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ほしのまなつ
2024-09-25 04:29:53
17554文字
Public
:一郎×3世短編
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🥞🎩3️⃣/初恋のあくま
やわらかくて、やさしい
うつくしい魔法を知っている。
1
2
3
◆夜はやさしい
・
・
・
――
それは、晴天の霹靂だった。
「え?? そ、そうじ? そうじをして、いらっしゃる?」
「
――
そうだ。見れば分かるだろう」
先週メフィストが受けた依頼は、思いのほか早くに片付いた。
今日も留守番をしている一郎は、不要になった資料をまとめ、メフィストに言われている場所に運んでいる最中だ。ついでとばかりに、見よう見まねで来客用の机を拭いている。
掃除と呼べるか分からないが、こうもり猫はうろたえたように目を白黒させながらその様子をじっと見ている。腕に抱えている紙袋の中身は、真吾から頼まれたものだろう。転移魔法が施された札が切れたので、義父に依頼していた。二人の様子を見てくるように頼まれているのも、知っている。
「いやいやいや、まえは一度も
……
まあ、これで3世坊ちゃんも心配なく魔界へ行けるってもんで」
「
――
魔界
……
?」
「?? 今週末って話でやんしょ~?
……
あれ? まって。まって! これ聞かなかったことに」
「どういうことだ、こうもり猫」
「あ~~~~~~~」
本人は、ただの世間話のつもりだったらしい。
一郎の掃除姿が衝撃だったのもあるが、決して口を滑らせたワケではない。幸い、メフィストは買い出し中だ。
魔界ってなんだ。どういうことだ。
今週末? じっくり話をきく権利が、一郎にはある。
「
――
ええと。まえに3世坊ちゃんがね、ちゃんと修行したいから、本腰いれて魔界に~ってなったとき、軟禁未遂やらかしてんですよ、記憶失くすまえのアンタ
……
まだ聞きますぅ? このはなし」
「
……
続けろ」
「けど、もう安定してるみたいだし、親たちもサポートできるから、坊ちゃん行かせるなら今じゃないか~~って
……
」
ひゅっと、息がつまる。
一郎が止めれば、行くなと言えば止めるんだろうか。
全身が強張る。そうだ。まえと同じことをすればいい。
(ぼくが、とめれば
……
)
いまの一郎でも? まえの僕だってそうした。
懇願して、閉じ込めて、それから、それから
……
?
「~~~ほんっとに面倒だな、あんたら!」
「っ」
黙り込んだまま、悪いことを考えている一郎に、ぎょろっとした大きな目が強く睨みつけてくる。
そこで一郎は初めて気づいた。
このお人よしの悪魔が、しずかに怒っていることに
――
「おれもなぁ、悪知恵ばっか働かせるから気持ちは分かんだよ、少しは。
でもな! ちゃんと言えよ、口にしろよ! 大事なんだろ? ずっと、ずっとまえから、とっくに!
何も言わねぇまま死んでんじゃ、ねぇッ!!」
フーフーと肩で息をしながら、怒涛のように言葉がぶつけられていく。
これは、こうもり猫の本心だ。
「いいか? いっくら生き返ったってなぁ目の前で死んだ事実、変わらねぇーから!
ふたりともだぞ。俺はな、俺はず~っと怒ってんだ」
振り絞るような声に、一郎は反射的に顔をあげた。
「二人して何だよ! ひとりは『悪魔くん』に銃向けさせて、
ひとりは何も言わずに死んじまって
……
お前らみたいなのが、しあわせになれない千年王国は、必要か? なぁ?」
口調がめちゃくちゃだ。
まっすぐな言葉のひとつひとつが、ずんっと一郎にぶつけられていく。
「言えって、ちゃんと!
すきなんだろバーーーカ!」
さいごはもうほとんど悪口だ。
だけどそれは、ぐっと一郎の背中をつよく押していた。
深く、息を吐きだす。
「ありがとう。いま、目が覚めた」
▽ ▽ ▽
「
……
は、
…
っ」
白昼の高い日差しが、瞼をちくりと刺してくる。乾いた空気がつめたい。ふたりで並んで歩いたと言う、冬の街並みだ。
一郎にその記憶はない。ホットケーキの粉が安くなっていたと言っていたから、いるならあの店だ。これは今の一郎に教えてくれた。グラニュー糖も欲しがっていたから、違う店を探したっていい。まだいるか、いないか分からない。だけどいま、探さなくちゃいけない。
(見つけ、た
……
っ)
商店街のある大通りは一本道で、一郎はすぐにその背中を見つけてしまう。平日でも昼下がりは人通りがたくさんあって、その中でも、見えない目印がついてるみたいに、小さな背中が視界に入ってくる。ドクドク跳ねる鼓動は、走ってきたせいだけじゃない。魔方陣で呼びだすのは簡単だったが、魔界へ行く決心をしているメフィストに拒まれたら、そこで終わりだ。
だから一郎は、確実な方法をとった。
息を吸い込めば、ひんやりした冬の空気が這入り込む。
あたまが、上手に動いてくれない。引っつかんできた黄色いマフラーが走りにくさに拍車をかけていた。でもこれを付けていた方が、メフィストに気づかれるんじゃないか。
ここを二人で歩いていた時、一郎はこのマフラーをしていたと言っていた。あまい匂いのするエプロン。メフィストの杖にはめこまれた宝石。一郎の大事なモノの周りには、いつだって黄色があふれている。
「
……
ぁ、っ」
あわてて履いてきたスニーカーの左右の色が違う。走りにくいわけだ。よろめいてしまったせいで、声をかければ届きそうだった背中がまた離れてしまう。
メフィストが、いってしまう。
「
――
、
……
あくま、くん
……
?」
まるで魔法みたいに振り向いた顔が、びっくりして固まっている。
名前すら、呼んでいないのに。やわらかな日差しの下で、まるい双眸がぱちっと見開いた。
「え
……
なんで、そんな、走って
……
」
びっくりしている顔もかわいかった。
天才じゃなくたって、記憶がなくたって、分かる。
埋れ木一郎は、この子がすきだ。
ずっとずっと前からすきで、すきで
――
「髪
…
ぐちゃぐちゃだ
……
くつ、違ってるじゃん
……
っ」
「メフィスト、」
ひっしにすきな子を目にとらえる。
跳ねる鼓動が、ずっとうるさい。
酸欠のあたまが、まだちゃんと回っていない。顔があつい。
崩れた前髪のしたで、額がぐっしょり汗ばんでいる。
「きみが、すきだ」
声が、みっともなくかすれてしまった。
ちゃんと聞こえただろうか。伝わっただろうか。
……
すきなんだ、とやり直しのように、もう一度くりかえす。
息をのむ気配があった。
視界がゆがんで、目の前のかわいい顔がちゃんと見れない。
「メフィスト
……
っ」
耐え切れず、突然の告白に固まってる小さな身体を抱き込んでしまう。だれからも、何からも隠すように。
「あくま、くん」
背中におずおずとのびる手が、ちいさい。
メフィストもふるえてる。
ねだるように、その身体をつよく抱き寄せる。
「メフィスト、ぼくは」
きみが大事にしている、嬉しいことも。
楽しいことも。ひとつも思いだせない。
きみが大事で、大切で、いとしくて。
――
すきで、すきで。
ぼくにはこの思いしか、残ってない。
「メフィスト、メフィスト
……
っ」
ぼろぼろ、ぼろぼろ、涙がとめどなく落っこちてしまう。
メフィストの顔がみたくて、おでこをくっつけて、すきだ、とくり返す。もう一郎にはそれしか残ってない。
「おれも、おれだって
……
っ!」
あっと思ったときには唇をくっつけられていた。
やわらかい。かわいい。
そおっと一郎の頬にふれる手も、ぜんぶかわいい。
ちゅっと、可愛い音がしてすぐに離れていってしまう。
ぼくのちいさな悪魔。ぼくのすきなこ。
「おれも、すき」
「っ」
呼吸すらままならない。見上げてくるしろい喉も、色づいた耳たぶも。奇跡のようだった。
ぜったい逃したくなくて、正面からその顔を覗きこむ。
おれのほうが
……
って、聞き捨てならないことを言おうとする唇を、今度は一郎がふさいでやった。
ぎゅってつむった瞼。赤くなってる鼻のあたま。
ひとつひとつに口づけていく。
「メフィスト、けっこんしてくれ」
かんがえて、
かんがえて、
考えた結果だ。
この子の父親が、酔うたびに言っていた。
『僕はエッちゃんと契約してるからね』と。
せかいでいちばん、やさしくてかわいい契約だと思った。
まるで魔法みたいな。
だけど魔法じゃない。
こんなにやさしくてかわいい契約、君としかしたくない。
そう必死に告げる。腕の中でおとなしかったメフィストが、ちいさく身じろいだ。
「メフィスト、ぼくと
……
」
そっと覗きこんだ瞬間、ぱちんと目があう。
かわいい悪魔の子は、それはそれはかわいい顔で、
こくっと頷いてくれたのだった。
・
・
・
――
ちなみに。
これは幸せでしかない後日談なのだけれど。
「
……
あのさ。確かに、週末泊まりでおじいさまの所にって、言われてたけど、それだって二、三日だよ?
こうもり猫さん、グルでしょ。急に泊まりにおいでって、おかしいと思ったんだ」
「いやいやぁ~~あっしはただ、坊ちゃんが魔界に
……
としか言ってないでやんすよぉ」
あと何個か、言いたいこと言っただけでやんす。
そう。ちぐはぐなスニーカーをはく一郎に抱えられながら、応接間でくつろぐ来客者に詰めった悪魔の子が、盛大な祝福を受けるのは、あともうちょっとだけ先の話しだ。
・
・
・
(ハッピー、ハッピーエンド!)
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