ほしのまなつ
2024-09-25 04:29:53
17554文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/初恋のあくま

やわらかくて、やさしい
うつくしい魔法を知っている。



◆夜のなまえ





――それは、秘密だったのだ。
メフィストの恋は、だれにも告げることのないものだった。
パパにもママにも。一郎本人にも。決して誰にも言わなかった。気づいている者は、人間でも悪魔でも誰もいなかったと思う。

――メフィスト、』
あの声で。目で、おなじ熱で……じぶんの名を口にされると、メフィストは何もできなくなってしまう。目を覚ました一郎は、メフィストのことを覚えていなかった。――構わなかった。
あたたかな体温。トクトクと確かに聞こえる鼓動。
あくまくんが、いきている。
なんでも教えてあげたし、なんでもしてしまいたかった。
ところどころ記憶を失っていた一郎は、さいしょに目にしたメフィストによく懐いた。刷り込み、みたいなものだと思う。
悪魔くんがいちばん不安なときに、いちばん傍にいたのが、たまたまメフィストだったのだ。

『きみ、僕のものだったんだな』

何を言われたのか、一瞬わからなかった。
メフィストは、一郎の悪魔だ。一郎のものだ。
でも、いまの一郎が言っている『僕のもの』とは意味が違う。
ちがうよ。あくまくん、ちがう、って。
メフィストはちゃんと教えてあげないといけなかったのに。
――メフィスト、確めていいか?』
こぼれたのは、必死な声だった。
のばされたのは、必死な腕だった。
メフィストは拒むことができなかった。
止まってしまった一郎の鼓動が、ふたたび聞こえた日のことを、メフィストは一生わすれないだろう。
浅い呼吸を確認しては、ぼたぼたと大粒のなみだがあふれ、声を殺して泣いた。日中は一郎がいつ戻ってもいいように仕事場を整え、夜はずっと一郎の眠りの番をした。
もう二度と、失いたくない。失ってはならなかった。
なんでもする。なんでもあげる。
だから、もうおれから悪魔くんを奪わないで。
必死に願った。なんども、なんども。
その一郎が、ふたたびメフィストを瞳に映している。
メフィストのことを欲しいという。
(あくまくんが、おれのこと――
さわりたい。かわいい、って。
汗ばんだ手のひらで身体を撫でまわされて、びっくりしたけど嫌じゃなかった。メフィストは、嫌じゃなかったのだ。
今日だって『また、あれがしたい』って。
いっしょに眠る約束なんてしてきて。かわいいのは一郎だ。
あれから何度か、唇もゆるしてしまっている。
……悪魔くん、あんな分かりやすかったんだ」
まっすぐメフィストにねだってくる一郎は、すごくかわいい。
口づけだけじゃない。これ以上をのぞまれても、メフィストはきっとゆるしてしまう。
(あくまくん、)
悪魔くんが、一郎がすきだ。
一郎が記憶をとり戻して……前みたいになれたら、と思う。
それは本当だ。ほんとうだけど、メフィストのくちびるを奪った『一郎』はどうなってしまうんだろう。ぜんぶ思いだして、間違いに気づいたら。
(ちがう、それが正しい)
いまの一郎の気持ちだって、嘘じゃない。

まっさらなまま出会って、
まっさらなまま恋をした。

ほんとうのことを知ってるのは、メフィストだけだ。
一郎とつかのまの恋をしている。それは今日で最後かもしれない。もう、こんな時間は二度と来ないかもしれない。
――それでも)
(おれは、悪魔くんのメフィストだ)
頭では分かってるのに、心が追いついてくれない。
今も、一郎が待つ千年王国研究所までの階段をひとつひとつのぼっていく。
くすんだ色のソファに寝ころんだままの一郎が、メフィストを目にして、朝と変わらぬ顔をみせる。
それにほっとしてる自分がいる。
「メフィスト」って。
分かりやすく切羽詰まった声には、余裕がない。

まだ、だいじょうぶ。
まだ、欲しがってもらえる。

悪いことをしている。
悪いことを、させてしまってる。
胸がいたい。
だけどこれは、つかの間の恋だ。

……でも、うそじゃない)

うそじゃない。
たしかに一郎と恋をしてる。
それが、なくなってしまう恋でも。