※『忘れもの、ほんとにない?』の3人
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わたしのバイト先には、悪魔がいる。
その小さな悪魔は、
いきものを育てるのが、とても上手だ。
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「みおちゃん?」
わたしが小学生のとき枯らしてしまいそうになった朝顔は、三日後にはまるっこい花を咲かせていたし、ヘチマなんて育ててしまったときは、ともだちが飼い始めた子犬よりもおっきいのがゴロゴロできて、それはそれで大変だった。
――ちっこい悪魔は、育ちきってしまったヘチマを両手いっぱいに抱えて、すごく嬉しそうだったけれど。
「
……だからって、これはないんじゃない?」
「えっ」
目が座ってる自覚はある。
苛立ちのまま冷蔵庫に鎮座している少しお高めのアイスを取りにきたところで、おかわりのココアにマシュマロをいれてやるか悩んでいるらしい悪魔とまんまと出くわし、その黄色いエプロンの裾を引っ掴んでしまった。
『メフィスト、ちょっといい?』などと常よりも落ちついた声を出せば、こんな時ばかり察しの良い悪魔は、素直にみおの言うことを聞いてしまうのだ。
「ええと
……どうしたの?」
あした提出のレポート手伝って! はダメだけど、話なら聞くよ? だなんてカモミールティーにたっぷりはちみつを垂らして、ことりと首を傾けたりする。
みお専用「極上はちみつ入りカモミールティー」だ。
奥にいる天才ほどではないが、甘やかされている自覚はある。
みおがこの研究所の入り口を怖がっていた頃から、すこしもかわっていない。まるっこいひとみが、ソファに座ることなく仁王立ちしているみおを、まっすぐに見上げてくるものだから居心地が悪い。ぐっと削がれそうになる勢いを、こぶしを握って奮い立たせる。みおの心配を本気でしているのだからタチがわるい。
そう、
今日こそは言ってやるのだ!
「
――あのね、先月メフィストが練習試合みにきてくれたサッカー部の補欠くん、次の試合、レギュラー決まったって」
「そうなの!? あの終了間際にゴールにきめてた子でしょ? すごい頑張ってたもんなぁ」
「そうだね。ところでこれも覚えてる?」
「?」
「怪我したあと、なかなか調子出なくって、このまま引退かもしれないって言ってた野球部のノッポくん。無事、最後の試合に間に合ったみたいだよ」
「あー! あのソバカスの? あれからずっと自主練つづけてたもんなぁ、また身長のびた?」
「
――卓球部の個人戦になるといつも負けちゃう後輩
……初めて二回戦目にすすんだって」
「生真面目くん! 実力あったんだからとうぜん!」
「
――うん。ここに連れてくるたび、なんだかんだメフィストに話きいてもらって
……結果出しても出さなくっても、最終的に『俺、やっぱりこれが好きです
……!』って晴れやかな顔でおともだちに戻っていった私の彼氏候補たち、ほんと~~に、すごいよね」
「えっ」
揃いも揃って、ゼロか百しかアタマにないの? ってぐらい、いかにソレが自分にとって大事なモノだったのかを語り、
『気づかせてくれてありがとう』
『やっと目が覚めた
……』
『これからも、応援してほしい』
だとか抜かして、勝手にみおのカレシ候補を降りてゆくのだ。
これで五度目である。キレたっていいだろう。
「
……わかる。メフィストは他人をかまいすぎる」
「いちばんの代表例は黙ってて」
「えっ」
つい最近まで、床の上まで本まみれにしていたくせに。飲み干したココアのカップを流しに運ぶようになったのだと、ものすごく褒められていた。
そのクセ、家賃が切迫しすぎてメフィストがファミレスに出稼ぎに行こうとしたら、『あそこのエプロンを着るのか?』と、秒で高額依頼を勝ち取ってきたりするのだ、この男は。
「戸隠れのお面の呪いだっけ? 各地の名のある霊能者やら優秀な祓魔師やらにまみれて、いっちばん面倒くさそ~~~な顔してた宿六が、けろっと報酬勝ち取ってきたの」
ちなみに『なんで! おれに言わないの!』ってメフィストに音信不通を叱られて、三日は落ち込んでいたやつだ。そんな男がしれっと頷いているものだから、思わず声が尖る。
「
……ぼくが
……、メフィストの代表例
……?」
「まんざらでもない顔してんじゃないわよ」
当然のようにメフィストのとなりに座って『ぼくのココアは?』とねだっている天才。
千年王国研究所所長、埋れ木一郎。
わたしの上司で、一万年にひとりの天才。
普段は小さな頃からのクセで『宿六』などと呼んでしまっているが、メフィストがうかつに育ててしまった男のなかでも、これ以上ない成功例だ。
――そんな宿六は、先週メフィストにプロポーズをした。
研究所の引き出しに、半年間ず~~っとしまいこまれていた指輪がようやく報われたのだ。
その日の朝、みおが研究所に寄ると、
『千年王国研究所の、将来についてずっと語っちゃって
……』
『向こう五年分の経営方針が固まった。放課後これをみてくれ』
などと寝ていないらしいヨレヨレのふたりが出てきて、渾身の話し合いの結果が込められた資料を渡してくるから、最初はがっかりしたのだ。
どうせまた『きみと将来について話がしたい』だの遠回しなプロポーズをかまして返り討ちにあったのだろう、と。
――でも、その日は違った。
『千年王国研究所、不採算事業立て直しの件』
物々しいタイトルがついた分厚い資料を、丁寧に渡してくるメフィストの左手の薬指に、シンプルな銀色の指輪がはまっていたのだ!
みおは思わずガッツポーズしてしまったし、なんならお高めのアイスまで箱買いしてしまった。それなのに、
「みおを選ばないなんて、どうしようもなく見る目がないな。やるべきことと好きな子を両立できないヤツなんて、気にしなくていい」
「
……ありがと」
どの口が? と思うのだけれど、この天才は真剣に怒っているのだ。ゼロか百かみたいな生き方をしている、その最たる男が言うのだから、妙な説得力がある。
じぶんの使命も、じぶんの悪魔も。ふたつとも大事で、両方ともすべて欲しいのだと、子どものようにあがいて、あがいて
……いまでは『メフィスト
……マシュマロがはいっていない』などと、へにょっと眉毛をさげて必死にうったえている。
「
……そうね、まずは、ここをなんとかしないと
……なんだわ」
「???」
「宿六、ちょっといい?」
――話がある。
そう真剣に口にすると、横にいた悪魔は『おれ、買い出しに出てくるね』などと、さらっと二人にしてくれるのだ。一郎もみおの剣幕に、背筋をのばして座っている。ふたりのこういうところが、みおは好きだ。
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「宿六、あの指輪、なんて言って渡したの?」
「
……きみを大切にしたい」
「
――で?」
「この指輪を、ずっとつけていて欲しい」
「
――で?」
「
……以上だ」
どうしよう、この男。まったく進展もなければ反省もない。
いや反省は
……してる、のか? とにかく求婚が成功したにしては、あまりにもいつもと変わらないのだ、このふたり。
「ねぇ
……気づいてるでしょ? それじゃあ防御アイテムか、なんかだと思われてるじゃん!」
「あの指輪にはクソ親父に頭を下げて、前メシアの加護を付与してもらっている。ある意味正しい」
「論点を! ズラすな!!」
「
……メフィストは、うれしそうだった」
「でしょうね???」
面と向かってこの男に大切だなんて言われたら、
あの悪魔は素直によろこぶだろう。
「どうすんの? サッカー部くん、日曜にメフィストのこと、試合にさそってる! 言わないのもヘンだし。このままじゃ、メフィスト見に行っちゃうよ」
「
……今日断わった案件に、次の日曜のものが」
「仕事に、にげんな!!」
ばかだ。
とられるの嫌なくせに。こわいくせに。
ぜったいに離したくないくせに。
「やどろくの、ばかっ!!」
あの悪魔が、みおのまえで唯一こぼした涙を、
知らないくせに!
いつもおこってるか、わらってるメフィストのぼろぼろこぼれる涙をみおは見たことがある。一郎の心臓が止まってしまった後だ。どうやって復活したのか分からない。いまこの心臓がほんものなのかも。それは人間の世界で生きるみおが、知ってはいけないことだ。
いつもと、かわらない。
一郎がもとのように、まるで何でもなかったみたいに、本まみれのソファにいて。メフィストがぽこぽこ怒りながら、掃除機をかけていた。そうして真吾によばれた一郎が、ソファからいなくなったときだ。メフィストはさっきまで一郎が寝ころんでいたソファに行儀よく座って
――
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
透明なしずくをこぼしたのだ。
ひとみのふちが、うすく透明に光っていた。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
重さに耐え切れなくなったような涙がこぼれる。
それを拭おうともしない。
『あくまくん』って。くちびるで、なまえをよんで。
ソファに残るぬくもりを確めるみたいに、
まるい水滴をこぼしながらじっとそこに座り込んでいた。
あんな顔はもう二度とみたくない
あんな顔、もう二度とさせちゃいけない。
はやく、約束しちゃえばいい。
ぼくといっしょに生きて欲しいって、いえばいいのに。
「
……みおちゃん?」
「
――っメフィスト? もう、戻ってたの? えっと
……日曜のサッカーの話なんだけど」
うっかりしていた。
メフィストの買い出しはもう終わっていて、なんとなく気まずい部屋にシルクハット姿のまま帰ってきてしまう。
沈んだ空気が、重たい。声もなく、息を吸い込んだ。
なんて声を出していいのか、みおはとたんに分からなくなる。
「おれ、いかないよ」
「えっ」
「え!?」
宿六ともども、
ものすごくマヌケな声をこぼしていたと思う。
「あくまくん、そういうの興味なさそうだし
……レギュラーはおめでとう! って言っておいて」
「え?? うん、言っておく。
――っえ???」
「ごめん。ちゃんと言ってなかったよね、
あのね、おれ悪魔くんに
……」
そおっと目を伏せた悪魔が、
ひだりの指にはめられたピカピカの指輪を
それはそれは大事そうに撫でている。
「や、」
「や?」
「宿六ーーー!!! 赤飯炊くぞ!!」
「
……みおちゃん!?」
耳のふちを赤くそめた悪魔が、そっと首を傾ける。
そうして、ガッツポーズをキめたまま、
積み上がった本に小指をぶつけてうずくまる天才に、
これ以上なくしあわせなわらい声が、はじけたのだった。
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(※育ててきた男たちのぶん、こうなったら徹底的に、責任もってしあわせになってほしいみおちゃんの話)
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※さらにつづく!
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