【モニモア】海の民の物語を紡ぐ者【マウモア】

正確にはモニ+モア←マウ。モア海2の世界観で真面目に職務を果たしている語り部に付き合う無垢な勇者とそんな語り部を見直す半神半人の英雄の話。映画ネタバレ独自解釈捏造要素有。

 明朝から降り頻る恵みの雨が植物たちの渇きを潤し、屋根を伝い滴り落ちる小さな滝が湿った土を穿ち匂いを一際濃くさせる光景をぼんやり眺めていたモアナのカラメル色の瞳が彼女の左手を持ち上げているモニの力強く優しい手に戻される。
 モアナの左腕に浮かび上がったタトゥーの模様を備に観察して事細かくタパへ描き込んでいく真剣なモニの眼差しに彼女はフッと頬を緩めた。
 楽しく賑やかにお喋りする口も今は鳴りを潜め、時折刻まれたタトゥーの意味を推測も交え零れた小さな独り言がタパの上を走る新たな線に生まれ変わる。
 つと躊躇わずに動かしていた手を止めたモニが顔を上げ平静な面持ちで口を開いた。
 「君の左腕のタトゥーを描き終えたあと、オールの方も描いてもいいかな?」
 「勿論。この天気だし今日一日付き合うわ」
 「ありがとう。とびっきりイケてるのに仕上げるよ」
 「フフッ、期待しちゃおっかな」
 「任せて」
 気が置けない他愛のないやり取りは何処までも穏やかで、微笑むモアナにモニもまた自信たっぷりな笑窪を作り笑い合う。
 「モアナを独り占め出来る機会なんて早々ないからね。この雨に感謝だよ」
 モアナを見詰めていたモニの視線がタトゥーとタパを行き来し、再び会話を交えなくとも居心地のいいゆったりした時間に浸り益々激しくなる雨脚と彼の言葉を辿り鈍色の空を見上げた。
 事実モニの口ぶりも尤もだった。天候に左右されずに出来る仕事の殆どは屋内での作業に絞られ、農夫であるケレは今日一日暇を持て余しているだろう。



 雨がまだ大人しかった時間帯。昨晩から立てていた予定が綺麗に白紙になってしまい、さて新しく組み直そうかと思案に耽る間もなく。
 『モアナッ!! 君の腕のタトゥーと当時の話を詳しく聞かせてッ!!』
 『モニ!?』
 水も滴る何とやら。濡れ鼠状態のモニが勢いよくモアナがいる集会所のタパを捲り興奮気味に飛び込んで来た。
 雨がたっぷり染みこんだ髪を入り口で絞るモニの背中をモアナが甲斐甲斐しく拭いていれば彼曰く『この雨だろ? 君の仕事が休みになると思って急いで押さえに来たんだ』との事。
 どうやらモニはモトゥフェトゥから帰還以来、虎視眈々とモアナの左腕に刻まれたタトゥーとオールについて詳しく話を聞く機会を窺っていたらしい。
 だが、モアナとモニ、特にモアナはモトゥヌイ滞在中管轄する多種多様な仕事のお陰で皆から引っ張りだこ。中々二人の時間がかみ合わなくて彼の中にある好奇心旺盛な感情が自制心の枷を振り解く寸前、狙ったかのように雨が朝方から降ったのを皮切りに居ても立っても居られずに家を飛び出したという。
 『もし、僕の前に別の人の予定が入ってたら諦めるつもりでいたよ』
 と、濡れた背中を拭いてくれた礼をモアナに述べはにかむモニは、そのガタイの良い体を利用して抱えて持って来たタパを始めとする仕事道具の一切合切を雨に晒す事無く運びきっていた。
 そんなモニから滲み出ている早く話を聞きたくてうずうずしている姿にモアナは屋内でやる予定だった仕事を頭の隅に片付け忘れた振りを通すことにした。



 物腰が柔らかくて気さく、大好きな海の物語を語りのめり込む彼の純真さは幼い頃からちっとも変わらない。
 「(おばあちゃんの話を誰よりも一番楽しそうに聞いていたのは)」
 モニだった。殆ど同じだった背丈がある日を境に広がっていき、男らしい大柄な体格に見合う力仕事をする合間を縫い祖母タラの所へ足繫く通い海の物語を目をキラキラと輝かせ聞いていた。
 モニがモトゥヌイの誰よりも嬉々として歴史と伝承、海の民の物語に惹かれ夢中になっていく姿に親近感を覚えずにはいられない。
 「(珊瑚礁を超えた先の海に憧れを抱いていた私と同じ)」
 だからこそ祖母タラの役職語り部の後継者にモニが選ばれたときモアナは心から喜び、当時余裕こそ無かったが自分の知らないモトゥフェトゥや嵐を司る神ナロを語る彼に感心しきりだった。きっと彼は明け透けなく自分が体験した事も含めて後世に伝承や歴史を語り継ぎ残してくれるだろう。
 なにせ一歩間違えれば大惨事じゃ済まされない落雷を受けた場面でさえタパに描き残しているモニにモアナは、ある意味絶大な自信と信頼を寄せていた。
 そして、テ・フィティの心をマウイと共に返しに行った航海の日々を初めて語った時と同じく興奮で落ち着かない心を深く長い深呼吸ひとつで落ち着かせ真摯な態度で臨むモニにモアナも居住いを正して嵐の海に飛び込んだ後の記憶を彼女自身思い返すように紡いだ。

 祖母のペンダントから落ちてしまった大事なシメアの海星が荒れ狂う海に沈んでいく光景に道はひとつじゃないのに気付き、皆の制止を振り切って海に飛び込んだ事を。
 身を掠めた雷光でマウイが途中まで引き上げてくれたモトゥフェトゥの島影を見つけた時の事を。
 息苦しさで肺が潰れそうだったのにモトゥフェトゥの島に触れた瞬間、その苦しみや辛さが和らぎ「もう大丈夫」と金色の光が広がるにつれ心が穏やかになった事を。

 強大な力に貫かれ意識が遠のいた事を。

 誰かが呼ぶ声を頼りに目を覚ましたらマウイと祖母、タウタイ・ヴァサ、祖先たちが囲むように見守っていてくれた事を。

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 モアナはモニたちと合流するまでの事を覚えている限り彼に語った。
 無意識に瞼を閉じ記憶を辿っていたモアナが目を開ければ、神妙な面持ちで彼女の左手を両手で握り締め重く低い静寂のようなモニの声音が鼓膜を通り抜け頭蓋奥に響いた。
 「必ず語り継ぐよ」
 何処か合点がいったような覚悟を決めた真剣なモニの目がモアナと目が合うなりふにゃりと解れ優しいあたたかさを纏い見つめ頷いた。
 その見覚えのある瞳の移ろいに今此処に居ない風と海を司る半神半人の英雄の影が過っていき、往々にして問い詰めた所で変にはぐらかされるのもついでに思い出した。
 「(私だってシメアにする時があるし人の事とやかく言えないわね)」
 伝えるにしても時と場所が大事な場面だってある。そんな相手を慮る優しいが故の大人たちの行いを成長したモアナも身をもって味わい学んできた。
 先程より想いと精緻を極め一筆一筆描くモニにモアナは口許に弧を描き、雲の切れ目から顔を覗かせる太陽の柱を疎らになり始めた煌めく雨滴越しに深く見つめ──。

 「こっちで雨宿りしない?」

 椰子の木の影で佇んでいるマウイに声を掛け空いている右手でちょいちょいと手招いた。



 手入れを欠かさずしているふわふわの髪を掻き上げ屈強な体に付着した水滴を払うマウイにモニが首を捻り人当たりの良い笑顔で「水も滴るイケメンだね」と放った後、早々に意識と顔をモアナに戻すや否や穴が開くんじゃなかろうか、と思う程彼女の左腕を食い入るように観察する光景にマウイの額に浅い谷が刻まれた。
 左胸にいるミニ・マウイが頻りに自身の左腕を指差す仕草を伏せた目で見下ろし、落ち着けと云わんばかりに逞しい胸板を動かしてミニ・マウイに尻餅をつかせた。
 「熱愛発覚か」
 「まさか。モニは私の左腕のタトゥーを描いているだけよ」
 軽妙な口調でからかうマウイにモアナが笑って返すものの、彼女の隣にどっかり腰を下ろしたマウイの鷹の目は彼女の細い腕を包みタトゥーをなぞるモニの手を凝視していた。
 骨ばってて固い男の手が触れていい許可が下りているとしても、ひとつひとつ人間の手で彫られるものとは訳が違うなめらかな大地色の柔肌に刻まれたタトゥーを指の腹で確かめる度にマウイの心がざわつく。
 「そこまでじっくり眺め触る必要性が俺には全く分からないな」
 「あるよ」
 小馬鹿にする程じゃない物言いをするマウイにモニはやや抑えたトーンで応え。

 「僕にはある」

 よもやモニが応えるとは思っておらず呆気に取られた表情を浮かべるマウイを強い意志が宿った眼差しで射抜いた。いくら憧れている相手とは云え決して譲れやしない、と如実にモニの目が物語る。
 俄かに張り詰めた空気を纏い始めるマウイに臆す事無くモニは話し続けた。
 「モアナは僕らモトゥヌイだけじゃない、全ての海の民を再び繋げた勇敢で尊く偉大なタウタイ・モアナ。その彼女の物語を後世に語り継ぐため正確且つ鮮明に残さないといけない。タトゥーの模様ひとつ間違っちゃいけないんだ」
 「責任重大ね」
 場を和らげるように苦笑するモアナの左手を握り締め、深く息を吐きモニがマウイを思い詰めた顔で見詰め口角を緩く上げた。
 「何ひとつ取りこぼすわけにはいかない。それは語り部として一番重要な事だから」
 「……お前の事見直したよ」
 ざわついていたマウイの心がモニの柔い目に含まれた意図を汲み取り緊張していた筋肉を緩めた。
 当人はおろか誰にも言っていない真実をモニは今までの歴史と伝承、物語りから得た知識で辿り着いたのをマウイは理解した。
 しかも、モアナに最大限配慮している姿勢に感嘆と感謝の溜息をマウイは小さく吐き、二人の間に敷かれたタパをまじまじと覗き込み存外真面目な仕事振りに二度目の感嘆の声を上げた。
 言葉にしなくても重々分かる随分伝統的で古風な絵柄を描いた本人と二度見するマウイに肩を竦め、置いていた木炭に手を伸ばしつつ真剣な顔でモニは呟いた。
 「安心して。僕は、あなたが警戒しているような感情を抱いていないよ。それにモアナに相応しい人はマウイ以外にいないって僕が一番分かっている。あ、僕だけじゃないか。ロトとケレ、モトゥヌイのみ~んなそう」
 いつもの調子と違うモニの落ち着いた声音にマウイは盛大に咳込み、何故咳込んだのか分からないもののとかくモニとマウイが楽しそうで良かったとモアナは柔和に笑みを浮かべていたのだった。