麻さばカン
2025-01-28 23:41:06
3701文字
Public AC6/二次創作
 

ひとつかみの束の間に

V.Ⅱ とV.Ⅴが寒い中おしゃべりするお話。
宇宙進出後にもカイロは存在していてほしい。駄犬は、そう考える。
関連する妄想についてはこちら→中央氷原における防寒着の妄想

※以下の要素を含みます。予めご容赦ください。
・チャプター2最終ミッション以降の内容
・捏造設定や妄想、幻覚
・『関東の乾いた寒さ』しか経験したことがない人間による寒さの描写

 灰の厚い雲に覆われた凍れる景色に、時折吹く風は鋭い冷気を纏い飛び交う。日はまだ明るいはずだが陰鬱とした厳しい寒さの中、惑星ルビコンは中央氷原にて、アーキバス・コーポレーションによる集積コーラルのための調査キャンプが設営されていた。
 ひと通り完成となり次なる行動へ移る束の間、司令室として宛てがわれた仮設コンテナから人影がひとつ姿を現す。ヴェスパー部隊のため支給されたグレーの耳当て帽子に深いネイビーのロングコート、防風加工が施された黒い手袋を身につけ、スネイルは眉間に皺を寄せていた。

……はぁ、忌々しい」

 コートの防寒性については申し分なく機能しているが、いかんせん手足の末端となるとそう上手くはいかない。両手をさすれど暖を得られることなく、元より内側から冷たいままで気休めにもならない。結果は目に見えているというのに我ながら馬鹿げた行動だと自嘲しながら、スネイルはコートのポケットへ両手を深々と突っ込む。吐く息は白く、やがて景色へ溶けていく中、ただ身体を震わせる。
 強化手術の影響か、寒さが身に染みて何処か軋むような感覚が煩わしい。このデメリットは、次の手術で解消できるよう“検証”が必要だろう……上申しておくべきか。
 そう逡巡していると、コンテナの陰、スネイルの後方から雪を踏みしめる足音が近づいてくる。しかしスネイルは気づいていながら見向きもせず、次の予定について思考する。
 「おーい」と呼んだところで応じぬ彼の態度にも構わず、スネイルと揃いの帽子とコートを身に着けた足音の主――ホーキンスは、彼の左横へ並ぶと声を掛けた。

「やあ、スネイル。堪えるねぇ、これは」

 大きく身震いして手をさすり、ホーキンスは自身のマフラーを口元まで寄せる。視線を前へ向けたままのスネイルは、溜め息と共に応えた。

「用件は?」
「散歩をしていたら、感傷にふける君がいたものだから、ついね」
……用件は無いと?」
「少し、おしゃべりに付き合ってくれると嬉しいかな」

 ホーキンスは朗らかに微笑み「ああ、そうだ」とひとり呟いて、膨らんだポケットから未開封の使い捨てカイロを一つ取り出して差し出す。

「ほらこれ。さっきスウィンバーンから、いくつか貰ったんだ」

 依然として反応は乏しく、今度は視線を送るだけに留まるつれない彼に対し、ホーキンスはカイロの外袋を開封するとそのままスネイルの左ポケットへ押し込んだ。
 意表を突かれ思わず手を外に出してしまい怯むスネイルだったが、流石の彼も外気はやはり耐え難い。にこやかな表情のホーキンスを睨みつけ、スネイルは癪に思いながらも再びポケットへ手をしまう。じんわりと熱を発するカイロへ指を当てると、その温かさは手袋越しに冷えた手を労り、最早手放し難いものであった。

「貴方という人は全く……
「スウィンバーンはよく気が利くよねぇ、いつも助かってるんだ。スネイルも、後でお礼を言っておくんだよ」
……はぁ、何故この私が。安易なごますりに、大した買い被りをしたものだ」

 そう呆れつつも、カイロを握り締め暖を取るスネイルの様子が見て取れ、ホーキンスは小さく頷くと言葉を続けた。

「そうそう、そういえば……今回やっと申請が通ってね。持ってきたんだ、『こたつ』を」
「は?」
「知らないかい? 暖房器具なんだ。これが暖かくてねぇ」
「わざわざ余計な荷物を……暖房は完備されているはずですが」
「中々どうして侮れないよ、独り占めするには勿体ないんだ。是非とも体験してもらいたくてスウィンバーンと、それからペイター君にも声を掛けたんだけど、君もどうだい?」
「貴方、旅行にでも来たつもりですか?」
「束の間くらい休んでおくのも仕事の内というものだよ、スネイル」

 更に「美味しい茶菓子も用意しておくからさ」とホーキンスが付け加えたところで、やれやれと首を振りスネイルが何度目かの溜め息をつく。なんだかんだと会話に乗せられている事が気に食わず、スネイルは口を固く結び眼鏡を押し上げると空へ視線を移した。
 上空ではちょうど、いくつかの調査ドローンが飛行し通過していくところであった。向かう先は白く霞み、集積コーラルへの道のりも今はまだ氷原に秘されている。
 スネイルはその方角を、ただ沈黙し、真っ直ぐに見つめていた。ホーキンスもまた霞む空を見上げ、言葉を発することなく静かに佇む。調査ドローンの姿が見えなくなり風が止んだ一瞬の隙間、ホーキンスは大きく息を吐いてから口を開いた。

「独立傭兵レイヴン……先を、越されてしまったね」

 ホーキンスも報告書へ目を通しており、その目覚しい活躍に驚嘆せざるを得なかった。『壁越え』を成し遂げる実力はもちろん、中央氷原へひとり先行したというその方法がおよそ尋常ではない。惑星封鎖機構の衛星レーザーを潜り抜けただけでなく、まさか物資輸送用カーゴランチャーで海を渡るとは、企業ではまるで追いつかない発想である。
 『壁越え』以前にも、解放戦線のストライダーを単機で撃破した事をペイターより聞いていたものだが、これほどとは想像もつかなかった。あの時、目を輝かせて語っていたペイターの気持ちも今ならわかるかもしれないと、ホーキンスもまた独立傭兵レイヴンとその動向へ興味が尽きない。

「彼、面白いよね。うちに来てもらうのもいいんじゃ」
「お断りです」
「あっはっは!  即答かあ。……まあ、そうだよねぇ」
「牙を剥く相手など見境もつかない、たかが独立傭兵。躾もなっていない駄犬に過ぎませんよ」

 スネイルは警戒心と嫌悪を露わに、双眸を細め眉間の皺を深める。彼の言葉選びは辛辣に過ぎるきらいがあるが、言わんとするところはホーキンスも理解しているつもりだ。
 実力と行動力は人材として申し分なく魅力的ではある。早々に抱き込めたならば、競合勢力への牽制にもなるだろう。しかしそれには『制御が効く』という前提が必須であり、まるで取り扱いに困る“起爆剤”のような存在でもあるのだ。
 あの強みは彼の独立傭兵、あるいはその“飼い主”の根源に明確な目的――思惑あってのもの。目指すものは我々と同じ、集積コーラルである事は間違いない。たとえ利害が一致し協働したとて、予め排除を念頭に置いた上で動かなければ最終的にこちらを蝕む脅威となる。

「しかし、あれはあれで使いようはある」
「へぇ、随分高く買っているんだね」

 遥か先を見据え、幾重にも策を張り巡らせる――スネイルの戦略眼は、これまでヴェスパー部隊及びアーキバスへ類稀な戦果をもたらしてきた。冷たい風に吹かれてもなお、その眼差しは曇りなき鋭さを宿し、野心が揺らぐことなく燃え盛っている。

……おしゃべりはこれくらいで?」
「うん、ありがとう。寒い中、付き合ってくれて嬉しかったよ」

 返答を聞くや背中を向けて足早に立ち去るスネイルを、ホーキンスはにこやかに見送る。そして内心、胸を撫で下ろした。独立傭兵に出し抜かれた形となり、少しばかり気落ちしているのではないかと気がかりであったが、どうやら全く杞憂に過ぎなかったようだ。
 そんな思考を見透かしているかのように、スネイルはポケットから左手を抜くとそのまま軽く上げホーキンスへ向けて挨拶し、司令室へ戻っていった。それは言葉もなく短いものだったが、彼なりの“ありがとう”なのだろうとホーキンスは受け取る。改めて、ヴェスパー部隊の次席隊長は頼もしいものだと、認識を深めるほかないだろう。
 景色は徐々に白んできて、雪を巻き上げながら風が轟き始める。いよいよ寒さも一層に増してきたようだ。ホーキンスは帽子を目深に調整し、鼻が隠れるようマフラーを引き寄せる。
 『こたつ』への招待客をもてなすべく、茶菓子を用意しなければ――少し小走りにホーキンスは屋内へ向かい、団欒の時を待ち侘びて胸を躍らせる。スネイルの来訪も、もちろん心に留め置いて。

感想や誤字脱字のお知らせ、
匿名で伝えたい事はWaveboxへどうぞ