※令嬢パロ
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※ふたりの出会い編
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例えるのならば、
陽だまりのきいろ。
この確かなしあわせを、
なんと呼ぶのだろう。
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「
――おい、使用人はいらないと言ったはずだ」
「っ」
さんざんな日だった。
誰もいないはずの屋敷に、明かりが灯っている。
この時点で、一郎は舌打ちを隠そうとしなかった。うんざりするほど送り込まれてきた使用人候補たちが、ようやく途絶えたと思ったのに。
「どこの家の、差金だ?」
声にトゲトゲしさを混ぜたのはワザとだ。
やたらと立派な吹き抜けのエントランスは、埃ひとつない。
きっとこの床だけじゃないだろう。書斎にまで入られていたら怒鳴ってしまうかもしれない。
「まあいい。あす、僕が目覚める前に自分の家にもどるんだな」
鈍い光沢のある白い床のうえで、
所在無さげにしている小さな黒いかたまり。
一昔前の魔女がかぶる頭巾のようなケープマントのせいで、表情は分からない。一郎よりも随分と小柄だ。顔を隠しているのはワケありなのだろう。ちいさな身体が、わずかにゆれる。
(
……くそ
……っ)
魔力は微量だが、上級悪魔の気配がする。
一郎が不在の屋敷に入れるぐらいだ
――つまり兄が許可している、そこそこの家のものなのだろう。
――ほんとうに、今日はついていない。
目のまえの黒づくめ子どもは、まるでその象徴のようだった。
(素直に屋敷を空けるんじゃ、なかった)
久々に袖を通したドレスシャツが煩わしい。
窮屈なウエストコートはとっくに脱ぎ捨てた。
それでも鼻につく甘ったるい香りが、ざらりと神経を逆撫でする。催された祝賀会はもともと乗り気でなかった。主役がいないのは困ると懇願され、気づけばこんな時間だ。
「自分から家に戻りにくいなら、いくらでも口添えしてやる。僕はお前を必要としていない」
――誰だろうとそばに置くつもりはない。
『マグ・メル』と呼ばれる辺境に引きこもって半年。見渡す限りの灰色の空に、夜は黒が滲むだけ。さすが死者の国の名がつくだけはある。それでも一郎にとっては居心地が良かった。
「使っていない部屋なら、いくらだってある。
……さすがに、もう遅いからな。今夜は勝手にするといい」
おまえの好きにしろ。僕には関わるな。
そう、遠まわしに告げたはずだった。
「
……きいてません、か?」
「は?」
我ながら間の抜けた声だった。
もっと子どもかと思っていたが、見た目よりもずっと声が落ち着いている。へたをすれば一郎と同じくらいかもしれない。
「おれっ
……わたくしのこと、聞いてませんか?」
「いや、『俺』でいい。クソ兄貴が僕のそばへやることを許した身分なんだろ? 充分だ。式典でもないなら敬語も煩わしいからやめてくれ。屋敷の中までうんざりだ」
魔界と物質界。その境界に勝手に住まう、変わり者の弟王子。
頭の出来の良さと血統だけは腐っても王族だから、力添えをしてやろうという輩は、今まで胸焼けするほど押し寄せてきた。不遇のかわいそうな第二王子を、お慰めしたい
……と。
(
――馬鹿馬鹿しい)
一郎には、時間がない。解読しきれていない古書も文献も、いくら紐解いても足りない。半年かけてようやく実用化に成功した空間魔法は、収納、移動の面で食料問題や魔獣討伐に大きな改革をもたらすだろう。
正式な発表があったのち、その研究が一郎のものだと知ると、身勝手に噂していたその口で賛辞を並べたてるのだ。
本当に、ばかばかしい。
ホットケーキは毎日食べたい。
――なるべくなら、誰も犠牲にならない方法で。その方が美味しいからだ。一郎の原動力は、それだけだ。
「真吾さまが、手紙を
……」
「てがみ?」
しまった。
『使用人を解雇したのなら、自分で帳簿をつけなさい』と言われていたのを一郎は放置している。
その催促の手紙だとばかり思っていた。兄から届いた手紙の何通か
……目を通していない。もちろん、どんなに懇願されようが手紙ひとつで雇うつもりはない。
「
……あのクソ兄貴
……っ今日なにも言ってなかったぞ。まあいい、取りあえず名を教えてくれ」
あの兄がわざわざ手紙まで寄こすぐらいだ。
名前ぐらいは聞いたっていいだろう。
「
――メフィスト。メフィストフェレス、3世」
凛とした声が、しずかなエントランスにひびく。出会ってはじめて、黒い頭巾の中の顔がわずかに持ち上がった。
「メフィスト
……?」
それは真吾が
――兄が執着している悪魔の名前だ。
3世。つまりアレの弟だ。真吾はなにも言っていなかったが、じぶんの『メフィスト』を手に入れる算段が整ったのかもしれない。だから一郎にもこの子を寄こしたのか
……。第一皇子に続いて第二皇子も『メフィストフェレス』を手中におさめれば安泰だろう。
(そうは、いくか)
必要がない。いらない。それは本心だ。王座につくのは兄だけでいい。これからだって難解な術式だろうがいくらでも解いてやる。だがこれは違う。向いていないのだ、一郎は。
この世界と
……誰かと繋がることが。
「上級悪魔とはいえ大変だな。おまえの兄、あれだけ袖にしていたくせに結局まるめこまれて。弟はこんなところまで来て、皇子相手に使用人の真似事か」
「っ兄さまを侮辱するな! 兄さまは」
「侮辱じゃないだろ、事実だ
……埒が明かないな。僕はこのまま寝る。おまえも勝手にしろ。
――ああ、僕が起きるまえに帰れと言ったが、クソ兄貴に言付けがある。やっぱり僕を起こしてから出て行ってくれ。いいな? メフィスト3世」
そう、一気にまくしたててやる。
メフィストの返事は聞かなかった。これ以上会話するつもりはない。上級悪魔はやたらとプライドが高いのだ。ここまで言ってやれば頼まれなくとも出ていくだろう。
最悪な夜は、寝てしまえば終わりだ。
最悪な朝は、すぐにでも片付くだろう。
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