かいえ
2025-02-05 19:45:26
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【蘭武】フツーのデートをおしえろよ

竜胆に誘われて初めて行った六本木のクラブのパーティーで、手違いで酔わされた武道が、酔っぱらった蘭にやられてから始まるラブコメ
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「最近、遊んでくれねーじゃん」
 携帯から聞こえてくる竜胆の声色は、とても不満そうだった。もう二度と六本木に足を踏み入れないと、武道は心に決めていたし、出来たら蘭には二度と会いたくないと思っていたので、竜胆がどれだけ不満に思っても、ここはどうにか誤魔化さなくてはいけないところだった。
「ああ、はい、すみません。試験勉強とか色々ありまして」
 あの六本木のクラブのパーティーから、ずっと竜胆と会っていなかった。もちろん蘭にも。竜胆からいつものように誘いがあっても、用事があるとか適当な理由をつけて、武道は断っていたのだ。
「タケミチから試験勉強なんて言葉が出るなんて、マジでウケるンだけど」
 竜胆の言葉は珍しく皮肉な口調だった。今まで一度も勉強なんて口実を使った事は無いのだから、竜胆が変に思うのも当たり前かもしれなかった。しかし、今のところ、それ以外に良い口実が浮かばないのだから仕方がない。
「ヒドイっすよ、オレ、一応これでも学生なんですよ?」
 試験があったのは本当だった。でも、試験勉強は嘘だった。やっていないから試験結果は最悪で「このままだと、どこの高校にも入れませんよ」と、三者面談で担任にねっとりと嫌味を言われたところだった。帰宅後は「中卒になる気なの?」と、母親にこっぴどく叱られ、暫く小遣い無しの刑を言い渡されてしまい、散々だったのだ。
「なぁ、試験終わったんだったら、こっちに遊びに来いよ」
 竜胆の言葉に武道はゲッとなる。試験勉強は試験が終わったら使えなかったのだ。武道は他に何か断る理由が無いか頭の中で考えた。そうだ。小遣い無しの刑だと、武道は閃き「いやでも、お金が無くて」と言って断ったのに、竜胆は「分かった。金が無いなら奢ってやるし。電車代が無いんだろ? オレがバイクで迎えに行ってやるから、出掛ける準備して待ってろ」と一方的に決めて、武道の返事などいるわけが無いと言わんばかりの態度で、さっさと通話を切ってしまったのだった。
 もう万事休すだと武道は諦め、外出の準備を渋々行った。あまりに何度も誘いをお断りするのも、余計に変に思われるからたまには仕方がないと、自分を慰めるように言い聞かせるしかなかった。
 自宅の玄関前に腰をかけて竜胆を待っていると、見慣れた竜胆のバイクが近付いて来るのが見えた。迎えに来たのが竜胆一人なのを確認して、武道はようやくホッとする事が出来た。蘭が一緒だったらどうしようかと、ついさっきまで悩んでいたのだ。
「よぉ、久しぶり」
 バイクに跨ったまま、竜胆がフェイスシールドを上げた。武道の顔を見て、嫌味なほど白い歯を見せニッと笑う。武道も「お久しぶりです」と笑い返した。そんな武道の顔を竜胆はまじまじと見つめて「なんだ、元気そうじゃん」と、明らかにホッとした顔をしたから、もしかして、何か心配させていたのかと、武道の心が痛んだ、
「どこに行くんですか?」
 竜胆のバイクの後部座席に乗った武道が尋ねると「折角バイクで来たから、少し遠出しようぜ」と、竜胆に提案されて、武道は「賛成です!」と元気よく答えた。行き先が六本木でなければ、どこでも良かった武道は、露骨に賛成の意を示していた。
 竜胆は武道を横浜中華街に連れて行った。パーキングにバイクを停めると、適当に中華街を練り歩く事にした。赤や緑の豪華な装飾が施された、二階建ての建物位大きな門を通り抜けると、そこは日本では無く、異国の地のようだった。休日の昼下がり、メインストリートは観光客でごった返している。肉まんの良い匂いがして武道が足を止めると「ほら」と、竜胆が買って武道に手渡してくる。
「竜胆君は食べないんっスか?」
「オレはそこまで腹が減ってない」
「なんか、オレだけ食べるの申し訳ないです」
「気にすんな。この間の詫びも含むから、気にせず食っとけ」
 この「詫び」と言うのは、もちろんクラブのパーティーの件だと思われたので、武道は「はーい」と、有難く奢られる事にした。どっちみち武道は金欠で、財布は持ってきたけれど大した金を持っていなかった。
「旨いか?」
「はい、旨いっす!」
 竜胆は随分会わなかったというのに、全然変わっていなかった。家に迎えに来た時も、武道の様子が普通なのを見てホッとしてくれていたのだ。あんな事があって、思わず蘭に関連する何もかもを拒否してしまったのだけれど、竜胆にしてみれば、武道の行動は理解不能だったかもしれないと、武道は反省していた。竜胆は何も悪くないのに、ずっと一緒に遊ぶ事を突然断りまくって、変な心配をさせていたかもしれなくて、申し訳ない事をしたかもと、竜胆の優しさに武道の胸が痛んだ。それなのに、竜胆は「あれも食うか?」と、台湾カステラを指さしてくるのだから、武道はますます両親の呵責に苛まれた。今度からは、竜胆のお誘いを断らず、こんな風に、六本木以外の場所で遊ぶ様に提案しようと、武道は考え直したのだった。
 買って貰った台湾カステラを食べながら適当に歩いていたら、目の前に関帝廟があったので参拝する事にした。
「関羽っていかにも武神という感じなのに、なんで横浜中華街に祭られてるんでしょうね。どうせ祭るなら商売の神様の方が似合いそうじゃないですか?」
「それはさ、関羽を討ち取った呂蒙が病死して、関羽の生首を貰った曹操が死んで『関羽の呪い』とか、言われたからじゃね? ほら、日本でも同じようにさ、左遷されて怨霊になった菅原道真とかも、神として祀られるようになったよな。あんな感じの鎮める系で祭ってんじゃね?」
「なるほど」
「適当に言っているから信じるなよ?」
「今、マジで信じそうでした」
 武道の拗ねた口調に「ワリィ、ワリィ」と竜胆が笑った。武道が「笑い事じゃないですよ。受験生にミリでも嘘を教えるの止めて下さい。そうじゃなくても中卒まっしぐらなんですから!」と言うと「やっぱ、タケミチは面白れぇ」と、竜胆は腹を抱えて笑った。
 本殿入口前に立つ四本の赤い柱で支えられた関帝廟の門も、さっき潜った門と同じくらい豪華な装飾を施された門だった。竜胆が受付で購入した線香を持って廟内に入り、まず本殿から南の正門に向けて、中国の神話上では全ての神の君主であり、天と地の統治者である玉皇上帝に参拝した。それから、中央に祭られている関聖帝君に参拝する。
「なぁ、関聖帝君には商売繁盛と入試合格、家内安全と学問を願うんだって。入試合格と学問があって良かったな」
「本当ですね。もう神頼みするしか、高校に合格する手段が残っていませんからね」
 武道が至って真面目な顔で答えると「ちょ、マジでヤメテ。こんなところで笑ったら罰当たりそうだから、頼むわ」と、竜胆に真剣な顔でお願いされてしまったが、武道の成績が最悪なのは、笑い事じゃなくて本当の事なのにと武道は思った。そんな風に軽口を叩きながら、再び中華街を適当に食べ歩きしながら散策して、そろそろ夜ご飯を食べようという事になった。竜胆は、いかにも中国料理のお店という、派手な外見の広東料理の店に入った。
 店員に個室に連れて行かれ、武道は昔見たカンフー映画の一場面を思い出していた。後で竜胆にも話してみようと思いながら、店員が引いてくれた椅子に、慌てて腰を下ろした。恐ろしく立派なメニュー表をパラパラ二人で見ながら、コースにするかアラカルトにするか悩んで、色々食べたいよなと、竜胆が言ったから、アラカルトになった。
「食べたいもの頼んでいーぞ」
 ここでも「詫び」が発動しているのか、竜胆が太っ腹な事を言う。遠慮しようにも、武道はマジで金無しだったので、ここでも、ありがたくご馳走になる事にした。前菜の蒸し鶏のネギソース掛けが運ばれてきて、頂きますをしたところで、竜胆の携帯が鳴った。
「先、食べてて」
 竜胆は液晶画面を見ながら慌てて席を立ち、携帯を左耳に押し付けたまま個室から出て行ってしまった。
 竜胆はフカヒレのスープが出された直後に戻ってきて、その時は後ろに蘭を連れていたので、武道は物凄くあついスープを冷ましもせず勢いで飲んでしまい、喉の奥を火傷しそうで、慌て水を流し込んだ。それから盛大にごほごほと咽てしまった。
「タケミチ大丈夫かよ?」
 竜胆に心配されて、何とか「大丈夫っス」と声を絞り出す。その間に、蘭は武道の向かいの席に腰を下ろしていたから、心臓がばくばくし始めた。
「なにそれ、フカヒレのスープ? フカヒレは姿煮が良くね?」
 蘭はそう言って、フカヒレの姿煮を追加注文した。コラーゲンが肌に良いらしい。
 蘭はイザナに呼ばれて横浜まで来ていて、竜胆は蘭と合流できるから、武道を横浜中華街に連れ来たという事を今頃知らされた。最初に行ってくれたら良いのにと思いながら、味のしなくなってしまった中華料理を機械的に口に運んだ。この後は、もう何を食べても味がしなかった。蘭が何を言い出すのかと身構えていて、生きている心地がしなかったのだ。デザートのマンゴープリンと杏仁豆腐が来て、武道はなかば義務のように、スプーンですくったマンゴープリンを口に入れていた。味は無いけど滑らかな感触なのはわかる。
「で、見つかったの?」
「ああ、女? 全然見つかんねぇ
 竜胆の問いかけに、蘭は投げやりに答える。
「あの日、あの場に居た女は全員抱いたけど」
 蘭がさらりと恐ろしい事を言う。あの日、あの場にいた女の人を全員とは、一体何人だったんだろうと、武道は驚いていた。同時に、そうまでして、あの夜の相手を蘭が探している事に衝撃を受けていた。蘭がこんなにも執念深いとは知らなかった。
「すえぇ、マジか」
 竜胆は普通に感嘆の声を上げていた。
「いねぇーんだよなぁ」
「なんか覚えてないのかよ?」
「んー。そういえば
「そういえば?」
「胸が全然無かったかも」
 武道はマンゴープリンを喉に詰まらせそうになった。
「ケツも小さかったかな?
 本気で気道に入って行きそうになり、涙目になっていた。何とか二人に気づかれるようにそっと胸を叩く。
「顔は?」
「んー? 目が大きかった気がする。ぼろぼろ泣いてたような
 何とかマンゴープリンを食道に送り出し、武道はホッとして水の入ったグラスに手を伸ばした。
「なにそれ、無理やりかよ」
 竜胆が呆れた声を出す。
「だったかもな。でも、マジで覚えてない。気持ち良くて泣いてたかもだろ? オレ、上手いし♡」
「もしかして、兄貴の相手は男だったんじゃねぇーの?」
 ぶはっと、武道が飲んでいた水を吐き出した。今度こそしっかり水が気管に入ってしまったみたいで、痛みと苦しさで、武道はげほげほと咳き込んでしまった。
「タケミチ、どうした? 水が変なところに入ったのかよ?」と竜胆。
「男小柄な男?」
呟きながら、蘭の視線は咳き込む武道にピタッと止まった。蘭はそのまま、じーっと武道を突き刺すような視線で見ている。それに気が付いた武道は、咄嗟に目を逸らした。そんな態度を取ったら、自分かあの夜の相手ですと言っているようなものだったが、とても正面から、蘭の視線を受け止めきれなかったのだから仕方がない。
「タケミチなのか?」
 珍しく自信無げに尋ねる蘭の声が少し掠れる。問いかけながら、蘭は武道の返事を待たずそうだと直感していて、蘭は発見と驚きで目を見開き、ようやく見つかった運命の相手を前にして、さすがに唖然としていた。いくら酔っぱらっていたからと言って、竜胆の友人で、しかも中学生の武道を自分が押し倒したとは、さすがの蘭も今の今まで思ってもみなかったのだ。何と言っても、武道は外見も内面も年齢より幼く見えたし、常に年齢より上に見られていた灰谷兄弟とは真逆の位置にいた。当然、武道は、何もかも未経験で、散々遊びまくった灰谷兄弟とは違い、清らかな匂い迄していたから余計にショックだった。
 蘭は武道に会う度に、まるで、赤ちゃんみたいだと、思っていた。蘭にとって、花垣武道とはそんな相手で、一夜の遊びに付き合わせる対象者では断じて無かったのだ。
 嘘だろ? と、蘭は思ったのだけれど、武道が目を逸らしたまま無言だったから、これはもう誰がどう見たって、あの夜の蘭の相手は、武道だと結論付けるしかなかった。
「マジか
 蘭が、こんなにも自分の直感を信じられなかった事は、今まで無かった。どんな危機的状況も乗り越えてきた直観力だというのに、信じるには、色々乗り越えなくてはいけないものがある気がした。
「ええ? 待って? え? 兄貴が探していた相手がタケミチなの? え? じゃあ、兄貴がタケミチのこと抱いちゃったってこと? マジで?」
 蘭の反応に、竜胆はびっくりして、蘭と武道を忙しなく交互に見た。いつもクールな竜胆までおかしくなっていた。
「ハハなんかそうみてぇマジか」
「タケミチ、そうなのかよ?」
 武道は竜胆を見ないまま、ぶんぶん首を横に振ったが、逆に怪しく、肯定しているようにしか竜胆の瞳に映らなかった。もちろん、蘭の瞳にもそう映り、自分の運命の相手が武道なのかと、蘭は目を爛々と輝かす始末で、横浜中華街の夜は、妖しく更けて行ったのだった。