つまるところ血鬼術とは(6)

ちょうど呪術廻戦0が公開されるのが決まった頃でしたね~







 産屋敷邸から秘されたルートでようやく街に戻ってきた時には、既に夕刻に差し掛かろうとしていた。
 情報収集を終え、伏黒と合流し、経緯を話して件の山に入る頃になると、日は沈みかかろうとしていた。
 しかし、式神や、普段から夜に活動することが多い虎杖たち呪術師は、夜目に慣れている。それは鬼殺隊士も同様だった。
「ほぼほぼ確定ですね」
 わふ、と玉犬が応えるように吼えて尻尾を振った。そうですか、と伊地知が頷く。伏黒は玉犬を撫でてやりながら続けた。
「残穢は薄くなってますが、玉犬の負えない範囲じゃない。消えたということは呪霊の生得領域に入ったんでしょう」
「そうですね。帳は必要ありませんか」
「あとは領域内でこちらとの時空がずれている故に生存している可能性を願うしかありませんが……
「厳しいでしょうね。時間が経ちすぎている」
 煉獄から聞いた話では、おそらく一週間以上が経過していた。ただの遭難事故でも生存が絶望的とされる期間に突入してしばらく経ってしまっているのだ。
「生得領域を展開している呪霊となると、まず二級相当以上であることは間違いありませんね」
……この、集落というのは?」
「ここ最近、この辺りで出回っている怪談です。山に入り、その集落に迷い込むと、二度と出て来られないのだとか」
「捜索願は」
「鬼が関わっているかもしれないとなると下手に被害を広げるだけになりかねないとのことで、出されないのだそうです」
……
 伏黒は情報確認のために持っていたタブレットを伊地知に返した。ちょうど良く、がさがさと音を立てて虎杖が戻ってくる。
「伏黒ー、どうする? 俺らだけで行ってみるか?」
……事前調査だけのはずだろうが」
 伏黒の声に苛立ちの棘が生える。虎杖はでもさあ、と眉を寄せた。
「炭治郎さぁ、俺達が一緒に行かなくても、『夜の山は慣れてるから大丈夫だ。俺ももう一度伊之助を探してみる』って聞かないんだよ。途中で合流した水柱? のお兄さんも『無駄だ』つって止めねえしさあ、釘崎カンカンよ」
「俺が知るかよ……
「あのお兄さんも炭治郎も、ど素人ってわけじゃねえしさ。俺達三人とあの二人なら、伊之助見つけて、戦わずに逃げるって、できそうじゃね?」
………………
 伏黒は特大の溜息をついた。伊地知も嘆息する。
 このまま放っておいて行方不明者を三名に増やし事態を悪化させてから収拾に向かう可能性と、生得領域を展開できるタイプの等級が分からない呪霊に万全ではない事前準備で挑み行方不明者を捜索することが、伏黒の脳内で天秤にかけられる。面倒臭さの天秤は、呆気なく前者に傾いた。なんせ二度手間だ。
 加えて、炭治郎は良くも悪くも善人を絵に描いたような人物だった。そして頑固だ。呪霊による仕業だと判明して、術師たちが一度撤退しようとしても残ろうとしているらしい。あの虎杖でさえ辟易としているのだから相当だろう。伏黒は再び溜息をついた。
「分かったよ。行けばいいんだろ」
「サンキュー、伏黒。伊地知さんもごめんな」
「高専に連絡は入れておきます。何かあればすぐ救援を」
 幸い、この山では携帯の電波が通じることが判明した。伊地知の言葉に頷いて、伏黒と虎杖は炭治郎と水柱・冨岡義勇についている釘崎と合流することにした。
 冨岡はこの二週間、任務や仕事の隙間を縫って伊之助を単独で捜索している鬼殺隊士のひとりだ。炭治郎が入隊するきっかけになった人物でもあるらしいが、とにかく感情表現に乏しく、口数も少ない。先程も開口一番「こどもは帰れ」と言い放ってひと悶着の原因になった。釘崎がキレて、伏黒がじゃあ帰るかと踵を返す前に炭治郎が元気よく「帰りません!!」と言い返したので事なきを得たが。
「おっ、炭治郎、冨岡さんも。眼鏡したんだな」
 残穢が特に散見される場所で、釘崎たちは待機していた。虎杖たちが戻ってきたので捜索続行を悟ったのだろう、冨岡は軽く体をほぐした。
「あぁ! なんか変な感じだけど、これで呪霊が見えるようになるんだろう? 宇髄さんがそう言ってたんだ」
「そうそう。こいつ見える?」
「見える! 捜索犬かな?」
 虎杖が抱え上げた玉犬を、炭治郎は「可愛いなあ」と目を細めて見遣った。
「こいつ、伏黒の式神でさあ。玉犬って言うんだ。呪霊のこと探してくれるし、食ってくれる」
「呪霊って食べれるのか!?」
「玉犬はな」
「ジャーキーとかのがいいんじゃないか……? 美味しくないだろう……
 炭治郎の言葉に、伏黒は嫌そうな顔をしたが、何も言わなかった。虎杖は全力で炭治郎に同意している。
「俺もそう思うんだけどさー、伏黒に止められてんだよなー。まあ俺が初めて玉犬に会った時もバクバク食ってたし、いけるんだろ」
「へ、へえ……
 弱冠身を引く炭治郎を他所に、玉犬は残穢を追って進みだした。行くぞ、と伏黒が全員に号令をかける。
「固まって、できるだけ離れるな。暗くなっても、灯りはつけないでくれ」
「分かった」
「了解した」
 伏黒を先頭に、玉犬を追いかける。しんがりは虎杖が務めた。釘崎が中央に位置取り、万が一の場合、冨岡と炭治郎をフォローすることになっている。
 玉犬を追いながら、伏黒はちらりと後方の気配を顧みた。虎杖が余裕そうなのは勿論だが、炭治郎と冨岡が息ひとつ、表情ひとつ乱していないことに、素直に驚く。
 緩やかな傾斜が続くわけでもない山中を、マラソン選手並みのスピードで走っているのだ。もしかしたら一番最初にばてるのは釘崎かもしれないなと伏黒は冷静に分析した。
「この辺りだ」
「鬼ですか?」
「あぁ」
 炭治郎の問いかけに、冨岡が言葉少なに返す。
「ということは、伊之助が消えた辺りまでもうすぐってことですね」
 それはつまり、呪霊の生得領域がすぐそこまで迫っているということだった。呪術師たちは気を引き締めるだけにとどまったが、鬼殺隊士たちは俄かに緊張を走らせた。鬼という異形と戦ったことはあっても、呪霊という超常の存在と戦うことは初めてだからだ。
「絶対、何があっても俺達のうちの誰かから離れるなよ!」
「分かった! 足手まといにはならない!」
「いーい心がけよ、素人!!」
 斜面が途切れる。瞬間現れたのは、左右に伸びる平坦な獣道だった。玉犬が一度ぐるりと立ち止まって何度か吼えた。どうやらその道が境界のようだった。古くは山城の土塁か何かだったのかもしれない。道の向こうは、短くはない高低差の地面と、坂が広がっていた。
「そのまま進め!」
 応えるように、玉犬が吠えて弾かれるように走り出す。五人は次々と、山の境界を踏み越えた。
「っう゛!!」
 直後、炭治郎がえずいた。思わずたたらを踏んだ彼の背に、追いついた虎杖が「大丈夫か」そっと手を添える。
「だい……じょぶ、だ……!」
「ほんとに!? めっちゃ顔色悪くなってっけど!?」
「おれは鼻がいいんだ。だから……すっごく、甘ったるい、嫌な臭いがする……気持ち悪い……!」
 でも、大丈夫、と険しい顔のまま、炭治郎は大きく呼吸した。少し先を行く義勇たちに、「すみません、」と声を張り上げる。
「行けるのか」
「はい! でも、俺の鼻は効きません!」
「そうか。分かった」
 思わず野薔薇が「犬かよ」と独り言ちる。こら、と虎杖が窘めた。
 一同が再び走り出す。虎杖は何度か鼻をくゆらせた。確かに、異臭がしないでもない、ような気がする。

 ───それにしても、生得領域の主はいつになったら現れるんだ

 大抵、侵入者を感知したらすぐさま現れて攻撃してくるものだが。伏黒はいつでも式神を呼び出せるように呪力の巡りを整えた。
 この間、真希から聞いた、結界内に侵入したにも関わらずしばらく攻撃がなかった任務のときと状況が似ているような気がする。伏黒はまだ遭遇したことはないが、この先に待ち受けているものが真希と悠仁が遭遇した鬼と呪霊が混じったようなバケモノだったら、手に負えるかどうかもわからない。

 ───攻撃がないうちに捜索を集中的にするのが先か、それとも……

 いや、生得領域は内側から破壊しなければ始まらない。そのためには展開している主である呪霊を祓わなければ。最悪、倒せなくても三人でかわるがわるしんがりを務めながら撤退することは可能だが───
「クッソ広いわね、この領域」
「手分けして……はナシか」
「ナシだ」
 伏黒は悠仁をばっさり切り捨てた。これだけ広域な領域を展開できているとなると、そのための呪力消費が激しいはずだ。いざ本体が襲ってきても大した攻撃はできないかもしれないが、この状況こそを縛りにしているのなら、どんなカウンターが来るのかもわからない。加えて、素人が二人いる。
……なあ、悠仁。俺には、さっきの森が続いているように見えるんだが……いや、匂いで全然さっきとは違う場所にいるってことは分かるんだ」
「あぁ、うん。俺もそうだよ。大丈夫大丈夫、見た目まんまなのは、珍しいよな。大抵イカれた空間になってるからさ」
「そっか、眼鏡はちゃんと機能してるんだな」
「そうだよ。真希先輩御用達の店だし、そこらへんは大丈夫だって」
「ありがとう、悠仁」
「おう!」
 二人の会話を聞くともなしに聞いていた野薔薇は、冨岡がそっと肩の力を抜いたのを、目敏く見逃さなかった。
「そもそもの目的は捜索と救出なんだし、ラッキーなウチにそのイノシシ頭を探してさっさと帰りましょ。修祓は別の術師に任せてもいいでしょ」
「分かってる。そのイノシシ頭ってのはなんなんだ」
「伊之助は猪の被り物をしてるんです! 猪頭の人間を探してください!」
「なんだそれ、呪霊か?」
 伏黒は結構本気でそう呟いた。違います、伊之助は人間ですと炭治郎が声を張り上げる。
「生きた人間が猪の被り物なんかつけるわけねえだろ……
「あれの母親は猪だ」
「人間ですらねえ……
 冨岡の言葉に、伏黒はなんだかどっと疲労を感じたような気がした。
 猪頭の人間。そんな奴、そうそうお目にかかりたくはない。うっかり祓ってしまったらどうしよう。というかそいつ本当に人間なんだろうか。
 伏黒は邪念を振り払うようにして頭を振った。





 ◆





 五人もいる、と最初に呟いたのは誰だったか。
 その声音は、確かに喜色に滲んでいた。こんなに大人数の人間をまとめて迎えてもいいなどと言われたことは本当に久しぶりだ。
 以前これくらいの人数をまとめて何度か家族に迎え入れたら、その後がやたらと大変だったのだ。揃いの制服に身を包んだ人間が次から次へとやってきて、しばらくあちらこちらがざわざわとしていた。集落を広げるのも大変だし、一息に大多数の人間を受け入れるわけにもいかないし、泣いて暴れて狂うものだから、集落総出で宥めすかすのは本当に骨が折れた。
 以降、一度に迎え入れる人間は二人がせいぜいだった。大人数で来ても、何人かは返す。どれと家族になりたいか選ぶのは、特に子供たちにとっての楽しみになった。
 最近はそもそもこの集落を訪れる人間が減っていたし、そのおかげか集落も大分落ち着いた。だから五人も迎えていいよと言われたのだろう。
「この間のと合わせると六人だねえ」
 とびきり小さい少女が着物の袖をゆらゆらさせながら言った。
「そう言えば、追っかけたあいつ、まだ帰ってこないな」
「こっちに招くのも大変だったみたいよ? 随分時間がかかって……上手く行ったと思ったらぎりぎりで入り口を避けるんですって」
「ナニソレ、超イラつくじゃん」
「ねえねえ、わたし、あのお犬さんと遊びたい! 兄さんは蜘蛛ばっかり、もう飽きちゃった」
「それ、絶対に兄さんに言っちゃだめよ」
 こどもが無邪気にぶうたれる。その小さな頭を撫でてやって、「そろそろ行こう」仕切り役の青年が立ち上がった。
「もっと近づくの……? 大丈夫かしら……なんだか強そうよ」
「大丈夫だ。領域が俺達を守ってくれる。ぎりぎりまで気付かれないさ」
 そうして、不意打ちを食らわせて、混乱に陥ったところを捕縛する。青年は両手の十指の間に白く細い鋼の糸を引いた。
「いつも通りだ。量は多いが、大丈夫。俺の糸は、鋼より硬い。知ってるだろ」
……うん!」
「よし、やるぞ」
 青年たちは、一斉に動き出した。
 音も無く、気配もなく。生得領域という特殊環境が、青年たちに味方する。
 一定のペースを保って走り続ける伏黒たちにぴたりと張り付いて並走し、青年たちはやがて伏黒たちを完全に取り囲む形を取った。伏黒たちが気付く様子はない。
 もうすぐ、もう一つの境界に辿り着く。そこまで来たら、もう逃げだすことは難しい。青年は特に自分たちと気配が似ている式神を注視した。おそらくあれの勘が一番鋭い。
 不意に。玉犬の視線が走った。瞬間、青年は合図のために片腕をふりあげて糸を伸ばし、樹木を斬り刻もうとした。

 瞬間。

「獣の呼吸!! 伍の牙ァ!!」

 息を呑んだ炭治郎がハッと顔を上げた。けたたましく玉犬が吼える。伏黒たちも完全に足を止めた。

「狂い裂きィ!!」

 細かなギザつきのある凄まじい斬撃が、伏黒たちを囲うようにして四方八方、でたらめに叩きつけられる。凄まじい突風が伏黒たちを襲い、彼らを取り囲んでいた青年たちを容赦無く斬り刻んだ。ぎゃあとそこかしこで絶叫が木霊する。
「ハッハー!! 見つけたぜ、とうとう見つけたぜ、全力の漆の型でな!!」
 思わず顔を腕で覆って庇っていた伏黒たちは、揃って目を剥いた。炭治郎はみるみるうちに顔を明るくさせる。冨岡は動かない。
「この伊之助さまを誤魔化せると思うなよ!! ちょっと前から俺さまの周りをうろちょろしやがって、こんなやべえところに連れてきやがった!!」
 それは確かに、猪の被り物だった。そしてその被り物の下には、鍛えられた肉体を見慣れている虎杖たちでさえ感心するようなしっかりとした男の体がある。何故か上裸だったし、裸足だったし、武器だろう二刀は刃毀れどころの話ではなくボロボロだった。

「ブッ殺してやる、塵が!!」

 猪が、猛る。


 ★伊之助、発見、合流───!!