かいえ
2025-02-14 22:09:55
13612文字
Public
 

【灰武】天国でも野蛮

お金持ちの子息が集まる私立学園中等部に入学した武道(庶民)が、カースト最高位の灰谷兄弟のお気に入り(蘭『オトウト』・竜胆『下僕』)になった武道が振り回されながら、二人に恋しちゃうラブコメ
13,605文字
※このシリーズをまとめたものを通販中です
🐯 https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031089311
🛁 https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/detail/detail.php?product_id=2047157



「オマエさ、兄貴の知り合いなら最初にそう言えよ。購買の使いが兄貴からですって制服を持ってくるから驚くじゃねぇか。しかも、オマエの体操服着てる姿を見られちまって、死ぬほど笑われたんだけど!」
 灰谷兄弟と知り合った翌日、電話で呼び出された先のカフェテリアで、武道は怒っている竜胆と対面していた。今日は取り巻きの生徒は連れていないようで、竜胆は一人で武道が来るのを待ち構えていた。
 その豪華なカフェテリアは、蘭に御馳走してもらったカフェテリアだったが、ランチタイムに入ったばかりなので、昨日より周囲に学生がいて込み合った雰囲気だ。そして、ほとんどの学生が、コース料理に舌鼓を打っていた。お昼からこんなに高い物を食べられるなんて、金持ち死ねと武道は内心で思っていた。
 午前の授業が終わった直後に、竜胆からの呼び出しの電話が鳴ったので、武道はまだ弁当を食べていなかった。そういう訳で、美味しそうな料理の匂いは苦痛で、しかも、昨日味わっていた分、皆が食べている料理がすごく美味しい物だという事も分かっているから余計に辛い。尚且つ、、空腹の現状では拷問に近いと武道は思った。
 武道は竜胆に呼び出されたが、一応弁当箱を持ってきていた。だが、この場で母親の手作り弁当を出して良いという空気は無く、そもそも、レストランのような場で出して良いものでもなかった。たとえ、ランチタイム時間内に竜胆から解放されたとしても、どこで弁当を広げて良いのか分からない。もう、弁当を食べる場所は、トイレの個室しか無いのではないかという悲壮感でいっぱいだった。
 竜胆は昨日新調したばかりの制服を身に着けていて、いかにも新品を着ていますとイう感じがした。そして、竜胆の制服のシャツの襟元には、白い糸で髑髏が刺繍されていて、それは蘭が見せてくれた刺繍と同じデザインだった。蘭に教えて貰わなかったら、気付かないくらいのお洒落だ。
「いえ、知り合いでは無く、竜胆さんと会った後に出会いまして」
「そうなんだ? じゃあ、オレの方が先じゃん」
 竜胆がくわっと目を見開いた。
「なにがです?」
「兄貴のペットになるより、オレの下僕になった方が先だろ? だから、オマエはオレの下僕で合ってんじゃん」
 竜胆は兄貴に騙されたと、ぶつぶつ文句を言っていて、武道はどうしたら良いか分からない。帰宅した後に兄弟で何やら衝突があったのかもしれない。しかし、一人っ子の武道には兄弟の関係はどういうものなのか想像もつかなかった。
「あのオレが蘭君としたのは、アニ活契約でしてだから、オレはペットじゃなくて弟なんですけど
 いつのまにかペットにされていた武道は、誤解を解こうと生真面目に説明をした。それが火に油を注ぐ行為だとも分からずに。
「ハァ? 兄貴の弟はオレで、オマエはペットだろ! じゃねぇ下僕!」

「だから、もし兄貴とオレに同時に呼び出されたら、絶対オレの方に来いよ?」
「竜胆さん、それはちょっと
 竜胆の命令に武道は言い淀む。何故なら、目の前でぶち切れて怒っている竜胆は確かに怖いけれど、兄の蘭はもっと怖いのだ。竜胆は怒っているから怖いのだけれど、蘭は笑っていても怖いからレベルが違う。明らかに生命の危機を覚えるとしたら、蘭の方だと武道の生存本能がそう言っていたし、武道にしては珍しく間違いの無い正しい判断な気がした。
「くそ! 下僕のくせに口答えすんのかよ!」
「スミマセン」
 武道はもう謝る事しか出来ない。
「りんど! ナニ、オレのオトウトをいじめてんの?」
「ゲ、兄貴?」
 ふらりと二人のいる席にやってきた蘭は、とても楽しそうだった。それに反して、竜胆はすごく嫌そうな表情を浮かべて蘭を見ている。蘭は誰の了解も取らず、武道の横の席に座ると、ウェイターが慌ててすっ飛んできて、蘭の前にボトルに入ったミネラルウォーターを持ってきた。
「来たら悪かった? でも、オレもタケミチに会いたかったし。それに、これも渡したかったからな」
 蘭はポケットから生徒手帳を出すと、武道に手渡した。それは竜胆に取り上げられた武道の生徒手帳だった。昨日、自宅に戻ってから蘭が竜胆から奪い返していたのだ。
「蘭君、ありがとうございます!」
 武道がパァっと表情を明るくして笑うのを見て、竜胆はますますイライラとしている自分に気が付いたが、何に対して苛ついているのか分からなかった。
「なんで、そんな奴に優しくするんだよ」
「だって、オレのカワイイオトウトだもん。優しくするのは当然だろ?」
「オレがいるのに、なんで『弟』なワケ?」
 いつもの蘭なら他人なんて『下僕』にしかしないのに、何故『弟』なのかという事に、竜胆は納得出来ない。
「だって、最近、竜胆は取り巻きと遊んでばかりでつまんないんだもん。それに、オレは愛が深いから、もう一人オトウトがいても可愛がれるかなって思って」
「ハァ? なんだよ、それ」
「竜胆だって『オレもオトウトが欲しい~』って泣いてたの、忘れちゃった?」
 蘭の瞳が嬉しそうに細められていて、竜胆を揶揄うのが楽しくて仕方がないと訴えている。。
「いっ、いつの話だよ! そんな昔の話出してくんなよ、クソ兄貴!」
 竜胆は蘭の言葉に真っ赤になった。確かに子供の頃は蘭に弟がいて、自分に弟がいないのは不公平だと、竜胆は思っていたのだ。年子だったせいか、何でも蘭と同じでなくては、竜胆は嫌だったのだ。けれども、それは年端も行かぬ幼い頃の自分の話であり、中学三年生にもなった自分の気持ちでは絶対なかった。それに、そんな恥ずかしい昔話を下僕の前でバラされた事で、より一層羞恥に悶える羽目になった。もちろん、蘭がわざとやっている事を竜胆は良く分かっていた。そして、これ以上口答えしたらどうなるかも、竜胆は身に沁みて良く理解していたので、ムカツク気持ちをグッと抑え唇を噛んだ。
「タケミチはオレのオトウトなんだから、竜胆にとってもオトウトになるだろ? 優しくしないと、オニイチャン怒っちゃうからな?」
 武道は蘭の微笑みを見て、やっぱり竜胆より何十倍も恐ろしいと思ったし、前にいる竜胆も同様に恐ろしいと思っているのを感じ取っていた。
「タケミチは、ランチ終わった?」
 蘭の言葉に、武道はふるふると首を横に振ると「じゃあ、カワイイ二人のオトウトに、オニイチャンが美味しいランチを奢ってやるね」と蘭が笑った。
 蘭は竜胆と武道を高等部のカフェテリアに連れて行った。武道は。もちろん高等部の校舎になど入った事が無いので、連絡通路から高等部の校舎に足を踏み入れるだけで、自分が入って良いのかと、ドキドキしてしまった。
 中等部がフランス料理なら、高等部はイタリア料理だった。他にも中国料理もあるらしい。一体、どんな学園に入学してしまったのだろうと、中等部の先にある高等部での学園生活にも恐ろしさを感じてしまった。
 けれども、目の前に美味しい料理を出されたら、そんな不安もひとまずどこかに置いておいて、武道は必死で食べる事に専念した。今日は蘭も自分の分のコースを注文したので、三人で食べていた。ふと顔を上げると、蘭も竜胆も食べなれているせいか、食べ方がとてもスマートだった。
「なんだよ?」
 武道の視線に気が付いたのは、武道の隣の席に座っていた竜胆だった。
「いやあのお二人とも食べ方が綺麗だなって」
「食べ方?」
 竜胆が怪訝そうに眉を細める。
「やっぱり灰谷さんみたいなお金持ちだと、毎日こんな料理食べているんですよね」
 武道の言葉に竜胆の眉間に深い皴が出来た。
「あのさ、なんでオレが『灰谷さん』で、兄貴の事は『蘭君』なワケ?」
「え? 先輩だからですけど」
「兄貴は?」
「蘭君は『蘭君』と呼ぶ様に言われたので」
「ハァ?」
「竜胆も『竜胆君』って呼んで貰いたいんだって」
 蘭が横から話に入って来て、武道はそうなの? と竜胆を見ると、竜胆はぷいっと顔を横に向けた。
「別にそんなんじゃねぇけどオマエが呼びたいって言うなら『竜胆君』って特別に呼ばせてやっても良いけど?」
 竜胆にそう言われて、武道は別に「竜胆君」と呼びたい訳じゃないけどと思ったが、正面の席に座る蘭の瞳が「呼んでやれー」と圧をかけてきたので「じゃあ、竜胆君と呼びますね」と言うと、竜胆は武道から目を逸らしたまま「おう」と返事をした。竜胆の耳が赤くなっているのを武道は見逃したが、蘭はしっかり見ていて、竜胆が見たらムカツク笑顔で二人を見守っていた。
デザートまでしっかり食べて、武道は満腹による幸福感に満たされていた。昨日のコースも美味しかったが、今日のコースも美味しかったとしみじみ思う。
「じゃあ、行こうか」
 椅子から立ち上がった蘭が、武道に向かって言った。武道は「どこに?」と思った。その問いは竜胆が代わりにしてくれて、蘭は「美容院」と簡潔に答えた。
「あ、そう」
 竜胆はその蘭の返答で納得出来たようだが、武道には理解不能だった。どうして今から美容院に行かなくてはいけないのか全然分からない。
「え? 美容院ですか?」
「そう、タケミチの髪型ダサいから、美容院で直して貰おうな?」
 幼児にでも言い聞かせるような口調で蘭が言う。その瞳がとても残念そうな色を浮かべていて、武道の特に手入れもしていない、ぱさついた髪をじっと見下ろしていた。
「でも、授業は?」
「授業? そんなもの受ける必要がある?」
 そう言って、蘭はにっこり笑うので、武道は何も言い返せなくなる。蘭が言えば、午後の授業なんて、どうでも良いものになるようだった。蘭は武道の手を掴むと、昨日のように、どんどん先へと歩いて行った。廊下は再びモーゼの海割り状態になり、そして、昨日より少しだけ蘭に慣れた武道は、廊下の端に立って蘭を見送る女性徒の口から洩れる「蘭様、素敵」とか「蘭様、麗しい」という単語を耳に拾えていた。廊下にいる生徒たちは、怖いから蘭を避けているのかと思ったのだけれど、畏敬の念というか憧れみたいな感情で、蘭の行く先を空けているのだと知った。
 蘭は靴箱で上靴から外履きにちゃんと履き替えたが、腕を引っ張られている武道は、上履きのまま土間を下り、高等部の玄関から職員用の駐輪場に停めてある蘭のバイクまで連れて行かれてしまった。蘭はヘルメットを武道に渡すと、自分の後ろに乗るように仕草で示した。
「蘭君、あのオレ、上靴ですけど?」
「あー? 大丈夫。バイクで行くから」
 蘭の返答はそんな感じで、もう何を言っても無駄なのだと武道は理解した。上靴に制服のままニケツして、美容院とやらに連れて行かれるのだと、武道は観念するしかなかった。