【セルフ二次創作|馬子軸】赫昂の治し方 序幕

あらすじ
この世界には、竜が棲んでいる。
東國の同盟国である、ヴィクトリア統一国とプレリュード皇国の北方戦争から数か月後。極東・東國の医師――嘴馬遼士郎の元に旧友である剣士――土方壽三が訪れる。土方は嘴馬にとある患者を診療するよう依頼した。その患者は隠された本物の北方戦争の英雄、数多の敵兵を殺した剣士。そして同時にその男は、嘴馬の幼馴染であった……。

とりあえず公開するか!の気持ちで公開します 嘴馬遼士郎と沖田蒼司がW主人公のセルフ二次創作、異世界馬子軸こと「郭公の治し方」開幕です 冒頭にキャラ紹介画像貼っとくので良ければそれも合わせてご覧ください~



序章


 絶え間なく降り注ぐ機関銃の咆哮、遠くで見える火の手、それらは全て凍てつく寒波の如く冷たく生命を奪い去る。先程まで隣を共に駆けていた仲間はすでに屍と化していたが、僕は只管意識の外へそれらを追いやって、ただ迫ってくる敵兵を斬り続けた。軍服は敵兵の血液に塗れ、顔にも大量の緋色がぶちまけられている。
 目に血液が入り視界が半分以上欠けようとも足を止めて良い理由は無かった。
 ただ生きて帰りたい。家に帰りたい。故郷へ戻りたい。そんなとても褒められない理由だけが今の僕を突き動かす。
 既に数年もの間続き、その間に何百人どころか何千人——下手をすれば何万、何十万と数えるのすら億劫になるほどの兵士が死んだ。僕は傍でこと切れている仲間を一瞥して突撃してくる敵兵の心臓目掛けて刀を突き刺す。ぐふ、とくぐもった声が頭上から漏れ、頭に生暖かい動脈血がかかった。勢いつけて刀を斬り降ろし次へ向かう。
 早く終わってくれ。こんな無益な殺し合いに意味などない。
 僕は銃剣を構えている男を睨む。
 眼前の彼は酷く怯えていた。僕が鬼のように見えた事だろう。

「君に、恨みはないけれど」 一歩彼が後ずさる。僕は刀にべっとりと付いた血を振り払ってぬかるんだ地面を蹴った。

「ごめんね」

 彼は悲鳴のような声を上げた。だが僕の刀が彼の胸を突くが早かった。化け物が、と怨嗟が耳の奥にこびり付いて離れなかった。
 気づいたら周囲は物言わぬ肉塊ばかりであった。僕は目を擦って周囲を確認する。遠くで燃えている何かが高速でこちらに近づいてきた——何だ? あれは一体何だ。
 赤色の巨大な翼が雄大に羽ばたく。燃えているように見えたのは、巨大な口の隙間から業火が漏れ出ているからだった。

「龍……

 また龍が戦場へ投入されている。もしもあれが本陣に辿り着き、あの口から全てを灰に帰すような業火を吐いたならば。形勢は一気に変わるだろう——僕はきつく柄を握りしめた。

「ァァアア!」 背後から突如顕れた敵兵が叫びながら銃剣を振りかぶった。——だが遅い。僕は左足を軸に素早く方向を変えて彼の胴体を一刀両断、龍は一気に下降して僕の方へ突っ込んでくる。
 そうか、最初から僕を狙って。

「良かった」

 僕は一度刀を腰の鞘へ戻した。ピタリと寸分の狂い無く刀身は鞘へ身を収める。左足を後方へ引き、鞘へ手を掛ける。
 タイミングが一秒でも狂えば、僕は焼き殺されるだろう。だが龍とて斬れば血が噴き出す。ヒトや馬子とは異なる玉虫色に輝く、まるで液体金属のような血だが、それでも龍とて血を失えば死ぬのだ。生きている限りはその定めから逃れることはできない。
 龍は猛り狂ったまま地面へ墜落するように降り立ち、こちらへふらつきながら走ってくる。僕は姿勢を低くして、異常に唾液を口元でべたつかせ、まるで窮極の飢餓状態に陥ったような龍を待つ。
 すぐに楽にしてやるからね。そう思いながらじっと機を待つ。龍の目は血走り焦点が合っていなかった。狂ったように叫び、時折激しく銀の血を吐いている。明らかに尋常な様子ではない。だがついに龍は僕を真っ直ぐに見た。迷いなくこちらへ猛進してくる。

 ——来い。

 一瞬の凪があった。
 静と鳴り響いた樋鳴り。
 数秒後、龍は倒れ伏す。僕は銀色の血を頭から浴びていた。きらきらと銀の血が朝日を反射している。
 光によって周囲の惨状が明かされる。折り重なるようにおびたたしい数の兵士たちがこと切れていた。何れにも弾痕が、刀傷が、ほぼ即死と容易に分かる出血量で大地が赤黒く染まっている。
 僕は何度も何度も息を吸い込もうと藻掻く。苦しい、痛い、まるで肺に無数の縫い針が刺さっているようだ。激しく咳き込み地面に手を叩きつける。どうして。どうして? みんな死んだ。みんな、死んだ。
 そうだ。僕が殺した。僕は殺して、殺し尽くした。
 龍を殺したのだってこれが初めての事ではない。もう何度葬ったか分からない。
 殺すたびに何かが壊れていくのが分かった。これ以上苦しみたくなかったので、何も考えないようにした。
 帰りたい。故郷へ。東國へ。藤袴の里へ。故郷へ帰りたい。
 それだけが僕を何とか生かしていた。

「蒼司!」

 遠くから馬の蹄の音が聞こえた。名を呼ばれたような気がしたが、刀を支えにしなければ起き上がっている事すら苦痛だった。

「蒼司——
「土……方、さん」

 僕はその男の名を呼んだ。
 土方。同じ部隊に所属する滅龍技師。同じ道場で剣を鍛え合った友だった。 

「殺し尽くし、ました、よ」
「もう喋るな。帰るぞ、蒼司。東國へ帰るんだ」

 土方さんは馬の背から勢いよく飛び降りて僕を担ぎあげ、そのまま鐙に足を掛けた。

「帰れるんですか?」 僕は必死に声を絞り出す。 「帰れる、ん、ですか……?」
「ああ。帰れる。戦争は終わった。東國とヴィクトリア統一国、連合軍が勝ったんだ」
「はは……やっと、か……

 僕は空虚な笑い声を上げていた。土方さんは表情を曇らせたまま、馬の腹を軽く押して走るよう促す。
 大地にあったはずの生命は死に絶え、無を映していた。
 僕は土方さんの背で瞼を閉じる。やっと終わった。もう殺さなくていい。その安堵感だけが全身を撫でていた。