエールはこちらを振り返る事無く、「すみません、AEDと救急車の要請を、!」と叫んだ。彼の額には玉のように汗が浮かんでいて、締め切られた蒸し暑い室内に小さな水溜まりを作っている。
即座に彼の向かい側に駆け寄り、しゃがみ込む。足元に結ばれた縄が触れる。……首吊りか。硬く瞳を閉ざすクレマリー・ルーヴィルの白い首筋に走る鬱血した赤黒い痕が、それが真実なのだと嗤っている。左手首の下には緋色の海が出来ており、事の深刻さを思い知らされた。


「ルミエール、服を捲り上げるぞ……AEDを持ってきた」

「よろしくお願いしますッ」


椿が手慣れた動作でAEDを取り出す。それは即座に自身の出番だと認識すると、若い女性の声でアナウンスを告げた。


『Appelez les secours. Retirez les vêtements du torse de la victime. Placez les électrodes sur la poitrine nue de la victime comme indiqué.(救急サービスを呼んでください。傷病者の胸部の衣服を取り除いてください。電極パッドを、指示された通りに裸の胸に貼り付けてください)』


彼女の服を捲り上げ────ようとしたが、着脱衣が難しいデザインである事を悟ると服の下からパッドを潜り込ませる。白い肌の下に浮かぶ鎖骨は、細くて脆くて痛々しい。
右鎖骨の下と左の脇下。そこに電極を配置すれば、機械は心電図の解析を開始する。そのアナウンスに気付いたルミエールは一度胸骨圧迫を中止すると、額の汗を腕で拭った。


『Analyse du rythme cardiaque en cours. Ne touchez pas la victime.(心拍リズムを解析中です。傷病者に触れないでください)』

「クレマリーさん……っ」

「ルミエール、落ち着け……

「でも、でも……っ!」

『────Choc conseillé. Éloignez-vous de la victime.(電気ショックが必要です。傷病者から離れてください)』


機械は一言そう告げると、ブザー音を鳴らして警告する。椿が「離れろ」と冷静に告げ────そして静かに電撃を落とすボタンを押し込む。
びくん。紅い衣服に身を纏った彼女の身体が、大きく強く跳ねた。
椿がショックを受けた彼女の首筋に触れ……小さく顔を横に振る。まだ、脈が戻っていない。それに気付いたルミエールはもう一度彼女に向かい合うと、心の臓を強く圧迫して。


『Reprise du massage cardiaque. Commencez les compressions thoraciques.(心臓マッサージを再開してください。胸骨圧迫を開始してください)』


機械的なアナウンスが胸を刺す。電子音だけが室内を占める。
時間が、酷く歪んで感じられた。血の気の引いたクレマリーの顔を見ながら、ルミエールは叫ぶように胸骨圧迫を続ける。
代わるぞ、と……俺はそれすらも言えず、ただただその様子を瞳に焼き付けていた。「あの人」が、救えなかったと瞳を伏せた過去が脳を掠める。いつだって、誰かを必ず救えるという確証は何処にもない。運命というものは常に不条理に、無慈悲に俺達から全てを奪っていくものなのだから。
……本当に、救えるんか。
ルミエールはそんな邪心を抱く余裕すらなく、ひたすらにクレマリーの心臓に向き合っていた。細く骨ばった手が、赤くなっていた。


「お願いです、お願いですから、戻ってきてくださいッ!!僕はあなたを、疑いたくなんてない。あなたが悪いと、決めつけたくなんてない。だって、だってあなたはいつだって、患者に真摯に向き合っていた。命に真剣に向き合っていた!そんなあなたが災厄だなんて、僕は思わない!あなたが死んでいいだなんて、思わない!!僕も、オリヴィエさんも、ローザさんも鈴麗リンリーさんもみんなッ……みんなあなたを待っているんです!!あなたが帰ってくるのを、待っているんです……ッ!!」


『私が治せると言えば治せるんだ。私は嘘など吐かない。……任せろ』
『大丈夫だ────必ず助けて戻ってくる』


……彼女の言葉に、嘘があったんか?
彼女の生き方は、偽りやったんか?
彼女の正体は、恐らく俺が思う「それ」なのだ。
だが、「それ」だと言うにはあまりにも────彼女は優しく、脆い。
それも俺達を欺く術なのか。
俺達を利用する嘘なのか。
……そうではないと、本能が吼えている。
分からない。彼女の真意が、分からない。


「分からないだろう?それが彼女の面白い部分だ」


隣で、椿が不敵に笑っている。
この女が笑っている時────それは大抵面倒な事が起こる前触れなのだが、それと同時に……

彼女がこの笑みを漏らす時、俺達が運命に負けた事はないのだ。


────微かに、クレマリーの身体が震えた。


それに気付いたルミエールが手を止める。
俺は直ぐに頸動脈に触れる。……そこには確かに、生命の証明があった。
「脈、戻った……」と小さく声が零れる。声音は自分でも驚くほど穏やかで、捕らえようとしていた死神に対して贈っているとは思えないほど慈愛に満ちていた。


……クレマリーさん」


優しい声掛けを受けて、彼女の瞼がゆっくりと震える。
蝶が蛹から羽を広げるような緩やかな速度で、紅玉の瞳が開かれた。それはぼんやりと天井を見つめ────そして目の前のルミエールに焦点を合わせる。
薄く開かれた彼女の唇から、掠れた声が漏れた。


「ルミ、エール………


ルミエールの瞳に涙が滲む。それは彼女の紅いドレスに染みを落として、温かに彼女を濡らした。よかった、と。彼が絞り出した声は、震えていた。


「よかった……っ、あなたが、居なくならなくて、よかった……ッ!」

……は、泣く、な……男だろう……


彼女はぐ、と両手に力を入れて体を持ち上げると、ルミエールの背を撫でる。窓の外の満月が、その様子を見下ろしている。誰も、彼女達を咎めやしなかった。咎める事を、赦しやしなかった。
────静寂の後に、椿がゆっくりと口を開く。その声音は、真実へ至るための最後の砦を墜とす事に対し、歓喜の色を示していた。


……クレマリー・ルーヴィル。全てを話してもらおうか。何────私にあらゆる事を赤裸々に暴かれたいのであれば、黙っていても構わないが」

……言わずとも、知っているのだろう」

「さぁ、それはどうか。知っているからこそ私達は此処に来た、それに間違いはないがな」

……。」


黙り込むクレマリー。俺は、椿に代わり────彼女のその血のような瞳を覗き込んだ。


……正直に答えろ。お前────幻想種ヴィーヴィル……スアサイダルなんか」


その言葉の反響だけが、狭いアパートの一室を満たした。
外で、生温い風が窓を揺らす音だけが響く、久遠の休止符。
時が、止まった感覚があった。
世界が、石になった感覚があった。
長く静かな休止の末────クレマリー・ルーヴィルは、ついにその質問に答える。
そこにはもう、抵抗の意志は無かった。


……そうだ。私こそが、人々を死に導く病《スアサイダル症候群》の感染源。幻想種ヴィーヴィル、識別名を────《スアサイダル》」

「やっぱりか」


クレマリー────否、死神スアサイダルは悲しげに視線を逸らした。それはこれから訪れる牢獄での未来を憂いた「悲しみ」なのか、仲間と別れを告げる事への「悲しみ」なのか、それとも……。静寂を切り裂いて、俺は「何が、目的だ」と告げる。彼女にしか知り得ない答えが、そこにはあった。


……お前達は、私が『人類を滅ぼすために』感染を広げていたと思うか?」


スアサイダルは、厳かにそう問い掛けた。
言い方からして、答えは恐らく「NO」だ。……人類を滅ぼすために感染を広げていた、のではない。ならば何故?何のために?だって、スアサイダル症候群は人を自殺に導く悪しき病で。そこには、明確な殺意があって。そうじゃないなら、一体。
俺の代わりにカレンが「普通はそう思うンじゃないですかァ?スアサイダル症候群は人を殺す病気ですし」と答えた。
────だが、目の前の彼女は首を横に振る。そこにはやはり、悲しさが籠っていた。


……残念ながら、私は人類を滅ぼそうなどとは思っていない。そうでなければ医師などやっていない。……そしてそもそも、私は────生きようと、思ってはいない」

「どういう、事だ」

「私はただ……死にたかったんだ。人を殺める事しか出来ないこの生涯に、別れを告げたかったんだ」

「な────」


思いもよらない告白に、思わず思考が白に染まる。
スアサイダルはやはり憂いを帯びた表情で俺を見つめ、「莫迦だと嗤ってくれるか」と自嘲した。「答え合わせだ、咲良」と声が降ってきて、俺はそちらを見遣る。そこでは椿が腕を組みながら、真相を紡いでいた。


「私とカレンが神秘管理局に赴いた理由を勘違いしているのかもしれないが、私達がそこまで足を運んだのはクレマリー・ルーヴィルの血液検査、ひいては遺伝子検査の結果を得たかったからだ。シメリス中央病院では健康診断で遺伝子検査も行われているようでな。その結果を拝借して……そこで面白い事が分かった」


真理を見抜く緋色の瞳が、目の前の幻想を映している。彼女は瞳を細めると、口角を持ち上げてこう続ける。曰く────「お前の遺伝子は、限りなく人間に近いようだ」と。


……は、人間……?」

「その反応は非常に新鮮だぞ咲良。そうだ……スアサイダルは幻想種であるにも関わらず、遺伝子構造が限りなく人間のそれに近いのだ。彼女は人間でありながら、同時に病魔でもある。故に私はこう推察した────クレマリー・ルーヴィルは、ヴィーヴィルでありながら……自分で自身の病、スアサイダル症候群に感染している、と」

「んな莫迦な……!じゃあコイツの身体にも腫瘍が生えとるっつう事か?」

「そこが面白い点でな。恐らく────人間に近しい遺伝子でありながら彼女は純粋な幻想種。従って腫瘍は形成されず、死のうとしても死ねないのだろう。……当たりか?」


そう言いながらスアサイダルを見下ろす椿。スアサイダルは「嗚呼」と小さく肯定した。


「ヴィーヴィルは基本的に異物代謝能力が高い。私の体内に形成された腫瘍は即座に分解され、代謝される……。そして同時に、私達は簡単に死ぬ事がない。傷は瞬く間に癒え、心臓が活動を停止しても暫くすれば何事もなかったかのように動き出す。そして仮に何らかの事故で四肢がばらばらになろうと、この世に現存する細胞をもとに蘇ってくる」

「うわァ……プラナリアの上位互換みたいですねェ……

「気持ちが悪いだろう?……それが、私がいかに人間の真似事をしようと相容れない側面だ。だから、今日のこれだって……お前達が救命に心血を注がなくとも、私は死ななかった。……そう、どうせ……死ななかった」


どうせ、死ななかった。
彼女はそう寂しげに零す。スアサイダルは、死にたがっていた。だが、彼女は簡単には死ぬ事が出来ない生命体で、そしてそれでもなお死のうとして……
頭の中で情報を組み立てる。真相に至ろうと、俺は思考をフル回転させる。
傷は癒える。心臓は拍動を再開する。そして、体が壊れても現存する細胞から────。
待て、よ。っつう、事は。


……感染者が居れば、その腫瘍から蘇るんか」


そう、訊いた。
それを受けたスアサイダルは、否定をしなかった。


……そうだ。だが同時に、感染とは幻想種としての力を分け与える行為。幻想を、神秘を、人間に植え付ける行為。故に、私達は感染者を増やすたびに力を失い、死に近付いていく」


スアサイダルはそう答えると、右手の指を4本立てた。そのうちの1本を左手に移して3本と1本の指を立てる。合計は4本、そこに変わりはない。だが、右手────恐らくスアサイダルの「力」を示す数値は、1つ減って3本になって。
力を分け与え、人を幻想の世界に呼び寄せる行為。
感染。それが、幻想種ヴィーヴィルの力であった。


「感染者を増やすごとに、私達は死にやすくなる。一人増やせば傷の治りは遅くなり、二人増やせば人並みの治癒力に。三人で……。私が感染者を増やしていたのは、ひとえに私自身の弱体化を図るためだった」


スアサイダルは、痛々しく微笑んだ。
そこには、スアサイダル症候群患者とはまた違う死への渇望があった。死への執着があった。同時に────「誰か」に捧ぐ、彼女なりの救済があった。
彼女は、静かに語る。それは、あまりに優しく悲しい、死神が導き出した答えだ。


「私の死をもって、スアサイダル症候群は終焉を迎え人々は平穏を手に入れる。私の自殺行為スーサイダルこそが、全ての人間に捧ぐ────死神からの慈悲リニアンスィなんだ」


彼女はただ、死を望んでいた。
自分が死ぬ事で、自分が幸福を諦める事で人々を救えるのならばそれが最善だと信じてやまないのだ。そこには一切の邪念も悪心もなく、ひたすらに人々の幸せを願う聖母のような優しさがある。
この世界は、不条理だ。
俺はもう一度、そう思う。
目の前の彼女は、悪として生まれてきたが故に、その十字架を背負って生き……そしていずれは駆逐されなければならないのだから。
そんなの────そんな俺の隣で、ルミエールが「あんまりだ」と零した。彼の大きなサファイアの瞳は、涙で濡れていた。


「そんな、悲しい事……言わないで、ください……っ」

「ルミエール……

「クレマリーさんは、何も悪くないっ。あなたが死刑に処される謂れなんて、何処にもないっ。なのに、なのにどうして。どうして、あなたは……!!」

「それが私が生まれてきた理由だからだ。それが私の、存在理由だからだ」

「でも────!」


そう言葉を続けようとした彼を、「ルミエール」と椿が咎めた。彼女の瞳が、憂いと慈愛と────僅かな、共感の色を浮かべている。


……誕生そのものに罪がある、それは在り得る話だ。悲しい現実だ。だが────そうであっても、例えそれが赦されざる罪であっても……赦してくれる存在が居れば、多少なりとも救われるものだ」

「椿、さん……


本当に椿本人が口にしているとは信じられない優しい言葉。
それは、自分自身にも言い聞かせているように聞こえた。
彼女は、あの時────12年前の第四手術室で、11名の罪なき医師を殺めて生まれ落ちた存在だ。それを思い出して、俺は静かに瞳を伏せた。
死神としての十字架を背負うスアサイダルに言葉を贈れるのは────神秘を宿し十字架を背負う緋色の彼女しか、居ないように思えた。
椿は静かに、だが凛として「クレマリー」と声を掛ける。
同情。哀れみ。どれでもない。そんな、安っぽい言葉で語れる感情ではない。
神秘の瞳が、死神の咎を赦していた。


「お前は神秘管理局にて然るべき罰を受けるだろう。だが、神秘管理局とはそもそも幻想や神秘を『殺す』場ではない。『秘匿する』場だ。……殺しはさせない。お前は、生きて罪と向き合うべきだ」

……生きろと、言うのか。人を殺す事でしか生きられない私に、」

「生きろ。死ねば全てが終わるなどとは考えるな。お前は死神ではあるが、同時に────大勢を救える医者だろう」

「!!」

「侵された全ての患者を救え。失われつつある全ての命を救え。奪った数だけ、救い続けろ。罪を受け入れ、償い続けろ。人々を照らす光であれ。それが────」


────お前が目指す「人間」なのではないか、クレマリー・ルーヴィル。
その言葉に、彼女の深紅の双眸が見開かれる。
沈黙の中、何処かで換気扇が唸る音が聞こえていた。
その静寂を破って、スアサイダルは────「クレマリー・ルーヴィル」は、「お人好しにも程があるな」と嗤った。
俯いている彼女の顔色を伺う事は出来なかった。だが、その言葉がいかに彼女を救ったか、俺はよく知っている。月明かりに照らされ、透明な光の雫がその頬から地面に落ちていたから。


「お前達は、本当に幻想殺しだ。私という幻想を、容易く殺す。スアサイダルを殺し、クレマリー・ルーヴィルを生かした」

「誉め言葉だな。そのためにわざわざ渡仏したのだから」

「はは……敵わないな……私は、」


嗚咽交じりの震えた声が、椿の救済をゆっくりと受け入れていた。
いつもは茶化す大河も、その姿を黙って見つめていた。つまらないですね、と不貞腐れているかと顔を見遣れば────そこには、やはり慈愛の色が見受けられた。
どいつもこいつも、優しすぎる。そう言う俺も、既に死神スアサイダルに対する怒りは無く……ただただ、彼女に救いがありますようにと祈っていた。


……つまり、一連の怪死は……お前がやった、っつう事でいいんだな」


確認の意味合いを込めて、俺はそう告げる。
これで全てが終わったのだと、思っていた。
だがその言葉に対し、クレマリーは「怪死、」と反芻するだけで。
────不意に、嫌な汗が……背筋を伝った。


「怪死────そうだ、それは……それは私の仕業ではない」

……は、?」

「オリヴィエから聞いているだろう。スアサイダル症候群の腫瘍は、私との接触でのみ増える。摘出直後の腫瘍から感染する事はあるが、一市民がそれに触れるとは考え難い。私はずっと訝しんでいた。どうして、どうして私の腫瘍があれほどまでに全身の臓器に生える?どうして末期症状を更に超えた神秘汚染度が計測される?あれは────私が引き起こしたものではない。今日希死念慮のままにオテル・ド・リスで感染した罪は認めよう。お前達がそこに泊っていると知っていたために、発見し正しい治療をしてくれるだろうと踏んだ。だが……一連の怪死は……。」

「お前が引き起こしたスアサイダル症候群と、違う、と?」

「嗚呼……それは────────!?」


刹那。
クレマリーの顔色が青ざめた。そこにはかつての冷徹な無情さはなく、焦りと困惑が滲み出ている。彼女は立ち上がると、「……発症した?」と上ずった声を漏らした。
────発症、やと?


「何が、」

「あり得ない、彼女の腫瘍は間違いなく切除した筈……何が、起こってッ!!」

「おい、説明しろ……何がどうなってる!!」

「発症したんだ────ソフィー・ガルニエが、スアサイダル症候群に!!」

「は────!?」


記憶の糸を手繰り寄せてその名前を思い出す。
ソフィー・ガルニエ。確か、俺達がシメリスを訪れた最初の日にスアサイダル症候群による自殺未遂で搬送され、クレマリーによって手術が行われ、そしてイリュソリア・クリニックに転院した患者だ。彼女の腫瘍は切除された。だが、それが再発した!?
クレマリーは焦りを隠すことなく玄関へ駆け出した。思わず俺は呼び止める。


「おいッ!どこ行くんかちゃ!!」

「手術だッ!!早くしないと、彼女は死ぬッ!間違いない、この感覚……私の腫瘍細胞が、全身に広がっている!即座にオペをしないと、」

「彼女はイリュソリア医院におる、医師が常駐しとる筈だ、だからッ」

「それでは駄目なんだ────!!」


必死の剣幕に、俺は思わず息を呑む。
それでは、駄目、やと?イリュソリア医院じゃ、駄目?
緊急事態に緊急事態が重なり、思考回路が狭まっていく────そんな俺を見て、椿が愉快げに告げた。赤と青の双眸が、強く輝きを灯している。


「さぁ、獲物が飛び出したぞ、咲良」

「椿ッ、こんな時に何を言っとる!!」

「焦るな────全てが繋がった。スアサイダル症候群連続怪死事件……その犯人を捕らえに行こうじゃないか。……咲良。疑わしきものが信じられるものになるように、信じていたものが疑わしきものになる事もあるのだ。言っただろう。情報は……常に多角的に見なければならない、と」

「何を、」


そう言いながら、今までの全てを思い起こす。
異なるスアサイダル症候群の症状。
全身にくまなく行き渡る腫瘍。
末梢血管を覆うように生える、その腫瘍。
異常なまでに上昇した神秘汚染度。
全ての患者の共通点。
そして────。


「まさ、か」


それが、真実。
それが、答え。
あまりにも歪な、事件の全て。
そうだ────それなら、全ての点が繋がる!

俺がその答えに至った事を確認した椿は、にやりと口角を持ち上げた。


「分かったか。ならば行くぞ────この悲劇の連鎖に、終止符を打つために」





────────Ep.4に続く