かいえ
2025-02-14 22:09:55
13612文字
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【灰武】天国でも野蛮

お金持ちの子息が集まる私立学園中等部に入学した武道(庶民)が、カースト最高位の灰谷兄弟のお気に入り(蘭『オトウト』・竜胆『下僕』)になった武道が振り回されながら、二人に恋しちゃうラブコメ
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「好きなだけ食べろー」
 武道の前には、人生で一度も食べた事が無いフランス料理が並んでいて、正面の席には、先ほどぶつかった長身美形な高等部のお兄様が座っていた。自分は食事済みなのか、飲み物だけを注文して、テーブルの上で頬杖をついて武道をじっと見ているのだ。そんな姿も恐ろしく様になっていて、直視するには眩し過ぎるくらいだった。、その視線を感じるだけで、武道は不思議とお尻の辺りがむず痒くなってしまい、もじもじして椅子に座っていた。
 この長身美形にぶつかった後、一発触発かと思われたのだけれど、その危機を救ってくれたのは、武道の腹の音だった。あまりにもお腹が空いていたので、襟首を掴まれた瞬間、ぐーっと大きい音が鳴ってしまったのだ。弁当は食べかけでぶちまけてしまい、その後はと言えば、屋上とロッカーを往復するなどして、武道のお腹はもう空腹で限界だったのだ。長身美形は素で驚いた顔をして、それから「他人の腹の音を初めて聞いたワ」と、武道の襟首を締め上げたまま盛大にゲラゲラ笑った。そして、しばらくして「メシ食ってねぇの?」と、真顔で武道に尋ねてきた。武道が素直に「はい」と頷けば、一度も入ったことの無い高級感あふれるカフェテリアに連れて来きてくれて、殴られるどころか、何故か奢ってくれると言うのだから、支離滅裂な人だと武道は唖然としていた。
 然しながら、目の前に美味しそうな鯖のポワレ夏野菜のエチュベがメインのコース料理が並んでいて、且つ、とても良い匂いがしているのだから、今日は昼抜き確定だった武道は、食べずにはいられなかった。
 知らない人から貰った食べ物は食べてはいけないと、幼稚園の時に習った筈だが、武道は空腹に負けて、ついに食べ始めてしまった。そしてメイン料理を一切れ口に入れた途端、余りの旨さに感激していた。ニンニクの香りを加えたオイルで蒸し焼きにされた鯖と夏野菜は瑞々しく、しかも柔らかくて風味があり美味しかった。他の皿の料理も、今まで食べた食事の中で一番おいしく感じ、もう食べる事を止められなくなってしまった。武道が、それはもう盛大に遠慮なく食べるので、目の前の長身美形は面白いものを見るような目で見ていた。
「お腹、膨れた?」
 これ以上は食べられないと思った時、長身美形がそう言った。もう、お腹が膨れ過ぎて、息をするのも苦しい状態で、長身美形がいなかったら、ズボンのベルトを一穴緩めたいぐらいだった。
「はい!」と、元気良く返事をすると「やっぱり、おもしれー」と長身美形は笑う。返事をしただけの武道は、それを不思議そうに見るしかなかった。自分の何がそんなに面白いのか、武道には分からなかったのだ。
「で、オマエはお金が無いの? ママ活したいくらい?」と、長身美形がふふっと笑いながら言うから、思わず「なんで?」と、武道は蒼ざめた。どうして、さっきぶつかっただけの人に、自分の懐事情が知られているか分からくて、びっくりするというか気味が悪くなった。すると、長身美形は「わりィ、さっきぶつかった時に、携帯の画面を見ちゃった」と悪気も無く言ってきた。そういえば、携帯で「ママ活」と検索して、凄い文言ばかり画面に表示されていた事を思い出し、あれを見られたのだと、武道は羞恥で顔を真っ赤にさせた。
「あれは、その
「これくらいでそんなに真っ赤になって、人妻の相手なんて出来るの、オマエ?」
「ひ人妻っ!?」
「だって、ママだぜ? オマエのママじゃねぇなら、当然人妻じゃね?」
「た確かに
 長身美形に指摘されるまで、ママはママと漠然と思っていただけなので、そうか、ママ活とは人妻と付き合う事になるということか! と、武道は当たり前の事をようやく理解できたのだった。
「え? じゃあママ活って不倫なんですか?」と、武道が間抜けな事を言うと、長身美形はもう耐えられないとばかりに、机をバンバン叩いて笑った。
「アハハ。そんな事も分かってないのかよ。すげぇ、ウケるんだけど」
「はぁ
「なぁ、カネが無いなら、ママ活じゃなくてアニ活にしろよ? オレがオマエのアニになってやるからさ。もう一人オトウトが欲しかったんだよね」
「お兄さん?」
「そ、オニイサン♡ こずかいはやるし、すげぇ可愛がってやるし、どう?」
「ででも
「カネならいくらでもあるから気にすんな。ちなみに、今日はいくら欲しいか言ってみ?」
 武道は隣の開いている席に置いた、竜胆の汚れた制服を見て、喉をごくりと鳴らした。弁償期限は今週中なのに、武道には貯金も無く、今のところバイト先はどこにも宛は無いのが現状だ。ママ活を検索した画面の、いかにもエロくてヤバそうな文面は、中学生の武道には手に負えないものだった。武道はキスもした事が無ければ、当然セックスもした事がない初心な中学生なのだ。目の前の長身美形のように、顔が美しくて綺麗な艶のある髪で体格も良くて、一度見たら忘れられないような印象的な瞳でも持っていたら、自分でも年上の女性に相手をして貰えたのかもしれないけれどと、武道は思ってしまった。 何もかも未経験の武道が、運良く出会えた人妻に甘えてこずかいを貰うより、目の前の長身美形なお兄さんに甘えて、こずかいを貰う方がリスクは低そうに思えてくる。
 しかし、制服代は、ジャケット、長袖シャツ、ベスト、スラックスの計四点で七万円は必要だった。そんな大金をいくら金持ちの子息だからと言って、この場でポンと出せるのだろうかと思ってしまう。ちなみに、武道のこずかいは月五千円だったりする。
「なぁ、いくら欲しいんだって聞いてるんだけどォ?」
 武道が言わないので、声色に苛立ちが少し混じっているように感じた。早く返答をしないと、機嫌を損ねてしまいそうだと思い、武道は「あの七万円です」と、小さい声で答えたが、今度は「たけぇ」とブチ切れられそうな気もして、生きた心地がしない。それくらい七万円というのは武道にとって高額なもので、簡単に欲しいと言える金額では無いと感じていたのだ。
「いいよ、出してあげる。どうせ、その制服を汚して弁償しろって言われたんだろ?」
 ところが、長身美形は自販機のジュースを奢ってあげるくらいの感覚で軽く返答するし、武道がなぜ七万円を必要としているかも言い当ててしまったのだ。
「なんで分かるんです?」
「大体のことは分かるんだよ。じゃあ、行くぞ」
 武道の腕を掴んで席を立たせると、長身美形はすごい勢いで、どんどん歩いて行ってしまう。武道は竜胆の制服を抱えたまま、ずるずると廊下を引っ張られていたのだけれど、モーゼの海割りのように廊下にいる学生が左右に避けてくれている事に気が付いた。どうして? と、思いながら辿り着いたのは購買で、ドアを開け中に入ると、長身美形に気が付いた年配の係の女性がすっ飛んできて「今日はどのようなものがご入用ですか?」と、腰を低くして尋ねてくる。それは、武道が一度もされたことがない待遇だった。
「竜胆の制服を一式欲しいんだけど」
 長身美形の口から竜胆の名が出て、武道は絶句するしかない。
「はい、畏まりました」
「で、襟の刺繍はすぐに入る?」
「もちろんです。すぐに入れて教室までお届けします」
「あと、これ、クリーニングに出して。で、染みが取れなかったら捨てて良いから」
「はい、承知いたしました」
 そのやりとりを、目を大きくして見ていた武道は「じゃあ、行こうか」と、蘭に言われて廊下に出た。
「あの竜胆さんとは知合いですか? それに、どうして制服が竜胆さんの物だって分かったんですか?」
「そっか、入学したばかりで知らないのか。オレは灰谷蘭。竜胆の兄だよ。どうして制服が竜胆の物か分かったかって、制服から竜胆の香水の匂いがしたし、襟に刺繍が有ったから。ほら、オレの襟にも刺繍が有るだろ?」
 そう言ってかがんでくれた蘭の襟には、白い糸で髑髏の刺繍がしてあった。
「ホントは黒い糸でしたかったんだけど、会長がうるせーから白い糸で刺繍してんの。カワイイだろ?」
 髑髏の刺繍が可愛いかどうかは、武道には何とも言えなかった。
「オレのことは蘭君って呼べよ?」
「蘭君が竜胆さんのおにいさん?」
「そう。で、今からオマエのオニイサンだからな?」
「え?」
「制服買ってやったんだから、アニ活の契約成立だろ? これからオマエは、オレのオトウトってこと。はい、携帯出して」
 蘭は武道から携帯を受け取ると、竜胆同様、勝手にアドレスを交換してしまった。