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かいえ
2025-02-19 20:45:04
11036文字
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【蘭武】 Once Upon a Time in Tokyo ①
謎軸設定
11,030文字
武道が戻って来た未来は、武道以外がみんな幸せ(最終軸の職業についている)で、26歳の武道と仲良くしている人はいない世界だった
ある日怪しげな伊藤という男が武道の働くレンタル屋にやってきて「面白い映画を選んで欲しい」と、武道にDVDを選んでくれるように頼む
Twitterに載せたお話に加筆修正したもの
1
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Ⅰ BEETLEJUICE
「何か笑えるものが観たいんだけど」
正月明けのそこそこ忙しい平日、雑居ビルの一階にある店のカウンターに立っていた武道の前に現れた美形の男は、黒のカシミアのチェスターコートを羽織り、首元にはグッチのマークが入ったマフラーを巻き、柔らかそうな黒い皮の手袋を嵌め、まるでマフィアのような出で立ちをしていた。外はとうとう雪が降り出したようで、男の髪の毛のところどころに小さな雪が付いているから、傘は持ち合わせていなかったのだろう。不健康に見えるくらいの白い肌は透き通っていて、インタビュー・ウィズ・ヴァンパイアでトム・クルーズが演じたレスタトに雰囲気が良く似ている。しっかりケアされている白い歯が覗く薄い唇に、紅を差せば、ヴァンパイアだと言われても驚かない。男はそういったダークな囲気を身に纏っているのだ。そして、視線を奪う妖艶さもありながら、男盛りに入った滲み出る色気があった。武道を見る印象的なラベンダーの瞳は、店舗の安っぽい蛍光灯の下でも特別な光を帯びているのだ。その蠱惑的な瞳は武道の姿を映し、何故か優し気に緩んでいるように見えた。
男に会うのはまだ二回目でしかないのに、まるで古い知り合いのように話かけてきたから、武道は男のあまりの馴れ馴れしさに面食らっていた。
その男が、武道の勤めるレンタルビデオ店に初めてやって来たのは、去年のクリスマス前だった。十二月だというのに、コートが要らない温かい陽気で、夜もそのままで問題ないという珍しい日だったから、武道の記憶に残っていた。
その日の男も今夜と同じように、一人でふらりと店内に入って来た。武道は丁度カウンターに立っていて、いつものように「いらっしゃいませ」と、声を掛けようと口を開けた。けれども、次の瞬間、男のあまりの美形ぶりに言葉を失った。場所柄、ホストなども店内に入って来る事はあるけれど、男にはそういった軽薄な感じは無く、その場にそぐわない禍々しいほどの美しい顔をしていたのだ。
薄い紫に濃い紫のメッシュを入れた髪は、サイドを刈り上げずに短くカットしたショートスタイルで、スタイリングをオールバックにしていて、額に落ちた一房の前髪が何とも艶がある。両耳にプラチナにブラックダイヤモンドをあしらったG型ピアスを身に着け、ストライプ柄の淡いブルーのスリーピースに、薄ピンクのワイシャツと同系色のネクタイを合わせる着こなしは、まるで雑誌のモデルのようだ。履いている靴は、あまり見ないワインカラーの革靴で、どう見ても高級そうにしか見えなかった。白い額の下に太く整えられたまっすぐな眉とは対照的に、ラベンダー色の瞳は緩く垂れて甘さがあり印象的だ。
男はぶらぶらと店内の棚の間をゆっくり歩き、いかにも見たい作品を探しているという体だったが、武道には時間を潰しているようにしか見えなかった。きっと、誰かと待ち合わせしていて、時間潰しで店に入って来たに違いないと武道は思った。この店は繁華街にあったし、そういった客は珍しく無かったからだ。
客のフリをしている客じゃない男を目で追ってしまったのは、彼の持つ一種独特の雰囲気が目を惹いたというのもあるが、どこかで見た気がしたからでもあった。どこで見たのろうと記憶を辿っても、男の姿は過去の記憶のどこにも見当たらなかった。
どう見たって、その男は武道より年上だった。いつまで経っても子供っぽい武道と違い、落ち着いついた大人の男性に見える。お洒落なバーカウンターが似合う、匂い立つような美丈夫に知り合える場所にも行った事など無く、自分の知り合いである訳がないと武道は結論付け、返却されたDVDケースを棚に戻しに行く仕事をする事にした。
しばらく作業をしていると、背後から「ちょっとイイ?」と、男に声を掛けられた。振り返った先にいた男は武道よりかなり背が高く、近くで見ると見上げなければならなない程だった。
「はい
…
なんでしょうか?」
声など掛けられる想定はしていなかった武道は、男の視線を一身に受けてドギマギしていた。男の付けている甘い柑橘系の香りが鼻腔を擽り、その存在がリアルになる。
「ごめんね、仕事中に」
「いえ
…
」
見た目通り艶のある声は、武道をドキリとさせるに十分だった。
「あのさー、作品が沢山あり過ぎてね。どれが良いか選べなくて。笑える映画が観たいんだけど、キミのお勧めを教えて貰えない?」
控えめな言い方なのに、相手が断れない圧のある独特な話し方だった。本来なら不快に思うのであろうが、選んで欲しいと頼まれた事の嬉しさが勝っていたのと、映画好きの武道に断るという選択肢はゼロだった。従って、即答で「もちろんです」と、安請け合いしていた。「少々お待ちください」と棚を移動する間、武道は「笑える映画」とは何だろうと真剣に考えていた。新ためて考えてみると「怖い」や「泣ける」より「笑える」という方が難しいと感じたのだ。例えば、漫才やコントだって、人によってはウケたりウケなかったりするものだからだ。笑いにはツボがあるのだ。そして、この場合、武道は男の事を全く知らない状態であるので、とても難しい事を頼まれてしまったのではないかと、今更だけど思って冷や汗をかいていた。そういう訳で、武道はかなり悩みながらいくつかの候補作品を持って男の元に戻った。
「こちらから選んでみてはいかがでしょうか?」
武道が複数のDVDのケースを扇のように開いて差し出すと、男は一番左端のDVDを躊躇なく指差した。男が全く中身を吟味しない事に驚いていると、店の二階にあるレンタルスペースで視聴もしたいというので、武道は二度驚いてしまった。
男の申し出は店にとっては歓迎する事ではあるが、てっきり時間潰しに店に入って来たと思っていた客が、本当にレンタルするつもりでいて、且つ、店舗で視聴する予定だった事にびっくりしたのだ。
DVDを借りる客と借りない客予想は、店員の間で良くする遊びだ。もちろん、客にも店長にも内緒でこっそりしているものなのだけれど。武道はこの遊びにおいて、今まで一度も予想を外した事が無かったから、余計に驚きでしかなかったのだ。
「では、こちらの必要事項に記入していただけますか?」
男は初めて来店したという事だったので、武道は入会申込書とボールペンをカウンターに置いた。男はボールペンを持つと、書道を嗜んだ事があるような美しいな文字で項目を埋めた。
「あと、身分証明書を見せていただけますか?」
男は手に持っていたセカンドバックからグッチの長財布を出すと、中から運転免許証を取り出して渡してきた。そこに記された名前は「伊藤大輔」で、やはり名前にも見覚えは無く、どこかで見たと思ったのは勘違いだと武道は思った。
「コピーをお取りしても良いですか?」
入会申込書の名前と住所が、免許書と間違いない事を確認してから尋ねると「もちろん」と男は答えた。レジの奥にあるFAX兼コピー機の薄い蓋を開け、ガラス面に免許証を置き、蓋を閉じてコピーボタンを押した。蓋の隙間から漏れた白い光が、左から右へと動き免許証の表面をスキャンしていくのを見守る。その間中、武道は背中に男の視線をずっと感じていた。大事な免許証を渡したのだから、店員が変な真似をしないように、監視しているのかもしれないが、余り気分の良いものではない。確かに、治安のあまり良くない新宿の場末のレンタルビデオ屋だから、警戒されて当たり前かもしれないのだけれど。それにしても、随分用心深い人だと、武道は思ってしまった。
免許証を男に返すと、視聴ルームへ案内するために武道はカウンターから出た。店舗の入り口の反対側にあるドアを出ると、雑居ビル内のコンクリート製の階段に向かう。二階の視聴ルームは三つあり、どれもカラオケボックスくらいの小さな個室になっていた。部屋は細長く壁に掛かった大きなスクリーンに上映できるようになっている。ドアの近くに背を向けた二人掛けのソファと、長方形のサイドテーブルがあるだけの、本当に映画を観る為だけの部屋だ。一応、音響はそれなりに良くしてあり、部屋も防音になっているから隣の部屋の音は聞こえない造りだ。そういう仕様だから、たまにラブホテル代をケチった不埒な客が、セックスする目的てで入室する事もあったが、余程の事が無い限り介入せず放置していた。勿論、本当ならば許してはいけない行為ではあるが、場所柄だけにヤバイ人間に当たると命の危険が生じるので、そこまで責任を持つ必要の無いバイトは全員で見て見ぬふりをしている。ハズレを引いて殴られても、勤め先は治療費も休業補償もしてしてくれないのが分かっているので、行政にバレたら風俗法違反で営業停止になると知っていても、割が合わないと感じて見てはいない事にするしかなかった。
その点、この男は一人なので、そういった心配をしなくて良いのは、武道にとって気が楽だった。何故なら、不埒な客が散々楽しんだ後の部屋の片づけをするのは、その時間にシフトに入っているバイトの仕事とされていたからだ。見て見ぬふりをする代わりに、店長にバレないようにその形跡を無くさなくてならないのだ。
男は飲み物も食べ物も無しで映画を観るようで、ソファの横に置かれたサイドテーブルの上には何も置かれていなかった。武道が機材の設定をしている間に、嫌味なくらい長い脚を優雅に組んでソファに腰を下ろし、既に観る体制を整えている。それは人の上に立つ事に慣れた仕草として武道の目に映った。
武道は部屋の灯りを暗くしてから再生ボタンを押した。そして映画の最初の映像が、問題なくスクリーンに投影されたのを確認してからそっと退室した。
映画が終わると、男は二階から降りて来て、DVDを武道に返却した。男は夜なのに何故かサングラスを嵌めていたから、その表情からは映画に満足したかどうかは、まるで分からない。そして、男は何も言わずに立ち去ろうとしていた。勿論、映画の感想を店員に話してから帰る客など一人もいない。それでも、武道は何故か男がどう思ったかを知りたくなってしまった。
「面白かったですか?」
背を向けた男に思わず声を掛けると、男は立ち止まって、武道を振り返った。
「ああ、とても面白かったよ」
男はゆったりとした口調でそう言って口角を上げた。
「だったら
…
良かったです
…
」
武道はその感想に嬉しくなって、子供っぽい邪気の無い笑みを浮かべた。その間、男は微動だにせず武道を見ていて、何か変だっただろうかと武道が不安に思う頃、踵を返し店の外へ出て行った。
そして、最初の来店から数週間が過ぎた今日、男は再び来店したのだ。
今度は棚と棚の間を歩かず、最初からカウンターに立つ武道のところにまっすぐやってきた。そして「何か笑えるものが観たいんだけど」と、言ったのだ。あの、控えめな言い方なのに、相手が断れない圧のある独特な話し方で。
武道が選んだいくつかのDVDを見て、男は今回もあらすじを読まずに即決で一番左端のものを選んだ。前回と同様に視聴ルームを利用したいと言うので、武道は二階に案内する事になった。正月休みの店内は混雑していたが、それを見越して通常より多くのバイトが入っていたので、武道がフロアを抜けても問題が無かった。
前回と同じ部屋に男を通してセッティングした。男は二人掛けのソファに座りリラックスした体勢になっていて、相変わらず長い脚を優雅に組んでいる。脱いだコートはマフラーと一緒に、ひじ掛けに掛けるように無造作に置かれていた。
部屋の灯かりを消して、再生ボタンを押してから武道は退室した。このDVDが面白いかどうか、また観終わった時に聞きたかったが、武道のシフトはもうすぐ終わりだったので、今夜は聞く事は出来なくて残念だった。どうか、面白いと思ってもらえますようにと願いながら、武道は仕事に戻った。
けれども、その日は本当に忙しく、気がつけば退勤時間をとっくに過ぎていた。そういう次第で、男がDVDを返却しに来た時に、武道はまだカウンターに立っていた。
「まだ仕事してたんだ」
男はまたサングラスをしていた。
「ええ。何だか今夜は混んでいて」
すると、背後にいた女性店長が「花垣君、もう上がって良いよ! 遅くまでごめんね!」と声を掛けて来た。「分かりました」と返事をして、男の方に視線を戻す。
「夜ご飯食べに行かない?」
すると、男が唐突に食事に誘って来た。
「へ?」
武道は目を見開いた。一瞬、何を言われたか分からなくて。
「もう仕事終わったんだろ? メシに付き合ってよ」
「え? え?」
「外で待ってるね」
それだけ言うと、男はさっさと店の外に出て行ってしまった。
唖然としている武道に、背後から忍び寄って来た女性店長が「なになに? あの美形と花垣君はどういう関係なの?」と、興味津々に聞いてくる。武道としては、どういう関係と聞かれても、ただのお客さんとしか答えようが無い。実際そうなのだ。他の客と違う事があるとしたら、二回ほど男の為にDVDを選んであげたという事くらいだが、それだって、レンタル屋の店員をしていたら頼まれる事があるものなので、殊更珍しい事柄では無い。
しつこく聞いてくる女性店長をやり過ごし、多分冗談だろうと思いながらロッカーに向かうと、店のエプロンを外して自分のロッカーの中に丸めて突っ込んだ。いつも適当に突っ込むので、エプロンが皺くちゃだと店長に小言を言われるのだが、仕事終わりに丁寧に畳んで片付ける気が起きないのだから仕方が無い。長時間立ちっぱなしのせいで足が怠かったし、お腹も空いていてもう限界だったのだ。
武道は量販店で買った安価な赤のダウンジャケットを羽織り、いつも愛用しているリュックを背負うと、店内を通り視聴ルームへ向かう時のドアを開け廊下に出ると、階段の横を通り過ぎ、雑居ビルの裏口から外に向かった。鉄製の重い扉を一気に開けると、建物内に入り込んで来る外気の想像以上の冷たさに一瞬目を閉じる。直ぐに目を開けると、白く視覚化された吐息の向こう、ビルとビルの間の細い路地が、降り積もった雪で真っ白になっているのが目に入った。そこは、まだ誰も歩いていないようで、足跡一つ付いていない。子供の頃に戻った気持ちになりながら、最初の特別な一歩を踏み出す。新雪を踏んだスニーカーの底で、雪がぎゅっと圧縮される音を立てた。昔と違って、最近は雪が積もる事が珍しかったから、この感覚も随分久しぶりのものだった。
落ちてくる雪を遡るように見上げると、細く狭い灰色の空から雪はちらちらと降り続いていた。この調子では明日の朝は物凄く積もっているかもしれないと思う。雪用のブーツなど持っていないので、困った事になるかもしれないと思いながら表通りに出ると、正面のガードレールに腰かけている男の姿を見つけて足を止めた。男は相変わらずサングラスをしたままで、髪の毛には結構雪が積もっている。まさか、こんな雪の夜に、本当に自分を待っているとは思わなくて、武道は驚きを隠せなかった。
男が武道に気が付き、待ち合わせしていた知り合いのように片手を軽く上げた。
「どこに行く? 何か食べたいものがあったら言って」
突っ立っていた武道に向かって男は歩いてきて、当然のように武道に話しかけてきた。
「あの
…
本当にオレと食べに行く気なんですか?」
男とは客と店員という関係でしかないのに、一緒に食事に行こうとしている事が武道には理解不能だった。
「ナニ? 冗談だと思った? 本気で誘ったんだけど」
武道の言葉に、男は不満気に片眉を上げた。
「はぁ
…
」
「どうせ今からメシを食うんだろ? だったらオレと食っても良くね?」
確かに男の言う通り、深夜番組でも見ながらセールの時に買いだめしたカップ麺を食べようと思っていた。
「でも
…
」
だからと言って、良く知らない人間と食事に行くのには抵抗があった。
「別に水商売でもないんだから、客とアフター行こうがオマエの自由だろ?」
男は武道に反論させる気が無かった。「それでも」と言いかけた武道の肩に手を回し抱き寄せてしまったのだ。思ったより強い力だったので、武道は勢いよく男の身体にぶつかった。その瞬間、男の付けている甘い柑橘系の香水の香りを肺いっぱいに吸い込み、接客中にも匂っていた香りをより強く感じる羽目に陥った。他人の香りに抱かれる経験などした事も無い武道は酷く動揺した。しかも、男の胸元に押し付けられている右頬には、冷えたウールの感触と、その下にある思ったより厚みのある胸筋を感じたのだ。そして、こんな風に誰かに気安く肩を抱かれるのは、中学生以来の出来事で、大人になってからは一度も無かった事をこの瞬間に気づかされてハッとした。その懐かしい感触と他人の腕の重みに、過去の思い出が溢れ出して、胸が苦しくなった武道は黙り込んだ。
「寒くて凍えそうなんだ。温かいものでも食べよ」
そう耳元で囁き肩を抱く男の手は大きく力強かった。それ以上抵抗する気も失せて、武道はその男と一緒に夕食を食べる事にした。
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