sidori
2025-02-12 00:00:00
12142文字
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人妻定食二月号『パー子』

モブ視点で高銀の坂田に失恋するNTRシリーズ2月号。お題はパー子ちゃんとバレンタイン。


jilの『高杉仕込みの熟成パー子 湿度たっぷりおじのハート串焼き~ほろ苦い思い出デザート付き~』



「そういえば、パー子の話聞いた?」
「最近、変な客がついてるってやつでしょ」
「やだ、なにそれ。ストーカー?」
「そうそう」
「でもパー子はその辺の輩なら、余裕でぶちのめせるでしょ?」
「それがね、やり方が陰湿らしくて、気味が悪いんですって。目の前から来ればぶん殴れるけど、コソコソコソコソ周りをうろついてるらくて……。それでパー子も参っちゃってるみたいなの」
「いやぁん、怖ァい」
「私達も気をつけないとねぇ」
「ちょっとアンタたち!無駄口叩いてないで早く帰り支度しなさい!」
そんなキャストたちの会話を窓越しに聞きながら、僕は手に握ったバールのようなものをぎゅっと握りしめた。
「パー子ちゃんは……僕が守らないと」
風に煽られたどこかの安っぽいトタン屋根が、ガタガタと音を立てた。
◾︎ ◾︎
パー子ちゃんは、僕が週3で通っているかまっ娘倶楽部のキャストだ。
といってもいつもいるわけではなく、繁忙期などのヘルプのときにだけ来るらしい。
いわばレアキャラ。お助けキャラ。にもかかわらず、パー子ちゃんはそこそこ人気がある。
というより、一部に熱狂的な客がいる。
僕もまた、そんななかのひとりだ。
僕がパー子ちゃんにはじめて出会ったのは、一か月前の冷たい雨がみぞれ雪になった夜だった。
その日、三年間付き合っていた恋人に振られて、客引きに誘われるままヤケになって入ったお店が、たまたまかまっこ倶楽部だったのだ。
女の人と話す気にはなれなかった。でも、誰かに優しく話を聞いてほしかった。生まれて初めて立ち入る場所に少し戸惑いながらも、案内された席につく。
「どーも。パー子でぇーす」
ダウナー系、というでもいうのだろうか。
やる気のない低い声で僕の席についたのは、銀色の豊かな髪を二つに結い上げ、ピンク色のケバい着物を来た女性ーーいや、かまっ娘だった。
パー子ちゃんは僕の顔をじっと見ると、はぁとため息をついた。そして、熱々のおしぼりで僕の顔を思いきり吹き始めた。
「え!なに?なに?」
「いや、ゴミついてたから」
なんて、言うけれどそれが嘘なことは僕がよく知っている。熱いおしぼりで目が覆われた瞬間にに気がついた。パー子ちゃんは、僕の涙の跡を拭ってくれたのだ。
「よし、ゴミとれた。で、どしたん?話聞こか?」
おしぼりをテーブルの隅にやり、パー子ちゃんが慣れた手つきでお酒を作りはじめる。
「強いので行く?そのほうが話しやすいだろ」
……う、うん」
少し濃いめの焼酎お湯割り。グラス越しに手のひらを、強い香りが鼻と口を、そして、喉を通った酒精が腹の中を温めた。
それだけで、さっき拭ってもらったばかりの目頭が、また熱くなった。ああ、だめだ。情けない。
「き、きみも何か飲みなよ」
パー子ちゃんにもお酒を勧める。こういうところの作法な聞きかじった程度だけれども、キャストにもお酒を飲ませるものらしい。
「んー、じゃあドンペリ?」
「も、もうちょっと僕のお財布に優しいもので……!」
そんな高価なもの、とてもじゃないけれど僕には無理だ!
慌ててそう言うと、バー子ちゃんはくすりといたずらっぽくわらった。
「冗談だよ」
そう言って、手ごろな価格のものをオーダーする。
「悪いな。アンタ、あんまりこういうところ慣れてないんだろ?つい、からかっちまった」
「か、からかうって……
「こういう世界にいるとさ、どんどん世間擦れしちまう。だから、アンタみたいは初心なヒトがいると、ちょっと嬉しくなるんだよね」
「嬉しい……?」
「眩しい、ってこと」
そう言ってウインクすると同時に、パー子ちゃんの分のお酒がくる。
「乾杯」
カツン、と音を立ててグラス同士をぶつける。
そしてグイッと酒を煽る。喉が焼けるようなアルコールを味わうのは、久々だった。
仕事一筋だった僕は、アルコールを嗜むことさえ、疎かにしていたのだ。
「濃すぎた?」
「ううん、そんなことないよ」
浮世を忘れるには、ちょうど良い濃さだった。
少し強いくらいが、自分を忘れられる。パー子ちゃんが言ったように、恥も外聞も投げ捨てられる。
「恋人に、振られちゃってさ」
僕はポツリポツリと、自分の身の上話をした。
パー子ちゃは僕の話をただ黙って聞いてくれた。茶々を入れることも、共感することも、慰めることもせずに。
ときどき、グラスの氷を鳴らすように酒を舐めた。
薄桃色の唇が濡れて、ゴクリとパー子ちゃんの喉仏が動く。
パー子ちゃんは、不思議な人だった。骨格から男と分かるけれど、それすらも魅力的に思わせるような色気があった。
薄暗い店内で、パー子ちゃんの銀色の髪がぼんやりと光るように浮かんでいる。ときどき袖をまくって現れる腕は白く、しなやかな筋肉がついていた。
衿元から覗く首すじがなまめかしくて、緊張で乾いた喉に強い酒を流し込む。そうして、僕は何度もつっかえながら話続けた。
ようやく下手くそな僕の話が終わると、パー子ちゃんは僕の目をじっと見つめた。
「えっと」
少し居心地が悪くて身動ぎすると、パー子ちゃんは自分の袖に手を入れて、何かを探すようにまさぐった。
「おっさん、口開けて」
「え?」
「あーん」
パー子ちゃんの指が僕のくちびるに触れそうなほど近付き、なにかの塊が口の中に放り込まれる。
柔らかいものが舌の上で蕩け、カカオの風味と心地よい苦味が広がる。
「チョコレート?」
「どう?甘すぎない?」
「これ、パー子ちゃんの手作り?」
「そ。今練習してんの。アゴ美に味見してもらう予定だったけど……ほかの客には秘密な?」
パーゴちゃんが悪戯っぽくウィンクする。
「アタシは甘いの好きなんだけど、今回ちょっとビター系に挑戦しててさ。アンタ、パティシエなんだろ?プロの感想聞かせてくれよ。でも、まあこっちは素人なんでお手柔らかにな?」
僕の話なんてまるで聞いていないような様子だったのにーーパー子ちゃんは、ちゃんと聞いてくれていたのだ。
僕の働いているお店のこと。そのオーナーの娘との破局のこと。
彼女のほうから言い寄ってきたのに……というのは、我ながら恨みがましい。僕だって彼女に逆上せていた。
けれども、僕より若くて未来性のある新人にあっさり乗り換えられれば、恨み言のひとつも言いたくなる。
ーーあなたは、私の騎士(ナイト)じゃなかったのよ。
そんな言葉を残して、彼女は去って行った。
仕方がない。僕は彼女の騎士にはなれなかったのだ。
僕は口の中でチョコを転がしながら、手元にあったナフキンにペンでメモを書きつける。
「えっと……。表面にまぶしたココアパウダーでほろ苦い風味がガツンとくる感じで、いいと思う。でも、あえてもう少し甘みがあったほうが口当たりがまろやかになって、全体のバランスがよくなるかな。生クリームを少し増やしすと、濃厚リッチな舌触りになるかも」
途中まで書いて、ハッとする。
パー子ちゃんは、ただ話のきっかけにしてくれようとしただけなのに、なにを真剣に分析してるんだ。
絶対に引かれた。偉そうに……て嫌な気持ちにさせたかもしれない。僕はいつだってーーいつだって、そうなのだ。
おそるおそる顔を上げる。そして、予想は裏切られた。
パー子ちゃんは僕の手元をじっと覗き込みながら、感心したように頷いた。
「なるほどな。やっぱりプロってのはスゲェな」
「あ……
「このメモ貰っていい?」
「う、うん」
パー子ちゃんは丁寧な手つきでメモを畳むと、それを袖にしまった。
……まあ、人生いろいろあるさ。人はアンタを裏切ることもあるかもしれない。でも、アンタの腕はアンタを裏切らないよ」
そして、パー子ちゃんが唇の端をそっと上げるように笑った。
「このレシピで、それをアタシが証明してやるからさ」
パー子ちゃんに落ちたのは、そのときだった。
◾︎
それから僕は、かまっ娘倶楽部に通うようになった。
パー子ちゃんがいない日は、違うキャストと飲むこともあった。みんな、話上手で、気さくで、いい娘たちだったけれど、やっぱり僕はパー子ちゃんが一番だった。
「この間あんたに教えてもらったレシピ。試してみたら、すごく美味くなったんだ」
すでにだいぶ飲んでいるらしいパー子ちゃんが、頬を赤くしながら言った。随分と機嫌が良さそうで、鼻歌まじり僕のお酒を作っている。
「役に立てて、僕も嬉しいよ」
乾杯して、酒をあおる。強い酒にも慣れてきた。
「そういえば、もうすぐバレンタインだけど……。パー子ちゃんにも、そういうの渡す人いるのかな?」
「おいおい、こらこら。キャストにそういうこと聞くのはご法度だぜ?」
パー子ちゃんの指が、ツッとグラスの縁をなぞる。
「ほかは知らねェが……アタシは色恋営業するつもりなないよ。これでも誠実なんだ」
「それこそ野暮だよ、パー子ちゃん。ここは浮世を忘れるところじゃないか……
パー子ちゃんの背後に、うっすら見えた男の影から目をそらすように、僕はグラスをあおった。
そんなパー子ちゃんが、ストーカーに悩まされているという話を聞いて、僕はすぐに決意した。
僕はーー僕こそが、彼女を守ると。
きっと、あの子は優しいからうまく突き放せなくて、相手が粘着してしまったのだろう。けれども、それでパー子ちゃんに迷惑をかけるなんて本末転倒だ。
「僕がパー子ちゃんを守らないと」
バールのようなものを握る手が震える。これは恐怖じゃない。武者震いだ。
ここ数日、僕はパー子ちゃんをこっそり護衛しながら、ストーカーを探した。
けれども相手は狡猾なようでなかなか姿を表さず、そしていつの間にかパー子ちゃんにもまかれてしまっていた。
そこで、今日の僕はかまっ娘倶楽部の裏口に潜んで、ストーカーが現れるのを待ち伏せすることにしたのだ。
あともう数分で、着替えたパー子ちゃんがあの扉から出てくる頃だ。ストーカーはパー子ちゃんが一人のときを狙っているらしいが、この一週間パー子ちゃんは常に人といた。
そろそろしびれをきらしたストーカーが、我慢できなくなって、現れてもおかしくない。
そして、そいつが出てきたら、僕が颯爽と出ていって、そいつをこらしめるのだ。
「パー子ちゃん」
パー子ちゃんの背後にいるのが、どんな男かは知らない。それでも、今パー子ちゃんを守れるのは、きっと僕しかいない。
「じゃあ、おつかれした〜」
気だるい声とともに裏口の扉が開いて、パー子ちゃんが出てきた。
身バレ防止のために帽子にマスクにサングラスをしているけれど、その頬にかかる銀髪が、あの子がパー子ちゃんだと教えてくれる。
「パー子!!」
その瞬間、物陰から飛び出した影があった。
どこに潜んでいたのか、ひょろりと背の高い男が、目を血走らせてパー子ちゃんに向かっていく。
ーーあいつだ。
そう思った時には、僕はもう出遅れていた。男の手に握られた凶器がパー子ちゃんに振り下ろされる。
「テメェか?俺のツレを付け回してるってのは」
そして、低い艶のある声とともに、ストーカーの体が地面に突っ伏した。
ストーカーを押さえつけていたのは、闇夜に紛れていた黒髪の男だった。片目の明らかに堅気じゃない雰囲気だが、蛍光灯に照らされたその顔は、ぞっとするほどに妖艶だった。
凶器を手放し逃げようともがく男を踏みにじりながら、男はため息を吐く。
「罠を張ったかいがあったぜ。ようやくしっぽ出しやがったな」
「ああ。捕まえた?おーい、店長。警察呼んでくれー」
パー子ちゃんは怯えたり驚いたりする様子もなく、間延びした声で店の奥に声をかけると、男の側に呑気に歩み寄る。
「別に俺だけでもそのうち捕まえたのに」
「見てるこっちからイライラすんだよ」
「怪我してねェ?」
「そこまで、腑抜けてねえェよ」
パー子ちゃんが男にそっと身を寄せると、男は当然のようにその腰を抱く。
それがあまりにも様になっていて、まるで長年連れ添った夫婦のようにも見えた。
「ま、これで一件落着か」
「他に厄介な客引っ掛けてねェだろうな。ったく、こんな水商売辞めろって何度言ったら……
「時給がいいんだ。ガキ二人に犬一匹……ウチはいつだって家計が火の車なんだよ」
「ふん。その、ガキふたりのほうがよっぽどしっかりしてらァ。犬もな」
「え、俺って定春以下?」
軽口を叩き合いながらも、男はしっかりとパー子ちゃんの腰を抱えながら、その耳元で囁く。
ーーああ。
僕は上げかけた腰を下ろして、手に籠っていた力を抜く。
「よかった……。パー子ちゃんには、もう騎士(ナイト)」がいたんだね」
頬を伝ったのはきっと汗だった。
僕はほんの少しの寂しさと温かさを胸に抱いて、夜の風に打たれながら、バールのようなものを手に家路についたのだった。
その帰路、たまたま木の上に登って降りられなくなっていた猫がいたので、バールのようなものを使って助けた。そしたら、その場には猫の飼い主だった女性がいたらしく、お礼を言われて連絡先を交換した。彼女はスイーツが好きだったらしく、お店によく来てくれるようになり、今では、僕は彼女の騎士(ナイト)をやっている。