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ほしのまなつ
2024-11-01 03:21:28
8476文字
Public
:令嬢パロ
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🥞🎩3️⃣/とある皇子の運命論
皇子さま、箱入り悪魔と出会う
1
2
・
・
・
「
……
もうちょっと、寝かせてくれないか
……
っ」
「だ、め!」
小さな手が、遠慮がちに一郎の肩をゆらす。
たぐり寄せたシーツからは、ふわりと石鹸の香りがした。
寝室になだれ込んで気づいた。掃除だけじゃない、一郎の寝る準備がきっちりと整えられていた。心配だった書斎には、手を出されていない。一郎が嫌がると思ったのだろう。聡い子だ。
(
――
たしか、弟は
……
身体が弱いとかで外に出されていなかったんじゃないか?)
ようやく鈍い頭をうごかし、この悪魔の情報を一郎なりに整理していく。魔大公メフィスト家の至宝と呼ばれる、双子のかわたれ。
――
姿を見せない脆弱な弟。その程度のことしか触れられていない。さすが次世代の『メフィスト』だと、幼少の頃から話題になっている兄の2世がいたから余計に。
気にも留めていなかったが、上級悪魔の名門の子息にしては、不自然なほど情報が少ない。
「おこせ、って」
「
……
っ
……
」
そうだ。
起こせといったのは一郎だ。普段ならば、一郎は本の山に埋もれて眠っていたり、ソファに倒れ込むことがほとんどだ。
魔術の研究以外、どうだっていい。眠るならばなんだっていいと思っていた。だが、これは抗えない。洗いたてのシーツはぴんっと整えられ
……
魔法をつかったのかつぶれていた枕は、ふんわりと元の形をとり戻していた。
正直に言う。まだ起きたくない。
「
――
昼になったら動く
……
、その時また起こしに
……
ぅぅ、まぶしい、やめてくれ」
「さっきもそういった! それにもう、ひる、だ!」
とうとうカーテンを開けられてしまった。一郎と攻防戦を繰り広げているうちに、堅苦しい口調はとっくになくなってしまったらしい。そっちの方がいい。
シーツだけは死守したが、窓からにぶい光が差し込んでくる。
そのまま一郎からシーツを剥ごうとする細っこい手をひっつかまえる。
「っ!」
「なんだ君
……
ほんとうに細いな。僕の手が簡単にまわるぞ? ほら、こんな簡単にベットの中に、引きずり込める」
――
ベッドでの躾は、
もう終わってるのか? って。
ただの意地悪だ。
幼い子どもではないと分かっているが、触れれば見た目以上に小柄で
――
悪趣味な連中が悦びそうな身体だ。貴族と言えど悪魔の中には交渉や策略のために『そうしたこと』に使われる子どももいる。一郎のもとに送り込まれた連中にだって、皇子の子種を欲しがるものが掃いて捨てるほどいた。
メフィスト家の箱入りが、そんな使い方をされるはずがないのは分かっている。だからこれは、本当にただの意地悪だ。
「
――
なぁメフィスト、きみはぼくの世話をしてくれるんじゃなかったのか?」
腕の中にひっぱりこんだ子は、ぴくりとも動かない。
まさか本当に『ソッチ』込みなのか? って。
慌ててメフィストの顔をのぞきこむ。この子をまもっていた黒い頭巾は一郎のせいで役目を失い、ほそい首まで晒してしまっていた。
「
……
、
……
っ」
ひゅっと、
その白いのどから、かすれた声がこぼれた気がした。
まろい頬が、かわいそうなくらい色を失くしている。
遠目で見たこの子の兄に似ているが、これはまったく違うイキモノだ。まるっこい大きなひとみが、一郎をうつしてゆれている。天然の艶を放つ、一切の混ざりけない黒髪からぴょこんとはみ出した髪の毛がかわいらしい。
(
――
これが誘惑の悪魔、メフィストフェレス
……
?)
じわっと、掴んだままの手が汗ばむ。
一郎の身体のしたで、されるがままになっている一回り以上小さな身体。ちらりと視線をやれば、嫌でもほっそりとした白い首が目に入った。まろやかな肌をまさぐってやれば、さぞ気持ちがいいだろう。
(ゆうわくの、あくま)
抵抗どころか身じろぎのひとつもできてない。固く握り締められた指がまっしろだ。
(ああ、そうか)
ぼくが『あくまくん』だからだ。
この子が抵抗できるわけがない。そういう風にできている。
この子は、いっしょにいちゃいけない子だ。
「っ
……
ぃ、
…
つ
……
っ!!」
「あっ」
ごっちん!
鈍い音とともに、額に衝撃が走る。
ぶつかってきたのは、形の良いまるいおでこだ。
「~~ごめんっ、おれ、びっくりして
……
っ」
今にも泣きだしてしまいそうな声がするけれど、骨にずしりと響くような痛みに、思わず目に涙が浮かんでくる。
じんじんする眉間にシワ寄せながらチラっと見たメフィストの目は、不安そうにゆれていた。黒頭巾を目深に被り直そうとしているが、うまくいかずに慌てている。
「い、いたい? 冷やす? おいしゃさん
……
?」
白い指先が、たどたどしくおでこにぺたぺたと触れてくる。
自分から触るのは平気なのか。ベッドに引きずりこまれて
……
悪戯されそうになっていた男相手に無防備にふれてくる。
かんべんして欲しい。
「
……
兄さんの使徒からもらっていた薬がある。隣の部屋の、ベッド横の引き出し。真ん中だ」
「っわかった!」
ぱたぱたぱた
……
なんとかそんなことを告げれば、可愛らしい足音はすぐに遠ざかった。
(
――
隠したかったのは、アレか)
メフィストの額のうえには、あるべきものがなかった。
メフィストの象徴でもある、一本のツノ。
あの子にはそれがない。
「
……
箱入りにされていたわけだ」
室内でさえ被ってる黒い頭巾は、誰に言われたのだろう。
ちっともあの子を守れていない。
悪さをしたのは一郎の方だ。そんな男に抵抗した瞬間、怯えるどころかほんとうにこっちの心配なんかして。
(
――
あくまらしくない、あくま)
やっぱり、ここにいるような子じゃない。
一郎には無理だ。
ぬくもりの残る指に、ぎゅっと力が入る。寝る前になんとか見つけた兄の手紙には、とにかく一か月は様子をみてくれと記載があった。『一郎は、ぜったいに手放せなくなるよ』と。
ならばなおさら、早く返さなくてはならないだろう。
* * *
「いたい?」
そおっと、そおっと。
独特な匂いのする軟膏を指のさきがすくっていく。じぶんで出来ると突っぱねるまえに、手当をはじめられてしまっていた。
やさしく触れてくる手に、抗えない。
律儀になんども「いたくない?」と小さな声で聞いてくる。
あのまるっこい目は、いまどんな色をしているんだろう。
目深に被りなおした頭巾がじゃまだ。顔が見えない。
もう一郎にはバレているのだから、脱げばいいのに。
「
……
それ脱がないのか? 僕の世話をするならジャマだろ?別に言いふらしたりしない。それに、バレること前提に君を送り込んだんだろ」
ほら。
こっちのほうがいい。
「
……
っ
……
」
するん、と。
許可を取るよりも先に、真っ黒な頭巾をはぎとってやる。
カーテンの隙間から差し込むひかりで、まるっこい目がやけにきらきらして見えた。瞳の表面がゆれている。
花びらみたいにうっすらと色づく瞼が、ゆっくりと瞬く。
慌てたように頭巾をとり戻そうとしていたが、もう遅い。
「か、かえしてっ」
「なぜだ? 僕はもう知ってる。これは必要ないだろ?」
「だめっ! かくさないと、だめ!」
「??? だから、僕はもう知ってる。意味がないと
――
」
「みにくい、から」
醜いから。つのなしは。
いやな気持ちになるひとがいるから。
ひとにみせちゃだめ。
かくしてないと、だめ、って。
「は?」
誰だ。
誰がそんなことを君に言った。
誰がきみにそんな顔させるんだ、って。
腹の底が妙にザラつく。言葉でうまく説明できない。
そんなバカな言葉をこの子に投げつけたやつのせいで、顔が見えないのは嫌だ。だから腹が立つのだ。
「こんなに、可愛いのにか?」
「え?」
こんなにかわいいのに。ばかだ。隠すような事させて。
じくじくと、言いようのな苛立ちが腹の底でくすぶった。
「
――
メフィスト、」
うつむきそうな顔をゆるさず、なるべく慎重に頬にふれる。
ゆっくり瞬く睫毛が、淡い瞳に少しだけ影を落とした。
持ちだし禁止の古書ですら、こんなに緊張はしない。
「
………
?」
ことん、っと。
せっかくこの子が持ってきてくれた薬の容器が、床に落ちる。
それに気を取られそうになっている子のうっすらと開いた唇が、やわらかそうで
……
一郎は、魔が差した。
「っ」
ふにっとふれた唇が、やっぱりやわくてきもちいい。
ぎしりと軋んだ古いベッドの音が、まるでこの子にすることを咎めているようだ。なにも付けていない、つるりとした唇。固く結ばれてるそこは微かにふるえてた。
(どんな顔、してるんだ
……
?)
ナマー違反だがうっすらと瞼を上げて、目のまえの子を盗み見る。まるで怖いことをされてるみたいに、ぎゅっとかたく閉じてるまぶたがかわいい。頬がさっきよりも色づいてる。
やっぱり隠すなんてもったいない。
「
…
っ
……
んぅ
……
っ」
「
――
ッ」
舌先でほんの少し上唇舐めたら、そんなのにさえ、びく! と細い肩が跳ねる。まずいな、と思ったが止まらなかった。
ひどく興奮している。気持ちが抑えられない。
やわらかい。かわいい。
まるっこい額が、こつんっとぶつかる。
それすらかわいかった。
「ぅ
…
、ん、んっ」
無防備にゆるんだそこに舌をねじ込んだら、すごくかわいい声がこぼれてきた。やわらかい口のなか。誰にも触られたことがないだろうその奥をもっとさぐりたい。かわいい。だめだ。かわいい。
「
……
ッ
……
っまて、まってくれメフィスト頭突きはッ、もう」
「~~~しない! でもっ、はなせ!」
上手に息ができていないことに気づいて、いっしゅんだけ唇をはなしたとたん、だ。さっき凶器になったおでこを、すりっと擦り合わされ一瞬で痛みがよみがえる。
『はなせ!』『はなせっ』と、くり返しながら、ぴんくいろになっている目許がかわいくて、思わず口づけてしまったのは、許してほしい。
「とにかくその頭巾はいらない。兄さん
……
クソ兄貴に手紙を書くから、待っていろ」
「
……
一か月って、真吾さまに言われてる」
「そうだ。だから僕がこうして直に手紙を
――
」
「う、うちの
……
おれの眷属たちみんな、ここにおれが行くの、すごくよろこんでくれて」
「そうか。残念だったな」
すみずみまで磨かれていた床。
一郎のために用意していたシーツにまくら。
きっと他にもたくさん。
喜んでくれたという人たちのために、辺境の見知らぬ場所で一郎を待っていたのだろう。暗い屋敷にひとりで。
あげくに抗えないまま手をだされて。こんな事をされるために大事にされてきたわけじゃないだろうに。
……
早く手放さなくては。
この子は、一郎のそばに置いたらだめだ、はやく
――
「一か月だけ。悪魔くんの、あくまにしてほしい」
「っ」
不覚にも、とくっと鼓動が跳ねた。
――
あくまくん。
そう呼ばれたのは初めてだった。
一郎でも第二皇子でもない。
(
――
ああ、)
つかの間の契約だとしても
一郎を『悪魔くん』と呼ぶのだ、この子は。
「
――
キスされるのも、初めてだったのに、か?」
「っ!」
ワザと意地の悪い言い方をしてやる。
拒絶の空気に、ほそい肩がこわばった。
一郎の無遠慮な手に身体をかたくしていたクセに。
「ヘンなことされそうになったって言えばいい。君をそういう使い方するなんて、君の家の者は思ってないだろ? 落胆よりも激怒するんじゃないか?」
そっちの方がいい。
手を出しかけているのは、本当だ。
「しない!」
しない、そんなのしない! って。
かたちの良い頭がひっしに左右にふられる。ふよふよと揺れる前髪がやっぱり可愛い。
「へぇ、それは助かった。上級悪魔の令息に手を出したって知られたら、悪評がますます酷くなりそうだ」
それはそれで願ったり叶ったりだと思ったが、さすがに口にはしなかった。目のまえの大きなひとみが、悔しそうにゆれている。
「
……
ゆわない、おれ
……
」
「随分といい子なんだな。いやらしいこと、されそうになったって泣きつけばいい。みんな君が悪いとは思わない」
「しない!」
あくまくんを守るのが、
おれのやくめだから。
「あくまくんは、」
「
……
なんだ、」
「あくまくんは、仕事はちゃんとするけど自分のことだいじにしなさすぎるって
――
だから、ちゃんとそばにいないとダメなんだって
……
おれは約束した。約束は守らないとだめだから」
「へぇ、ものは言い様だな。だが別に守ってもらわなくていい。偏屈王子は噂よりずっと酷いだろ? その約束は無効だ」
そうやって軽薄に笑っても、まっすぐに見上げてくる。
遮るもののない双眸は揺らぎもしない。それを見てますます酷いことをしたくなるような人間がいるだなんて、思いもしないのだろう。
「一晩はこの屋敷にいたんだ。義理ぐらいは果たせただろ?」
無理やり中断させた会話。
一郎を見つめる瞳が、拒絶の言葉をこぼすたび、瞬きをくりかえしている。もう終わりだとばかりにペンをとった手を、嫌がるように掴まれる。怪訝な顔して覗き込めば、メフィストは小さくふるふると首をふったりする。そんなことをして、また悪さをされるって思わないんだろうか?
「噂とか、しらない!」
あくまくんは、
おれのこと『メフィスト』って名まえで呼んだ。
片割れとか、例の弟じゃなくって。
――
昨日から、ずうっと。
「ツノがなくても
……
か、かわいいって
……
おれはそれ、うれしかったから。仕事だからちゃんとするけど、それは当たり前だけど
……
悪魔くんをまもりたいって、おれがおもってる」
「
……
っ
…
」
なにを、
なにを言ってるんだ、って。
ぎゅっと一郎の腕を掴んでくる手は、ふるえてるくせに。
短期間だけど分かってしまった、嘘のないメフィストの言葉。
心臓の音がうるさい。
「
――
好きにしろ」
「っ!」
自分で言い張ったくせに。メフィストは尖った目をまんまるにして、一郎のことを見上げてくる。
「あ
…
っ」
思わず伸びた手は、今度こそ止めることが出来なかった。
びくりと目の前の身体が強張る。
――
それでも。小さな身体に触れるのを、そのぬくもりを、離すことができない。
「ほら、寝なおすぞ」
「あくまくん
…
?」
細いのどからこぼれる声が、つたない。
手紙は書く必要がなくなってしまった。どうせ期限付きだ。
「ぼくを守るんだろ?」
「っ!」
手をひいてやれば、固まっていた子はやっと意味が通じたようでこくこくと頷いている。
――
そうして。
ほんとうに、ふたりだけのベッドのなかで。誰かも何からも守るように
……
そおっと一郎の頭を、ちいさな腕で抱き込んできたのだった。
・
・
・
――
この後、ものは試しにホットケーキを焼いてもらい、
ますます手放せなくなった第二皇子の苦悩が続く。
(※これは、すでに手遅れな序章)
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