※令嬢パロ
※こちらの設定をお借りしています
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「
――あくまくんは、ばかだ」
「僕に向ってそんなこというのは、君ぐらいだが?」
すかさず言い返されてしまった3世さまのおおきな瞳が、ぎゅっと尖る。お小さい頃、よくみた仕草だ。
最後の使用人になってしまった私は、眼鏡の縁に手をかけ、ただただ恐縮するだけだった。
「
……あの、わたくしは本当に何も
……」
「それは駄目だ」
「それはダメ!」
こんな時ばかり気の合う声が、ぴたりと重なる。
お二人のこうした言い合いを見守ることができるのも、きょうで最後。そう思うとなかなか感慨深いものがあった。
王都から離れ、『最果ての森』などと呼ばれる辺境に屋敷をかまえて、主さま
……一郎さまの背丈はさらに伸びた。
第一王子と並べば、どちらが年上なのか、今では分からないだろう。
『子どものままごと』だの『物好き王子の気まぐれ』だのと世間から後ろ指をさされ、『あれでは三日と持たないだろう』と笑われていたここでのお二人の生活も気づけばもう三年が経過していた。
――そもそも。
お二人が出会ったのは、正しくは五年まえだ。
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3世さまが十五を迎えたその日、辺境に引きこもっていた一郎さまのもとを訪ねている。
きっかけは、第一皇子の口添えだった。
――それから『マグメル』と呼ばれる魔界と物質界の境目で、一ヶ月。
3世さまは、第二皇子
……一郎さまとたったふたりで魔界からも物質界からも見放された地で過ごしたのだ。我々の目の届かない場所で。
見渡す限りの灰色の空と、人間も魔物も拒む強い瘴気。蜘蛛巣だらけの古城。
『マグメル』は、今でこそ空間魔法の研究が進められた地として名高いが、当時は『死者の国』そのものだった。
約束の一か月を終え、帰宅した3世さまはしばらく何も手につかない様子で、それでもうれしそうに『おれね、大事なともだちができた』と、こっそり教えてくれたものだ。
……それから、やけに呼ばれるお茶会に、お誘い、贈り物。
実のところ、3世さまの言う『大事なともだち』にしては、随分と度が過ぎているなぁ
……と屋敷の誰もが思っていた。
――思っていたが、当時
……今もだが、3世さまはたいへん愛くるしかったもので、皆がみな首を傾げながらも、受け入れてしまっていた。
何よりも、一郎さまに我々は大きな恩があった。
他のメフィストの方々とほんの一部異なる容姿をしている3世さまは、ある事件を境に黒い頭巾をかぶるようになってしまっていた。
陽だまりのように屈託なくわらう3世さまが、私たちは大好きだ。
それが
……そのたいせつな至宝が真っ黒な布地の奥に隠されてしまったのだ。
――お兄さまの2世さまでも、だめだった。
つまりもう、誰の手でも駄目だ。誰もが諦めてしまっていた。
3世さまが、
一郎さまと出会うまでは。
『あくまくんが、こんなのいらない、って』
『こんなの
……?』
『おれ、マグメルではあくまくんを毎朝起こしてたんだ。あくまくんは寝起きがすごく悪いし、屋敷はすぐに雨漏りしちゃう。だから頭巾はじゃまだし
……か、かわいいから、隠すな
……って』
そう。
一郎さまは、そのままの言葉であの黒い頭巾を取りはらってしまったのだ!
だがこの時点で、やはり我らは首を傾げていた。我らの3世さま、随分と
……いや、かなり一郎殿下に気に入られたなぁ~と。
予感はもちろん的中する。
まさか、あんなにも3世さまのもとへ一郎さまが足げく通い詰めるとは思わなかったし、その間にまんまと既成事実をつくられてしまうとは
……。
(たぶん、初めから手放せなかったんでしょうなぁ)
ふたりが出会ってから、
手遅れの運命はやっと動き出したのだ。
『マグメル』で一郎さまが成果をあげた空間魔法は、魔獣の討伐や食糧管理に大きな改革をもたらし、もはや『辺境に住まう偏屈王子』などとは誰も口にしなくなっていた。
それどころか魔族の名門たちがこぞって契約をのぞむくらいに。
そう当時の第二皇子は、ゆるがぬ名声も王座も、思いのままだった
――。だが。
一郎さまが選んだのはこの古い屋敷と、
ご自分が見つけた、ご自分だけの『運命』だった。
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「
――メフィスト、なんども言わせるな」
「なんどでも! いう!」
辺境の地とはいえ、3世さまが引き取られたばかりの頃は、屋敷には私のほかにも使用人が両手の数ほどにはいて、
あちこちの部屋にも倉庫にも、緻密な絵柄が描かれた壷や絵画、きらびやかな家具がいっぱいに収められていた。
――今となっては、見る影もない。
見ろ、アレが天才だと謳われた第二王子の成れの果てだ、などと笑うものもいるが、
痛々しいほど張りつめていた背中をゆるく丸め、『強情なのは、君の方だろ』などと3世さまを覗き込みながら口の端をあげる主さまの方が、私はずっと好きだ。
「どうせ使ってない部屋のモノだ。主の僕がどうしようと構わないだろ?」
「おれだって、使ってないティーセットが」
「だめだ」
「なんで!」
声をふるわせる3世さまの手には、夜のいろを写した布がぎゅうっと収められている。
星たちがきらめく夜空を思わせる精緻な刺繍が全面に入った布は、先ほど主さまが無残にも窓枠からひっペがしたカーテンだ。
先日なにやら業者の者がこの屋敷に入っていたので、とうとう雨漏りを修繕するのかと思いきや、このカーテンを鑑定していたらしい。
ほんとうに恐縮なのだが、今日でさいごの奉公となる私になけなしの餞別を贈るべく
――。
そう、3世さまを幼少期から見守ってきた古い眷属である私を挟んで、おふたりは喧嘩の真っ最中なのだ。
「もう一度言う。使っていない部屋のカーテンは不要だ」
――僕たちの寝室にあれば充分だろ?
それはそれは意地悪げに
……、でも柔らかな声で主さまが3世さまを言いくるめにかかっている。
言い分や内容はさておき、自分よりも長身の主さまが身をかがめ、幼さを過分に残すまるい瞳に訴えるようにまっすぐ覗き込むやり方は、3世さまがいちばん弱いものだ。
カーテンを抱える手も、さりげなく掴まれてしまっている。これは時間の問題だろう。3世さまは普段よく回るくちを、ぎゅっと噛み、ほそい首をちいさくふって抵抗していた。
「あくまくんは、ばかだ」
「さっきも言ったが、僕に面と向かってそんなこと言うのは」
「
……ばかだよ。おれのこと選んで、ずっと、ずっとこんなところに追いやられてさ、」
3世さまの腕のなかで、夜色のカーテンがおおきくたわむ。
よたよたと窓辺に立って、自らの手ではずしたカーテン。
もう頭に入っているからいいと手放した古書の山。
どうせすぐに着られなくなる
……と、あつらえるのを止めてしまったオーダーメイドの衣類。
フクロウのクセに夜目がきかない老齢の眷属だけを残し、メフィスト家へ返した使用人たち。
……歴代でも名を残す賢王になるだろうと称賛され、約束されていたはずのきらびやかな王座。
――ぜんぶ、
この主が3世さまを得ることで手放したものだ。
『ツノなしの悪魔の子を選んだ、愚弟王子』
おふたりを知らない者は、主さまをそう呼ぶ。
せっかく苦労して名誉を取り戻したのに、馬鹿なことをしたものだ、と。
「
――確かに
……雨漏りだらけの屋敷は問題だな
……、君があと三人はいないと追いつかなくなってきた」
生真面目な顔でつぶやく主さまは、いたって真剣だ。
うつむく3世さまの顔が、くんっとあがる。
「クソ兄貴が実験していたな
……君も見ただろ? ちいさな毛玉のイキモノ。君のホットケーキを食らうから追い返したが、この際だ、連れ戻したっていい。少しは役に立つだろう」
にいさま、にいさま
……と慕われていたはずの第一王子は、ここ数年で一気に反抗期を迎えたらしい第二王子になかなか辛辣な呼ばれ方をされている。それでも穏やかな笑みを崩さないのは、さすがだろう。
「
……悪魔くん、アイツにイジワルするだろ、かわいそうだ」
「意地悪じゃない。ちゃんと可愛いつがいがいるクセに君にもちょっかいを出すから
……話がそれたな、やっぱり毛玉はなしだ」
思いだしたのか、表情がわずかに険しい。顎に手をあてた主さまは、さっきからずっと真剣な眼差しのままだ。
「いいか、メフィスト」
主が『メフィスト』と呼ぶのは、3世さまただひとり。
――それが、すべてを手放した二番めの王子の答えなのは、お二人を知るみんながしっている。
「雨漏りだらけだろうが、カーテンがなかろうが、使用人にまざってエプロンなんてつけて、いまだに飽きもせず僕のことを叱っては、僕のいうことを結局きいてしまう可愛い悪魔がいれば、ぼくは十分だ」
きみだ。
きみのことだよ、メフィスト。
「
……っ」
ぽすん、っと。
喧嘩の原因のカーテンが3世さまの腕からおっこちる。
それが合図のように、主さまは
……一郎さまは、じぶんの小さな悪魔をそれはそれは満足げに抱きあげて、ツノのない無防備な額を、そおっとすり寄せるのだ。
「
……あくまくん、」
「ん?」
「ぜったい、ぜったい、しあわせにしてやるからな」
ぐりぐりと。
賢そうな額に、まるいおでこが寄せられる。
主さまの目許がこれ以上なくやわくゆるんで、3世さまのぴょんっとはみ出た黒髪も、ふよふよとゆれていた。
――ああ。
わたくしの帰還を、首を長くして待っているメフィスト老さまに、わたくしは真っ先にお伝えしなければ。
きょうもお二人は、
せかいでいちばんお幸せです!
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(※唯一のカーテンがあるお部屋で、3世さまがでろでろに泣かされまくっちゃうのは、また別のおはなし!)
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