【なに清】九月

※大量クロスオーバー現パロ
※地雷原でタップダンスできるひとだけ読んでください

【登場人物】
片岡桜:生意気クソガキ。
藤井冴美:暴力反対
雪村千鶴(薄桜鬼):高校から清涼。真面目で素直ないい子。
斎藤一:気付いたら好きになっちゃってた。千鶴の見学の面倒見るのを絶対誰にも譲りたくないマン。
泉鏡花(文スト):斎藤のいとこ。両親がよく出張に行っていないので、斎藤と二人暮ししてるようなもの。
土方葵:土方先生とは特に血縁関係はない。演劇部鬼の部長。たまに文芸部に匿名寄稿している。
原田燐:原田左之助のいとこ。演劇部副部長。
沖田南:総司の妹。兄妹仲はそこまでよろしくない。
斎藤霧乃:舞台に立つとまるで別人。
向井理央:演劇部。冴美と同じクラス。
佐藤紀奈:中学時代は演劇部だったが高校からバスケ部マネージャーになった。冴美と同じクラス。
藤堂平助(薄桜鬼):中学時代剣道部だったが高校からはサッカー部。剣道辞めたわけではなく、定期的にやっている。強い。
不知火七海(ノルンノネット):現代くノ一JK。平助と付き合っている。
遠山和葉:片思い絶対応援するマン
服部平次:片思い絶賛空回りマン







 ひぐらしが鳴き始める季節。残暑はあるが、日差しの色は夏の激しさがまるでなかったかのように柔らかくなる頃。
 日本全国の学び舎では、卒業旅行、修学旅行シーズンを迎えていた。無論、清涼学園も例に漏れない。学園高等部の修学旅行先は、定番中の定番、京都である。
 ここで教師が指定することは少ない。出発時間と宿に戻ってくる時間、そして必ず回らなければならない神社仏閣、観光施設のみが指定される。生徒達はクラスの中で自由に四人一組を組み、どのように観光するかを担任教師に提出する。そして教師は改めて時間と場所をそれぞれの班に指定し、必ずそこで全員の安否を確認することになっている。
 最低限これだけを守れば、あとは生徒達の自由だ。原則四人一組で行動することが決まりだが、それはそれ、ばれなければ問題ないのが生徒達の間での暗黙の了解であった。
 修学旅行四日目の指定課題である神社仏閣あるいは観光地は、京都駅北西の鴻臚館か京都市の西側、桂離宮のどちらかだ。翌日の午前中を観光、午後を移動に費やすので、三日目で土産などを購入しておけという教師陣達からの無言のお達しである。
 四人一組でそのまま行動する班、教師への報告だけさっさと済ませて個々人で行動する班、他班と合流し、ちょっとした大所帯で移動する班など、生徒達は自由に散り始める。せっかくだからと桂離宮を観光した桜が所属する班は、西本願寺で担当教師に出欠を報告した後、すぐに解散した。時刻はそろそろ昼時になろうかというぐらいである。
「じゃ、そろそろ駅に移動しようか」
 同じ班になった総司が踵を返す。桜もそれを追って、スマホの地図アプリに視線を落とした。西本願寺と京都駅は、一条程度しか距離がない。京都市バスの一日乗車券を購入しているとはいえ、バスはひどく時間を消費することを、この二日で骨身に染み込まされた桜である。バス停に向かおうとした総司の鞄をひっつかみ、桜はまっすぐ南へ向かった。
「待って待って、姉さん、こけるこける」
「信号が変わる」
「そんなに焦らなくてもまだ時間あるよ。服部君たちはともかく冴美ちゃん達は三十三間堂出て解散したばっかりだって」
…………
 むう、と桜は立ち止まった。片側二車線の大通りが交差する箇所が多い京都は、信号がとても多い。そのため歩行者用横断歩道の待ち時間もそこそこに長いのだ。
 三十三間堂は京都駅の東側、大きい通りをふたつ越えた先にある。普通にあるいても十五分はかかるだろう。それでも待ち合わせ時間には十分程度の余裕があった。
 桜達が京都に修学旅行に来る、そしてその内容がかなり自由度の高いものだと聞いて真っ先に食いついてきたのは服部だ。服部は半日休校の日が被るということもあって、ここぞと言わんばかりに「滅多に会えへんやろ!! 夏休みぶりに会おうや!!」と約束を取り付けにきたのだ。
 夏休みに二度目の合同合宿を行った清涼学園と改方高校の剣道部は、それなりに友好な関係を築いていた。桜も再び彼らに関わることになり、五月に抱いていた印象を少しだけ変えることになったのだが、それはまた別の話である。
 点滅していた青信号が赤に変わった。車道では、ひしめく四駆が一斉にエンジンをかけて発車する。
「それともおなか減った?」
「減った」
 即答である。総司は苦笑した。食に対して貪欲である桜の目は空腹でか据わっている。「まぁ落ち着きなよ」総司はスマホを取り出して、SNSを更新させた。
……あいつは歩きスマホはしないぞ」
…………
 ぴたり、と総司の親指が止まる。「別に、服部君から連絡ないか、確認しただけだし」あらぬ方を向いてスマホをポケットに突っ込んだ総司のそれに、桜はいくらか溜飲を下げた。
 横断歩道を渡ろうという歩行者が増える。邪魔そうに急ぎ足で避ける通行人が目につくようになった頃、ようやく信号が青に変わった。
「東京ほどじゃないけど、ここもひとが多いねぇ」
 二人はやれやれと嘆息して、待ち合わせ場所である京都駅中央口へ人を避けて進んだ。
『でっかいバス停の掲示板あるから、そこに邪魔にならんように立っとれ! 噴水にしよか思たけど、昼間はやってへんしな!』
 服部の言葉を思い出し、冴美はきょろきょろと辺りを見回した。でっかいバス停の掲示板。どれだ。大きなバスロータリーの近くにはあるのだろうが、見つけられない。
「藤井」
「え、なに、」
 同じ班の斎藤が少し大きな声で名を呼んだ。観光客が多い分、京都駅周辺は非常に賑やかだった。多少なりとも声を張り上げなければ、届かないこともある。
「総司がいた」
「え、どこ」
「こっちだ。服部も、もう来ている」
 冴美は慌てて斎藤の背を追った。やはり身のこなしが違う。早い。
 やがて目当ての人物を視認した後、冴美は「あぁ」とほっと息をついて半ば彼らに駆け寄った。
「お待たせ!」
「すまん、遅れた」
「おぉー! 久しぶりやなぁ!」
「冴美ちゃん!」
「和葉!」
 ひょこりと顔を出した遠山和葉に、冴美は心底驚いて目を丸く見開いた。和葉のポニーテールがぴょこぴょこと揺れる。
「びっくりした、和葉も来るなんて知らなかった!」
「そうなんよ、平次がなんも言うてへんかって!」
 夏の合同合宿についてきた遠山和葉は、服部平次の幼馴染だ。改方学園高校は合同合宿中は清涼学園寮に宿泊していたので、総司に呼ばれた冴美も彼らに関わることになり、和葉と顔を合わせる運びとなった。
「驚かせたろ思たんやんか、大成功やろ! 皆揃ったし、移動しようや」
 面倒そうに言った服部が音頭を取って、駅構内に入ってすぐのエスカレーターを上がる。京都駅のエスカレーターは折り返しで上がっていくものではなくひたすら一方通行なので、ある程度上るとそれなりの高さを見下ろすことになる。
 興味本位で後方を振り返った冴美は、その心元のなさにゆっくりと前方に視線を戻した。落ちたら間違いなく死ぬ。
 四階で建物の中に入り、エレベーターに乗り換えて、十一階のレストラン街へ。「ちょぉ高いけど」服部は迷いなく進む。
「片岡以外はそないに食べへんやろ。せっかくやし、ええもん食ってき。単品で頼んだらそないせえへんし」
 服部です、と告げて、色黒の高校生はとある店の暖簾をくぐった。「不二乃」と筆で書かれた店名からは、何の店か窺えない。広いテーブル席に通され、お冷代わりの茶と一緒に出されたのは豆乳だった。
 豆乳、と清涼生が揃って瞠目する。
「ここ、豆腐が美味くてな」
「!!」
 服部の言葉に音を立てて反応したのは斎藤だった。
「へー、良かったね、一君」
「感謝する、服部」
「お、おう、なんや、お前豆腐好きなんか」
 見たことがないほどの勢いと喜色を宿した目に、さしもの服部もたじろいだ。あぁ好きだ、と斎藤が頷く。それはもう深く。あ、これは嫌な予感、と服部が冷や汗をかいた瞬間、総司が斎藤を遮った。「そう言えば」
「平助はどうしたの?」
「、なに、平助? 何故奴の話を?」
「七海と待ち合わせてデートだって」
 出鼻をくじかれて狼狽えた斎藤を横目に、冴美が答える。
「紀奈ちゃんは?」
「理央と回るって言ってた」
「さっさと決めろ」
「あ、あぁ、すまない、わかった」
 桜にメニューを押し付けられた斎藤が真剣に悩みだす。総司は冴美に片目を閉じて見せ、冴美はやれやれと一息ついて、桜は何事もなかったかのように頬杖をついた。
 一糸乱れぬ連携である。斎藤に豆腐の話を振るのはやめよう、と和葉と服部は心に決めた。きっと話し、いや語り始めると長いのだろう。
 湯葉の刺身や田楽、炊き込みご飯や桜が頼んだ鍋などをつつき、昼食の時間はあっという間に過ぎた。
「で、お前らどこらへん回ったんや」
「えーと、」
 ぺろりと田楽の盛り合わせを食べ終えた服部に、冴美が指を折って数える。
「嵐山の有名どころはあらかた、あと平安神宮、八坂神社、清水寺、二条城も行ったな。それと、龍安寺と鹿苑寺金閣、妙心寺と北野天満宮。平野神社もちらっと覗いた」
「へぇー、ようけ回っとるなぁ」
 感心する服部とは裏腹に、和葉は眉を寄せた。
「八坂さん行かはったんやったら、四条も見てもうた? お土産買うんやったらあそこがいっちゃん物揃てんねんけど」
「いや、さすがに時間なかったんだよな」
「ほんなら片岡、そこらへんにしとけ。錦市場で買い食いしながら天満宮参って、そっから寺町京極うろうろして、四条烏丸か三条京阪まで出たらどないかしてホテルまで帰れるやろ」
 逆でもええか、とバスの路線図を頭の中で思い描く服部を横目に、追加で田楽を頼もうとしていた桜は、大人しくメニューを閉じた。
「そうだ、和葉ちゃん、一君を手伝ったげてよ」
「え?」
「総司、何を」
 どないしたん、と和葉が首を傾げる。嫌な予感を感じた斎藤は、それでも豆腐を口に運ぶ手を止めない。総司は目を細めて悪戯っぽく笑った。
「一君、一個下の片思い相手に買うお土産がどんなのがいいか、まだ迷ってるでしょ」
「!?」
「!?」
 げほっ、と斎藤がむせた。桜に次いで鉄面皮で表情がわかりにくい斎藤があからさまに動揺しているのが珍しくて、服部は思わずぎょっとして目を見開いた。
「あぁ、千鶴か」
「!?」
「あぁ、演劇部の」
「!?」
 冴美がぽん、と手を叩き、桜がはたと吸い物から口を離す。斎藤はひたすら感嘆符と疑問符を頭上に浮かべ、音を立てて視線と首を左右に振り、混乱に陥っていた。
 そこへ総司が容赦なくとどめの爆弾を放り込む。
「大丈夫だよ一君、大抵の関係者は皆知ってるから」
 音を立てて斎藤が固まり、やがて俯いた。その耳は真っ赤で、服部はにやぁ、と下卑た笑みを浮かべる。
「なんやぁ、お前好きな奴おったんかいな! 隅に置けへんなぁこのイケメン!」
「うちで良かったら、力になるで! その千鶴ちゃん? って、どんな子なん?」
「詳しい話は移動しながらにしない? そろそろ一時半だよ」
 総司の言葉に、一同は慌てて財布を取り出した。和葉の「あんた金持ちやろ」の一言で服部に金が集まり、彼が支払うことになった。
 駅前のバスロータリーに戻り、四条河原町まで行くバスに飛び乗る。
「見た目はこんな感じ」
 総司がスマホの画面を和葉と服部に見せた。黒髪を可愛らしいシュシュでサイドにまとめ、にこやかに微笑む女子高生は可愛らしいという言葉がよく似合った。
「ほぉ~あでっ」
「可愛い子やなあ」
「おい、なんで俺はぶたれたんや」
「人の彼女に鼻伸ばしとったから」
「伸ばしてへんわ!! ちょ、うわ、斎藤の目ぇ怖っ!! おいお前が変なこと言うからやぞ、後ろから刺されたらどないしてくれんねん!!」
「この子、好きな色とかわかる?」
 無視かいな、と服部が渋面を浮かべる。冴美と総司は笑いを堪えるのに必死で震えていたが、斎藤はどこか照れながら千鶴の事を思い返しているようだった。
「その……、ピンク、というのか。だが、普通のより、もう少し薄い……桜色のものが、身近に多いと思う」
「女の子って感じやな~!! 普段使いできるもんがええやろか。普段何してはるん? 演劇部やったっけ。すごいなぁ」
「あぁ、とても努力家でな」
『四条河原町、四条河原町、終点です』
 服部たちは二百三十円を払い、桜達は一日乗車券に印字されている日付を乗務員に見せ、大通りに降り立った。
「うわ、ひとすっごいな」
「京都で買い物しよう思たらここか西院か桂のイオンか京都駅やからなぁ」
 しかも、ある程度の物を取りそろえる百貨店やファッションに関連する物、あるいは家電など、生活に彩を添える雑貨系の商品は四条通り付近以外ではなかなか手に入らないのが現状だ。地下鉄も近いとあって、自然とひとが集まる。
「祇園祭と送り火の時はもっとごっついで。交通規制敷かれて、まともに動かれへん」
「へぇー。送り火って大文字焼?」
「そりゃ菓子や。聞いたことあれへんか、大文字焼見に来た言うたら京都のひとに『お菓子見に来はったんどすか?』って嫌味言われたて逸話みたいなもん」
「あー……なんかあるような……ないような……
 ディズニーストアなどには目もくれず、服部の先導で一同は西へ向かう。和葉と斎藤は二人で話に華が咲いているらしく、会話に混ざってくる気配はない。
「先に寺町京極行こか。なんやあるやろ。菓子類買うんやったらそこあるで」
「食べ物系は明日、駅で買うよ」
「ほうか、わかった」
 いくつかの雑貨屋を通りすぎ、一同はひとまず寺町通に入った。和風雑貨の店や簪を取りそろえた店などを覗き、やがて錦天満宮に辿り着く。そこで左に曲がり、錦市場と掲げられた狭い通りへ滑り込んだ。
 和葉と斎藤はまだあれやこれやと言いあっている。たいてい斎藤が疑問に思ったことに対し、喋り上手な和葉が答え、時折冴美に話を振る。冴美が戸惑いつつも口を開くと、すかさず総司がからかった。
 桜はもくもくと興味を持ったものに手を出しているのか、と思いきや。服部は瞬いて桜に声をかけた。
「お前、なんやそのメモ」
「お使い」
「お使いぃ?」
「あぁ、お師匠さんのお使い、錦市場でもあるって言ってたね、そう言えば」
 服部は怪訝そうに首を傾げた。確かに錦市場は生鮮食品の良さで有名であるが、しかし、それ故に、土産には不向きなところが否めない。
「そんなん、持つんかいな。帰るん明日の昼やろ」
「乾物と漬物だから」
「あぁ、そういうことか。千枚漬け買うとけ」
「うん、あっちの店で」
 桜は注意深く店名と指定された商品を見比べながら、師匠に持たされた財布を取り出し、会計を進めていく。余ったらお小遣いにしていいよと言われているが、果たして本当に余るのか。桜は疑わしそうに長財布の中身を睨んだ。
 錦市場を折り返し、そのまま天満宮に参詣する。その後は再び北へ。京極通りに移ったり、細い路地に入りこんでみたりと散策を繰り返していくうちに、冴美や総司も買い物を済ませたらしい。服部は無理矢理桜に荷物を持たされて散々に文句を垂れていたが、「甲斐性見せろ」と桜が適当に放った一言に口元を引きつらせながらも押し黙った。
「じゃぁ、今日はありがとね」
 ごった返す、とまではいかなくとも多い人ごみの中で、総司が切りだした。
 四条高倉のバス停である。清涼生はここからバスに乗り、ホテルまで向かう。服部たちは地下に降り、阪急を利用して梅田まで帰ることになった。
「世話になったな」
「ううん、こっちこそ!」
「健闘を祈る。もしこちらまで来ることがあれば、連絡してくれ」
「おおきに、ありがとうな」
 和葉と斎藤は何やらこの短時間で随分親睦を深めたようである。どこか苦く笑う和葉に、服部は気に食わないといった雰囲気を隠しきれていなかった。
 その服部から、手荷物をまとめた桜が持たせていた師匠への届け物をひったくる。服部は嘆息して、手をひらひらと振った。この程度の重さはどうということもないが、袋の持ち手が指に食い込むのは地味に堪える。
「あ、せや、お前ら」
 清涼生の視線が服部に集まる。
「当然、来月の大会には出るんやろな」
 服部は、挑発的に口端を吊り上げた。
……何を言いだすのかと思えば」
「愚問だな」
 総司が静かに微笑む。それは決して穏やかなものではなく、正しく冷笑であり、戦いを心底から好むものの笑みだった。
 和葉は息を呑んだ。先ほどまであんなにわたわたと戸惑いながら、一生懸命に好いた者への土産を選んでいた男とは思えないほど、斎藤の纏う雰囲気が鋭く変容したからだった。
「今からでも、大阪に逃げ帰る時の遠吠え、考えておいた方がいいんじゃない」
「ハッ───ほざきよれ」
 服部も一歩も引かず、堂々と迎え撃った。好戦的な笑みを浮かべ、闘気を隠しもしない。和葉と冴美は揃って嘆息し、これだから男は、と顔を見合わせ、二人で小さく苦笑した。
「で、お前はどないやねん、片岡」
 水を向けられた桜は、「ふむ、」と少しだけ思案する素振を見せた。
「刀の方に、興味はない」
「あ゛?」
 途端に額に青筋を浮かべる服部に、桜はひょいと肩を竦めた。彼が公式戦で桜に夏休みの合宿での借りを返したいと切望していようが、それは桜にとって至極些事であり、それ以上でもそれ以下でもなかったからだ。
「領分が違う。こちらに来るのもやめておけ」
 服部を捕らえた黒の双眸が、はっきりと嗤う。周りの空気が、一度か二度、下がったような気がした。ひやりと肌を這うそれは、殺気か、闘気か、冴美には見当もつかない。
「お前たち程度、運動にも足らん」
 歯牙にもかけぬ。赤子の手を捻るより易い。試合など程遠い、前戯ですら、万が一にも勝ち目はあるまい。
 桜の嘲笑うところを正確無比に受け取った男達の怒気、闘気、殺気が爆発する。和葉は咄嗟に冴美を庇った。男三人のそれを受けて尚、桜は悠然とそこに立っていた。
『京都駅行きのバスが来ますよー、乗るひといはりませんかー、乗るひといはったら一歩前出てなー』
 バス停の列整理に精を出している中年男性がマイク越しに声を張り上げる。京都駅近いホテルに泊まっている桜達は一歩道路側に移動した。
「ほんなら冴美ちゃん、桜ちゃんも、またね」
「うん、またな。ラインするよ。今日はありがと」
「近畿に来るときは、絶対教えてな!」
「おう! 和葉もこっち来るときは教えろよ!」
 帰宅ラッシュの時間帯であるはずだが空いているバスに乗り込み、冴美は先ほどの空気を霧散させるがごとくに手を振った。和葉もそれに応えてくれる。
「じゃあな」
「またね」
「失礼する」
 男三人は言葉少なに別れの挨拶を交わし、桜は何も言わずにバスの座席に荷物を置いた。
 バスがゆっくりと発車する。冴美がほっと息をついて、座席に深く腰掛けた。バスはすぐに信号に捕まって停車した。
……さっきは、びっくりしたんだからな」
 冴美の地を這うような声に、三人が肩を揺らす。桜はあらぬ方を向き、斎藤は気まずそうに視線を反らした。
……平気だけど。平気だけどさ。……怖かったんだからな……!」
「ごめんね、冴美ちゃん」
……すまん」
…………
 少しだけ涙目で、ショルダーバックの肩掛けを力いっぱい握りしめて。冴美はまるで全身の毛を逆立てた猫のように三人をきっと睨み付ける。
 総司はそんな表情もかわいいと思って緩みそうになる頬の内側を噛んで堪え、斎藤はひたすら申し訳なさそうに目を伏せ、桜はそっと自分用に取っておいた軽食を差し出した。
 車内に広がる空気の事などいざ知らず、夕焼けで辺りが橙に染まる街を、バスはのんびりと進んでいった。