【セルフ二次創作|馬子軸】赫昂の治し方 序幕

あらすじ
この世界には、竜が棲んでいる。
東國の同盟国である、ヴィクトリア統一国とプレリュード皇国の北方戦争から数か月後。極東・東國の医師――嘴馬遼士郎の元に旧友である剣士――土方壽三が訪れる。土方は嘴馬にとある患者を診療するよう依頼した。その患者は隠された本物の北方戦争の英雄、数多の敵兵を殺した剣士。そして同時にその男は、嘴馬の幼馴染であった……。

とりあえず公開するか!の気持ちで公開します 嘴馬遼士郎と沖田蒼司がW主人公のセルフ二次創作、異世界馬子軸こと「郭公の治し方」開幕です 冒頭にキャラ紹介画像貼っとくので良ければそれも合わせてご覧ください~



1

——北方戦争終結から三か月後



 北方大陸に存在する魔法大国・プレリュード皇国と、東國の同盟国であるヴィクトリア統一国は、歴史的に見てもすこぶる仲が悪い。何かとつけてお互いに喧嘩を吹っ掛け合っている——東國の者から見ればそんな風に映る。とはいえ大国の小競り合いに巻き込まれるのが小国の常であり、それはヴィクトリア統一国と長年にわたり同盟(という名前の隷属関係)を結ぶ東國とて例には漏れなかった。
 此度の北方戦争は、同盟国の切り崩しを謀ったプレリュード皇国が、東國の北方半島に侵攻したことが原因だった。
 僕は確かに国を守った訳で、正しいことをしたのかもしれない。けれど残念ながら僕は、そう割り切れるほど強い精神の持ち主ではなかった。

「けほ、げほっ……ッ」

 肺が軋むように痛み、僕は上半身を丸めて咳き込む。一度咳き込み始めると簡単には止まらず、大概の場合血を吐くまで続いた。
 戦場から本国へ送り返されたものの、僕はすっかり心身を病んでしまって軍の病院に随分入院していた。土方さんはあの後盛大に表彰され、僕の身代わりとして『東國の英雄』になった。その一方で身内からは『鬼の副長』と揶揄されているようだが。
 僕は土方さんと違って祭り上げられたくなかったし、目立ちたくなかったし、何よりもう戦争は懲り懲りだった。穏やかに暮らせればもう何も要らない。軍から慰安金を絞り取ってさっさと退役しよう。そんなことばかり考えて三か月が経過したが、未だ僕はこの個室病室から出られていない。時折聞こえる鳥の囀りだけが慰めだった。

「蒼司」
「土方さん? どうしたんです。式典は……
「もうとっくに終わった。それよりお前、まだ良くならんのか」

 良くならないどころか、僕の病状は悪化し続けていた。医師は『呼吸音がおかしい』と言って色々薬を僕に処方したが、残念ながらどれも効かなかった。それに関しては黙っておき、とりあえず微笑んでおく。

「そのうち、良く、なるでしょう……げほ、ぐ、う、がはっ…………
「ったく……滅龍技師が聞いてあきれるな。あの医者、薮なんじゃないか。俺がいい医者を紹介してやる。明日連れてくるから診察してもらえ」
「はは……ありがとう、ございます」

 僕は寝台に寝そべった。上体を起こしているだけなのに耐え難いほど苦しく、次咳き込んだら息が止まる予感がしていた。
 土方さんは本当に医者を連れてくるだろう。どうせインチキ薬師の延長みたいな人なんだろうけれど。僕はゆっくりと息を吐き出し、瞼を閉じる。すっかり生きる気力を失いつつある僕の意識は、真っ逆さまに暗闇へ落ちていった。


***


 北方戦争の終結、勝利とあって、酷い医薬品不足は解消され、お陰様で俺__嘴馬遼士郎の診療所にも注文通りの薬が届き始めている。戦時中に北方半島の激戦地へ優先的に医薬品が届けられるのは理解できるが、病人は俺たちの都合など気にしてはくれない。そしてそういう非常時に限って重病人がどんどこ運ばれてくるのである。
 俺が人ではなく『龍』を専門に診る医師、即ち『竜医師』であろうともそれは同じ事だった。世界の変化や争いごと、大地の乱れに聡い龍たちは、此度の戦乱に随分慌てふためいていた。北方半島にしか生息していないはずの龍が、突然この藤袴藩近郊で見つかったと大騒ぎになったのも記憶に新しい。

「先生、お客さまです」 看護人の大河唯が馬耳をくるくるさせながら俺に言った。
「客? 患者じゃなくて?」
「はい。どこからどう見ても健康そうで、というか……『あの』北方戦争の……英雄……といいますか……

 唯は言いづらそうに、極めて慎重に言葉を選びながら目を泳がせて戸口の方へ視線をやった。

「土方じゃん」
「そ、そうなんです……何故でしょう? 土方様ほどのお方なら町医者などではなくて、その……先生には失礼ですけど、もっと凄い方を知っておいでなのでは」
「だよなあ……そこは俺も同感だ。何で俺だよ」

 ぼそぼそと唯と話し合っていると痺れを切らしたのか、乱暴に戸が叩かれる。

「ああわかったよ、今出るよ!」

 俺は叩き破られるのではと慌てて戸口へ向かった。むっとした表情だが確かに子女にきゃあきゃあ言われそうな、かなり整った顔立ちの男がそこにいる。

「嘴馬。居留守決め込むたぁいい度胸していやがる」
「別に居留守は決め込んでいない。ただ何でお前が俺のとこなんかに来るか、不思議なこともあるもんだって唯と話していただけだよ」 俺の言葉に唯が赤べこの如く首をぶんぶん振った。
「で、一体何の用だ? 金貸してくれとかは無理だからな」
「金の無心などするか。お前に診てほしいやつがいるんだ」

 土方は室内へ入り小上がりにどっと腰掛けた。
 腰から引き抜かれて畳へ置かれた刀の鞘は紅く、まるで血を吸ったような色合いをしている。

「軍の病院に長いこと入院しているが、一向に治らんどころか余計に悪くなっている。肺の腑が悪いのは間違いないそうだがな」
「そいつも北方戦争に派兵されたのか?」
「ああ。途中でヴィクトリアの連中と一緒に最前線へ送られた」
……ん? ちょっと待て土方。それはお前の事じゃねえの」

 俺は新聞を引っ張り出してきて難しい顔をしている土方に問いかけた。唯が後ろから新聞記事を覗き込んでくるので、俺は彼女に新聞を手渡してやる。
 行ってくるよ、と声をかければ、唯は顔を上げて俺を見送った。

「俺の事だったらよかったのにな。俺は本物の『英雄』の身代わりだ。そいつは目立つのが嫌いで、人を殺めた事で祭り上げられるのなんて以ての外だという性分でな……
「それで身代わりときたわけか」
「傷ついた鳥すら放って置けないような、優しい奴だったのに」 土方は悔しそうに、肉食獣が唸るように声を絞り出した。
「たった一人であの戦場にいたプレリュードの兵士を鏖殺したんだ。たった一人で、だ」
「それが事実なら鬼のような剣客だな……
「事実だ。塹壕に隠れていた敵兵も皆死んでいた。刺し殺したんだろう」
「ええ……俺そんな奴の診察すんの……? 大丈夫かよ。今までに診療した医者ちゃんと生きてる?」
「莫迦が、話聞いていなかったのか?」 土方は露骨に不機嫌な顔になって、
「あいつが好きで人殺しをするか。そんな奴じゃない」

 山の上にぽつんと建っている軍の慰安病院に辿り着くのは困難を極めた。何せ意図的に患者を世俗から隔離するように、東國の中でも指折りの険しい山中に病院があるのだ――患者を治療する気があるのか(いやそもそも本気で治す気があるのなら、藤袴藩の大病院に入れればいいはずなのだが)、俺はそんな風に悪態を吐きながらその病院を目指す。
 予想は良い意味で裏切られた。慰安病院は思ったより悪い場所ではない。空気は澄んでおり、働いている看護師や医師、薬師なども人当たりがよく接してくる。先導する土方の姿を目に入れると、何人かの職員が少し顔を引きつらせて退散していった。

「お前一体何したんだよ」
「何もしてなどいない」 土方は不機嫌全開で言った。「大体、蒼司を治せないようなぼんくらしかいないのが悪い」
「八つ当たりにも程があるだろ……ん?」

 蒼司、という名前に俺は引っ掛かりを覚えた。それは俺の幼馴染の名前であり、もう彼此八年近く音信不通となっていた親友の名前である。変な顔をしていたのか、俺の顔をまじまじと見つめた土方が「何だ嘴馬。顔が引きつっているぞ」と言った。

「お前が言ってるその兵士は……蒼司、なのか?」
「ああそうだ。だからお前を呼んだ。この国で何人が魔素欠乏症の患者の治療ができる? ヴィクトリア統一国の医師共は魔法、魔法、魔法ばかり__支給される薬品の九割が魔法医薬だった……蒼司にはどれもこれも使えない」

 病院の三階、突き当りにある個別病室の引き戸を乱暴に開く。土方が奥へ大声で「蒼司!」と其名を呼びながら押し入った。
 壁に立てかけられた官製の東刀は暫く手入れされた形跡がない。誰かが活けたと思しき見舞いの花はすっかり枯れ果て、この部屋にあったはずの唯一の色彩が失われていた。
 病室の寝台に横たわる男の恐ろしく血の気のない腕を視界に入れる。俺は恐る恐る彼へ近づき、そっと顔を覗いた。浅い呼吸ではあるが、確かにまだ彼は生きていた。
 遠くから見ても目立つ赤毛。同性の身から見ても美しい容姿。俺が食い入るように見ていたせいか、蒼司――沖田蒼司は眼を僅かに開いた。ガラス玉のような空色の瞳がゆっくりと動き、俺を視界へ入れる。

……遼、士郎?」 蒼司は掠れた声で俺の名を呼ぶ。声の具合からして気管支がやられているのが分かった。「う、」
「起きなくていい! 寝てろ!」 俺は慌てて蒼司を寝台へ押し戻す。「ちょっと触るぞ」
「土方さんが、医者連れてくるとか言ったから。どんな……トンチキなのが、来るのかと」
「誰がトンチキ医者だ」

 首、顎関節部分を触り、聴診器で心音と呼吸音を聞く。リンパ節の腫脹__即ち腫れと、呼吸音の異常。俺は幾つかの疾患を頭に並べながら、土方に向き直る。

「土方。蒼司とお前は最前線にいたんだよな。戦場に竜はいたか?」
「何故そんなことを聞く」
「必要な事だからに決まってんだろ」
「いたぞ。狂騒状態に陥った竜が何頭も。そうでなければ滅龍技師が使い捨ての歩兵と一緒に前線へ駆り出されるわけがあるか」

 滅龍技師とは東國における対竜専門職の事だ。狂騒状態に陥った竜の討伐が代表的な仕事だが、人里へ降りてきた竜を生息地へ送り返すことや死んだ竜の解体作業、竜医師と呼ばれる竜を専門に診る医師への検体提供など__多岐にわたる仕事を担っている。
 狂竜災害と呼ばれる、竜によって引き起こされる災害が桁外れに多いこの東國では、滅龍技師がいなければ普通に生活することすらままならない。そのため破格の賃金が幕府から支給されており、その賃金欲しさに目指すものが大変多い職業の一つでもある……のだが。当然死が隣り合わせの職であり、今回のように戦場へ竜が投入されるなどしている場合、当然のように死地へ放り込まれるのも日常茶飯事なのだった。

……成程な」

 土方の事前情報によれば『肺の腑が悪い』との話だったが、これは一筋縄ではいかないだろう。俺はそう思いながら蒼司を観察する。少なくとももう少し情報が必要だ。

「蒼司。重要な事だから聞かせてくれ。お前は前線で狂騒状態に陥った竜を殺して……その竜の唾液や血液を浴びたか?」

 思い出すのも憚られるといった表情で蒼司は頷く。疲れた様子で蒼司は瞼を下ろした。

「お前らってヴィクトリア側の野営地にいたんだよな」
「そうだが。それと蒼司に何の関係がある」
「まだ診断の確定はできねえが……
「何が言いたい?」 土方は苛立つように眉を顰める。「さっさと結論を言え」
「焦んなよ。問題はいくつかある。まず野営地の衛生状態がどうだったか、俺に知るすべはないが……その顔を見る限りいいとは言えねえ状態だったみたいだな」
「否定はしない。竜にやられた兵士がその辺に転がされていた。野戦病院の人手は常に足りていなかった」
「だろうな。辛くも勝利、ってのは同盟の共通認識だ。そうじゃなきゃあ、あんな莫迦みたいな金額の賠償金をプレリュード皇国に吹っ掛ける必要ねえもんな。野営地に蒼司と同じような症状になった兵士はいたか?」

 土方は思い出すように顎へ手を遣る。そもそも外傷患者が多すぎてそれどころではなかったのは想像に難くないが、上体をゆっくりと起こし猫背気味の姿勢で蒼司が「いたよ」とかすれた声で答えた。

「何人も、いた。特にヴィクトリア側の兵士は……がふッ、げほ、」
「蒼司! 莫迦者が、無茶をするな!」

 土方が背を摩る。かひゅ、と明らかに空気を吸えていない音が喉元から漏れ出し、激しく咳き込む蒼司はついに真っ赤な血を吐き出した。白い布団に赤いシミができる。彼の左手には緋色の喀血がべっとりと付着し、真っ青になった唇の端から一筋動脈血が流れ落ちている。
 俺は蒼司の左手をそっと取り、持ってきていた手拭いで拭ってやる。その血液は確かに紅く――真っ赤という言葉そのままなのだが、一つの違和感があった。銀色の粉のようなものが混じっているのである。血液の表面が陽の光で僅かに偏光し、まるで竜の血液が乗り移ったような錯覚を覚える。だが俺は確信を得た。

「土方」
「何だ」
「悪いんだけど、蒼司を俺の病院に転院させるから手続き頼むわ」
……! 病が分かったのか!? 蒼司は治るのか!?」
「治る。治るけどここじゃ治せねえ」

 俺は手拭いを蒼司に握らせる。蒼司は不安げにそれを口元へ持って行き、俺と土方を交互に見つめた。

「勿体つけるな。蒼司は一体何の病だ!?」
「ヴィクトリア統一国における、死因の第一位は竜性肺結核だ。東國で竜性結核になる患者は殆どいねえ。竜人や竜が同じ郷里の中に暮らしているからな」
「おい、」
「まあ焦んなよ。重要な事なんだ」 俺は一呼吸置いて続ける。「だけど蒼司は生まれつきの魔素欠乏症。つまり魔素抗体の量が常人よりも桁外れに少ない。ってことは当然、竜性結核の抗体も少なくなる」
「つまり……蒼司はヴィクトリアの兵士から、竜性結核をうつされた?」
「いや、そうだとしたらもう少し症状は軽いはずだ。それこそ微熱が続くとか、風邪っぽい症状がダラダラと長引くだけだろうよ」

 俺は言葉を切る。蒼司は狂騒状態に陥った竜から血と唾液を浴びている。恐らくその竜は狂竜病に感染し――既に発症していた可能性が高い。
 そもそも竜性結核は、人間が大量の龍菌――竜が体内に持つ細菌に暴露する事によって発症する疾患だ。狂竜病に罹った竜は暴れまわり、血や体液から龍菌を撒き散らす。プレリュード皇国の竜は特に体内に持つ龍菌が強い事で有名。となれば。


「蒼司はプレリュード皇国の、狂竜病に罹った竜から竜性結核をうつされたんだ。
――今すぐに抗菌薬を投与して治療を始めねえと最悪死ぬ。土方、向こうさんからガタガタ言われてもこいつをうちへ転院させて、すぐに治療を始めるぞ」





――続く