夢渡りという概念があるらしいですよ

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 英霊召喚はそもそも、聖杯を奪い合う戦争において行われる儀式のことを指す。サーヴァントは死してなお抱える望みや願望を果たすため、そして魔術師は根源に至る宿願を果たすため、───或いは様々な思惑を以て───聖杯戦争に参加する。
 もし、仮に、どう足掻いても死なない自信がその魔術師にあるとするならば、そして召喚する英霊にこだわりが無いのなら、召喚の際に、触媒は必ずしも必要とされない。その際は、本人と縁のある英霊が召喚されるらしい。
 触媒を用意するのは大変だ。利用した触媒を利用したことが英霊の逆鱗に触れ、相見え直後に殺されることもある。
 しかし立香は、縁による召喚に慣れている。寧ろそちらの方が安心感があるというもの。
 縁や令呪を媒介とした召喚は、立香と絆を深めたカルデアの英霊を喚べる可能性が極めて高いからだ。
 でもさぁ、と立香は気持ちの良い陽射しを全身に浴びながら独りごちた。
「そんな歌手とかじゃあるまいし、声が似てるからって、そんなことある?」
 立香の傍には、ついこの間ツイステッドワンダーランドに召喚された燕青がナイトレイブンカレッジの制服を着て控えていた。
「召喚陣から離れてたし、確定って訳じゃねえとは思うがね」
 あの日、立香の召喚陣の傍には、面白そうだからと勝手についてきたフロイド・リーチが居た。彼と燕青の声がひどく似ていることは、その直後になって分かったことだ。
「オペラ座の怪人を流してたらファントムが来るのは分かるけどさ」
「そういうことじゃねえとは思うんだがなぁ」
 校舎の中庭を次の教室へ移動しながら、ふたりは素人なりにこれからの作戦を立てようとしていた。
 とにもかくにも、傍に居るのがアサシンだけでは、というのが燕青の主張だった。燕青がいて心強いことは別として、立香もこれには賛成だった。
「まぁ、物は試しだ。ウチの連中に似てる奴ら探して、今度は無理なく召喚に挑戦した方がいいんでねーの? 俺はこういうことから守ってやるしかできねえからなぁ」
「え?」
 瞬間、凄まじい音と共に、箒が地面へ叩き付けられた。
 寸分違わず立香に向かって飛んで来たものを、燕青が脚力に物を言わせて踏みつけたのだ。
 みしり、と柄が悲鳴をあげる。
「っ……、」
 自分が狙われていた、という事実や、燕青がいなかったらどえらいことになっていたかもしれない、という恐怖より、立香は燕青が怒気を爆発させるかもしれないことの方が恐ろしかった。
「マスター。こういうこと、よくあるのかい?」
 燕青は、至極丁寧に、ゆっくりと聞いた。
 
 ───フロイド先輩がなんとなく怖かったの、キレたときの燕青に声が似てるからだ
 
 立香は埒外なことを考えながら、慌てて口を動かした。
「た、またま、だよ。はじめて……
……
 燕青はそこではじめてじろりと立香の方を顧みた。
……ほんと?」
……いろいろは、されたけど。パシリとか……
 何事も、正直が一番なのだ。嘘はいけない。立香はもにょもにょと答えた。
「箒は、初めて」
……ふうん」
「それ、壊したら怒られるかもしれないから、」
「わーってるよ」
 燕青は器用に箒を蹴り上げて手に取った。
「でも気に食わねえなぁ」
「まぁ、致死性は低いから、バーサーカーよりマシだよ」
「それはそれ、これはこれだろお? 俺の主人が舐められてんのは気に食わねえんだよ」
 遠くから運動着を着た生徒がひとり、すいませーんと声を上げて走ってくる。
 箒が暴走しちゃって、とへらへら笑う生徒に、燕青は「気ーつけろよ」とだけ言って、箒を投げ渡した。
「ありがと、燕青」
「へーへー。早いとこ帰ろーぜ!」
「そうだねえ」
 残る令呪はあと二角。魔力パスのことを考えても、せいぜい喚べてあとふたりが限界だ。魔法石にも限りがある。
 カルデアでなければ、令呪の補充はできない。
 
 ───慎重に行かないと。
 
 立香は、改めて気を引き締めた。