山城まつり
2025-02-24 18:06:57
19547文字
Public 【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉
 

【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉#03

Ep.3です!!これでクライマックスだ~~~!!!と思っていたのですがなんだか長くなりそうなのでもう少しだけ続きます…。どうか どうかもう少しお付き合いください……。アッ 勿論無理強いは…いたしませんので……!!

推理パートその1です
推理?推理……なのか……?
次のお話で種明かししますのでね 次のお話に至るまでの軽い推理のウォーミングアップです


レヴリの紅玉 シリーズ▼
https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=66492

前回#02▼
https://privatter.me/page/67b7205b1d5e8


アスナショウコ様宅【レゾン・デートル】から四宮椿さん、市ノ瀬咲良さん、大河カレンさんをお借りしております。お貸しくださって本当にありがとうございます。

本作は自創作【suicidal/leniency(スーサイダルリニアンスィ)】を「馬子軸」(現代ファンタジー)に落とし込んだ作品です。作者自身、馬子軸に関してど素人中のど素人ですので、間違った解釈などあるかもしれません。本当にすみません。
また、本シリーズ、特に#03以降は【suicidal/leniency】本編のネタバレを含みますので、「ネタバレNG!」という方は閲覧をお控えください。作者的にはスーリニはネタバレありきの方が面白いと思っております……。

スーリニ原作が気になってくださった方におかれましては、以下に本編リンクを載せておきますのでよろしければご覧ください。現在Prologue~Karte03まで読めます。

▼suicidal/leniency本編
https://novel.daysneo.com/works/3870c9c909042fb07a363f371caeee59.html


それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


8月8日、午後9時26分────。
ネットワークから現地時間を自動取得するスマートフォンが、更けていく夜を高らかに告げている。俺は仕事終わりにそのまま合流したルミエールと共に、影に浸されたライムストーンの街を睨んでいた。


……本当に、クレマリーさんが……信じられないです」


隣でそう零す彼。
無理もないだろう、と思いながらも「現実はそう甘くない」と冷たく呟く。その言葉が彼の胸を抉っている事に心を痛めるが、それでも悪だと推測される彼女とこれ以上の接点を持ってほしくはない。「腫瘍」とは、癒着していればしているほど切除が難しい。多少の痛みを伴っていたとしても、切除するのは早い方がいいのだ。
……それでも、これだけ事実的な証拠があったとしてもクレマリー・ルーヴィルが一連の怪死の犯人である確証はない。だから捕らえることが出来ない。何か確信的な証拠が必要だ────そう判断した俺は、彼女を尾行する事にしたのだ、が。


……無駄だと思うがな。そのような子供の戯れ事で事件の真相に至れる程甘くはないと思うぞ』


持ってきていたらしい知恵の輪を指で弄りながら告げる、椿のだるそうな声が脳を過ぎる。いつもは無駄な事であってもあらゆる情報を集める彼女がそんな事を言うのは珍しい。だが、俺にはクレマリー・ルーヴィルが犯人であるとしか思えなかった。椿は彼女のボロが出るのを────彼女流に言えば「獲物が飛び出す」のを待っているのだろうが、今回の事件の犯人は感染症をばら撒く死神だ。放置して万が一にもパンデミックなど引き起こされてみろ、国が滅ぶ可能性だって大いにある!
最早これは単なる「殺人事件」ではない。
これは、世界滅亡さえ起こりうる「テロ」なのだ。
────故に、俺は彼女を尾行することを決めた。もし彼女に不審な点が無いならそれが一番いい。勝手に疑心暗鬼に陥った俺の思い過ごしである事に越したことはない。だが、万が一彼女が不審な行動を取るのであれば……即座に捕らえる。そう、心に誓った。
隣のルミエールが「あ!」と息を吐きだした。その声に従って彼の視線の先を見れば、白髪の女性の姿があった。その後方十数メートルまで足を運び、気を引き締め、息を殺して姿を闇に溶解させる。


……クレマリーさん、どこへ行くんでしょう……。こっちにあるのはホテルとか、観光地の方なんですけど


そう言われて手元のスマートフォンに目を落とす。この先にあるのはホテル街であり、研究都市シメリスの表向きの「観光地」にあたる区域だ。彼女は今日の朝、「夕食のパンを買いに」と話していたが、向かう先に手頃なパン屋があるのだろうか。食料品店やコンビニエンスストアなら病院前にもある。彼女を訝しんでいるから疑心に拍車が掛かっているのだろうが、行動の全てが不審でたまらない。
過度な疑心暗鬼は真実へ至るための推理の妨げになる────そう思案して、少しでも疑いを晴らしたくて縋るように隣の彼に「クレマリーの家は向こうにあるんか」と訊いた。だが彼は、緩やかに首を横に振る。


「いえ……たしか、反対側のアパートです。こちら側は地価も高くて住むのにはとてもお金がかかります……あまり、居住には適していません」

……チッ、怪しいな」


小さな歩幅で歩みを進める彼女の足取りを追えば、そこにあったのはやはりホテル街だった。……その街並みを、俺は知っている。そこは俺達が宿泊しているホテルがある街なのだから。
彼女はビジネスホテルの群れを通り過ぎ、一つのホテルの前で足を止めた────オテル・ド・リス。豪華な装飾で飾られた石造りの柱、それを埋める赤と金のステンドグラス、ドーム状の屋根に覆われたエントランス……コリント式のギリシア建築で建てられた高級ホテル。


「俺達の宿泊先、何で知って、」


恐怖さえ覚えた。
そう────そこは、俺達がフランス滞在の拠点にしている場所だったのだから。
それはあの歩く大厄災に全てを明かされた時に襲い掛かってきた悪寒にも似ている。椿にも負けじと推理……否、「カウンセリング」を施した彼女の聡明さは知っている。だが、人を殺しているかもしれない事実が、俺達もまた獲物として選ばれる危険性を叫んでいる。何のためにアイツは此処に?何をしに?どうして?

クレマリー・ルーヴィルはホテルのエントランスを潜り、中に消えていき────10分にも満たない時間で再び戻ってきた。その顔色はやはり無表情で、息苦しい夏の夜なのにも関わらず一切の汗を浮かべず、人間離れした不気味さがそこにはあった。


……何をしたんかちゃ」

「分かりません……でも、これだけ短い時間なら1階より上には行っていないような。誰か知り合いが宿泊していて会う、にしては短い……咲良さん達って此処に泊っているんですか?」

「一応。……言っとらん筈やが」

「まぁ……オテル・ド・リスはシメリスでは有名なホテルですし……。うーん、咲良さん達に用があって、受付に尋ねに行ったとか。椿さん達は?」

「昼に監視カメラ調べて、その足で神秘管理局に。恐らく別のヴィーヴィルについての資料を貰いに行っとる。そこから先は知らん」

「ホテルには居ないんですね。じゃあ……やっぱり咲良さん達に用がある可能性を、僕は推したいのですが」

……


彼が、クレマリー・ルーヴィルを信じたい気持ちは分かる。
あの時────夜間に患者が運ばれ死亡した事を知った彼女の狼狽ぶりは、彼女が殺したという可能性を否定している、と言い切れる程に雄弁に物語っていたのだから。だが……それでも、「怪死した患者は全員クレマリー・ルーヴィルの患者だった」という共通点がある以上、彼女がこの事件に関わっている説は否めない。持ち前の聡明な頭脳も、医療に精通した知識も、カウンセリングの技術も……全てがスアサイダル症候群怪死事件に繋がっているような気がして仕方がないのだ。


……ホテルのエントランスの向こう、1階にあるのはバーだけ。此処は確か、20時から営業しとって……宿泊者以外も利用出来る。受付以外なら、そこに行ったとしか思えん」

「咲良さん……

「ルミエール、ちょっとだけ……監視を、頼めるか」

……

「信じたいのは分かっとる。でも、だからこそ【白】だっつう確信が要る……頼めるか」


最近、人を言いくるめてばかりだ。自分のいいように人を操る、というのは些か心に来るものがある。それが大人という生き物であり、自分の信じる正義に直結する……それも言い訳なのか。今はただ、目の前でクレマリーを信じたいと願う彼に監視を強要する事を、苦しく思った。
だが、彼もまた俺の心情を察したのだろう。ルミエールも一人の大人だ。幾ら自分が信じたいと強く思っても、現実は時に歪に自分達を嘲笑ってくる事を知っている。
だから────彼は幾度か視線を泳がせると、静かに「はい」と絞り出した。

一つ息を吐いて、頷いて……俺は豪華なエントランスを潜った。その先にあるのは同じく高級感を漂わせる大理石の床とカウンター。向こうに、エレガントなスーツを身に纏った女性が佇んでおり、目が合うとゆっくりと会釈をした。


……此処に泊っている市ノ瀬です。人を探していて……先程、長い白髪の女性が来ませんでしたか」

……知り合いか、何かでしょうか」

「あぁ、ええと……俺を探していたようなので、入れ違いかなと」


嘘に嘘を重ねる。
それで真実が暴けるのなら安いものなのだが、それでも心に住まう純粋なもう一人の俺に、ナイフを突き刺しているような痛みが走った。
受付の女性は俺と彼女の嘘の関係性を察すると、一言「バーの方に向かったのを見掛けましたが」と口にした。
バーに、何か用があったのだろうか────そう店の扉を視線に写したのと、扉の向こうから悲鳴が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
……何事だ!?
受付の女性に感情のない謝礼を述べながら、勢いよくその扉を開ける。からん、と俺を迎え入れるベルの音が、地獄へようこそと嗤っていた。


「────誰か、助けてッ!!」


劈くような女性の悲鳴が聞こえた。店内には彼女しか居なかった。白いバスローブを纏った彼女は、カウンターの奥を覗き込んで顔面蒼白になっている。俺は「どうしましたか」と問いながら彼女の傍に駆け寄り、同じようにバーカウンターの向こうを覗き込み────。


「な……ッ!?」


カウンターの向こうで、ブラウンの髭を蓄えた眼鏡の男性が、硬く瞳を閉ざして伏せていた。地面にはカクテルを作るためのシェイカーが落ちており、作りかけのそれが大きな染みを作り上げている。────ブノワ・ピション。そこに居たのは、あの時、俺達に情報を与えてくれた彼だった。
俺は慌ててバーカウンターのスイングドアを潜り抜ける。ぎぃ、とそれは軋んだ音を鳴らして侵入者を拒む。関係者以外立入禁止、そんなん知るか。今はただ、目の前の彼の安否を確認するのが先だ!


「大丈夫ですかッ!!ピションさん!!」


両肩を叩き、耳元ではっきりと告げる。だんだんと声量を上げて3回尋ねた。だが、彼は反応を示さない。俺は目の前で慌てている女性に声を掛けた。努めて冷静に、だが緊迫感を持って。


……彼はいつから、」

「さ、さっき急に倒れてッ、ど、どうしたら、」

「救急車を呼んでください。112に15を加えて────金なら、俺が払いますんで」

「え、えと、っ」

「早く!オテル・ド・リスのバー、ル・ルビ・ノワールでマスターが倒れたと、そう言えば伝わります!」

「は……はいッ!!」


震える手でスマートフォンを取り出したのを確認して、呼吸と脈の確認をする。フランスで万が一が起きた時の対応の仕方を学んでいて良かった。救急車を呼ぶときのダイヤルが違うのも、要請に利用料が発生するのも、知らなければ大いに慌てていただろう。知識があれば、常に冷静に居られる。過去の自分にただただ感謝だった。
────呼吸も脈も、途絶えてはいない。狭心症?脳浮腫?それとも……必死に原因を考える俺の脳裏に、後を追っていた「彼女」の存在が浮かぶ。

……スアサイダル症候群?

まさか。
彼女は、クレマリー・ルーヴィルは、彼にスアサイダル症候群を感染させた……!?
最悪な想像が、やけに高い解像度で輪郭を縁取る。そして同時に、第5の死者が出る可能性が生まれ……さぁ、と血液が引いていく感覚を覚えた。
ならば、体の何処かに鉱石の形をした腫瘍が形成される筈。それが確認出来たら俺の推測は「真」であり、そうでなければ「偽」といえよう。
そっと服越しに上半身を触診する。骨ばった胸部には変化なし、腹部にも────。


「!!ッ……あった、」


上腹部、横隔膜の少し下……そこにしこりに似た硬い感触。
それは腫瘤より遥かに硬く、ごつごつと角ばっている。
間違いない、この下に鉱石の腫瘍が生えとる……ッ!!

クレマリー・ルーヴィルはこのバーを訪れた。彼女のほかに、このホテルから出てきた人間は居ない。
そして店内には恐らく宿泊者の女性しか居らず、ポケットのないバスローブ一枚を身に纏う彼女が何かをしたとは考え難い。
オーナーのブノワ・ピションは意識を失ってスアサイダル症候群が発症している────それも、クレマリー・ルーヴィルが此処を訪れた直後に!

もう、疑いようがなかった。
彼女こそがこの幻想の病を撒き散らしているのだと。
そして同時に、彼女こそが────!


……あ、あのッ!」


電話を終えた女性が声を掛けてくる。俺は「どうでしたか」と鋭く告げた。人が倒れた現場に居合わせてしまった不運な彼女を気遣う余裕など、そこには無かった。


「シメリス中央病院に、という話だったのですが満床らしくて、っ、あの、イリュソリア・クリニックに……


そういえば、シメリス中央病院は現在満床だと聞いていた。だがイリュソリア・クリニックもエニグマ医学会直属の対スアサイダル医療を担う病院。新たな治療薬だってある。信頼に値する病院だ。


「大丈夫です。……心停止にもなっていませんし、呼吸もあります。ちゃんとした治療をすれば助かります」

「ほんとう、ですかっ」


絶対に、とは言えなかった。
どんな軽症患者だって症状が悪化し危篤に見舞われるリスクはゼロではない。故に、「絶対に助かる」などと期待を抱かせる訳にはいかなかった。俺の尊敬する医師達だって、助けられなかった命がある。どんな凄腕の医師も、全ての命を掌で掬い上げる事は出来ない。……「医者」ではない俺が、救います、と言うのも助けます、と言うのも、それはあまりに無責任で。
……何も出来ない自分に、腹が立った。
同時に、こんな状況を作り上げた白い死神に、腹が立った。

────沈黙を掻き消すように、救急車のサイレンの音が遠くから聞こえてくる。
然るべき患者は、然るべき治療の場に。
俺は、この国の「医療の現場」においては……どうしようもなく、無力だった。