sidori
2025-02-12 00:00:00
12142文字
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人妻定食二月号『パー子』

モブ視点で高銀の坂田に失恋するNTRシリーズ2月号。お題はパー子ちゃんとバレンタイン。


しどりの『高杉特性白濁ソースがけパー子のテレテレ照り焼き~大人のビター涙お浸し~』



今日も僕はいそいそとかぶき町に足を向けた。
賑やかな歓楽街の、一際雑多な一角にその店はある。
『カマっ娘倶楽部』
所謂オカマバーだ。少し前までの僕なら、そんなところに足繫く通うなんて考えられなかった。きっと、僕を知る殆どの人もそう言うだろう。オカマバーどころか、キャバクラとか。つまり風俗なんてものとはまるで縁のない男だった、僕は。
ただ昨年の、夏。仕事が余りにも上手くいかなくて、本当にムシャクシャしてて。ヤケになって普段は飲まない酒を浴びる程飲んで、酔っぱらって飛び込んだその店で、僕は彼女──いや、彼と出会った。

「パー子でェす」
と、少々大袈裟にシナを作って僕の横に腰掛けて来た彼。
一目で恋に落ちた──訳じゃない。女物の桃色の着物を纏い、銀色の髪を頭の左右で高く結い、確かにそのかんばせには分かりやすく女らしい化粧を施してはいたものの、彼はどう見ても男性だったからだ。しかも筋骨隆々とまではいかなくても、間違いなくかなり逞しい部類の。背は高く、清楚に整えられた襟から伸びる首には喉仏が張り出し、声は深みのある低音。袖から覗く腕は、肌こそはっとするほど白く肌理も細やかなようだったが、見るからに鍛えられた筋肉が筋を浮かせ、更に言えば、歴戦の猛者然とした傷跡に覆われていた。(後になって気が付く事だが、そもそも『カマっ娘倶楽部』にはそういう人間が多く雇われているようだった。"ママ"からしてかつての攘夷戦争時代には大層名のある武人であったと言うのも納得の、それこそ筋骨隆々の大男である。)
そしてその態度は酷く怠惰だった。いかにもやる気が無い事が聞いて分かる程平坦な声音。仮にも接客する事こそが価値の仕事である人間のテンションじゃない。眠そうな目付きもそうだった。はじめは、この店に入ったのは間違いだったかな、と、早くも後悔を感じたくらいだった。
しかし手付きは案外てきぱきしていて、僕はなんだか感心するような気持ちになった。僕が既にかなり飲んでから来た事もすぐに察してくれて、しかも飲み慣れていない事まで見抜かれ、水を差し出された時にはもうすっかり僕は彼に好感を持つようになっていたと思う。
余りに単純だと思われるだろうけど、その時の僕は本当に優しさに飢えていたのだ。多分、可愛い女の子の居る店に入っても良かっただろう。それが作り物の優しさでも、きっと僕は楽しい気持ちにはなれた筈だ。だけど彼のそれは自然体からきているものであるからこそ、連日の疲れとストレスでささくれた僕の心にごく自然に沁み込んだ。
「アンタ、普段はあんまり飲まないんじゃねーの?何、そんな飲まなきゃやってられねェような事があったんだ?俺でよければ聞いてやるから、話してみれば?」
と、促されるまま仕事の愚痴を話せば、
「頑張ってんだな」
と労われ、その上で、
「まあ、アレだな。でもアンタも、もーちょっと肩の力抜いてみてもいーんじゃねーの」
と言われた言葉は、彼以外に言われても僕には響かなかった気がする。
おざなりなようでいてそうじゃない、僕を馬鹿にする訳でも、過剰にとりなそうとする訳でもないただありのままの、程よく気の抜けた彼の声で言われた言葉だったから良かった。彼が、今まで僕の世界には居なかったタイプの人間だった事も理由としては大きいんだろう。僕は自分の頭がかたいって自覚がある。思考の方向性が凝り固まりがちというか、物事をステレオタイプに当てはめてみようとしてしまいがちというか。彼は僕の持っている枠のどれにも当てはまらなかった。まあ当然だろう。完全に縁の無い人種だったんだから。
とにかく彼との出会いが僕にとって転機になった事は間違いなかった。
なんだろうな。憑き物が落ちた感じ、っていうのはああいう事を言うんだろうか。ストン、って。
実際、肩の力が抜けてみると、それまで上手く行かなかった──いや、上手く行かないと思い込んでいただけなのかもしれない──事が、不思議なくらいに上手く回るようになった。無茶ぶりばかりする上司との関係も、いつも調整が大変だった取引先とのやりとりも。新しい仕事も任された。
お礼を言いに行ったんだ。君のお陰だ、って。
彼はほんの少しだけ面食らったような顔をした後で、柔らかく笑った。
「アンタが頑張った結果だろ、良かったな」
多分、その瞬間僕は恋に落ちていた。
この人が僕の女神だと思った。男だとか、そんな事は関係ない。僕は『カマっ娘倶楽部』に通うようになった。
それからは毎日が楽しくて仕方ない。パー子ちゃんに会えると思うだけで何でも出来る気がしたし、会って話せば次の日の仕事はもっと上手く行く。故郷から遠く離れ、彼女も居ない。家と仕事場を往復するだけの無味乾燥だった日々に突然バラ色の輝きが灯ったようだった。
順風満帆って言うのはまさにこういう事を言うんだろうな。浮かれている自覚はあるけど、止める必要がどこにあるだろう。

「アンタも物好きだなあ」
今日も彼女はいつもと変わらない顔をして、『カマっ娘倶楽部』を訪れた僕の隣に腰掛けた。もう指名を伝えなくても、僕の顔を見ただけで誰かが彼女を呼びに行ってくれる。
「パー子ちゃんと話すの楽しいからさ」
「こんな化け物の巣窟で化け物と喋って楽しいたァ、物好き以外のナニモンでもねえだろ。っと、まあ、とりあえず何飲む?」
「パー子ちゃんは、今日はもう結構飲んでる?」
「いや、今日はまだあんまり」
「じゃあとりあえずウーロン杯。パー子ちゃんも好きなの飲んで良いよ」
「え~マジでか。ありがとな。じゃあ俺ビールにしよっかな。ちょっと待っててな」
「うん」
『化け物』と口にした瞬間、少し離れた席に居た西郷ママの視線にギロリと睨まれ、パー子ちゃんはそそくさと飲み物を取りに席を立った。僕はふう、と一息ついて、着物の襟元を少し緩めながらなんとなく店内を見回す。
『カマっ娘倶楽部』は、実は結構人気があるお店だ。多分客層が良いからだろう。西郷ママが睨みをきかせているから、ウケ狙いでオカマバーに来て悪ふざけをするような質の悪い酔客は居ないし、もし変な奴が来てもすぐにつまみ出される事になる。だから安心して飲める上、元攘夷浪士だったという屈強な肉体を持つ彼女達がステージに立って披露するショーは迫力が凄く、見応えがあって楽しい。いつも中々賑わっている。
そして今日は、そのいつもよりも更に少し人の入りが多いようだった。臙脂色の絨毯を敷き詰めたフロアで、キャスト達は忙しそうにあちらこちらとテーブルの間を歩き回っている。いつもなら一人がテーブルに着けば手の空いている他のキャストが飲み物を用意してくれたりするのだが、今日はパー子ちゃんが自ら席を立ったのもその関係だろう。
僕はちょっと焦った気持ちになりながら袂を探り、入っているものの硬さを確かめる。
今日はバレンタインデーだ。
少し混んでいるのはその所為で、今日はキャスト達からチョコが配られる特別なイベントがある。勿論それも楽しみだけれど、僕の心が落ち着かない理由は少し違う。
僕は今日、パー子ちゃんに告白するつもりで来た。パー子ちゃんから貰うんじゃなくて、僕からプレゼントを贈って、お店のキャストと客としてじゃなく、一人の男として真剣にお付き合いを考えてくれないかって……。余り自分の事を喋るタイプじゃないパー子ちゃんが、前にちらりと好きだと零していたお店の限定パッケージをその為に必死になって手に入れて来た。せめてお店の外でも会えるようになりたい。
僕以外に、そう思ってる奴がいたらどうしようっていう焦りだ。パー子ちゃんは人気があるから、同じ下心を持っている客が他に居てもおかしくなかった。少なくとも、今日僕のように自分からチョコを贈ろうとしている客が既に居る可能性は十分にある。先を越されたくなかった。だって、一番最初に渡した方が印象に残るだろう。僕が一番初めに、彼女の喜ぶ顔を見たい。僕は──そう、僕が彼女の一番になりたいんだ。だから勇気を出さなくちゃ。
そわそわとしている僕の所に、盆にお酒の準備を整えたパー子ちゃんが戻って来て、
「おまたせ~」
と、また僕の隣に腰を下ろした。ソファの座面がぎしり、と彼女の重みの分沈み、僕の体は少し彼女の方へ引っ張られる。僕は慌てて姿勢を正した。微かに触れ合った肩を気にする事なく、彼女はテーブルに置いた盆からグラスを取って僕に差し出して来る。その手は風俗店らしい薄暗い照明の下でも相変わらず白く、袖の中へ消えていく腕が妙に艶めかしく見え、僕は知らずごくりと喉を鳴らしていた。
「どうしたの今日、何か変じゃね?また何か悩んでんの?」
ぎこちない手付きでグラスを受け取ったはいいものの、中々口をつけない僕を訝しんだのか、パー子ちゃんが首を傾げて訊ねてくる。いつもと違う事にすぐに気づいてくれる彼女は優しい。白銀のツインテールをふわりと揺らし、同じ色の長い睫毛の下から僕を上目遣いに覗き込んで来る赤い瞳が宝石みたいで綺麗だ。
「あんまりためこみすぎんなよ。何かあんならほら、話してすっきりしちまえよ」
明るいピンク色の口紅を引いたふっくらとした印象の唇に、自分の分のビールジョッキをつけながら彼女が促す。僕は自分の心臓がドキドキと鳴るのをうるさいくらいに感じた。告白なんて、初めてだ。でもパー子ちゃんはきっと受け入れてくれる。この半年で僕はそう思うようになっていた。彼女はやわらかい。女装をしているからそう装っているだけだとは思えない、身に着いた仕草や物腰。ふんわりとした微笑み。決して僕を馬鹿にしたりしない、優しい彼女。
僕の日常にもっと彼女が居て欲しい。
僕は意を決して、ウーロン杯のグラスを煽った。ごくごくと喉を鳴らしてアルコールを流し込み、袂に手を突っ込んでプレゼントの箱を取り出す。ちょっとびっくりした顔をしているパー子ちゃんの顔の前に、勢いのまま差し出した。
「パー子ちゃん……!あ、あの……これ、受け取って!それで、その、僕と、お付き合いしてくれませんか……!!」
その後の数分、いや、ほんの数秒だったのかもしれない。僕には永遠に感じられた。時が止まったようにも。
心臓が耳元まで移動してきたのかと思うくらい自分の鼓動で何も聞こえなくなった。お店の中は賑やかで、ステージではショーも始まっていたから、大音量の音楽が空間全体に轟くくらいだったのに。
それでも、暫く黙っていた彼女が、
「あー……
と、呟いた声は聞こえた。

パー子ちゃんはぽりぽりと頬を掻いて、困ったように眉を下げていた。僕が俯いていた顔を上げて視線が合うと、申し訳なさそうにパー子ちゃんの視線が逸れる。
……悪い、そういうの受け取るなって言われてんだ。店の決まりだから……その、やっぱりお客さんとは、その、トラブルとかになると、まずいからさ。ごめんな」
僕は目の前が真っ暗になるような気持ちになった。


でも、諦めきれない。例えパー子ちゃんにとって今までの僕が客の一人以上の存在ではなかったのだとしても、じゃあもし、お店の外で、お店の『パー子ちゃん』ではない彼女と知り合えば、今度は僕の事を意識してくれないだろうか。
思わず呆然とし、半ば無意識の内に店を出ていた僕は、二月の寒風に顔を撫でられてはっと我に返った。手には一目で義理だと分かる小さなお菓子の包みが握られていて、すぐに思ったのはそんな事だった。客として行ったから駄目だったんだ。パー子ちゃんはああ見えて真面目なところがあるから、だから。
往生際が悪いかもしれないが、それでも僕はどうしても、彼女の事が好きだった。
良くない事だとは分かっていたが、僕はお店の裏口へ回った。彼女が仕事を終え、出て来るのを待つつもりだった。『カマっ娘倶楽部』の入った建物と隣の建物の間の路地へ入り込み、そのドアを目指す。

──と、人の声が聞こえて来て、僕は足を止めた。
パー子ちゃん以外に会えば、裏側に回った事を咎められるかもしれないと思っての事だ。咄嗟に隣のビルの二階へ続く階段の影に屈んで身を隠していた。
「なんだ、来たの」
パー子ちゃんの声だった。お店のドアから出て来たパー子ちゃんが、誰かに向かって話しかけている。相手の返事は、きい、と軋んだドアが閉じる音の方が大きくて聞こえなかった。パー子ちゃんは笑っているようだ。
「ばあか」
その声は妙に甘ったるい。いつもの気怠さとはまた少し違っている、ゆったりとした話し方。
「仕方ねェだろ。人が足りねえって言うからさ。すげェ頼み込まれちったし……、だからメモ置いといたろ。……あ?そりゃ、来るって分かってりゃ待ってたっつーの。けどお前、いつもいつ来るかわかんねーじゃん。せめて連絡入れてから、って、ちょ、……っ」
草履が路地の地面をざり、と擦る音がした。パー子ちゃんが急に声を詰まらせ、急に静かになる。
ややあって、パー子ちゃんのものではない別の──恐らくパー子ちゃんを迎えに来たらしい何者かの声が静かに響いて来た。
「ったくてめェは、いい加減余所で男誑かすなァ止めろ。俺ァそんなにてめェを満足させられてねえつもりはねえんだがな」
深く、甘い声だった。まるで恋人に向けるような。
パー子ちゃんが応える。
「ばっ……てめェ、人聞き悪い事言うんじゃねえよ。つーか、だから、仕方なかったんだって!大体こんな店に来る奴なんざみんなバケモン見て面白がりたいやつだけだって」
分かってるくせに、とパー子ちゃんの声は少し拗ねたような響きを含んでいた。相手の男の返事はそれに対して揶揄うように低く笑う。
「誤魔化そうとしても無駄だぜ、銀時。テメーこそ分かってんだろ。俺ァ案外心の狭い男でな」
「それは良く知ってるけどさあ。いや、別に何も誤魔化してなんかっ、ぁ、ちょっ、コラ!てめ……っ、駄目だって、こんなとこで、ん」
また言葉が途切れた。
流石に僕にも二人が何をしているのか分かった。
そっと、少しだけ顔を出して様子を伺うと、暗闇で二人分の人影が重なっていた。
……ん、んふ、ん、ぅ
パー子ちゃん──いや、銀時、と呼ばれた彼と、彼より少し背の低い男。すっかり化粧を落とした彼の顔の輪郭を、閉じたドアの隙間から僅かに漏れる明かりが照らしていた。知らなかった。彼の銀色のツインテールはウィッグなのだとばかり思っていたが、作り物だったのはツインテールにしている部分だけで、他は全部彼本来の色だったらしい。そのふわふわとした白銀の髪に男の手は遠慮なく差し込まれ、彼の後頭部を引き寄せていた。深い口づけに、彼はうっとりとした様子で銀色の睫毛を閉じている。男の顔は、彼の影になって良く見えない。
「ん…………
唇が離れても、彼は男から体を離そうとはしなかった。男の影はすらりとして見えはするが、かなり鍛えられているのだろう。凭れかかってくる彼の体を腰に回した腕でしっかりと抱き止め、よろける素振りすらない。
彼が少し上がった息で言った。
「もおちっとは我慢できねーのかよ……
「出来ねえ」
「お前ね……
「嫌か」
……おまえ、ずりーだろ、それは。……嫌、じゃ、ねえけどさァ……
「なら良いだろ」
「いや良くはねえよ、流石にここじゃ駄目だって。駄目っ、ん、馬鹿」
「その馬鹿がいいんだろ」
「馬鹿」
二人は楽しそうに笑い合う。間近で撓む唇の間に吐き出された白い息がまじりあうのを見て──、僕は。
「もう、分かったから。ラブホでもなんでもいいから連れてけ」
彼がそう言って、二人は寄り添ったまま去って行く。
僕はその後ろ姿を、ただ見ている事しか出来なかった。
そうか、と、結局受け取ってもらえなかったプレゼントの箱をやけに重く感じながら思う。それはそうだ。そうに決まっている。あんな素敵な人に、相手が居ない訳がなかったんだ。
ちらりと見えた彼の幸せそうな横顔が、僕の失恋をこれ以上無い程肯定していた。

ああ、さようならパー子ちゃん。
僕が君の恋人になれたらどんなに良かっただろうと思うけど、それは叶わないって事を、あの男が君の本当の名前を呼ぶ声を聞いて分かってしまった。
だけどもしまた、僕が悩んで行き詰まる事があったら、その時はどうかお店のソファで、笑って僕の話を聞いてくれ。