【なに清】六月

※大量クロスオーバー現パロ
※地雷で爆散しても文句を言わない人だけ読んでください。

【登場人物】
片岡桜:大好きな人がたくさんいる。
藤井冴美:なんだかんだJK楽しんでる。
沖田総司:好みの女の子のタイプとかあんまり考えたことない。
騰蛇:片岡兄妹にすっかり振り回されている。
勾陣:最近ふざけるのがちょっと楽しい。
六合(少陰):桜に負けず劣らず無表情鉄面皮。
安倍晴明:アパートの大家さん。
安倍昌浩:大人たちのおふざけについていくのが精一杯。

沖田総司(幕末Rock):ステージ上での人気者。

片岡真那賀:桜の兄。ひねくれている。





 その日は始業式だった。生徒全員が大体育館に集まる全校集会を終えた後は解散だった。放課後の部活動もなかったように記憶している。

 ───トモダチ少ないのはお互い様だろ。

 あの日以来、ふとした瞬間に桜の言葉が繰り返し響く。桜のところに遊びに来た冴美の、人見知りをするのだろう態度がふと思い出されて、すぐに霧散した。内心で舌を打つ。ほぼ初対面の人間を気遣うなど、あの日の自分は本当にらしくなかった。どうかしていたのだ。
 昨年は彼女と桜が同じクラスで、己は知り合いがいない中に一人放り込まれた形になった。勿論常に一人だったわけではないし、割と、クラスの中心にいたように思う。周囲には常に、男女問わず、ひとがいた。
 それが、年度を越えても、一緒にいるような仲ではなかっただけで。
(どいつもこいつも、上っ面)
 知らず、溜息がこぼれる。頭を振ってそれらを追い出す気力も無い。別にいいだろう、どうせ今、この教室には誰もいないのだから。

 ずろろろろ。

(ずろろろろ……?)
 頬杖をついていた総司は音のした方へ首を巡らせた。具体的には、自分の後ろの席に。

 ───すべての発端となった彼女以外は、という枕詞を、つけるべきだった。

……なに」
…………
 彼女はごくいつも通りの鉄面皮と無表情でもって、総司を見返した。その手には人魚のロゴマークで有名なコーヒーショップチェーン店の抹茶色をしたパックがあった。
………………
……
 湿気が重力以上に体にまとわりつき、体力や気力を奪っていく、梅雨。
 そんなことはお構いなしだと言わんばかりに、清涼学園高等部の敷地内にある大体育館では、軽音楽部のゲリラライブが開催されていた。
 滅多に無い学園のスター登壇に、生徒たちは我先にと教室を飛び出し、そういう事には縁のなさそうな冴美ですら、意外にも「部活の先輩に誘われたから!」と軽い足取りで階段を駆け下りていた。
 それを見送ったのがおよそ十分前。昼休みが始まって、ちょうど五分が経つかどうかといった頃合いだった。
 二ヵ月前に隠しきれていなかった総司への躊躇いや他人行儀な態度などは、総司が生来持ち合わせている人当たりの良さと桜の強引な会話で徐々に影を潜めていった。あんなとてもいい笑顔は、二ヵ月前での関係では想像もできなかっただろう。
「絆レベル上がったか」
……おかげさまで」
 誰との関係が深まったかのか、桜が言わんとすることを敏感に察し、総司は眼を眇めて答えた。
 彼女のことは嫌いではない。頭の回転が早く、口も達者で、持ち合わせている話題も豊富だ。くるくる変わる表情も、からかったら返ってくる素直な反応も面白い。ただ気に食わないことがあるとすれば、それらがすべて桜の誘導によるところが大きいという一点のみだった。
「お前、音ゲーも上手いんだってな」
「フッ、まあね。……えっ?」
「ん?」
 一瞬覚えた違和感に、総司は思わず桜をまじまじと見やった。
 カツサンドを口いっぱいに頬張った桜は、それらしく小首を傾げて見せる。しかし総司には分かった。これは明らかにこちらをからかって遊んでいるときの桜だ。
「姉さんふざけてないで、すぐにそれ飲み込んで、誰から聞いたの」
 桜はもっきゅもっきゅと大きく口を動かした。一度に頬張った量が量だけに、総司は焦れた。
「冴美ちゃんから聞いたの?」
 うん、と桜が頷く。総司は思わず手で顔を覆った。カツを飲み込んだ桜は、数回瞬いた。
「なんだ、隠してたのか」
「いや、別に……ただ、あの子はあんまり言いふらす子じゃないでしょ」
 そして、本当は、目立つ総司とはあまり一緒にいたくないはずなのだ。総司が今まで見てきたああいう手合いは、そういう事の方が多かった。
 総司も焼きそばパンを頬張った。冷めているがソースと紅ショウガの味が強いため、物足りないということはない。
「スランプか」
「ん?」
「お前のゲームの調子がいい時はそっちの負けが続く」
 桜の視線が一時だけ、机の脇に堂々置かれている剣道用具一式を捉えた。本格的に梅雨入りする前に一度手入れをしておこうと家に持って帰ったのだ。つい先日手ずから手入れしたそれらを見やりながら、総司は上の空で「そんなことないよ」と答えた。
「一君の調子がいいだけでしょ」
 同じ剣道部だが、今年も違うクラスになった斎藤一は、まさに学生の鏡ともいうべき男子生徒である。元々剣道部では沖田と一、二を争う腕前ではあったが、彼はここ最近、随分腕を上げていた。総司には、自分の不調に対しても、一の調子が良いことについても、これといった理由の心当たりはなかったが。
「すべてに力が入ってない」
……
「八つ当たりか」
「姉さん、楽しい?」
「いいや」
「じゃあやめてよ」
 桜は片眉を跳ね上げて見せたが、総司は取り合わなかった。静かに目を伏せた彼女は、食事を再開した。
 外では、静かに雨が降っている。雨粒の間を縫うようにして、大体育館からの爆音が微かに教室まで届いてくる。
 昨年までの自分ならば、参加していただろうか。いや、やはりステージに立つほぼ同姓同名の後輩が気に食わないから行っていなかったかもしれない。
 気が付いたら苛立っている。変に殺気立って、なんてことはない、本当に小さなことで誰かに噛みついてしまいそうだった。桜の言葉と、本調子が出せない己の体が、それに拍車をかけていた。
「生理」
「キレるよ、姉さん」
「それがいい」
 お前ごとき、造作もない。
 その言葉が聞こえたと思った時には立ち上がって、彼女に掴みかかっていた。
 確かに、胸倉を掴んだと脳は認識していた。けれども次の瞬間には世界が回って、少しの浮遊感の後に、脳天をかち割るかといった勢いで痛みがまっすぐに走った。体の中で空気が行き場を失った気持ち悪さに吐きそうになる。
 たかが三秒にも満たない出来事であるにも関わらず、息が切れる。ふと気が付けば体は床に横たわって、腕は所在なさげに宙をさまよって、腹の上には桜が跨って体の動きを封じ、涼しい顔でこちらを見下ろしていた。胸倉を締め付ける手の力は、容赦の欠片もない。

 これでも加減したとか言うんだろうな、このひと。

「あぁ」総司は、両腕を床の上に落とした。「完敗」少しだけ、胸倉を閉める腕の力が弱まった。
 呼吸が楽になる。少しだけ咳込んだ後、意識せずとも、長い、溜息のようなそれがこぼれ出た。「……無理だよ」
「なにが」
……なんか、……
 起き上がろうとしたのを察してか、桜はあっさりと総司の上から退くと、よっこらせと椅子に腰かけた。総司は床に胡坐をかいたまま、動こうとはしなかった。
……なんだろ。……去年と生活リズム違うからかな」
「スマホ見なくなったな」
「あぁ……、確かに」
 去年はクラスの中で作っていたグループチャットやツイッターなどで、誰かの投稿を確認したり、それに反応したり、自分も何かをネットに上げたり、何かと忙しなかった。
「所詮、上っ面だけだったんだなって、思うよ。チャットとか、もう全然動いてないし。皆各々のクラスでうまくやってるみたいだし」
「絡みに行かないのか」
「気を遣ってんの」
「必要あるか?」
 トモダチなら、必要ないだろう。桜の言わんとするところに、総司はふと苦笑した。
……姉さんたちと、いる方が……楽だよ」
 うむ、と桜が頷く。
「そうだろう」
「自分で言うんだ……
「冷えるぞ」
「はいはい」
 よっこいせ、と立ち上がり、総司は自分の身長に合わない椅子に腰を下ろした。
 思い返してみれば、彼らとの付き合いはひどく精神を消耗するものだった。
 自分の見てくれを保ちつつ、相手にとっての都合のいいステータスや道具に成り下がらないように、時折釘を刺す。場の空気を壊さないように、やんわりと。
 振り回されないように、先手を打つ。そのために情報は欠かせない。相手の機微を読んで、腹を探り合う。
 総司は、大抵うまくやっていた。してやられるといったことはなかった。何回か危ない橋を渡ったが、どうにか切り抜けてきた。
 楽しめていた。最初の方は。勢いのままにただひたすらそれらをこなして半年程度が過ぎて、余裕が出始めた頃に、飽きが来た。
 心の奥底でつまらないと思っているのとは裏腹に、それでも付き合いを続けたのは、ただ孤立化を避けていただけなのだろうか。
 今となってはもうわからない。考えたくもない。過去と向き合うのは、もう十分だ。
 目の前に、新しい絆があるのだから。きっと今は、そちらに集中すべきなのだ。
 新しく入ってきた、可愛がり甲斐のある後輩。真面目で、いっそ呆れてしまうような青年。探偵を目指す、賑やかで破天荒な同輩。何より、自分にはできない物の見方をする、少しだけ臆病な女の子。
 特に彼女は、特別丁寧に相手をしなければ、すぐに壊れて、いや壊してしまいそうだ。くるくる表情が変わるし、人に気を遣ってばかり、というわけでもない。それでも、自分の主張をするには、やっぱり少し躊躇ってしまう。
 他が変なところで頑強な分、彼女の普通さが際立っている。それがとても微笑ましい。別に彼女を子供扱いしているわけではないけれど。
「姉さんはさ。オトモダチ、居なくて平気なの?」
 なぜだか幾分軽くなった心で、意趣返しのつもりで、二ヵ月ぶりの仕返しをしてやろうと放り込んだ言葉は、いっそ潔く遠くに打ち飛ばされた。
「今は必要ない」
 つまり、即答である。
 彼女らしいといえばらしい答えに、総司は苦笑した。
「それ、冴美ちゃんが聞いたら泣くよ」
「あれは私の大切だ」
「、」
 ぱか、と総司の口が開く。
 彼は、うっかり言葉を失った。
 まさか彼女から。そんな言葉が。
 しかも、他人に対して。
 彼女の口から、出るなんて。
 総司は心の中で冴美に拍手喝采した。すごいよ冴美ちゃん、姉さんの大切なんか僕たぶん一回ぐらいしか聞いたことないよ。きっとおそらく姉さんが十六、七年生きてきて二回目くらいだよ冴美ちゃん。
 桜はあくまでも淡々と言葉を続けた。
「泣かせたら、殴る。目元と、頬骨の間」
……ピンポイントだね……
 我に返った総司は、数度その目を瞬かせた。
 加えて、桜の腕力なら確実に腫れるし、下手をすれば失明する。頬骨を骨折する可能性もある。部活が部活なので整形外科に抵抗はないができるだけ世話になる事態は避けたい。しかも部活以外の理由でなど、猶更だ。
「殴られる準備をしておけ」
「なんで泣かせる前提になってるの?」
「お前、好きな奴をいじめて泣かすきらいがあるから」
「え~、そんなことないよ~」
 言いつつ、総司ははたとその動きを止めた。

 あれ? なんだろう、すごく違和感があるけど、何かおかしくない?

 ランドセルを背負っていた頃から鍛えざるをえなかった桜の意思を読み取る翻訳係としての経験がいやにうるさく喚いている。少し落ち着いて、もう一度よく考えるべきだ。
 桜は冴美を大切だと言った。大切だから、泣かせた奴には容赦しない、とも。そして彼女は、総司に「殴られる準備をしておけ」と宣告した。つまり、桜から見て、総司は、ともすれば冴美を泣かせる可能性のある人物として現在認識されている。らしい。
 そこまでは百歩譲っていいとして。冴美を泣かせる可能性のある人物として認識した理由が、総司自身に「気に入ったものはいじめてその反応を楽しむ」癖があるからだと言う。
 確かに、冴美のことを気に入ってはいる。でなければ特に約束もきちんとしないまま放課後に一緒にゲームなどしないし、彼女に付き合って、わざわざ今までノータッチだったリズムゲームに手を出したりもしなかっただろう。
 でも。けれども。だがしかし。
 総司は、必死に自分を落ち着かせながら下手な薄ら笑いを浮かべた。
……それに、なんていうか、……今の姉さんの言い方だと、……僕が、冴美ちゃんを、その…………、好き……、みたい、な……
「え、違うのか」
「っ、」
 きょとんとした桜のその表情に、それがからかいではない、本心からの言葉だと見て取れて。
 そういう風に見えていたという、よくわからない羞恥と、彼女のことを好きなのかもしれないという、変な高揚感と。
 それから、彼女を泣かせる可能性があることを、これまで数度、確実にやらかしているという焦燥と、今まで自分がある程度推測していた、彼女の自分に対する認識その他もろもろが、がらがらと音を立てて崩れていく、絶望感と。
 とにかく、少ない言葉数に反比例して圧倒的な情報量を誇る、にわかには信じがたい現実を前に、総司はぼのぼの汗を飛ばしながら、またもや言葉を失ったのだった。