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桜霞
2024-04-24 11:30:45
15601文字
Public
【大量クロスオーバー】なにもない清涼学園
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【なに清】四月
※大量クロスオーバー
※人によっては吐き気を催す
※大量地雷生産機。爆散しない人だけ読んでください。
【登場人物】
片岡桜:無表情鉄面皮は文字通り鉄壁。
藤井冴美:去年桜と同じクラスでなんだかんだ仲良くなった。
沖田総司:言わずもがなめちゃモテる。
沖田総悟(銀魂):総司とは兄弟ではない。
桂小太郎(銀魂):あだ名がヅラ。
マシュ・キリエライト(FGO):色々あって転校してきた。
藤丸リツカ(FGO):立香とは二卵性双生児。知らない人はほとんどいないが有名人というわけではない。
藤丸立香(FGO):リツカとは二卵性双生児。大概「購買の人」と認識されている。大学生によく間違われる。
柊京一郎(大正メビウスライン):片田舎から進学してきた。学園始まって以来の秀才。寮に住んでいる。
五本刀時雨(大正メビウスライン):京一郎とは幼馴染。何でもそつなく器用にこなす。寮に住んでいる。
安倍昌浩:実は隠れた実力者だが周りが凄すぎて埋もれてしまうタイプ。
斎藤一(薄桜鬼):総司達とは中学くらいからの知り合い。従姉妹がいる。
志村新八(銀魂):ツッコミメガネ。
1
2
空は青く、新しい風が吹きこみ、明日への期待や高揚感に皆が少しは浮かれる季節。
新年度を迎えた清涼学園は、慌ただしくも例年通りに新入生を迎え入れた。
新しい環境へ飛び込んできた一年生に対してのイベントが多いこの季節は、二年生、三年生も忙しい。委員会での仕事の割り振りや、部活への勧誘など、やらなければならないことは山ほどある。
一年生にとってもまったく新しい環境だ。少なからず緊張し、上学年の生徒に対して身構えてしまう事も多いだろう。きっと周りにもそういうひとは多いはず。
そう思っていた柊京一郎の想像は、通学途中の道で派手な音を立てて打ち壊された。
「今日、授業昼までだっけ? どっかで遊んでかね?」
「ばか、新入生歓迎会があるだろ。ただの部活紹介だけど」
「あー
……
、忘れてた
……
。でもさぁ、俺ら持ちあがりじゃん? 他にも中学からそのまま上がってきてるやついるだろ?」
「下手すると幼稚園からの奴がいるぞ」
「正直、三年の後半から高校部活に参加してる身としちゃあ、サボる一択じゃーありません?」
「ありません。それに放課後にどうせ部活あるだろ。先輩らが面白いことするかもしれねーし、諦めて参加するんだな」
うへぇ、とサボりたがっていた男子生徒が首を竦めた。
「
……
」
彼らの会話が遠くなっていく。京一郎は、思わず眉根を寄せた。口元は下がり、自然と俯いてしまう。
「どうした、京一郎」
横を歩いていた時雨がかけてくれた声に、京一郎は反射的に顔を上げた。
「あぁ、いや、
……
少し、不安になって
……
」
アスファルトで覆われた道に、白にほんの少し薄紅を差した小さな花びらがそこらじゅうで模様を描いていた。時折視界を横切るようにして、ひらひらと風に遊ばれてくる。
「清涼高校は、幼稚園からもあるマンモス校だろう? 中学からエスカレーターで進学している彼らに、少し
……
出遅れている気がして
…
」
「あぁ、さっきの部活の話か」
うん、と京一郎は頷いた。既に関係性が出来上がっている仲に飛び込んでいくのは至難の業だ。人付き合いのいい時雨なら、きっと故郷から遠く離れたこの地でも多くの友人を得るのだろう。
しかし、京一郎は人付き合いが得意ではない。とは言え引っ込み思案というわけでも、誰かに話しかけられない、というわけでもない。
ただ遠慮してしまうのだ。清涼学園は一貫校とは言え、進学校ではない。そのため、同じ教室に中学入学生と高校入学生が入り混じる。部活動であれば尚更だ。
既に先輩方とある程度の関係性を得ている中入生が羨ましい。果たして自分はその中へ上手く馴染めるのだろうか。
「気にすんなよ、京一郎は京一郎らしくしてれば問題ねえって!」
「そうかな」
不安そうな京一郎に、時雨は苦笑した。
「そうに決まってるだろ! そんな弱気で、この学園の剣道部に入ろうってのかよ」
時雨が知った顔で言い放つ。京一郎は唇を尖らせた。
「時雨は何も知らないだろ! 全国有数指折りの強豪校、清涼学園高校剣道部だぞ。練習は噂以上に厳しいって聞くし、上下関係も
……
大丈夫かなぁ
……
」
「だーいじょぶだいじょぶ! なんなら一緒に行ってやろうか、坊ちゃん」
「坊ちゃんって言うな!」
「ははは!」
時雨はからりと笑って、巧みに京一郎の振りかぶった拳を避けた。京一郎はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。時雨は悪い悪いと軽く口にしたが、京一郎はしばらく取りつく島を持たなかった。
◆
新しい環境、新しい立場など、新しいものが増えていく中で、変わらないものも確かに存在する。それらが同じ場所に隣り合って存在していることに慣れ始め、落ち着きを取り戻し始めた四月中旬。
桜の季節はもう少しで終わりを迎える。花びらの合間に若々しい緑が見え隠れし、夏の気配を小さく漂わせていた。
それらが見降ろせる、清涼学園高等部ホール棟三階。
なんとなく聞いたことがる洋楽にこれ以上ないほど緊張感を高められる。体中の熱が顔に集まっている気がして、思考回路は大渋滞から大混乱、あちこちで事故を起こし、大パニックだ。
四肢は、特に手のひらからは、一気に温度が奪われている。冷えて震える手をドアノブに伸ばし、やはり引っ込めるという動きを繰り返して、どれくらい経っただろう。
落ち着け、落ち着いて、と自分に言い聞かせる。深呼吸は慰みにもならなかった。情けなくなって、涙が出そうになる。
やけくそになって、あぁもう、と頭の中で大絶叫した。冷静になれマシュ・キリエライト!
いくら異境の地、触れたことのない価値観、見知らぬ常識が堅固な城壁のように立ちはだかっていても、これからはここで暮らさねばならないのだ! つまりは、この一歩を踏み出さなければならない!
扉の向こうから、一定のリズムを刻むドラムか、ベースが聞こえる。詳しくないマシュには、低音の判別が難しい。もう一度大きく息を吸って、吐いた。
でも、やっぱり。眉が下がる。
なんとなく知っている曲に合わせて時折聞こえる数字のカウントを取る声が、どうにも自分の身の丈に合わないような気がして。
ぼんやりと浮かんでいるイメージは総じてきらきらしている。その一員になれたら、そう考えるだけでどきどきして、苦しくなる。けれど、決して嫌なわけではない。
楽しい、自然と体が動いてしまうような曲に惹かれるように、一歩、扉との距離を詰めた、その瞬間。
「あれ、新入生?」
「はいっ!!」
本当に心の底から驚いて、マシュの体は不自然に跳ねた。心臓が耳にあるのではないかというくらいに鼓動がばくばくとうるさい。顔はとても熱くて、今すぐ冷水を被りたい。頭から。
マシュに声をかけたらしい女子生徒は、穏やかで暖かな陽の色をした髪を揺らして、力の抜ける笑みを浮かべた。
「部活見学?」
「あっ、えっ、は、はいっ、そう、です
…
」
どうやら上級生らしい。マシュは慌てて姿勢を正して、何か言おうと口を何度か開閉させた。
「あ、あの、その、え
…
っと
…
」
しかし肝心な時に言葉は出てこない。その様子を見て忍び笑いをこぼした彼女は、「まぁそう緊張しないで」とマシュの手を取った。
「おいで、まだ基礎練始まったばっかりだよ、大丈夫」
「えっ、」
「こんちはー!」
こんにちはー、と様々な方向から声が飛んでくる。マシュはおっかなびっくり彼女に手を引かれるまま進んだ。
見た目より分厚かった扉が背後で音を立てて閉まる。部屋に入ってマシュは眼を見張った。部屋の四方を囲む壁の内ひとつが鏡で覆われていたのだ。
思い思いの格好をした部員達が揃ってリズムを取っている。「どうぞ」呆気に取られ、鏡の方に気を取られていたマシュは、不意にかけられた声に再び肩を跳ねさせた。
「座って座って。パイプ椅子でごめんね」
「えっ、いえ、すみません、ありがとうございます」
「どうぞどうぞ。私、藤丸リツカ。ダンス部でーす」
「マシュ・キリエライトと言います。よろしくお願いします、藤丸先輩」
リツカでいいよ、と彼女は朗らかに笑った。彼女の纏う雰囲気の柔らかさに、マシュは体の力が抜けるのを感じた。つられて頬が緩む。
「マシュちゃんかぁ。一年生だよね」
「はい、一年一組です」
あぁ、原田のクラス、と頷いて、リツカは困惑気味に首を傾げた。
「もし勘違いだったらごめんね。その
……
マシュちゃんて、もしかして、転校生?」
「あ、はい、そうです」
「そうなんだ」
あの、でも、お気遣いは不要です。そう続けようとしたマシュは、リツカに遮られた。
「じゃぁ、新入生歓迎会、見れてないんだね。なるほど、それで部活見学か」
「あ
……
は、はい、そうです」
四月の入学式にも、オリエンテーションにも、最初のガイダンス授業にも間に合わなかった転校生。そもそも一貫校に転校生が来る事自体が珍しい。マシュは好奇の視線の対象になっていることを自覚していた。
何故この時期なのか、何故日本のこの土地なのか、どこから来たのか、予想される質問は数多くあった。けれどリツカはその一切を口にしなかった。
あくまで清涼学園の一生徒として接してくれているのだ。その事実に、緊張でぎゅうぎゅうに縛り付けられていた心が本当の意味で楽になっていくようだった。不思議と呼吸もしやすくなった気がする。
マシュはつい先ほどドアの前で右往左往していたのが嘘のように言葉を紡ぎ出した。
「このダンス部は、普段どんなダンスを中心にしていらっしゃるんですか? ダンスと言っても種類がいろいろありますが
……
」
「うちは基本ヒップホップだよ」
身を乗り出したマシュに瞬いたリツカは、けれどもにっこりと笑ってマシュの質問に答えた。
「でも、チアもやる。本当のチアみたいにアクロバティックな派手なことはしないけど、野球部とかサッカー部の試合の応援に行くんだ」
「大会などにも参加されるんですか?」
「ううん、うちは違う」
ダンス部を要する学校は日本に数多くある。ダンスの種類にもよるが、高校生のための大会も地区から全国レベルまで用意されている。勿論強豪校なるものも数多く存在しているが、リツカは首を横に振った。
「大体のダンス部は大会とか文化祭とかを目指して練習を頑張るんだろうけど
……
うちはどっちかというと、地域のイベントとかに盛り上げ役で参加するかな」
大会でその技の優劣を競うより、踊ることを楽しみ、それを観客に伝え、その時だけでも一緒に楽しもう、ということに重きを置いた部活なのだ。
自分のために技の精度にこだわり、突き詰めるのではなく、いかに魅せ、いかに感動を伝えるか。踊ることは、体を動かすことは、何かを作るために鍛錬を重ねることは楽しいことなのだと、ぶつけるために。
「だから部活の実績としては、どれだけなんちゃって営業活動したかなんだよね。たまにライブのバックダンサーとかもやるよ。お金が関わることは、部長と顧問に丸投げだけど」
リツカの話を聞いていたマシュは、そういう部活もあるのか、と瞳を丸く見開いて感嘆した。
大学ならまだしも、高校の部活動という枠組みで様々なイベントに飛び込もうというのだ。しかも顧問の指導ではなく、あくまで生徒主体である。
「そういう活動が、許可されているのですね」
「うん、うちはそういうの自由だね」
ところで、とリツカはマシュに改めて向き直った。
「マシュちゃん、他の部活はもう見た?」
「いえ、それが、まだなんです」
「そうなの? じゃぁちょっと待っててね、案内役呼ぶから!」
「えっ、そんな、」
「いいのいいの! 先輩のご厚意として有難く頂戴しちゃって!」
リツカが悪戯っぽく笑いながらスマホを素早く操作する。マシュはつられてはにかみ、では、と頷いた。
「ありがとうございます、先輩」
「どういたしまして! あっ立香? 暇でしょ?」
二言三言交わして、リツカは通話を終わらせた。あと五分で来るから、それまで、と他愛ない話しに花が咲く。
リツカがマシュを名前で呼び、マシュがリツカを先輩と呼ぶ事に躊躇いを感じなくなるには、十分な時間だった。
藤丸立香は、部活動には参加していないどこにでもいる男子高校生である。髪と瞳の色のせいで似ていないと思われがちだが、双子の姉はダンス部で活動しており、そこそこ顔も広い。
おかげで立香も友人は多かった。立香は立香で、顔が広い理由は他にもあるのだが。
「いやでも、ほんとにびっくりしたよ。あの時の新入生だよね」
「はい、その節はお世話になりました」
ダンス部が活動拠点としているスタジオから離れ、ホール棟の一階へ続く階段を進みながら、二人は同じ時を思い出して肩を震わせた。
新学期が始まって一週間経つか、そうでないかという時期だった。立香は昼休み前の授業が残り十分を切った頃、毎度のごとく邪魔にならないようにこっそり抜け出して、購買のバイトに向かった。
慌ただしく黒いエプロンを制服の上から着て、空腹で飢えている学生のためにサンドイッチや弁当を並べていく。購買のスタッフの中年女性と忙しそうに立ち回りながら挨拶を交わす、いつもの昼休みだった。
その日いつもと違ったのは、購買に群がる生徒達の怒涛の勢いを初めて目の当たりにして、驚きに呆けてその場の空気に呑まれ、気圧されている生徒がいたことだ。
そう、例えば、マシュ・キリエライトのような。
一応、列を作ってはいるものの、狭いスペースに対する生徒数にあってないようなものと化しているそれを捌くのは、購買スタッフの手腕に左右される。
押さないで、抜かさないで。そう声をかけるのも購買スタッフの仕事だ。勿論、人並みに揉まれている新入生を手助けするのも例に漏れない。
「先輩が手を伸ばしてくださらなかったら、昼食を食べられずに、空腹で苦しい思いをしながら午後を過ごすところでした」
「そうならなくて良かった」
「はい。本当にありがとうございました」
「どういたしまして。それで、部活見学だっけ。何か興味のあることとかある?」
「それが、こういうのは初めてなので
……
恥ずかしながら、これと言った趣味は読書くらいなんです」
「そうなんだ。じゃあ、片っ端から見て行こう!」
「はい!」
ついでに設備案内もするよ、と付け足した立香に、マシュは慌ててありがとうございますと頭を下げた。
◆
今日の練習予定、と書かれたホワイトボードを確認して、京一郎を含む新入生剣道部員は首を傾げた。
いつも通りの基礎練習の後に、個人戦練習(簡易)と書かれていることまではいい。分からないのはその時間が今までの半分になっていることだ。
加えて、部活動終盤のクールダウンストレッチが始まるまで、相懸り、と大きく乱雑に記入されている。
「これ、分かる?」
「あぁ、それ、僕も不思議だったんだ」
「そうなんだ」
竹刀を携えた志村新八は、力になれずにごめんね、と申し訳なさそうに笑った。京一郎は大丈夫だと首を振って、「先輩の誰かに聞いた方がいいかな」少しだけ不安そうに呟いた。
「うーん
……
聞くならそうだな、斎藤先輩とかなら教えてくれそうだよね」
「そうだね」
「僕も気になるから、一緒に行ってもいいかな」
「勿論」
良かった、と新八は安堵に胸をなでおろした。
京一郎の当初の不安だった高入の生徒は勿論、中入生の同期と上手く関係を築けるかどうかは、部活動が始まってすぐに解決した。
部活動での練習では、二人ずつペアを組んで行うものが多々ある。志村新八は京一郎が高校生になって初めて竹刀をぶつけ合った相手だった。
稽古が終わった後に新八が話しかけてくれて以来、二人は部活でよく行動を共にしている。
「あっ、斎藤先輩」
「
……
志村と、柊か。どうした」
斎藤が二人に向き直る。深い藍色をした双眸には厳しさが添えられていた。静かだが凛々しい顔立ちに、自然と二人の背筋が正される。
「あの、聞きたいことがあって」
「今日の練習予定に、『あいかかり』と書かれてあって」
「そうか」
瞬いて、斎藤は少しだけ思案する素振を見せた。彼の表情は滅多に動かず、何を考えているのかよく分からない節がある。
時にはそれが人に誤解を与える原因となるのだが、それでもふたりが斎藤を選んだのは、すぐに思いつくまともな先輩が斎藤だったからだ。
「俺達は『あいがかり』と呼んでいる。『あいかかり』でも間違いではないだろう」
新八と京一朗は思わず顔を見合わせた。
「その、相懸りって、どういう稽古なんですか?」
京一郎が代表して質問する。斎藤は淡々と答えた。
「端的に言うならば、バトルロワイヤルだ」
「
……
えっ?」
新八と京一郎の声が揃った。斎藤は眉一つ動かさずに淡々と説明を続ける。
「新入生歓迎会の折に防具一切無しの演武のようなものをやったが、覚えているか」
「あ
……
はい」
「すごかったです」
「あれをやる。全員で、誰かひとりが勝ち残るまでな」
「
……
えっ?」
再び二人の声が揃った。
どういうことなんだと小さく混乱し始める二人とは対照的に、斎藤は改めて言葉にするとなかなかに危険だなとどこか他人事のようにぼやいた。
「心配するな、保健室は近い」
「まったくもって安心できる要素じゃないんですけど」
「幸運を祈る」
「幸運って言いました? 今幸運って言わなかったアンタ」
志村が鋭く突っ込んだ。斎藤はどこ吹く風で踵を返し、二人に背を向ける。
「
……
つまりどういうことなんだ
……
? いやわかるよ、字面的にはわかるけども理解したくないっていうか」
「
……
斎藤先輩って、冗談を言うような人ではないし
……
」
「いやわかんないよ、冗談言うかもよ、斎藤先輩にだって冗談言いたくなる時ぐらいあるよ」
「でも嘘を言っているようには見えなかったよ、志村君」
「僕は冗談だって信じたいよ柊君」
「
……
」
「
……
」
沈黙がその場を支配する。二人は互いに目配せしあって、この話題はもうおしまいにしようと決めた。
◆
だん、という、聞こえるはずの、目を見開くような音が聞こえない。そう認識して、それがどういうことかを悟った時には、軸足が浮いて、頭から抜けていくような奇妙な浮遊感があった。
「そこまで!」
鋭い声が無我夢中になって忘れていた我を取り戻させる。荒い息遣いを自覚すると同時に、四肢にどっと疲労がおもりのようにのしかかってきた。気付いたら自分は大の字になっていて、関節を地に押さえつけられていた。
自分を押さえている男の顎を大粒の汗が伝って落ちる。耳朶が濡れて、これは自分の汗だと、身体的疲労に反してか、それとも比例しているのか、どうでもいいことが脳裏を巡る。
「時雨、うちは総合武術だがな」毎日調子が変わらない叱責が飛んだ。「今は何でもありの時間じゃねえぞ、忘れるな」
時雨はゆっくりと後輩を押さえていた手を離し、乱れた襟を申し訳程度に整えてやった。
「サーせん」
「腕立てと腹筋、二十回! 昌浩、お前はストレッチだ」
「アい」
返事をしながら時雨が伸ばしてくれた腕に素直にあやかって、昌浩は少しだけよろめきながら立ち上がった。「次!」顧問の原田が声を張り上げる。二人は急いで場所を次の組に譲った。
「大丈夫か? 変な音はしなかったが」
「はい、受け身取れたので」
「そりゃすげえや」
思わず、といった様子で時雨が笑う。次いで、彼は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「悪いな、つい手が、いや足が? 出ちまって」
「直さなきゃだめですよ、先輩。今の、俺の判定勝ちですからね」
「分かってるよ」
苦虫を噛み潰したような表情のまま、ちゃんとストレッチしろよ、と言い残して、時雨は踵を返した。そのまま床面積の三分の一を占めている様々なトレーニングマシーンの一つへ向かっていく。
普通の教室を二つ繋げて少しだけ余る、といった広さのトレーニングルームは、総合武術部の根城だった。雨天時は主に外で活動する部活がトレーニングマシンを使用するが、それ以外の時は総合武術部が使用している。
この部活で唯一の中学生である昌浩は、他の部員の邪魔にならない場所でクールダウンのストレッチを始めた。高校部活は六時半までの活動が可能だが、中学生は特別な用事でもない限り五時半には帰らなければならない。
時刻は五時十五分。急がなければ規則に厳しい先生などにはお叱りを受けてしまう。ただでさえ特例扱いなのだ。規則ぐらいはきっちりと守らなければ。
ある程度ストレッチを終わらせた所で、原田が昌浩を呼んだ。返事をして、昌浩が原田に駆け寄る。
「痛むところはあるか」
「無いです」
「最後、上手く受けたな」
「へへ、ありがとうございます」
明確なルール違反を仕掛けられたとは言え、褒められれば頬は緩む。得意げな昌浩を、原田は特に咎めなかった。
「異常があれば、すぐ言えよ。着替えたら上がっていいぞ」
「ありがとうございます」
「おう、お疲れさん」
「お疲れ様でした」
ペナルティで与えられた筋力トレーニングを終えた時雨がお疲れ、と遠くで声を出さずに口を動かした。昌浩は軽く会釈して返し、手早く着替えてお疲れ様でしたと声を張り上げる。
方々からばらばらにお疲れさま、と帰ってくるのを背中で聞きながら、昌浩はトレーニングルームを後にして、半ば駆けるようにして下駄箱へ急いだ。
中学生である昌浩が高校の部活動に参加できているのには、訳がある。簡単に言えば、中学、高校、どちらの校長にも直訴した。
昌浩は昔から体術を学んでいた。しかし昌浩が中学生に進学するタイミングで両親の海外勤務が決定し、昌浩は一人暮らしをせざるをえなくなった。
そこで清涼学園近くにアパートを営んでいる祖父の元へ転がり込んだのだ。
おかげで地方予選を突破できるぐらいには鍛えていた体術を諦めなくてはならなかったが、清涼学園高等部には総合武術部という、昌浩が求める環境がそこにあった。
ダメで元々、不許可と言われれば大人しく引き下がろう、と腹を括ってどうにか参加できないかと直談判を試みてみれば、条件付きとは言え、あっさりと許可が下り、昌浩は目を白黒させたのを今でも覚えている。
「良かった、ぎりぎり五時半」
一人暮らしを始めるにあたって贈られた腕時計を見て、ほっと息をつく。廊下は走ってはいけないと誰かが言っていたが、昌浩のはあくまで早歩きより少し早い駆け足である。
風紀委員に見つかってもそう言えば、いやこれなら大丈夫と教えてくれたのは同じアパートに住んでいる桜だ。年は四つ離れているが、幼い頃から折に触れてアパートに預けられていた昌浩とは幼馴染のようなものである。
靴を履き替えて昇降口を出た昌浩は、思わず、あ、と声をあげた。
「さくらー!」
ん、とすらりと背の高い女子生徒がこちらを顧みる。大きく手を振りながら駆け寄ると、桜は少しだけ顔をしかめて、眼鏡を取り外した。
「桜、眼鏡なんてしてたの?」
「ブルーライト対策」
「そうなんだ。
……
えっ、なんで? というか桜、部活は?」
「私は帰宅部だぞ」
「えっ!?」
昌浩は驚いて目を剥いた。
話が逸れるが、総合武術部に入部する際に昌浩の実力が議題に上った。体格も体力も劣る中学生が高等部の部活動に参加して問題ないかを確認するためだ。
そこで原田を始めとした関係各所に口添えをしてくれたのは誰あろう、桜である。
桜は総合武術部と演劇部を顧問として預かっている原田と同じ槍術道場に通っている。つまり同門だ。桜と原田の場合、それだけではなく、桜が姉弟子という関係にあたる。
原田から裏話を教えられた時に、では桜も部員なのかと聞けばそうではないという答えが返ってきたから、てっきり文芸部か何かに所属しているものだと思いこんでいた昌浩である。
なぜなら、以前文芸部が拠点としているコンピュータールームに桜が通っているのを昌浩は何度も目撃していた。コンピュータールームは比較的中学棟に近い場所に位置しているのだ。
「いろいろあってな」
桜は常と変わらぬ鉄面皮で言った。こうなると桜がそう簡単に口を割らないのを昌浩は知っている。付き合い自体は長いものの、歴代桜係と称される程、桜に詳しくない昌浩は、曖昧にそっかぁと頷くしかなかった。
「今日はなんで剣道部なの?」
「相懸り稽古をするらしくてな」
「あいがかりけいこ?」
「バトルロワイヤルだ」
「バトルロワイヤル」
昌浩はあまり話したことはないが顔だけは知っている高等部剣道部員を思い浮かべてみた。
「
…………
」
そうっと剣道場と呼ばれる小体育館を見上げる。
「
……
道場、壊れないの?」
「壊す勢いでやってるんだがな」
「、」
冗談か本気か分からない表情で、桜はゆるりと小首を傾げた。
この道場、いつか破壊されるな、と昌浩は確信した。
「ところで、時間はいいのか」
「あっ良くない! じゃあね、桜、また後でね!」
「おう」
現実に引き戻された昌浩は、慌てて踵を返した。夕日が眩しい。一瞬聞こえた剣戟の激しさに思わず道場を振り返ったが、そこにはいつも通りの風景が広がっていた。
そこは、正しく戦場だった。
担い手を失って投げ出された木刀の切っ先が吸い込まれていく。
咄嗟の事に目を見開いてどうにもできない立香の目の前を黒い影が瞬き一つで横切った。
だん、だん、とおよそ人が出せるものとは思えない音が立て続けに響き、影はもはや捉えられない速さで道場を滑るように移動する。
「、っげほ、」
押し出される空気をそのまま咳にして何度か吐き出した美丈夫が、剣先を下にして取った防御の構えをそのままに膝を着いた。
「五分休憩!」
マネージャーの鋭い声が少しだけ空気を緩めた。
「大丈夫ですか、先輩」
「あ、うん」
マシュがかけてくれた声に驚いて、体が跳ねた。その拍子に蹴ってしまった木刀に驚いて、慌ててそれを拾い上げる。
手は上手く力が入らず、小刻みに震えていた。冷や汗が体中から噴き出して、今更ながら恐怖が体中を支配する。
驚いた。心底驚いた。
相懸り稽古という珍しいものをやるから見学にはちょうどいいだろう、と顧問が用意してくれた席で、立香とマシュは揃って正座をして稽古を見学していた。
稽古は圧巻の一言に尽きた。始まってしばらくは新入部員が戸惑っているのが伝わってきたが、彼らが脱落した中盤以降は、文字通りそこは戦場と化していた。
「すまない、怪我はないか」
「あっ、はいっ、大丈夫で、え、あれっ、斎藤!?」
「あぁ、そうだが」
今気づいたのか、と彼は木刀を受け取って、少しだけ乱れた息を整えた。汗が頬を伝い、首を伝い、着ている着物に染みを作っている。
「お知り合いなんですか?」
「うん、去年同じクラスだったけど
……
全然わかんなかった
……
」
「そうか」
すまなかったな、と斎藤は重ねて頭を下げて謝った。立香も慌ててこちらこそ、と礼を返す。
「気付いたら目の前に木刀が転がってて、むしろ何があったのかよくわかんないというか
……
助けてくれたひとに、お礼言わなきゃというか
……
」
「それには及ばない。俺の木刀を弾き飛ばしてあんたを危険に晒したのも、あんたを飛んでくる木刀から守ったのも同じ奴だ」
弾き飛ばされる力量不足の俺こそ謝罪し、礼を述べねばならないと付け足す斎藤はどこまでも謙虚で真面目だった。立香はそれなら、と口を開いた。
「後でそのひとのところに一緒に行こう。それでいいだろ」
「
……
あんたがそこまで言うなら」
嘆息と共に吐き出して、斎藤は会釈をし、再び稽古へ戻って行った。
「始めます、五秒前! 三
……
二
……
一、始め!!」
激しい剣劇に、圧力に、思わず身を引いて、後ずさる。どうにか目をそらさずにいられるのは、それらが全て自分に向かっていないと本能的に理解しているからだろうなと立香はどこか遠いところで思った。
◆
来客を告げる短いメロディーが断続的に響く。どこか呆けた表情でいる二人に、「ちょっとちょっとどうしたの」リツカは口をへの字に曲げて主に立香の肩を揺さぶった。
「いやぁ
……
最後に剣道部見て来たんだけどさ
……
」
「あぁ、いろいろやばいって噂の? どうだった?」
「すごかったです。私達は座って見ているだけでしたが、どうしてか気力をごっそり消費したような
……
」
「戦場から這う這うの体で帰ってきたよ
……
ぎりぎり五体満足だよ
……
」
「えっそんなにやばいとこなの
……
?」
部活終了後に斎藤と連れ立ってひとりだけ制服のままだった片岡桜という、これまたよく見れば今年同じクラスになったばかりの女子生徒に礼を言いに行き、立香はようやく肩から力を抜いたのだ。
マシュに至っては、全身から強張った、変な力が抜けたのは、リツカと合流し、店のテーブルに着いて椅子に座って少したってからである。
「とりあえずマックシェイク飲みな、疲れた時は甘いものだよ」
放課後の醍醐味ということで、部活が終わった後に集合した三人は、報告会と称して大手バーガーチェーン店のテーブル席を一つ占領していた。
リツカが見当違いのアドバイスを口にするが、それに突っ込む気力すらもない立香とマシュである。二人そろって冷たく甘い、どこかかき氷を思わせる飲み物を口に含み、もごもごと動かした。
「それでそれで、どこか興味を引かれた部活などはありましたかマシュさん!」
気を取り直してと言わんばかりにリツカが身を乗り出してくる。マシュは頬を緩めて、一つ頷いた。
「どの部活も、どの生徒さんも皆さん個性的で、面白い方達ばかりで
……
でも、まだ演劇部など、きちんと見学できなかったところもあるので、四月末の入部を目標にもう少し考えてみます」
「うんうん、マシュにはマシュのペースが一番だよ! 基本的にどこだっていつでも歓迎してくれると思うしさ! 演劇部の公演、良かったら一緒に行こうよ!」
「はい、是非!」
「立香もしょうがないから誘ってあげる」
「えっ、俺もいいの?」
「勿論です。三人で行きましょう、先輩!」
立香はありがとう、と嬉しそうに破願した。
マシュもはにかんで、ごまかすようにマックシェイクを持ち直す。
指先に伝わる冷たさとは正反対に、頬は少しだけ熱かった。
まだ四月。夜は冷えるというのに、何故だろう。マシュは内心で首を傾げたが、深く追求しようとは思わなかった。何故なら、それだけで満たされるぐらい、暖かで、満面の笑みで飛び跳ねたいくらい、幸せな時間だったので。
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