つまるところ血鬼術とは(4)

今回ほんとに戦闘描写が難産で……全然書けませんでした……







 東京とは言え、北西方向に向かえば山村が広がる。
 駅は小さなプレハブのようになるし、バスも三十分に一本あるかないかというところまで減る。
……
……へへ」
……なんだよ」
 突然くしゃりと顔を歪めた虎杖に、善逸は少しだけ身を引いた。
 人の顔を見て急に笑いだすとか、正気の沙汰ではない。やはりおかしくなったのだろうか。
「いや、善逸、俺の事心配してくれたんだろ」
……うん。……まあ、……そうだけど」
 ぼんやりと、潜水艦の底から響くエンジン音のように、おそろしい音は一定の間隔で聞こえてくる。まるで虎杖の体に心臓が二つあるようだった。
「ありがとな。でも、俺は大丈夫。自棄になったわけじゃねえんだ。俺は生き様で後悔したくねえから、俺にしかできないことをやってる」
……ばけものを抱える事?」
「うん」
 虎杖は微笑んでいた。
 それでもその双眸に宿っているのは確かで静かな決意の感情だった。
 この目を、善逸は何度も見た事がある。鬼殺隊士が鬼と対峙する時に、あるいは「鬼を倒す」と肚に決意を据えた時にする目だ。
 戦場での苦痛と、死と、その先にある生への覚悟を示す光だ。
「ありがとな」
 虎杖は繰り返した。善逸は泣きそうに顔を歪めたが、それでも涙を零すことはしなかった。
 後悔しない生き様のため、なんてそんなことを言われてしまえば、もう何も言えなかった。
……やっぱ怖い?」
「悠仁は怖くない」
 善逸は即答した。虎杖は「そっか」と心底嬉しそうに笑う。
「でも、お前が怪我しそうになったり危ないことしようとしたりしたら、泣き喚いて縋りついてでも止めるからな」
「えぇ……
 なにやってんだ、さっさと来い、と真希の声が遠くから響く。彼女は背にライフルケースのようなものを背負っていた。
「サーせん!!」
 真希の向こうには、己の得物を背負った宇髄もいる。腰の刀を確認し、善逸も駆け出した虎杖の後を追った。
 畑や田んぼが広がるばかりで人の姿がまばらになったその村は山に囲まれ、夕焼け色に染まっていた。もうすぐ陽が沈む時間帯なのだ。そうでなくても田舎の夜は足が速い。
 二人は大分先に進んでいた。
「あれ、なんで眼鏡なんかしてるんですか」
「ん? 気分だ、気分」
「へえ。さっきの店が眼鏡置いてたから?」
「まあな、それもある」
「宇髄の兄ちゃんは顔がいいからなんでも似合うな!」
「フッ、まあな」
 謙遜などしない、それがこの宇髄天元という男である。善逸は顔を歪めて「ケッ」と宇髄の顔の良さを呪った。
「さて、今回の任務ですが」
 伊地知がタブレットを開き、真希がスマホを操作した。おしゃれな明るい雰囲気のブログでも開いているのかと思いきや、ゴシック調で「東京の心霊スポット百選」と書かれている。画面を覗き込んだ善逸はどういう反応をすればいいのかよく分からなくなってしまった。
「こういう心霊スポットには、人間の負の感情……恐怖や怨念が溜まりやすいので、呪霊が発生しやすいんです。だから呪術師が定期的に巡回して、何か発生してないかを確認します」
「じゃあ、いないかもしれないんだ!」
 善逸は素直に安堵した。取り越し苦労で終わるならばそれに越したことはない。
 だが、真希はあっさりとそれを斬って捨てた。
「いや、三級呪霊はいる」
「いるんじゃん!!!!」
 絶叫が響く。宇髄は思わず周囲にひとがいないかどうかを確認した。民家はまばらだが、善逸の声ならば騒音迷惑になりかねない。
「大丈夫だよ、この間の壺の奴の方がよっぽどやべーから」
「それなんのフォローにもなってねえからな!!! 上弦の鬼だろうがそうじゃなかろうが油断すると命とりなのは変わんねえだろうがよ!!!!」
「お、おぉ、確かに」
 怖いよぉ、と震える善逸とどうにか元気づけようとしている虎杖を他所に、宇髄は話を進めた。
「確定ってことは、人的被害か何か出てんのか」
「はい。失踪者として届けられているものが四つあります。騒ぎになってないのは、この辺の住民にとっては週末だけにしか姿を見せない所謂余所者だからでしょう」
「なるほどね。それ、こいつらか?」
 宇髄が自分のスマホを取り出した。その画面には顔写真と簡易にまとめられたプロフィールが表示されている。
「この二人はこっちにも情報が来てますね」
「うぉおい二人だけで話を進めるんじゃないよ!!!!」
 伊地知と宇髄が着々と情報共有を進めている背後でずっとぎゃーすか騒いでいた二人が慌てて合間に割って入る。真希は半ば呆れてスマホを片手にさっさと先を進んだ。
「それで、最終目的地はその神社?」
「はい。あれです」
 一行の進行方向からさらに先に行った場所に、山の斜面が平地に変わる境界がある。そこにその鳥居は建っていた。石造りのものが多い中で、この鳥居は木造である。細い注連縄が巡らされているが、ところどころ腐食が進んでいた。
 鳥居から続く参道はほぼ獣道と言っても過言ではない。
「え、ほんとにここ入るの……?」
「入んなきゃ始まらねえだろ。それとも置いてかれてえのか」
「い゛やです」
 善逸は咄嗟に宇髄のパーカーをこれでもかと握り締めた。真希と虎杖は流石と言うべきか、既に鳥居を潜っている。伊地知は立ち止まった。
「それでは、また一時間後に、ここで」
「おら、行くぞ」
「ギャアアァ待って待ってまだ心の準備ができてないですマジでやだ待って待って待っ」
「待たねえ」
「──────ッ!!!」
 声なき悲鳴がか細く響く。先を行く虎杖は苦笑していた。真希はライフルケースのようなものから大刀と日本刀を取り出した。ケースは伊地知に投げて寄越す。
「闇より出でて、闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
 とぷりと音がした。上からだ。天を仰いだ善逸は、空中から絞り出されるようにしてあふれ出た黒い液体が柔らかく無情に広がっていく様を見た。
「ヒッ!? なにあれなにあれ!!!」
「帳だよ」
 パニックに陥る善逸に、虎杖がのんびりと答えた。
「とばり!? なにそれ」
「えーと、人払いの結界的な感じ」
「エッ待って伊地知さんは!? 伊地知さん置いてっちゃうの!? 鬼出るんでしょ!? 危ないよ!?」
「大丈夫だ、隠の連中と隊士を送ってもらってる。ちと遅れてるみてえだが陽が沈み切る前には合流できる。アンタ、車に戻ってな!」
「ありがとうございます」伊地知はぺこりと頭を下げた。
「皆さんも、お気をつけて」
 伊地知のその言葉を最後に、敷地一帯は闇に閉ざされた。
…………
 いよいよ善逸の膝に恐怖が来始めた。普段を鑑みるとここまで持ったのが奇跡なくらいだ。
 呼吸がしにくい。意識して肺を動かさなければすぐにでも息を止めてしまいそうだ。
「というか、こういう神社みたいなところって、お化けは来れないんじゃないの……?」
「参る人間もいねえのにか?」
 真希は大刀の覆いを取り外した。刀身が剥き出しになる。
「正しい祀られ方されてねえ神さんもいるからな。ここがどういう所かは知らねえけど」
 真希は周囲を見回しながら先へ進んだ。そろそろ陽が沈みそうだったが、明かりを点けようとは善逸でさえも言い出さなかった。
 光があれば、影が生まれる。確かに視界は明瞭になるが、その分そう遠くない場所に夜闇よりも暗い闇を生じさせる。
 つまりは視界に死角が生まれるのだ。
 それがどれだけ危険なのか、この場にいる全員が把握していた。
「でも、三級なら大丈夫だよ。俺のワンパンでぶっ飛ばせる」
 暗がりを進む中で、虎杖の声は場違いなほど明るかった。
「ほんと? それほんと? いや悠仁がめっちゃくちゃ強いのは分かってるけど鬼みたいに頸を斬らなきゃいけないとか無い?」
「俺には呪力があるから大丈夫だぜ」
 任せろ、と虎杖がにこやかに笑う。善逸は「ゆうじぃ~」と情けなく顔を歪めながら虎杖に手を伸ばした。
 直後、目を見開いた虎杖は善逸の腕を掴むと思い切り自分の方へと引っ張った。
「うわ!?」
 突然の事にバランスを崩した善逸がたたらを踏む。そのまま自分の背後に押しやっている間に、真希の大刀が鈍く光を反射した。
 ざふ、と砂を詰めた袋が叩き斬られる音と共に呪霊が霧散する。跡には真希の大刀に真っ二つにされた一枚の白い紙が残った。掌におさまるくらいのそれには一目では読み取れない字が書き連ねられている。
「え、なに、なんなの」
「なんだこれ」
 宇髄がしゃがみこんでまじまじとそれを見やった。真希が紙を拾い上げる。
「式紙だ。大雑把に言えば、呪霊を操る類の呪術だ」
 確実に存在する三級程度の呪霊という情報はもしかすると式紙の事だったのかもしれない。真希は舌を打った。
「式紙を扱うって事は、相手は呪霊じゃねえ、術師だ」
 加えて、高専が呪霊の被害として判断したという事は、高専のデータベースに術師として登録されてはいない存在だ。
「呪詛師か」
 虎杖は表情を険しくさせた。
 もしかすると、虎杖達を守っている五条が居ない隙に仕組まれた嫌がらせかもしれない。真希はちらりと虎杖を見て、彼を厭う呪術界の上層部を思った。
 何にせよ、自分達の実力以上の敵がいる可能性が高くなった。
「三級を式紙にできるってことは二級相応の実力はある。相手がそれ以上だった場合、できれば一旦撤退する」
「分かった」
「うっかり祓っちまったせいで私達の存在はばれてるはずだ、気を抜くなよ」
 応、と虎杖が頷く。真希は宇髄に向き直った。
「あんた達は戻れ。今回はウチの案件だ」
「いいや、戻らねえ」
 宇髄は即答した。
「鬼殺の仕事じゃねえってんでハイ帰りますなんざ地味な真似、この俺がするわけねえだろうが」
「相手は生きている人間だぞ!!」
「だったら猶更だろうが」
 宇髄の声は静かに叱りつけるようだった。真希は思わず言葉を呑み込んでしまった。
「ひとを呪うような外道相手にお前ら残して帰るだと? それこそ鬼殺隊士の風上にも置けねえよ。鬼を殺すのが俺達の使命だがな、ひとを守るのも、俺達の役目だ」
「っ…………勝手にしろ」
 真希は宇髄から顔ごと視線をそらし、大刀を握る手に力を込めた。宇髄の、おう、ありがとな、という声には答えない。
 宇髄の言葉のせいで引っ込みがつかなくなった善逸は、喉の奥から飛び出しそうな百万語をどうにかこうにか押し留めて、代わりと言わんばかりに、虎杖の制服に力いっぱい皺を作った。
 真希が戻れと言った瞬間、善逸は確かに安堵したのだ。結局虎杖達が向かうなら自分もついて行っただろうが、それはそれ、これはこれ。怖いものは怖いのである。せめて時間が欲しかった。善逸には宇髄のような胆力はまだ備わっていないのだ。せめて心の準備をする時間がほしかった。(二回目)
「うぅ……
「大丈夫か、善逸」
 一行は再び歩き出していた。
 虎杖の気遣いに、善逸はどうにか首肯して返す。そのまましっかり離すなよ、と虎杖は優しく言ってくれた。有難い。善逸はますます虎杖の制服を握る手に力をこめた。後できちんとアイロンを当てて返そうと決める。
 やがて、真希が立ち止まった。虎杖の周囲を警戒する音も静かに大きくなっていく。
「ここだな」
「何かあるのか?」
「境界を跨ぐっつー行為は呪術的に意味がある」
 真希は大刀で自分達の両脇に広がる森林を差した。
「こっから向こうが竹林だ。境界を引くことによって結界の代わりにしているんだろうな。簡易領域ってやつだ」
 言いながら、真希は躊躇わずにその境界線を踏み越えた。虎杖もそれに続くので、自分が意識している以上に虎杖の制服を掴んでいた善逸もまろびながら後に続く。その顔色は蒼白だった。今にも叫びだしそうである。宇髄は耳栓を忘れた事を、境界を跨いだ瞬間に思い出した。
……
……
……おかしいな」
 数拍の沈黙の後、真希が独り言ちる。虎杖も周囲にじっと視線を凝らしながら、そっすね、と小さく返した。
……確かに、侵入者に対してさっきの雑魚一匹、っつーのは……
 宇髄の言葉に、言われてみれば、と善逸も息を呑んだ。同時に、今までの記憶が呼び起こされる。
 そういえば、いつもこういう、鬼を探して夜の山に分け入る時は、虫の鳴き声や動物の下草を鳴らす音にすわ襲撃かと一々驚いて飛び上がっていたような気がするのだが。

 そこまで考えて、善逸は、とあることに気が付いた。

……聞こえない」

 生き物の音が、何も聞こえない。
 虫も、動物も、辺りに気配すら感じられない。

 似ている。

 鬼が出る、夜の森に。とても、似ている。

「残穢はある」
 真希の声に、善逸は現実に引き戻された。
「なんの仕打ちも無いのが却って不気味だが、行くしかねえな」
 四人は慎重に竹林を進んだ。やがて一昔前に建てられたような木造の小屋が現れる。「待って」
 竹林を越える一歩手前で待ったをかけたのは善逸だった。四人が立ち止まり、足音が消える。
 余計な音が、消え去る。

───……

 静まり返っている空間だからこそ、その音は善逸の耳によく届いた。
 聞き慣れた音だった。聞き慣れていても、恐怖を感じずにはいられない音だ。
 ヒトからは、絶対にしない、それ特有の音。
「宇髄さん」
 宇髄は黙然と善逸を促した。善逸の口の中はからからに乾いていて、呑み込んだ筈の唾はきっとほとんど空気だった。
「鬼がいます」
 善逸の言葉を聞いて、真希は思わず虎杖と顔を見合わせた。「確かか」宇髄の確認に、善逸は顎を引いて頷いた。
「人の音はするか」
「しません」
「どうやらこっちの案件だったみてえだぜ」
 宇髄が不敵ににやりと笑う。善逸は刀の鯉口を切って、震える足を叱咤しながら虎杖の隣に立った。宇髄の呼吸音が大きくなる。直後、男は跳躍した。
「!」
「すっげ」
 大刀を二つ手に持ったまま、宇髄は小屋の屋根の高さを軽々と跳び越え、───容赦なく、爆薬を放った。
 花火かと思ってしまうほど派手な音が轟く。地面に叩きつけても地下深くまで亀裂を走らせるその斬撃は、木造の小屋をいともたやすく叩き潰した。

───■■■■■■■■!!!!

 一拍後、上空からの襲撃を跳ね返すかのように、衝撃が奔る。
「宇髄さん!!」
 善逸は色を失ったが、虎杖が咄嗟に出した腕によって前に出る事は阻まれた。
 潰れた小屋の跡から現れたのは、おそらくヒトであっただろう異形だった。
 目玉はこれでもかというほどに飛び出ているし、胴の側面から生えている腕は四方八方あらぬ方へと折れ曲がっていた。
 体には百足のような痣が走り、辛うじてひっかかっているのは薄汚れた袈裟だった。顔らしき場所はどす黒く、どろどろに溶けていて、後から後から渦を巻いて溢れ出てしまっている。
 先程の宇髄の攻撃が効いているのか、皮膚のところどころは焼けていた。しかし百足の痣が蠢くごとに再生されていく。
 バケモノ。そうとしか呼べない異形だった。
「善逸、アレ、鬼か? 俺には呪霊に見えるけど」
「え、だって、鬼の音だよ、これ」
「えっと。鬼の音以外は?」
「あ……
 善逸は改めて耳に神経を集中させた。しかし、鬼の、人間の血肉を求めている餓えた音以外に聞き取れるのは、輪郭がぼんやりとしていてはっきりと像を結ばない。
「宿儺みてえな音、する?」
……する、かも。はっきりしないけど……
「おっし、ありがとな」
「悠仁」
 真希が腰に帯びていた刀を悠仁に投げ渡した。彼女の視線は異形から外れない。
「それ……
「日輪刀、だっけ。この間もらったやつ」
 いいか、と真希が手早く状況を整理した。
「奴はおそらく元、呪詛師だ。何があったのかは知らねえが鬼化。呪詛師としての死により呪霊化が始まってる。日輪刀で頸を斬るだけじゃこっちとしては不安だから、悠仁。日輪刀に呪力を流して頸を斬れ。呪霊は呪力でしか祓えねえし、呪力でとどめを刺さなきゃどうなるか分からん」
「了解」
「お前はあのデカブツを探すか?」
「えっ、うん、いや、あれぐらいじゃ柱は死なないから、たぶん大丈夫」
 吹き飛ばされた直後、宇髄の体は五体満足だったように見えた。爆風などで表情は伺い知れなかったが、そのうち戻って来るだろう。
「それなら悠仁のサポートだ。来るぞ!」
 直後、ごぽりと不快な音を立てた黒い濁流が確実に硬質を持って鋭くしなり、鞭を打つようにして伸びてきた。
「避けろ!!」
「ヒィ!!」
 どぉん、と宇髄ほどではないにせよ、土煙が立つほどの威力で枝分かれした鞭が寸前までいた場所に突き刺さる。中々にぞっとしない。しかし真希と虎杖は止まらなかった。
 虎杖はさっさと鞘を取り払って放り捨てた。真希は大刀を意のままに操り、的確に心臓を狙う。
 二人の連携は見事だった。場数をそれなりに踏んでいる善逸でも、初見ではどう連携を取ったものか分からない。
 きゅる、と音がする。はっとそちらに視線を走らせると、いつの間にやら上空にしなった鞭が背後から虎杖達を狙いすましていた。
「!!」
 善逸は歯を食いしばって足を前後に踏ん張り、低く腰を落とした。
 蹴りだす足の、筋肉の繊維ひとつひとつに血を巡らせる、呼吸を強化する。
 ぱちり、ぱちりと電撃が爆ぜた。
 直後、真希は雷が落ちたのかと錯覚した。
 視界の端を、稲光が疾る。数瞬遅れてやってくる、大地を揺るがす轟音。
 そこに善逸はいなかった。あるのはひび割れた大地だけだ。
 雷撃が奔る。六連続で放たれたいかづちは、異形の鞭ことごとくを叩き落とした。
「ハッハーーーーー!!! よくもやってくれやがったなこのクソ雑魚野郎がよォ!!!」
 竹林を文字通り薙ぎ払って戻ってきた宇髄がそのままの流れで異形を斬り付けた。「オラァ!!!!」ばっくりと異形の胴が割れる。
 瞬間、噴き出たのは血の色をした百足だった。
「っ、」
 流石に目を見開いた宇髄より早く、真希の大刀が一閃する。
 きゅぱ、と小気味良く大刀を操った真希は、全ての百足を両断した。斬られた断面から百足が消失していく。異形の体が痙攣し、ごぽ、と不快な音を立てて頭部が歪む。
「悠仁!!」
 真希と宇髄が跳躍して異形から距離を取ったのを目視し、虎杖は日輪刀を真一文字に薙ぎ払った。
「ッらぁ!!!」
 呪力により強化された日輪刀が、勢いよく頸を跳ねる。
 宙を舞った頭部は、ぐちゃぐちゃと潰れながら転がって、すぐに崩壊した。胴体の方も、砂の城が風に吹かれて崩れるように消え去っていく。
 ふう、と誰からともなく安堵の息がこぼれ出た。











 任務終了後、宇髄は「少し待ってろ」と言い置いて、伊地知を通じて誰かと連絡を取っているようだった。真希と虎杖、そして善逸は少し手持ち無沙汰になってしまった。
 口火を切ったのは、意外にも真希だった。
「なぁ、鬼っていうのは、元は人間なのか」
 虎杖が瞠目する。善逸は戸惑いながらも頷いた。
「そうだよ。鬼舞辻無惨の血が、物理的にひとを鬼にする。鬼にならずに死んじゃうひともいるみたいだけど……
「なんだ、それ」
 今度は善逸が瞠目する番だった。虎杖の声音は分かりやすく怒気を孕んでいた。うっかり言葉を失った善逸に、真希は問いを重ねた。
「鬼舞辻無惨しか人間を鬼に変えられないんだな?」
 首肯した善逸を確認して、真希は思案する素振りを見せた。
「それなら、あの百足の術式を持ってた術師がいた場所に、鬼舞辻無惨が来た事になる」
「!」
「そんな、なんで……!?」
「知るかよ」
 真希は面倒そうに眉を寄せた。「大方、それを話し合ってんじゃねーの」真希が顎で示した先には、スマホを片手に何かを誰かと話している宇髄の背中がある。
……
 善逸は、小さく口をへの字に曲げた。
 継子にしてもらえた。稽古も見てもらっているし、こういう風に連れ出してくれる事も増えた。甘えているし、甘やかされているという自覚もあるし、しっかり厳しい時もある。寧ろ厳しい時の方が多い。
 それでも宇髄は、善逸の事を見放さないでいてくれている。
 けれど、こういう、些細だけれど確かな所で、柱である宇髄と己の違いを否応にも感じてしまう。いっそ叩きつけられているような気さえする。
 近くに見える背中はその実、とんでもなく遠いのだ。
……なぁ、善逸」
「、なに?」
「今日、助かった。ありがとな」
……
 一瞬、なんのことだろう、と善逸は本気で考えた。寧ろ善逸には道中虎杖にキレてしまったり制服を皺にしたりして迷惑しかかけていないような記憶しかない。申し訳なさに吐き気を催しそうである。
「いや……寧ろ俺の方が悠仁に迷惑かけてない……?」
「え? そうか?」
 真希はあぁ、と思い返すように目を細めたが、虎杖は笑って「そうだとしても」言葉を続けた。
「最後のめっちゃくちゃすげえ奴で全部チャラだろ! めっちゃかっくいーよな、善逸のアレ」
「やればできるのになんで普段はああなんだよ」
「エッめちゃくちゃ褒められたと思ったらディスられた? しょうがないでしょ、怖いもんは怖いんですよ」
 悠仁は優しいなぁ、と善逸はちょっとだけ泣いてしまった。
「そんなに自信がねえならしごいてやろうか?」
「無理無理死んじゃう。さては真希さん俺の事殺す気ですね?」
「大丈夫だ、ひとが死ぬ加減は弁えてっから」
「それ何にも大丈夫に聞こえないけど!?」
 善逸が絶叫する。大丈夫だって、俺も付き合うから、と虎杖が笑う。
「ま、しごくにしても腹ごしらえからだな」
「え、マジ? えっいやえっ、どういうこと?」
「俺ラーメン食いたい!」
 虎杖が元気よく挙手した。いいな、と真希が微笑む。
「伊地知サンに奢らせようぜ」
「笑顔があくどすぎない!?」
「呪術師だからな」
「いいの!? 真希さんほんとにそれでいいの!?」
「伊地知さーん!」
「ちょ待てやこの筋肉ゴリラ!! 遠慮ってもんを知らんのか己は!!」
 善逸の絶叫と、虎杖の元気なお願いとが合わさって、夜も更ける山村に溶けていく。その様子を見ていた宇髄は、仕方がねえなと笑って「派手に俺が奢ってやるよ」と生徒達の頭に腕を乗せた。



 その後、高専生が宇髄を見かける度に何かをたかるようになるのは、また、別の話。