ほしのまなつ
2024-03-18 06:32:09
11197文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/バスルームのあくま

いちろうくん、いっしょにお風呂にはいる


◆うつくしい日々





……ひまわり?」
「ああ、なかなかいい匂いだ」

花の香りがする湯船のなか。
一郎の足のあいだにすっぽりと収まってしまう悪魔は、いまにも寝てしまいそうだった。

「寝て構わないからな」

とろとろと下がってく瞼を見つめながら、あとは僕がぜんぶやる、と言っているのに。
ゆるゆると首をふられるだけ。
もともと幼い見てくれをしているが、ぺたりと張りつく前髪のせいで、余計にいとけないイキモノになってしまっている。

一郎がクリスマスに引き当ててしまった入浴剤は、花びらのかたちをしたソープフラワーというものだった。
定番のホワイトローズに、マーガレット、それから変り種なのかひまわりの花びらが小瓶のなかに詰まったものだ。
そのまま花びらを湯船に浮かべればいいらしい。
ひまわりの花びらを見た瞬間、これはメフィストと使おうと思っていた。

(ビンセント、タンジェリン……

その手が握る杖に、はめ込まれている宝石。
甘い匂いが染みついてしまったエプロン。
作ってくれと毎回ねだってしまうホットケーキ。

メフィストを思い浮かべるとき、明るいきいろを思い浮かべてしまうのは仕方ない。
添えてあった説明の紙にあった花言葉もぴったりだと思った。
無謀なふたりの入浴は、ぴったりと一郎のからだに収まるこの小さな悪魔でなければ無理だった。
このメフィストでなければだめなことなど、一郎には数えきれないほどある。
メフィストにとっても、そうしたことが、ひとつでも多ければいい。

……ここ、アザになってるな」
鮮やかなきいろの花びらに飾られた水面からのぞく、メフィストのちいさなひざ。
そのまるいひざに、青い痣ができかけていた。
さんざん駆けずり回った数日間だった。
ホットケーキを三日も食べていないことを呟けば、メフィストは『あした作ってやるよ』なんて約束してくる。
まぶたを重たそうにふせて。

――いやな、しごとだった)

千年王国研究所に寄せられる依頼のなかには、酷い結末だったものなんていくらだってあった。
今回も、そこいらに転がる廃れた土地神信仰のひとつだ。

 『殺すよりもひどい行為など、この世にいくらでもある』

メフィストが幼いころから、あの父親に言われてきたという言葉だ。
あの土地の大人たちがやったことは、まさにそれだろう。
洞窟の主が、かみさまとして必死にやってきた行為すべてを侮辱するものだった。

どれだけがんばっても。
どれだけやさしさをそそいでも。

自分たちとは違う力があるというだけで、あっいうまに悪者だ。
あれだけの恩恵を受けておいて――

(ふざけるな……

メフィストは、あの祠にすんでいたイキモノのために怒りにふるえる手を握りしめて、ひっしに駆けまわっていた。
結果は予想がついていた。こうなるだろうと思っていた以上に、酷いモノだったが。
一郎もメフィストも、結末としてはアレを救うことができなかった。
それでも。
あのかみさまと呼ばれていたイキモノにとって、子どもたちが手向けた紙風船がどれだけこころを満たすものだったか。
祠の奥につづく、ちいさな洞窟の中には色あせた手鞠が丁寧に並べられていた。
それをひとつひとつ回収したのは、メフィストだ。
泣いてしまうと思ったのに。ちいさな悪魔はさいごまで泣かなかった。

――ああ、)

きっとこの子は、一生かけても気づかない。

人ならざる力をひっしになって誰かのためにつかって、
じぶんをすり減らして、いのちすら捧げることに迷いがない。

あの愚かでうつくしいイキモノは、
一郎にとってのメフィストだ。

……わるい。起こしたか?」
「っ」

ふたりだけのバスルーム。
きいろい花びらに彩られた白いからだが、ぴくんっとゆれる。
目を伏せ、おとなしく一郎の足の間におさまっていた悪魔は、いまにも寝てしまいそうだったのに。
水滴をくっつけたまぶたが、ゆるゆると持ちあがった。
うすいぴんくに染まったまぶたは、それこそ花びらみたいだ。
かわいいな、と素直におもう。
まわした腕があまってしまう小さなからだも、なにもかも。
この悪魔をかたちどるすべてが、もうずっと可愛くて仕方がない。

「あくまくん、」
「なんだ?」

――やっぱ、えっちしよ、って。

……だめだ」

これ以上なく、無防備にからだをくっつけたまま。
未成熟な誘惑の悪魔が、やわい肌をあずけてくる。
「だめだ」と返事ができただけでも上出来だった。……すこし間があいてしまったけれど。
ちょっとだけ尖った赤い乳首が目に入って、思わず喉が鳴った。
ここをさわってやると、すごく可愛くなってしまうことを、一郎はもうしっている。

抱いてしまった悪魔を快楽で泣かせることはたやすくて、
だからそれは今してはいけないことだった。

「なんで……

なんで。
あくまくん、なんで。

声にならないまま、くちびるがくしゃりとゆがむ。
ほそい肩が、わずかにふるえてるのを一郎は見逃してやれなかった。
なけなしの理性で密着する下肢を引きはがし、向かい合わせにした身体が、ひくんっとはねる。

「やだぁ」

やだ。やだ、って。
首をふるけれど、言うとおりにしてやれない。
あかく熟れた頬が、どうしようもなくかわいい。
まるっこい大きな瞳が、一郎をうつしてゆれている。

……みるな……っ」

ぽろって。
ぬれた目尻から、とうとう大粒のなみだがほっぺにすべりおちる。

……ゃ、っ」

みたら、やだ。いや。
あくまくん、やだ。

音になったのは最初だけ。ひくりと苦しそうに、しろい喉がふるえる。
上手に泣かせてやることも、ひとりで泣かせてあげることもさせてやれない。

「メフィスト、」

ぽろぽろ、ぽろぽろ、透明なしずくがこぼれおちる。
息を殺して泣く悪魔をバスルームに閉じ込めて、ぎこちなく抱きしめることしかできない。

それでもぼくが、この子のたったひとりの悪魔くんだ。
だから、だから――

「きみを泣かせたこと、僕は忘れたくない……っ」

ぜんぶおぼえてる。
きみが泣いたことも、きみを泣かせた選択も。

――…………

すきな子の泣きがおを、ふたりだけの浴室にとじこめたまま、
声もなくしずかに泣くあくまの、花びらみたいな瞼にくちづけを落とす。

いつかこの瞬間になまえをつけることができるなら、
きみはなんて言ってくれるんだろう。







(深夜のバスルームと、いちろうくんだけの悪魔の話)





🌻ひまわりの花言葉『あなたを見つめる』『未来を見つめて』