つまるところ血鬼術とは(4)

今回ほんとに戦闘描写が難産で……全然書けませんでした……



 さんざん揉めた。

「やあだああああああ!!!!! 絶対やだああああああ!!!!!」
「あ゛あぁーッもうお前ってやつは本当にうるせえな!!!」
 いつもの豊かな語彙力や立て板に水を流すが如く回る口は、「やだ」「死ぬ」という言葉のみをまともに吐き出していた。
「死んじゃうよ!!! 死んじゃうよ俺呪われて死ぬ!!! やだやだそんな死に方したくないよ呪われちゃうよやだよおおおお!!!!」
「死なねーし呪われねーよ!!! 誰がてめーの事呪うんだよそれだけの事をやってきたのか!? エェ!?」
「ぎゃあ!!!! やだよこの輩やだもうほんとやだ!!! だって俺すべてのイケメン滅べばいいと思ってるもん!!!!! これって呪いじゃないの!? 俺めっちゃ宇髄さんの顔の事呪ってるよ!!!!!!」
「ハァ、そうかよ」
 そいつはどーも、と右から左に流した宇髄に、善逸はとうとうその場にしゃがみこんでうずくまった。すんすんと鼻を啜る音が聞こえるし、ぼそぼそ届く声は小さく震えている。泣いているのだ。
 だが、宇髄は特になんの反応も示さなかった。小さく一つ嘆息して、同じようにしゃがみ、できるだけ善逸に近づいてやる。
 善逸のこれは、もはや恒例行事のようなものだ。今回は特に派手に喚き散らしているが、善逸はこうでもしないと恐怖という感情を整理できないのである。本人としては改善の意志などもあるようだが、宇髄はこのことに関してはどうなろうが拘りはなかった。
「もうやだよォ……輩は怖いしこれから行くとこもやばいしほんとにもうやめようよ、宇髄さんも呪われちゃったらどうすんのさ!?」
「大丈夫だ、俺は祭りの神だから呪われねえ。派手に跳ね返してやる」
「何言ってんのこいつ、相変わらずやべえ奴だなアンタ」
「ア゛ン?」
「ギャーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
 善逸の顔面が宇髄の武骨な手にわし掴まれてみしりと不穏な音を立てた。
 片頬を引き攣らせて眉を跳ね挙げ、空恐ろしい顔でこめかみに青筋を浮きだたせていた宇髄は、それからあまり間を置かずにはたと我に返った。
「つーか、これから行くって、お前」
……あ」
 どうにか宇髄の腕を取り外させようと奮闘していた善逸がぴたりと動きを止める。なんだよ、と宇髄は嘆息した。
「やっぱ行く気あるんじゃねーか、乗れ」
「イ゛ヤーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!」
 汚い高音がこれでもかと轟いた。

 もみくちゃになって喉が枯れていっそむせるくらいまで言い合って、結局助手席に押し込まれて、気絶寸前にまで追い詰められた善逸が辿り着いたのは、昭和レトロな雰囲気を漂わせる眼鏡屋だった。
 少しだけ古びた看板は茶色味がかっていて、店内には様々な眼鏡が陳列されていた。ショーケースの向こう側には、眼鏡をかけた初老の男性が暇そうに新聞を眺めていた。
「なんだ、ぱっと見、ただの地味な眼鏡屋じゃねーか」
「見た目だけかもしれないじゃん……!! 中身やばかったらどうすんの!? つーかやばくないはずなくない!?」
「お前はちったあ落ち着け。つーかいい加減、肚括れ」
「うぐ、……
 専用駐車場はこちら、と赤錆が目立つ立て看板に従って、宇髄の車が狭い路地裏にゆっくりと入っていく。いっそ一思いに どこかにぶつかって事故ってくれねーかな、と善逸は埒も無い事を考えた。
 狭い路地に反して、建物の裏に設けられた駐車場はある程度の広さが確保されていた。シートベルトを外そうとして、善逸は己の手ががちがちに強張っている事に気付いた。お気に入りのスカジャンは、先程から強く握りしめているせいで胸元の部分が特にしわくちゃになっていた。
 二人が車から降りると、ちょうど新しい車が駐車場に入るところだった。脇をすり抜けようとすると、車は一度停車した。
 直後、車の扉が勢いよく開けられる。
「派手の兄ちゃん、なんでいんの!? めっちゃ偶然じゃん!!」
「お。確かお前、あの時の」
 車から飛び出て来たのは虎杖だった。彼は人好きのする笑顔で「こんちは!」と挨拶した。
 先日の夜、鬼に対してあれだけ血を流しても怯むことなく何度も立ち向かっていたひとだ、と善逸は瞠目した。とりあえずこんにちはと返しておく。
 成り行きとは言え共闘することになった後、善逸達は煉獄が運転する車ですぐに各家に帰された。時間的にも日付を跨いでいたし、得体の知れない組織と関わるには、継子とは言え未だ階級の低い自分達が居ては始まらないのだろうと善逸は推測していた。
 だからあの後怪我が大丈夫だったのか、名前は何なのか、善逸は何も知らなかった。
「悠仁、誰だそれ」
 ウワめっちゃ美人が車から出てきた。
 この瞬間、善逸の胸中からそれまでの恐怖が瞬き一つで爆発四散した。ついでに、ほぼ同時に車を降りていた伊地知の事は都合よく視界から消し去っていた。
「真希先輩。ほら、前に五条先生が言ってた……
 真希さんって言うの!? 喉から出そうになった大声を、善逸は口を手で塞ぐ事によってどうにか堪える事ができた。
 涼やかな目元は眼鏡によって見えにくくなっているが、それがいい。後頭部でひとつにまとめられている黒髪は一目でさらりとしていて、それでいて艶やかだった。すらりとした体躯は鍛え抜かれたものだろうというのが一目で分かる。重心の置き方、体幹のしたたかさ、足運び。どれをとっても鬼殺隊士に引けを取らない。寧ろそこら辺の鬼など簡単にいなしてしまいそうだ。
「ほう」
 宇髄が珍しいものを見たような風情で真希を見下ろす。直後。
「ッフン!!」
 善逸は宇髄の真下から勢いよく拳を突き上げた。
「!?」
 ばしん、とそれはもう派手な音を立てて、宇髄は善逸の拳を受け止めた。
「っぶねぇな、何しやがる!!」
「真希さんに色目使ってんじゃねええええ!!!!!! 謝れ!!!! 謝れよ!!!!! 嫁三人でも足らんのかおんどりゃああああアアアアア!!!!」
「うるせえ!!」
「ギャッ!!」
 がつん、とこれまたひどい音がして、善逸の脳天に宇髄の拳がめり込んだ。
 これはひどい音がした。真希は思わずぽかんと呆けて、虎杖は頭を抱えてうずくまった善逸に慌てて駆け寄った。
 宇髄は一つ嘆息すると、がしがしと頭をかいた。うっかり力加減を誤ってしまったので、これは後で腫れるかもしれない。
……悪いな、騒がしくてよ」
「いや…………アンタはともかく、……、もしかして。野薔薇の言ってた雷は、こいつか」
「そうだよ!」
 善逸の頭を診ていた虎杖が「あの時のお前すごかったよな!」と善逸の顔を覗き込む。
 へえ、と真希は若干訝し気に眉を寄せた。虎杖に褒められて「えへへ、それほどでもぉ」と分かりやすくデレデレしている男は、野薔薇が少しでも感嘆するほどとは思えない。
 ま、今は考えても仕方ないか、と真希は宇髄の方に向き直った。
「あんた達の話は馬鹿、……悟から聞いてる」
「さとる?」
「五条先生の事。ほら、兄ちゃんと同じくらいデカい目隠ししたひと」
「あぁ」
 あいつ、おそらく生徒だろう女子に馬鹿って呼ばれてんのか。宇髄は、言われてみれば確かに教師らしくない見た目と雰囲気を持っている男の事を思い返した。あれもあれでかなりの遣り手だろうと見受けられたが、一目見て分かる程の軽薄さは、会話を少し重ねてみると、限りなく男の本質に近いブラフのようにも思えた。
「鬼殺隊、だっけか。ここに来たってことは、呪具に用があるんだな」
「あぁ、まあな」
「一年が世話になったんだ。いろいろ教えてやるよ」
「いいのか?」
 宇髄が瞠目する。頷いて、真希は虎杖を見やった。彼は善逸を立たせていた。
「悠仁、一時間くらい、どっかで潰してこい」
「うっス」
「なんだ、込み入った話になるのか?」
「店が狭くなる。それに、この店に用があるのは私だけだ。そこのタンポポ頭は大丈夫か? 腫れてんじゃねーの」
 ひゅっ、と善逸の喉が鳴る。
 エッ、真希さん俺の事心配してくれてるの? その気持ちめちゃくちゃ嬉しい、きっと俺の事好きなんだな。
「でもごめんなさい、俺は禰豆子ちゃん一筋だから」
「何の話だ」
 やっぱり休まれた方がよろしいのでは、と伊地知に応急処置用に用意されていた氷袋を手渡され、善逸は虎杖と共に店の外で真希と宇髄が戻って来るまで暇を潰すことになった。











 互いに自己紹介を終えると、虎杖と善逸はすぐに打ち解けた。二人が名前で呼び合うようになるまでにそう時間はかからなかった。
「悠仁はさあ、おばけ、怖くないの? あんなに血とかだらだら流してたし穴とか開きまくってたじゃん。あっ、てかあの後大丈夫だった?」
「おう、平気。ありがとな」
 呪霊はなあ、と虎杖は思い返す様に視線を巡らせた。
「確かに、初めて見た時から……いや、ショックはショックだったけど、それよりも、襲われてるひととかを助けなきゃ、とか、助けたいとかの方が大きいかな」
「へえ……
 虎杖が初めて呪霊を視たのは高専に編入する前、まだ仙台に居た頃だ。祖父が死んですぐ、先輩達が、自分たちの好奇心が原因で呪霊に襲われてしまったのを伏黒と共に助け出したのが一番最初の呪霊退治である。
呪霊に対して何かを感じるより先に、呪霊に取り込まれそうになっていた先輩を助けなければと、体が勝手に動いていた。
「それに、もう慣れたしな。正直キメェのばっかだなとは思う」
……そっか……
……
 それきり俯いてしまった善逸に、虎杖はなんと言葉をかけるか迷って、「善逸は?」と遠慮がちに聞いてみる事にした。
「え?」
 善逸は丸い瞳をぱちくりとさせて、ぽかんと口を開けた。
「いや……鬼殺隊は、普段、鬼と戦ってるんだろ? 善逸こそ怖くねえの?」
「怖いよ」
「え」
「怖いよ……俺は悠仁みたいに強くないもん……
……えっ?」
 悠仁はまじまじと善逸を見やった。
 鍛えられた下半身は少しだぼつく服の上からでも分かるほど。スニーカーは使い古されているが、ただの普段使いではこうはならない。ちらりと見えた固そうな掌は、彼が想像以上に鍛錬を積んだ証だ。腕も、広背も、腰回りも、鍛えなければつかない筋肉がある。
 それに、あの雷。
 間近で見たわけではないけれど、虎杖は善逸の一閃を鮮明に覚えていた。
「あんなスゲーのに?」
「えっ……? 俺のどこを見てすごいと思ったの……? 悠仁、頭大丈夫?」
「いや、お前が大丈夫か?」
「ええ……名前知って数分の奴に心配されるって今日この後俺死ぬのかな……
「なんでだよ」
 そう口では言いつつも、虎杖は善逸の事を心配していた。
 善逸はきっと自信を持つことが苦手なんだろう。あの日、野薔薇の傍に立っていた時も腰が引けていた。今も何かに怯えているように、その瞳は揺れている。
 おそろしいのを押し殺して、強大な何かに立ち向かうには、どれほどの熱量と、勇気と、胆力が要るのだろう。
 虎杖は、少年院での任務を思い出した。

───死ぬんだ、俺。

 圧倒的力量差だった。気付いたら手首から先がなくなっていた。痛くて、熱くて、その割に体の芯は冷えるようで、ただ殴られるより苦しかった。

───おれは、こんなにも、弱かったのか

 あの時感じたことを、あの時おもったことを、すべて憶えている。
 虎杖は、俯いてしまった善逸の顔を覗き込んだ。

「俺も、死ぬのはこわいよ」

「、」
 善逸は、息を呑んだ。同時に、うそだ、と思う。
 あんなに怪我を負っていたのに。あんなに血を流していたのに。あんなに仲間に怒られるくらい、無理をしていたのに。
「でも、」
 善逸が何かを言うより先に、虎杖はしっかりとした声で言った。
「今は、死ぬよりも、負ける事の方が嫌だ」
 虎杖は、もう、笑っていなかった。
 丸く見開かれた目は、善逸を映しているようでどこか遠くを見ているようだった。











 真希は、店に入った時と同じように、手ぶらで帰ってきた。一方の宇随は、これでもかというくらいに様々な物を抱えている。
「善逸、手伝え」
「あ、はい」
 善逸は素直に腰を浮かして、宇髄から片手に収まる分の木箱を幾つかと、車の鍵を受け取った。
「手伝うよ、兄ちゃん」
 虎杖が宇髄の持っている袋を一つ手に取る。
「宇髄でいいぜ。天元様でもいい」
「てんげんさま?」
 頭上に疑問符を浮かべる虎杖を、宇髄は堂々と見下ろした。
「俺は祭りの神だからな」
「悠仁、そいつやべえ奴だから取り合わなくていいからね」
 すかさず善逸の声が飛んでくる。トランクに木箱をてきとうに置いた善逸は、虎杖から紙袋を受け取った。
「俺様の両手が塞がっている事に感謝するんだなァ……?」
 善逸はべえ、と舌を出した。
 こンのクソガキ、と宇髄が頬を引き攣らせる。
「お前が触ったソレ、呪具が入ってんだぞ」
「言うんじゃねーーーですよこのクソ輩はよォ!!!!」
 ぎゃおす、と善逸が喚く。虎杖は苦笑した。
「大丈夫だよ、呪具持ってるだけで呪われたりしねえから」
「えっ、そうなの?」
「そうじゃなかったら隠連中に持たせるなんざお館様が許すわけねえだろ」
 言いながら、宇髄は善逸に後部座席と助手席のドアを開けさせた。中々に物量が多い。木箱や紙袋の大きさが不揃いなせいで、嵩張るのもあるのだろう。あれ、これ、俺の座る場所は、と善逸が思った直後、「お前はあっちの車に乗せてもらえ」と宇髄が顎で伊地知と真希の居る方を示した。
……え、なんで?」
「これからあっちの仕事に同行する」
「なんで!?」
「呪具の性能を確かめるんだよ。情報が少しでもあった方が隠の連中も安心できるだろ」
 元々あいつらは非戦闘員だしよ、と宇髄がぼやく。
「それは……そうかも……しれないけどさぁ……
 俺が行く必要はありますかいやありませんよね、とその顔が雄弁に語っている。行きたくないというのが全力で訴えられている。それでも隠の隊員の事も心配なのだろう、善逸の顔はとてつもなく面白いことになっていた。
「それと、近くに鬼の痕跡も発見されてる。ついでに狩るか、藤襲用に生け捕る」
「何それ普通に任務じゃん!!!」
 それなら行くしかないじゃんかあ、と善逸は情けない声を出して頭を抱えた。しゃがみこみはしなかったが、すっかり背を丸めてしまったので、虎杖が大丈夫かと背中をさすってやった。その優しさが善逸の涙腺をさらに緩めた。
「ほら、ただでさえ待たせてんだから、これ以上迷惑かけんじゃねえ。さっさと挨拶して乗ってこい」
「はい……
「一緒に頑張ろうな」
 虎杖の笑顔が胸にしみる。宇髄に押し付けられるようにして受け取った自分の刀を腰に差し、善逸は虎杖に連れられて高専の車に乗り込んだ。
「このひと、伊地知さん。いろいろサポートしてくれるひと」
「どうも、その節はお世話になりました」
「あっ、いえ、こちらこそ……?」
 我妻善逸です、と名乗る。眼鏡の奥で優しく目を細めた伊地知は、すぐに出しますから、シートベルトしてくださいねと優しく言ってくれた。
「禅院真希だ。名字で呼ぶな。いいな」
「アッス」
 助手席に座った真希がバックミラー越しに鋭い眼力を以て善逸を圧倒する。善逸は無意識に姿勢を正した。美人の目力は一般的なそれよりも三倍重く感じる。
「あぁ、そうだ。高専としても、そのナントカ無惨って奴、捜す事になったから」
「えっ?」
 車が滑り出して加速し始めてからすぐ、真希がふと思い出したかのように言った。善逸は瞠目し、話を聞かされていなかったらしい虎杖も「そうなの?」と言いつつ首を傾げている。
「無惨って……鬼舞辻無惨……?」
「あぁ、それ」
「先程、五条さんから連絡が来まして。呪術界のトップが集まる臨時役員会議のようなものがあるんですが、そこで決定したみたいですね」
 真希の話を引き継いだのは伊地知だった。
「先程宇髄さんにはお話しさせていただいたんですが……鬼が扱うという血鬼術がどうも呪術と似通っているようなんです」
 正しくは、呪術と血鬼術が全くの別物だという証明が為されなかったのだ。
 鬼舞辻無惨、あるいは鬼そのものの躯を調べ、照らし合わさなければ何とも言えないが、状況証言などから鑑みても、呪力を基盤とした術式であるという可能性が否定しきれなかった。
「これを以て、我々は鬼舞辻無惨を呪詛師と位置付けました。話を聞く限りヒトの領域を逸脱しているようですが、まだ確固たる肉体を持っているとの事だったので……
 呪霊の躯は、呪力で出来ている。鬼舞辻の実態はまだ誰も把握できていないが、呪霊になっていないというのは確かだろう、という推測をしたのは他ならぬ産屋敷だと伊地知は語った。
「呪術師は、死後、呪霊に転じる場合があります。特に呪力……負の感情のエネルギーが濃い呪詛師などは、特に。それを防ぐために、呪術師に対しては呪術でとどめを刺さなくてはなりません」
……鬼が日輪刀でしか倒せない、みたいな?」
「それを言うなら、呪霊は呪術でしか祓えない、だな」
 真希が口を挟んだ。
「鬼殺隊士、だっけ? 隊士が死んじまったら鬼になっちまう法則があったとして、それを予防するために、日輪刀で隊士にとどめを刺すんだよ」
「っ、」
 反射的に、善逸の体が強張った。その気配を感じ取ったのか、真希は気まずそうに眉を寄せた。
……これくらいしか上手く言えねえんだよ」
 宇髄はこれで理解してた、と拗ねたように真希が言う。善逸は反射的に「いや、大丈夫です」と口にした。存外平坦な声が出て、自分でも驚いた。
「それで、ひとまずの目標としては、鬼舞辻に繋がる十二鬼月を探して捕らえる方向に定まりました」
「え、祓わねえの?」
「鬼舞辻の居場所を把握するために、呪詛返しの呪術を利用するんです。釘崎さんの芻霊呪法のようなものですね」
 虎杖の意外そうな声に、伊地知は淡々と返した。
 呪詛返しの呪術は、呪う対象から欠けたものに藁人形などの媒介を通して己の呪術を流し込むものだ。実際の呪いの威力は欠損部分が対象にとってどれほどの希少価値を有するのかに左右されるが、特に野薔薇の芻霊呪法は「繋がり」を辿る。
 十二鬼月は、特に鬼舞辻無惨からの血を多く分け与えられている者達だ。
 血液は、芻霊呪法において価値の高いものではないが、効果はあるはずだ。
 加えて呪詛返しに類される呪術はなにも芻霊呪法だけではない。
「それじゃ、そのきぶつじむざんって奴の等級は?」
「等級?」
 善逸が首を傾げる。「我々が独自に設定している呪術師や呪霊の強さの格付けですよ」伊地知が簡潔に補足した。
「まだ確定はしていないようですが、一級よりは下らないかと。おそらく特級になるだろうと五条さんは言っています」
「特級……
 虎杖が険しい表情で呟く。善逸は引き攣りそうになる喉に意識して力を入れながら、おそるおそる聞いてみた。
……それって、やっぱ、やばいよね……?」
「クラスター爆弾の絨毯攻撃でトントンですかね」
「その一つ下の一級は戦車があっても心細いんだっけ」
「そうですね」
「やっべえじゃん」

「たかだか日光で死ぬような奴を特級に類するのか」

バチン

……
……えっ?」
 車内は静かだった。五十メートル先、左方向です、というカーナビの音声がひどく不気味に感じる。
 景色はいつものように流れていく。ただ、窓一枚隔たれているという事実や、その向こうにはこの事実を知らない人たちが非日常とは関わりの無い日々を送っている現実との落差が、吐き気を感じるほどだった。
 真希はバックミラー越しに虎杖の方を注視していた。虎杖は自分の頬を抑えていた。まるであの晩のように、最大の警戒を嫌悪を以て展開しているのが分かる。
……
 善逸は、言葉を失った。

「しかし、千年続く鬼事か」

 ぱっくりと、虎杖の手が割れていた。

「ケヒ、無様で愉快だな」

 割れた場所から、歯が覗く。紋様が刻まれた舌が蠢く。口端は意地悪く吊り上がり、

バチン

 容赦無く、もう片方の手によって叩かれた。

 呆然とする善逸に、虎杖は言葉を探しあぐねているようだった。
「えー、と。こいつは、宿儺って言うんだけど」
……すくな」
「その……呪術界が千年かけて祓えなかった呪霊で」
 虎杖は善逸を窺うようにして視線を送っていた。
 怖がるだろう善逸に、それでも何も言わないのはもっと不安にさせるだろうからと、必死に言葉を選んでくれている。
 その優しい音は、きちんと善逸に届いていた。
「なんで、悠仁からその呪霊の音が聞こえるの」
 善逸の口から音が淡々と零れ落ちる。おと、と虎杖は繰り返した。
……俺、耳がいいんだ。ひとの感情とかも、聞き取れる。───真希さん、疑ってるでしょ。術式じゃないよ。俺、そういうの使えないし」
「!」
 真希は瞠目した。ハッタリか、何かの術式かと勘繰った瞬間に善逸の声が真希の思考に突き刺さったからだ。
 伊地知さんも、驚いてるねと善逸は抑揚に欠けた声で続けた。伊地知は無意識にハンドルを握る手に力を込めた。
「悠仁からは、優しい音がしてた。俺の事ずっと気遣ってくれてた。ちょっと呆れもしてたけど、誠実な音がしてたから、すごくまっすぐなやつなんだなって思った」
 でも、と善逸は絞り出すようにして続けた。もう間もなく目的地に到着しますというカーナビの声が煩わしい。
 うるさい、そんなのどうだっていいよ。
「その音の、下の方から、……悠仁の奥底の方から、さっきの、めちゃくちゃおそろしい音がする。注意しなきゃ聞き取れないけど、……でも、何かが覆いかぶさってるような、くぐもった音が聞こえる」
 それは、一生表に出てきてほしくないと思わせるほどの存在感を放っているけど。
……
 善逸の言葉に、虎杖は何度か口を開閉させたが、どれも上手く言葉にならずに、胃の腑へ飲み下された。
 善逸は、虎杖をまっすぐに見据えた。
「その、おそろしい奴が、すくなって奴なんだろうけど。……なんで……、」
 善逸の顔が、泣きそうに歪む。けれども、その双眸にあるのは怒りの光だった。
 善逸が息を吸う。けれども吸った量に反して、絞り出されたそれは、ひどくか細く揺れていた。
「なんで、悠仁が……っ、それを抱えてるんだよ……!!」
『目的地に到着しました』
 お疲れ様です、という声は、伊地知の作業音によってところどころかき消された。
「仕事だ。行くぞ、悠仁、善逸」
「まだ先に行かないでくださいね」
 さっさと降りる真希を、伊地知の声が追いかける。善逸も衝動的にシートベルトを取り外すと、それでも車のドアには当たらずに外へ出た。
……虎杖くん、大丈夫ですか」
「うん。……伊地知さん」
「はい」
「鬼殺隊って、いい所なんだろうな」
 伊地知は振り返らなかった。
「だって、善逸、すげえ優しいからさ」
 シートベルトが外れる。プラスチック製の布が擦れる音がする。
……そうですね」
「うん。だから、大丈夫」
……はい。大丈夫ですね」
 虎杖は、泣きそうな顔で、それでもどこか安堵したように笑っていた。