夢渡りという概念があるらしいですよ

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 立香の横でばくばく食事をしている燕青を見て、エースはどこか何とも言えない面持ちで「馴染んでますね……」と呟いた。
「んぁ?」
「あ、いや。シンシンさん? ってリツカの使い魔……? なんでしょ? こっちでの生活には慣れたのかな〜なんて……
 燕青は口の中にあるものを嚥下してから、「おう、」と目尻を下げて笑った。
「お陰様で、いろいろ楽しませて貰ってるぜ」
……
 本当に楽しんでるよな、と立香はちょっとだけ遠い目になった。
 燕青を召喚した直後、立香は貧血でふらふらだった。そんな立香の代わりにフロイドとグリムがいろいろと説明してくれたらしく、燕青は翌朝になって「俺もマスターと学園に通いたい! いいだろ?」と制服を強請ってきたのだ。
 霊体化しているよりは人身のままでいてくれる方が魔力供給効率もいい。立香は学園長に「あんた優しいんでしょ」と頼んで制服を一式用意してもらい、こうして燕青とグリムの二人と一匹で学園に通うことになった。
 そんな燕青 新参者に絡むのは通過儀礼だとでも言わんばかりに、ナイトレイブンカレッジの悪餓鬼どもは、こぞって喧嘩を吹っかけてきた。しかも、立香のいないところで。
 立香に絡むと悪目立ちすることが分かっているのだ。立香はこれまで、学園で起こった様々な問題に立ち会うことが多かったし、この学園で唯一魔力を持たない生徒だということもある。
 魔法士が一般人に絡むことは差別とされる。立香に絡んでいることが己のキャリアに響くレッテルになりかねないので、ほとんどの生徒はわざわざ立香に絡んだりはしなかった。
 何かと面倒な婉曲を使ってパシッたりすることはあったが。
「新シンさんや、怪我はさせちゃだめだよ」
「わーかってるってえ」
「おいおいリツカさんや、保健室送りは怪我のウチに入らねえのかよ」
「痛いだけならぎりセウト」
「どっちだよ」
 エースは半眼で笑った。
「それで、この間から話は進んだのか?」
「この間?」
「新しいさーばんと……? を召喚するとかなんとか言ってたじゃないか」
「サーヴァントね。うん、でも迷っててさ」
 縁による召喚に慣れているとは言え、触媒を使ってある程度の方向性が定められるならそれに越したことはない。どうやら声がキーポイントになりそうなので、立香はこれまでの記憶を総ざらいしていた。
「烏みたいな仮面をつけた兄さんいたろ。あのひとは土人形作ってくれるキャスターに似てたぜ」
「アヴィケブロン先生?」
 先生はなぁ、と立香は眉を寄せた。
「どういうひとなんだ?」
「すっごくいい人でゴーレムの専門家。世界の概念をエデンに作り替えるゴーレムを作っちゃう物理タイプの魔術師だね。異世界間の移動は専門外だと思うなぁ」
 この世界の研究に没頭しそうだし、なんなら全てゴーレムの素材にしてしまいそうだ。
「他に声が似てる奴はいたのか?」
「あー……ちっちぇー奴いるだろ。緑の」
 燕青が掌でこんくらいかな、と高さを測る。
「ディアソムニアのリリア先輩かな」
「名前は知らねえけど、ノッブみたいな喋り方のやつ」
「リリア先輩だな」
 この学園でそんな喋り方をするひとは彼しかいない。いや、リリア先輩はもう少し落ち着いているかもしれないけど。
「やたら貌が輝いてる兄ちゃんに声が似てた」
「却下」
「即断かよ」
 余りの判断の速さにエースがたじろいだ。しかし立香はいやに真剣な顔付きだ。
「グリリ馬来ちゃうかもしんないでしょーがッ!! 馬喚んでどうする!!」
「お、おう、まぁそうだな」
 カッと音を立てて叫んだ立香に、燕青は大人しく首肯した。
「んー……あとは……リドル先輩の声が小太郎に似てたかな?」
「そいつアサシンじゃねーか」
「アサシン……ということは、シンシンさんと一緒ってことか」
 デュースの言葉に、燕青はそうそうと頷いた。
「ダブリはダメだぜマスター、貴重な残り二枠なんだからな」
「え、あと二人しか喚べねえの?」
 エースが瞬く。立香は「いやあ不甲斐ない」と頭をかいた。
「魔力がこれっぽっちもない所からちょっと無理してどうにかこうにかしてるからさ、新シンさん含めて合計三騎が限界かな。体が持たないや」
「そっか……
 無理すんなよ、とエースは眉を寄せながら言った。
「エースの言う通りだ。学園長だって帰り方を探してるんだろう?」
「うん」
「先にカルデアが見つけちまうかもしれねーしな」
「それもそうだね」
 立香は笑みを深めた。そして、焦ることはない、と自分に言い聞かせる。
 
 焦ることはない。次の召喚に必要なものが揃い切るまでにまだ時間がかかる。その間にどうにかフォーリナー、或いはキャスターを喚べるような触媒に近いものを探し、コンディションを整えなければ。
 
 大丈夫。必ず帰ることができる。
 
 
 
 
 だから、そう。この睡眠は、体調を回復させる重要なものであるに違いないのだ。
………………
 暖かな植物園で、立香は抗いがたい睡魔に呆気なく敗北し、カルデアに居た時のようにレムレムしていた。
 本島は、ちょっと前まで、補習で一緒になったシルバー先輩と魔法薬作りに精を出していたのだ。ともすれば自分よりも好きな時に好きな場所でレムレムし始めるシルバーに、マシュってこんな気持ちだったのかなと思いながら、立香は「先輩、レムレムしないでください」と何度かシルバーを揺さぶった。
 しかし温室は程よく暖かい。魔法薬の完成まであとは常温で置いておくだけになって、シルバーはとうとう気の根元に寝っ転がり、すやすやと規則正しい寝息を立て始めた。
 それを見ていたら、なんだか立香も眠くなってきてしまった。睡魔はひとに移るのだ。
 隣で寝ても怒るような人ではないことを知っているし、立香は「おじゃましまあす」とシルバーの隣に寝転がった。
 知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのか、それとも燕青と強化した魔力パスのせいか、立香は疲れやすくなっていた。疲労を回復するには眠るか食べるかしかない。
 立香はすぐに眠りについた。すこん、と意識を失った先にあったのは、闇よりも深い闇だった。
 
 
 
 
「───まったく。お前の胆力には毎度の如く畏れ入る、……我が共犯者よ」
 
 
 
 直後、立香は跳ね起きた。
 
 そのまま立ち上がり、音を立てながら周囲を見回す。自分の周りに気配が無いことを確認し、「なんだ、」と瞼を震わせたシルバーから視線を外して、立香は己の足元に伸びる影を注視した。
「こんこんと眠っている暇があるのか? それとも百年の眠りも覚めるような口付けをご所望か? あぁ良かろうとも我が共犯者よ、貴様がそれを望むなら、この恩讐の炎でお前の顔ごと焼いてやろう」
 ずずず、と立香の陰が空中へと垂直に伸び上がり、やがてひとの形を取る。立香はひくりと口元を引き攣らせた。
……顔洗って目え覚ませってこと?」
「分かっていながら何をしている?」
 
 ───分かりにくい!!
 
 立香は内心で絶叫した。影から顕れ、真実影のように佇む男は、立香を冷えびえとした双眸で睥睨していた。
「いや、ありがたいよ。来てくれてありがたいけども!! 一体どうやって来たの!? 召喚してないのに!!」
「なんだ、知らんのか? 夢には『あらゆる場所に繋がる』という概念があるんだぞ」
「───」
 
 ───それならそうと、事前に教えて欲しかったな……
 
 立香はとうとう閉口した。ふたりに取り残されたシルバーは、これはきっと夢なのだなと思うことにした。
 
 
 
 
 
 ☆CV:島崎信長 回す方のノッブ───!