【なに清】九月

※大量クロスオーバー現パロ
※地雷原でタップダンスできるひとだけ読んでください

【登場人物】
片岡桜:生意気クソガキ。
藤井冴美:暴力反対
雪村千鶴(薄桜鬼):高校から清涼。真面目で素直ないい子。
斎藤一:気付いたら好きになっちゃってた。千鶴の見学の面倒見るのを絶対誰にも譲りたくないマン。
泉鏡花(文スト):斎藤のいとこ。両親がよく出張に行っていないので、斎藤と二人暮ししてるようなもの。
土方葵:土方先生とは特に血縁関係はない。演劇部鬼の部長。たまに文芸部に匿名寄稿している。
原田燐:原田左之助のいとこ。演劇部副部長。
沖田南:総司の妹。兄妹仲はそこまでよろしくない。
斎藤霧乃:舞台に立つとまるで別人。
向井理央:演劇部。冴美と同じクラス。
佐藤紀奈:中学時代は演劇部だったが高校からバスケ部マネージャーになった。冴美と同じクラス。
藤堂平助(薄桜鬼):中学時代剣道部だったが高校からはサッカー部。剣道辞めたわけではなく、定期的にやっている。強い。
不知火七海(ノルンノネット):現代くノ一JK。平助と付き合っている。
遠山和葉:片思い絶対応援するマン
服部平次:片思い絶賛空回りマン




 何事にも、「完成」という状態に持っていくためには時間が必要で、材料が必要で、アイデアが必要で、何より最終目標地点まで到達するための努力と知識と気力が必要だ。良い仕事をするために必要なのは経験ではなくインスピレーションであると飛べる豚も言葉を残している。
 清涼学園高校一年生の雪村千鶴は、現在そのどれもが足りていなかった。最終締め切りの清涼学園文化祭まで千鶴が努力できる日数は一ヶ月分も残されていない。時間はない。知識も無い。経験も浅い。インスピレーションは少しだけ。気力だけは十分にあった。そして「完成」すれば素晴らしいものになるだろう材料は、加工前の宝石よろしくただの石ころの状態である。
「どうしよう……
 己一人しかいない教室に、そのひとり言は案外大きく響いた。人は不安になると声が大きくなるというが本当らしい。千鶴は不安になっている自分自身ですら情けなくなって、ため息をつきながら姿勢を正して分厚いA5サイズの冊子を顔の前に持ち上げた。
 冊子には細かい文字が二段組に書き連ねられていて、いくつかの文章に蛍光ペンでマーカーが引かれていた。千鶴は改めて集中し直し、始めから読み直す。
 物語の舞台は幕末。東京が江戸と呼ばれた時代。己の夢を追い時代に逆行して生きようと足掻く主人公たちと、彼らを支えるヒロイン、そして立ちはだかる敵、といった魅力的なキャラクター達が織り成す、所謂「時代もの」の台本である。
 この冊子が千鶴に渡されたのは三ヶ月前。地獄と称される定期試験がめでたく追試期間まで終了した、梅雨の時期だった。





    ◇     ◇     ◇





 六月。
 しとしとと陰鬱な音を断続的に響かせる外とは裏腹に、とある生徒はとてつもなく晴れやかな気分を全身全力で表していた。
「いやぁ間に合った間に合った!」
「いや、去年より遅いからな」
「うぐぅ」
 土方葵の冷え冷えとした容赦ない言葉に、沖田南は顔を歪め、胸を押さえて蹲った。先程の晴れ晴れとした表情は一点、曇り空雨模様である。
「まぁまぁ、中間テストもあったし、仕方ないだろ」
「追試に引っかかるような奴に慈悲は不要かと」
「同期だろ〜? フォローしてやれ〜?」
 斎藤霧乃が切り捨てたが、原田燐は宥めるように言った。
「一年も困るじゃないか、優しく優しく」
「お前のそれは甘やかしと言うんだ!」
 葵の叱声に、燐は大げさに「おお怖」首をすくめてみせた。
 これっぽっちもそう思っている風には見えない燐のリアクションに、葵は百万語を怒鳴りそうになって、なんとか押し込んだ。内心ではそれと高く舌打ちし、自分を落ち着かせるために南が持ってきた冊子の束のうち、一冊を手に取る。
「悪いな、ピリピリして。模試が近くてな」
「あっ、いえ、大丈夫です!」
 声をかけられた千鶴は、慌てて首を横に振った。お気遣いなく、と言葉を付け足す。燐は冊子をその場にいる全員に配りながら相好を崩した。
「いやぁ、大人な一年で良かった良かった。はいこれ、千鶴の分」
「え、頂けるんですか」
「当たり前だろ。舞台は皆で創るものだからな」
 舞台は、皆で創るもの。口の中で復唱し、千鶴は自分の手の中にあるA5サイズの冊子をまじまじと見つめる。
「あ、そっかぁ、千鶴ちゃんは初めてだね」
……今まで単調な筋トレと、体力づくり、発声練習、訳の分からんカオス空間によくついてきてくれた」
 葵の力強い双眸にしっかりと見据えられ、千鶴は自然、背筋を正した。ところで訳の分からんカオス空間とはもしやエチュードと呼ばれる即興劇の事だろうか。
「ここからが舞台を創る上での本格始動にあたり、一番の醍醐味になる。文化祭、引いては秋の全国大会に繋がる県大会地区予選までの長丁場だが、是非楽しんでくれ」
「改めて清涼学園演劇部へようこそ!」
「気楽にね」
「楽しめよ!」
「っ……、はい、頑張ります……!」
 清涼学園高校一年、雪村千鶴は、とあることをきっかけに、演劇部へと入部した。
 映画を見たことは数度ある。テレビドラマもいくつか好きなものは挙げられる。舞台観劇は経験がない。ミュージカルなんて観に行こうと思ったことすらない。千鶴は文字通り、芝居に縁遠い生活を送ってきた。それでも、彼女は今、演劇部に在籍している。
 芝居創りに、関わっていく。
 千鶴は、台本を力強く握り締めた。
「それで、今回はどう書いたんだ」
「色々悩んだけど、当て書きしました! というわけで、今回私は裏方です!」
 南が元気よく手を挙げる。どういうわけなんだ、と葵が額を手で押さえた。
「当て書き……?」
「役者のイメージに沿って脚本を書くことだな。つまり、既に配役が決まってる。今回はオーディション無しだな」
 首を傾げた千鶴に、燐がそっと耳打ちした。
 オーディション。今回は、ということは、当て書きではない脚本の時はオーディションが行われるということだ。
 千鶴は瞬いて燐に礼を言った後、冊子を開いて登場人物一覧に視線を落とした。
「で、千鶴ちゃん」
「あ、はい!」
 千鶴は反射的に顔を上げた。南は腰に手を当てて、静かに切り出した。
「ガチで舞台アンド芝居初心者なあなたには、本当は音響とか照明とか裏方の仕事で一連の流れを感じてほしいところです、が!」
 にっこり、南がそれはもう綺麗な笑顔を浮かべる。千鶴はつられて頰を緩めてたが、南が次に放った一言で、見事に全身を固まらせた。
「ヒロインは千鶴、君に決めた!! よろしくお願いしまああああす!!」





    ◇     ◇     ◇





 今でもまざまざと蘇る南のいやにいい声に、千鶴は緊張と重圧からうっかり呼吸を忘れそうになって、意識して深呼吸を繰り返した。
 台本を渡されてから、三ヶ月。
 千鶴にとって全てが初めての事ばかりで、あっという間に季節は過ぎ去っていった。つい最近までポロシャツを着ていた気がするけれど、もう長袖シャツにベストなどを着て、くるぶしまでだった靴下の長さが膝下にまで伸びている。色も白から濃紺に変わった。
 季節は移り変わっていく。道理で本番までの日数が減るわけである。千鶴は軽く絶望していた。
「読み合わせ」という練習から脚本の手直しが瞬きの間に終わり、気付けば大道具や小道具を揃えていたし、衣装の仮縫いが終わっていたし、舞台上での動きも大方決定していた。だと言うのに、肝心の芝居、演技は、まったくもって中身が伴っていない気がする。
 最近の「立ち稽古」ではとうとう戦闘シーンの殺陣が導入された。何をどうすればいいか等は頭では分かっているのに、体が追いつかない。というか台詞も嘘くさい。とても大事なシーンなのに、自分のせいで台無しになっている気がする。
 現実が焦燥に拍車をかける。焦りが芝居のクオリティを下げる。そしてまた焦る。悪循環に陥っている自覚はあった。
……まずは、体がちゃんと動きを覚えないと……
 どちらかと、強いて言うならば形ばかりが先行している。台詞をきちんと言うだけ言って、棒読みと評される結果になってしまう。
 劇団四季の演出などは絶対的に定められた型があって、それに添うように役者が合わせていくのだというが、千鶴の所属する演劇部にそのようなものはない。全ては自分の力量にかかっているのだ。千鶴は何度目かの重い溜息をついた。
「どうすれば……、」
 あ、と千鶴は顔を上げた。





    ◆     ◆     ◆





 覇気とはつまり、こういうものかというのを、千鶴は全身で味わっていた。
 木刀同士がぶつかり合う瞬間、空気が凄まじい勢いで弾け、裂かれ、その余波が千鶴の身体を切り刻むようだった。
 だん、と床が震える。窓ガラスが軋む。天井から吊るされている照明までもが怯えて震えているようだった。
「そこまで!!」
 ひどく重たい音が響いた。身体のどこにも傷を負っていないのに、思わず「いたい」と心底思ってしまうくらいには。
 普段なら身の竦む思いがするその怒声でさえ陰りを帯びたようだった。
 荒い息が木霊する。
 ぜぇ、はぁ、と苦しそうに息をするのは同じ高校一年生の五本刀時雨だ。対するはすらりとした細身の女性で、その手には木刀が一振り握られていた。彼女は一つ長く息を吐くと、自然な動作で構えを解いた。
「よし、お疲れさん。もういいぞ、二人とも」
 それまでは二人の戦いを見つめて微動だにしなかった原田左之助が声をかける。いつも通りの穏やかな声音に、千鶴は自分の体が強張っていることをようやく自覚した。
 彼女は一つ瞬いて、肩の力を抜いたようだった。どさりと床に五体を投げ出した時雨は、「しぬ……」何事か呟いて、ぴくりとも動かなくなった。
「時雨、お前、途中から乗せられやがって。気が短いんだよ。煽られたら煽り返すぐらいしろ、情けねえ」
 原田がしゃがみこんで時雨の頭をタオルで無造作にかき回した。それを見ていた彼女がぽつりと言った。
「あんたが言うか」
「お前ほどじゃねぇよ、桜」
「よく言う」
「いい加減にしろ、お前ら」
……
……
 試合終了を告げた土方に遮られ、二人は沈黙した。
 ほら立て、と原田が時雨を促す。桜と呼ばれた女子生徒は床の端の方に転がっている木刀を拾いに踵を返した。
「千鶴ちゃん、だっけ。大丈夫?」
「っ、……
「大丈夫じゃなさそうだねえ」
 驚いてびくりと肩を跳ねさせた千鶴に、声をかけた総司は面白い物でもみるかのように目を細めた。
「一君、演劇部まで送ってあげなよ。僕はこの後忙しいから。君、この後は鏡花ちゃんと帰るだけでしょ?」
……
 一君、と呼ばれた男子生徒は一度総司を見、次いでちらりと千鶴に視線を移し、小さく嘆息して、すぐに踵を返した。
「えっ、あの、」
「いいからいいから。着替えに行っただけだし、すぐ戻ってくるよ」
 総司の言った通り、彼はすぐに戻ってきた。ほとんど同じタイミングで、剣道場の入り口が控えめに開けられた。清涼学園中等部の制服を着た女子が外からそっと中を覗いている。
「鏡花」
 艶やかな黒髪を百合の髪飾りで二つに分けてまとめている、静かな目をした可愛らしい中学生だ。雰囲気が彼によく似ている。妹さんなのかな、と千鶴は声をかけようか迷って、上手く喋ることができない事実に気が付いた。
 鞄を肩にかけた彼は、鏡花の前に膝をついた。
「先に下駄箱で待っていろ。俺は少し用がある」
「一緒に行く」
……分かった。お先に失礼します」
 お疲れっした、と方々から声が上がる。それに紛れて「行くぞ」と声を掛けられて、千鶴は慌てて未だ震える足を一歩、踏み出した。
 剣道場での先ほどまでの圧倒的な熱量と情報量は一体なんだったのだろうと不思議になるくらい、本校舎の廊下は静かだった。
 窓からの夕陽が三人を照らしていた。千鶴の一歩先を彼が進み、そのすぐ傍を鏡花がついていく。彼女は斎藤のブレザーの袖口を少しだけつまんで、離さなかった。
「雪村千鶴、だったか」
「え、」
 不意に、彼が口を開いた。
「俺は斎藤一、二年だ。……一方的にあんたの名を知っているのもどうかと思ってな」
「あ……、お気遣い、ありがとう、ございます……
「震えは治まってきたか。存外、肝が据わっているな。だが無理はするな、あれは何度かお前に向けて殺気を放っていた」
「!?」
 千鶴はぎょっとして目を見開いた。あれ、とはおそらく桜という女子生徒なのだろうと千鶴は直感的に思ったが、おそらく外れてはいないはずだ。
「原田先生から仔細は聞いている。役作りのためだと」
「そう、です」
「原田先生が演劇部の副顧問だったとはな、驚いた。だがもう十分だろう」
 斎藤が立ち止まる。千鶴は、いつの間にか演劇部が部室としている技術家庭科室にたどり着いていたことに瞠目した。
「二度と来ない方がいい。あんたの役作りの為にも、あんた自身のためにも」
 深い藍色の瞳が夕陽に照らされて、ひどく眩しかった。口の中が乾いていていっそねばついていたが、千鶴は内心の混乱とは対照的に、淡々と言葉を連ねていた。
……私に必要な事は、私が決めます」
 あまり無理はするなと続けようとして、斎藤はその言葉を飲み込まざるをえなかった。
「確かにとても恐ろしい思いをしました。でも、こわいからって、やめるのは、役を任せてくれた南先輩を、指導してくれている葵先輩を……アドバイスをくれて、支えてくれている、部員の方々への裏切りです」
 千鶴の声音はだんだんとしっかりとしたものになっていく。最後には、彼女は斎藤を力強く見返した。
「必要があれば、またお伺いさせて頂きます。その時はどうぞ、よろしくお願いします」
……
 危険だ。木刀がどこからか飛んでくるかもしれないし、どのような形であれ本気に本気で応える事こそ礼儀であると考える自分たちは、彼女のような無垢な存在に殺気と闘気を向ける事を躊躇わない。
 だが、これは。
……分かった」
 嘆息しながら、斎藤は仕方ないといった風情で了承した。ありがとうございますと、千鶴が頭を下げる。
「ただし、原田先生と土方先生の許可を得てからだ。いいな」
「勿論です」
「あまり根を詰めすぎるな。では、失礼する」
「ありがとうございました」
 今度こそ踵を返した斎藤の顔を、鏡花が覗き込む。「いいの?」小首を傾げた彼女の頭を撫でてやり、斎藤は「言っても無駄だ」と苦笑した。
 見学のみとは言え、やはり危険だし、殺気を直にぶつけられることは通常の精神状態を維持するのにも支障をきたす。斎藤としては、その道に進む意志のない者に稽古を見学させる気にはなれなかった。
 だが、あれは。あの瞳は、揺るがない。万の言葉を積んだところで、折れるものではないだろう。
 断言できる。なぜなら、そういう瞳を持つ者たちと、直に刃を重ねてきたので。
「ふうん」
 鏡花はどこか思案する素振りで、一度来た道を振り返った。
 静かな廊下は、夜の帳が降りようとしているところだった。