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桜霞
2023-04-10 01:54:15
21796文字
Public
【大量クロスオーバー】いろんな清涼学園
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【少陰】畢生道中膝栗毛
※少年陰陽師二次創作(後々大量クロスオーバー予定)
※オリキャラが主人公です 二人に増えました
※じい様と昌浩と藤花と神将がちょっと出ます
※いろんな作品と微クロスオーバーし始めてる
※キャラ崩壊しとるかも
※続く予定
1
2
3
ぷるるるる、と無機質な音が繰り返される。
「頼むから出てよ
……
!」
平坦なそれが、今はいっそ恨めしいし、苛立たしいことこの上ない。
「向井!」
「!」
向こうから敏次と橘が走ってくるのを見て、詩織は一度耳から携帯を離した。携帯の画面に映し出されているのは、冴美の名前と、呼出中の文字だ。電話を切るボタンを押して、顔を上げる。
敏次と橘は少しだけ息を切らしていた。
「だめだ、見つからなかった。先生には?」
「片岡さんが連絡してくれた。すぐ来てくれるって
……
」
冴美がいなくなったのに気付いたのは、詩織たちが四ツ辻で営業しているにしむら亭へ到着してからだった。皆それなりに足に疲労を溜めていたため、なだれこむように店へ入り、食事をする旨を伝えて奥の座敷へ通してもらった。そして店員にお冷とおしぼりをちょうど四つ渡されて、冴美が近くに見当たらないことに気付いたのだった。
ひとまず詩織が電話をかけ、メールをした。空腹のまま素人が捜索に乗り出せば却って事態を大きくすることになるかもしれないから、という敏次の判断で、食事をする間は冴美を待つことにした。うんともすんとも言わない携帯をじりじりとした心持ちで見張りながら食事をするのは、当然心身が休まるものではなかった。詩織は何度も携帯のキャリアセンターにメールが届いていないか問い合わせたが、新しくメールが届くことはなかった。
食事を終えた詩織達は、下山しながら冴美を探すことにした。
敏次と橘は四ツ辻から御幸参拝所の方へ向かい、詩織と桜は来た道を戻ることになった。いったん三ツ辻で合流してからは、敏次達が八烏ヶ池を通る道へ進み、詩織達は谺ヶ池へ進んだ。詩織は池のほとりで何度も手を叩いたが、何故かこだまは一度たりとも返ってこなかった。
そうこうしているうちに、詩織たちは境内にまで戻ってきてしまった。冴美の電話番号を知っている詩織が冴美に電話をかけ続け、桜が教員の緊急連絡先へ電話をすることになった。
「向井、坊城!!」
「あ、先生!!」
桜の連絡を受けて、一番近くにいた教員が戸惑いを隠しきれていない表情をしながら駆け付けた。
「藤井が居なくなったって、どういうことだ」
「稲荷山を登ってる途中ではぐれちゃって
……
」
「分かれ道だったのか?」
「いいえ、一本道でした」
「それで一体どうやってはぐれるんだ」
教師は呆れたようにして言った。
稲荷山の参道は基本的に整備されている。道は鳥居に囲われているところがほとんどなので、真っ直ぐ進めば基本的に迷うことはない。
「でもいなくなっちゃって
……
! 遭難とかしてたらどうしよう
……
」
心配の色を通り越して顔を青くさせている詩織に対し、橘は面倒そうな風情を隠しもせずに言葉を吐き捨てた。
「サボりじゃないか? あいつよく居なくなるし
……
」
「違うよ! 冴美はそういうやつじゃない!!」
「けど現に居なくなってるだろうが、何回も」
「落ち着きなさい、二人とも」
売り言葉に買い言葉になりそうだった詩織と橘が揃って口を噤む。教師は嘆息しながら言った。
「後は先生がやっておくから、お前達は先に予定通りの場所へ向かいなさい。もしかしたら、先にそちらに行って待っているかもしれないからな」
「迷惑なやつ
……
」
ぼそりと言った橘を、ギッ、と音を立てて詩織が睨め付ける。橘は憮然とした態度でそれを受け流した。敏次は思わず、眉間を指で押さえてしまった。
「片岡。お前は残って、先生を手伝ってくれないか。藤井が戻ってきたら、二人で班に合流してくれ」
「
……
はい」
教師は他の班にも声をかけ、これから東寺に行く組を見つけると、敏次達を混ぜて行動するよう言い含め、さっさと先に行かせてしまった。
桜は、教師が携帯で何やら連絡を取り合っている間、特にすることもなくその場でぽけらっと待機していた。知っているだけの顔がぽっと消えようがどうなろうが、桜にとっては至極どうでもいいことだった。
話がついたのか、教師は桜を連れて社務所を訪れた。受け付けてくれた巫女さんにこれこれこうで、と説明すると、何やら神職の方々同士でぼそぼそ相談した後、何か決まったのか、いっせいに人が動きだした。
「上の方は土地のもんが見ますから、先生は私らと一緒に行きましょか。お嬢さんは奥に上がって待っとってもろてもかましまへんか」
「ええ、大変助かります」
すみません、と頭を下げる教師を先に外へ出し、この辺りで逸れたと桜に地図の上を示させて、巫女さんはちゃきちゃきと千本鳥居の方へ進んで行った。
騒がしかった社務所が、しん、と静まり返る。桜が顔ごと視線を巡らせると、奥の座敷から老人がひとり、ぬっと顔を出していた。
「あがりよし」
音もなく、老人の顔が奥へと引っ込む。桜の小さな「お邪魔します」という声は、大して響かなかった。
桜が奥の座敷に上がり、畳に腰を下ろすと、着物に袴を着た老人は慣れた仕草で茶を淹れた。
「どうせ見つからへんわな」
「はい」
知った風な老人に、桜は淡々と答えた。老人にとっても、桜にとっても、この稲荷山で冴美が見つからないだろうことは、とっくに判りきっていたことだった。
「どこぞに隠されたか」
桜は答えない。
「───喰われたか?」
老人の圧が桜にかかる。桜にとっては無視をしても良いものではあったが、己の担当する山で人死にが出たとあっては、確かに寝覚めが悪かろう、と答えてやることにした。
「いいえ」
「
……
さよか」
老人が安堵の息を吐く。
「ほな、どこぞに隠されたんか」
それはそれで面倒な、という気配を漂わせる老人に、桜は「いいえ」と短く答えた。
「、なに、いいえとな」
「はい」
「せやったら、どないして消えたんや」
桜は一度口を開けて、しかしすぐに閉じた。そうして少し黙って、───これは彼女の思案する素振りなのだが、彼女のことをよく知らない者にとって、とてもそうはみえない───ゆっくりと、言葉を紡いだ。
「
……
足を」
「あし」
「滑らせただけです」
ぽか、と口を開けたじじいは、はぁ、と呆れたような息をついた。
「そな阿呆な」
「はい」
「はい、て。あんたはんの身内やろが」
桜はきゅ、と口を噤んだ。見るものが見れば顎が引かれ、眉が寄っていて、いかにも心外ですという顔をしているが、生憎年を食って目を悪くしているじじいには分からなかった。しかし伊達に歳を喰っていないじじいであるので、その辺りは桜の表情を見ずとも分かった。
「赤の他人でも同族は同族。迎えに行ったり。あんたはんしかよう行かれへんやろ」
「
…………
」
「そない嫌な顔せんと。ほら、お煎餅あげるよし。食べてったらええ。お茶ももう一杯淹れたろな」
「
…………
」
「ええ子やから、行っといで」
「
……………………
」
たっぷりとした沈黙が訪れた。
桜のことをよく知るものがここに居れば、彼女の顔に「どうして私が」と、これでもかというくらいに大きく書かれているのが見えただろうが、生憎ここには自分の山で起きた手に負えない事象をどうにかできる人材に全力で丸投げしようとしている計算高いじじいしかいなかった。
沈黙の応酬に勝ったのは、やはり年を重ねて頑固に磨きをかけたじじいだった。
「
…………
お山を、お借りします」
「へえ、どうぞ」
渋々折れた桜に、さあおあがりなさいと煎餅が差し出される。桜がのろのろと煎餅に手をつけ始めたのを見て、老人はさっさと立ち上がり、座敷の更に奥へ進むと、巫女や神職にあれこれと指示を出し、余っている巫女服を一着用意させた。
ぼひゅん、と空気の抜ける音がする。もうもうとした白煙が晴れる頃、そこには桜そっくりの、最低限の下着だけを身につけた女子高生が正座していた。
女子高生はすぐに桜が身につけていた制服に着替えると、またすぐにきちんと正座した。
桜の掌の中で、ぷるる、と呼び出し音が鳴る。
『はい、寿荘です』
「一色さん」
『おやまあ』
電話口からの驚いた声に、桜は小さく嘆息した。
『桜ちゃん。どうしたの、修学旅行中じゃなかったかい』
「トラブルだ。念の為に連絡しておく。ちょっと他のところへ行ってくる」
『ほかのところ
……
』
ぼんやりと鸚鵡返しに言って、あぁ、と我が意を得たらしい一色黎明がくすりと笑う。
『桜ちゃんの言葉選びは可愛いねえ。アタシ好きだよお、桜ちゃんのセンス』
「携帯は式紙に持たせる」
一色の会話を取り合わず、桜は淡々と連絡事項だけを告げた。一色は慣れたもので、『ハイハイ』と何事もなかったかのように受け流す。
『どうせ使えないもんねえ。気をつけて行っといで』
「行ってきます」
ぷつ、と通話を終わらせる。桜はそのまま携帯を自分そっくりの式紙に持たせ、同時に短く命じた。
「私の代わりで居ろ。あまり目立つな。激しい戦闘も避けろ」
「畏まりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
自分の姿をした式紙が、畏って床に三つ指を着き、頭を下げる。いつまで経っても見慣れるものではないなと、桜は嘆息して、踵を返した。
着替えるために与えられた部屋から、障子を開けて外に出る。辺りは夕焼け色に染まっていた。山の向こうは、既に夜の帷に覆われている。
不意に廊下の軋む音がして、桜はそちらに視線を巡らせた。現れたのは老人だった。
「山に入れてたもんは出したで」
桜はひとつ瞬くと、草鞋を履いて山に繋がる庭に立った。どたどたと、再び廊下が音を立てる。
「じいさーん、さっきの子に巫女服貸したって、何に使
……
あれ? 着たの? なんで?」
きょとん、とした青年が、次いで部屋の中で正座している、彼女そっくりの女子を目に留めた。
「
……
えっ!? あっ!? 双子!?」
すっとんきょうな声をあげた青年に、「違うわ阿呆、」と突っ込んだのは口をへの字にした老人だった。
「よう見い、人間ちゃうやろが」
「えっ!?」
青年の様子に、老人はやれやれと溜息をついた。青年の方は、未だまじまじと式紙を見つめている。老人は気を取り直して桜に向き直った。
「悪いが、人は出されへん。一人の方がまだ目立たんよって。最近、なんや変なもんが入り込んだらしゅうて、主だった連中は花開院に連れてかれてん」
「駆逐するには構わんか」
「構わん構わん、助かるわ」
「ほかげ、かがり」
何もない空間に向かって、桜が鋭く呼びかける。直後、音もなく、白い毛並みが美しい山犬と、焦げ茶の可愛らしいコヨーテがするりと顕れた。
「うげえ」青年が目をひん剥いてドン引いた。
何せその大きさ、コヨーテは大型犬以上に背が高く、山犬の方は彼女の背丈をゆうに越えていた。式紙を人外と見抜けなかった青年の目にさえ、これはひとの領域外に存在する生き物なのだとはっきりと感じられる。
「炙り出せ。先に殺す」
淡々とした桜の指示に、二匹は瞬き、頷いて、すぐに踵を返し、山へ消えて行った。
直後、入れ替わるようにして、先程とは別の異形がするりと顕れた。白銀の毛並みが美しい、狼である。
これもまた彼女の背丈をゆうに越えて、下手をすれば先ほどの山犬よりも大きいのではないだろうかと、青年は冷や汗をかいた。しかし、ちらりと見遣った先のじじいなどは「ほー」と感心する素振りばかりで、狼狽えた様子がない。青年はなんだか少しだけ居心地の悪い気分を味わった。
青年がうっかり言葉を失っているのを他所に、桜は慣れた仕草で狼に跨った。
「ほな、気いつけて」
「ありがとう」
狼が音もなく跳躍する。ひらりと駆ける白銀の姿は、あっという間もなく山あいの影に消えていった。
日が沈むことを告げる、冷たい風が肌を撫でる。
「
……
長生きしてみるもんやのお
……
」
「
……
俺ぁもう死にそうなんやけど
……
」
「なっさけないこと言いよってからに。なあ?」
同意を求められた桜の式紙は、こてん、と首を傾げるに留まった。
山は夜が早い。
山間は特に、あっという間に暗くなる。人の五感を狂わせ、惑わせ、迷わせる。最後には命を奪う、おそろしいところだ。
山とて生きている。ひとを喰らうこともあろうサ、とは、桜の住んでいるアパートの住人である、古本屋の言葉だった。筈だ。
桜は再び式紙を用意し、構えた。怜悧な術が奔る。淡い光を放ったそれは、瞬きひとつ、桜の身の丈ほどの槍に変わった。
狼が唸る。
「桜、来るぞ」
「うん」
ほむらが駆ける木々の向こう、並走するように近づいてくる影がある。その後ろをほかげが追い立てて、逃げ道をかがりが潰している。桜は並走する影を横目にすることもなく、真っ直ぐ前を見据えていた。───瞬間、ほむらが地に爪を立てて急停止した。勢いを殺さなかった桜の体が宙を舞う。
眼下に、ほむらとほかげ、かがりに取り囲まれた異形が一体。百足のような体をして、なかなかに大きい。桜に向かって大口を開け、肌をびりびり切り裂くような咆哮を轟かせる。
しかし、桜は躊躇わなかった。
まっすぐ、一閃。
雷よりも速く、桜の槍が、異形を天地に貫いた。
───ギ ィヤ ァ
……
桜の霊力に貫かれた異形が、衝撃に耐えられずに霧散する。その様子を最後まで見守って、桜はそっと一息ついた。コヨーテがとてとて側に寄って、労わるように桜の足に額を擦り付ける。
「お疲れ様です。まずはひと段落ですか」
労りの言葉をかけるほかげに、桜は眉を寄せた。
「
……
あのクソジジイ。ちょうどいいからと利用しやがって」
「桜。口が悪い」
狼の鼻が桜を真正面から小突く。
「曲がりなりにも神域だ。言葉は慎め」
「
…………
」
むす、と膨れた桜は、足元で大人しく座っていたかがりを腕に抱えると、すたすた先を行き始めた。やれやれと言わんそぶりで狼が続き、山犬が、人間の姿をしていたならば肩を竦めていただろう雰囲気でしんがりを務める。
一行は冴美を見失ったあたりに向かって歩を進めた。辺りはすっかり夜の帳に覆われて、星明かりどころか月明かりまで届かない。文字通りの一寸先は闇だ。常人ならば恐怖で足が竦むところを、桜は昼日中にいるような足取りの軽さで参道を進んだ。
「ねえ桜、こだまのお池には行かないの?」
桜の腕の中で大人しく抱えられていたかがりがどこか幼い声を上げる。桜は、うん、と頷いた。
「場所が違うわけではないから」
「そうなの?」
「場所が違えば、ここを借りる必要はなかった」
道が二股に分かれる三ツ辻を過ぎて、四ツ辻の方角へ。三徳社を背中に少し進んだところで、桜は立ち止まった。
「ここか」
「なるほど。異形の気配が消えたおかげで、わかりやすくなっていますね。これなら避けられたやもしれませんが」
狼が辺りをぐるりと見渡し、山犬が桜の立っている場所を覗き込んだ。ひくり、鼻が動く。
「しかしこの程度、赤子ですら躓かぬ。その藤井冴美とかいう童、いかに成り立てとは言えこれはいささか。もしや盲か」
「ほかげ、怒るな。やる気が削がれる」
「
……
失礼を」
山犬は一歩下がり、静かに口を噤んだ。よいしょ、と、桜の腕から、かがりが地に降りる。
桜はひとつ息を吐いて心身を整えると、一点に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。桜の指が進むごとに、空気が、否、空間が、質量を持って、とぷりと揺蕩い、歪み始める。
真っ直ぐ進めば地面に跳ね返される筈の桜の指はしかし、とうとう、その手前の空間に、ずぷん、と音を立ててのめり込んだ。桜の腕に引きずられるようにして、ぐにゃり、景色ごと、空間が歪む。
「
……
かけまくもかしこきひじりのかみ、ちまたのかみ」
その声は、まるで笙の音のように厳かに、しかし確かな圧を持って空間を揺らした。
「いまこのひととき、いなりのちにて。わがはらからのもとへみちびきたまへと」
ぐにゃり、ぐにゃり、ぐにゃり。
空間に穴が開く。桜の声に応えるようにして、穴が広がる。徐々に大きくなる穴の向こうに存在しているのは文字通りの混沌だった。天も地もすべてがそこにあり、すべての刻がここに繋がっている。
「かしこみかしこみまおす」
ぱきん、と音を立てて、穴が開き切った。大の男が悠々と進められるだけの大きさになったそれを、桜は無感動に見つめた。
「行こう」
ひとりとみっつの影が、穴を通って消えてゆく。
影を全て飲み込んだ穴は、次の瞬間、まるで初めから存在しなかったかのように、その姿を消していた。
あっちの京都も曇ってたけど、こっちの京都も曇ってるなあ。
冴美は社の軒先をお借りして座り込み、ぽけーっと現実逃避をしていた。いわゆる「おそら きれい」状態である。
稲荷大社があるのだろうからここは京都なのだろうが、全国に3万もの末社を持つのが稲荷神のすごくてやばいところである。もしかするとここが京都の稲荷大社そっくりな神社であるというだけで全く別の場所かもしれない。
これからどうしよう、どうすればいいんだろう。全くと言っていいほど何も思いつかない。
自分ではわからないことだからと、人任せにしないで自分でも勉強するべきだった。なにもできなくても心構えくらいは。保身に走って昌浩にいろいろ聞かないことを選ぶんじゃなかった。
後悔ばかりがぽこじゃか浮かび上がる。蹲って落ち込んでいる暇などないのに。
でも何も身につけようとしなかったから何もできない。分からない。あの青年は手立てがない、と言っていたけれど、本当にそうだったのだろうか。もっと冴美が食い下がって、自分にできる事を見つけられたのではなかろうか。
そうしたら、こんなことには。
「
…………
」
後悔は先に立たない。冴美は今、全身がその言葉を味わっていた。落ち込んでああすればよかったこうすればよかったとうじうじ蹲っている場合ではないのに、どうしても立ち直れない。
今にも大声で泣きだしたい気持ちで蹲っていると、不意に砂利を踏む音が冴美の耳に届いた。
顔を上げた冴美に、神職の格好をした青年達がおそるおそる、訝しみながら様子を探ってくる。
「
……
」
ひとだ、と冴美は直感した。
「あ、あの!」
「ひえ!」
神職たちが後ずさる。冴美はたじろぎそうになったが、気合でそれを押し留めた。
「え、えっと、迷って、えーと、仲間と、逸れてしまいまして! ここって、伏見稲荷大社で合ってますよね!!」
「い、いかにも、ここは稲荷社が総本山、伏見は稲荷大社だが」
「
……
!」
や、やったあ、京都だ。とにかくここは京都だった。
知らない場所だが、黄昏小路のような完全な異世界ではなさそうだ、とそれだけで、冴美はなんだかすごく救われた心地になった。
しかし、神職たちに冴美の都合を推し量る術などない。
「お主、なんだその格好は、奇怪な。まことにひとか?」
「見たところ男の子か? それにしては体が大きい
……
どうせ都の外から来たのであろうが、そのような格好、どこの国の者だ」
「
……
ん?」
思わず、冴美の体と、ぬか喜びしていた胸中が固まる。
いや、普通の、どこにでもあるような制服ですけど
……
確かにうちは個人的にスカートじゃなくてパンツスタイルを選んでますけど
……
校則で許されているので
……
と、言おうとして、冴美は、あれ、と瞬いた。改めて、まじまじと男たちの格好をよく見る。
ふたりは間違いなく、現代服を着ていなかった。
着物だ。着物を着ている。袴は脛のところで絞られている。足には草履。頭には烏帽子。
「
…………
」
最初は、神職なのだと思った。けれども現代の神職が、袴を絞ることがあるのだろうか。そして足袋としっかりした作りの草履ではなく、裸足で藁で編まれたような草履を履くのだろうか。
極めつけには烏帽子である。神職の、特に位の高い人達が何か冠のようなものをするのを、冴美は知っている。けれどもそれは、日常的なものではなく、儀式の際に用いられるものであったはずだ。
二人の烏帽子はほどほどに使い込まれ、草臥れていた。なんならへにょりと折れている。
コスプレ。真っ先に浮かんだ言葉を、この瞬間冴美が感じていることすべてが否定する。
ここは冴美の知る場所ではない。しかし、伏見稲荷山には違いない。
場所は同じ。おそらくは、黄昏小路のような異世界ではない。
けれども、違うところが、確実にある。
───もしかして。
ごくり。喉が音を立てた。
「
……
いま、の。元号って、なん、ですか」
ぽつりぽつりと、どうにか紡がれたらしい問いに、神職達は顔を見合せた。こどもなればそんなことを知らぬのは道理だが、何故、今この瞬間に、そんなことを気にするのか。
戸惑いながら、神職の内の一人が口を開く。
「
……
長保だが
……
」
「───」
音が消える。す、と体温が下がっていく。
───平成じゃ、ない。
愕然とした。血の気が引いたことさえ、分からない。
歩いたって無駄なんじゃないかという疑念が、一瞬ごとに大きくなって、留まるところを知らないようだった。
あれから、冴美は川沿いをとぼとぼ北へ向かっていた。周りには田んぼがずらっと広がっている。時折遠くに大きな建物が見えた。おそらく酒蔵だろうなと、ぼんやり思う。
伏見稲荷から鴨川までは、大した距離ではなかった。太陽を見上げて、こっちかな、と辺りをつけて進むと、すぐに大きな川に行き当たった。修学旅行のしおりについている地図と照らし合わせても、鴨川には違いなかった。
ひとまず、黄昏小路に行こう、というのが、冴美の見出した目標だった。そうしてできれば、あの青年に助けてほしい。他力本願で情けないが、今の冴美にはこの状況をどうすることもできなかった。
黄昏小路と言う場所が、実際どこにあるのか、冴美は知らない。けれども一度は冴美を助けてくれた青年は、何かあれば晴明神社に来い、と言っていた。晴明神社のある場所は覚えている。堀川通と一条通の交差点から少しだけ堀川通に寄った場所だ。
一番の懸念は、果たして晴明神社がいつから存在しているのかということだった。おそらくは安倍晴明没後であろうが、長保の時代に件の第陰陽師が没して、しかも神社まで建てられたのかどうか、冴美はまったくもって知らなかった。
加えて、晴明神社の見た目が、現代で冴美が目の当たりにした見た目と同じだとは限らない。
「
……
だめだめ、とにかく、やれるだけのことはやらねえと」
不安要素はこれでもかとぽこじゃか湧いてくる。挙げだしたらキリがない。冴美はむん、と気合を入れて大股で進んだ。幸い、京都の街の構造は、千年経っても然程変わっていない。鴨川沿いに進めば、ひとまず、迷うことはないだろう。
時折川沿いの土手に座って休憩しながら、冴美は諦めずに歩き続けた。伏見から晴明神社まで歩こうと思うと少なく見積もっても二時間半かかるが、冴美はそのことを知らなかった。また、伏見からは洛内の五条通に繋がる伏見口まで街道が敷かれており、橋もかかっていたが、それも知らなかった。
冴美が知っていたのは、三条大橋と、四条大橋だけだ。そこで、冴美はこう考えた。
先程の神職の素振りからして、冴美の格好はかなり奇異な目で見られる。加えてこの背丈で、体の線からしても女だというのが分かるのに、ショートヘアで、しかもこの時代には無い眼鏡をつけているともなれば、怪しさ満点。この時代における警察組織的なものを呼ばれてしまっては、冴美にとってはどうすることもできない。
できるだけ人目につかないようにして、人通りの少ない橋を使って川を渡って洛内に入り、晴明神社のある堀川通と一条通を目指す。
「
……
こうして歩いてる間に、現代に帰れたらいいのにな
……
」
ぽつりと呟いてみても、何も変わらない。
唇を引き結ぶ。ぎゅ、と拳を握り締めた。掌に爪が喰いこんで痛かったが、そんなことはどうでもよかった。
ただ、帰りたい。けれど、帰れない。
何もできないで、必死に歩くだけの自分が、ひどく惨めだった。
あの青年に手を引かれるがままだっとは言え、黄昏小路から現代まで帰ってこられたのだ。冴美が何かを超えて、通り過ぎる感覚さえ掴むことができれば、元の時代に帰れる可能性は、きっとあるのに。
先程からつよく黄昏小路や現代の風景を思い浮かべても、どうも上手くいかない。都合のいいように働かないのがこの力の嫌なところでもあった。
いらいらする。嫌になる。帰れなくなったらどうしよう、足が棒になってきた、地面を蹴るのが辛い。なんだかもう泣きたくなる。
それでも、今の冴美には、前を向いて歩くことしかできない。
どれくらい歩いたかもわからなくなってきたとき、ふと顔を上げると、山向こうに、太陽が沈もうとしていた。辺りが少しずつ暗くなっていく。
───だったらあっちが西で、今進んでいる方が北。少なくとも、方向は間違っていない。
冴美は、意識して肩の力を抜いた。
人通りが多かったのと、橋を渡った先が賑わっていたので、冴美は大橋をいくつか見送った。人目に着くのを避けるためだ。川を渡る算段については心配はしていなかった。四条を越える辺りから、かなり北の方にも橋があることが見て取れたからだ。
さらに、日が暮れ始めているので、ほとんどの人が家屋に入って行く。次の橋は問題なく渡れそうで、冴美はホッと息を吐いた。橋があるとはいえ、まだ暗闇の薄い内に川を渡っておきたかった。
鴨川が二股に分かれる手前にある橋───現代で言う加茂大橋───を渡り、洛内に入る。日はもうほとんど沈んでいた。冴美はもう一度地図を取り出して、携帯の灯りで現在位置を確かめた。当たり前だが街灯がないので、気を抜けば次の瞬間には一寸先に闇が広がっている。
「川が二股に分かれるところにある橋の通りは
……
あっ、今出川通
……
!」
あの晴明神社の近くに会った通りである。確か、黄昏小路から戻って来た時に出た場所だ、と冴美は気を引き締めた。
あの日、今出川通から晴明神社まで、確か南に進んだはずだ。ということは、ここからまっすぐ堀川通を目指して、一条通に向かって左に折れ曲がれば良い。
あともう少しだ、と冴美は地図をしまって、携帯の光を消した。空の東の方では星々が輝いていた。こんなにもはっきり星が見えるのを、冴美は祖父母の家がある田舎でしか知らなかった。
あまりにも携帯の白い光があると、逆に暗闇が深まるのを、冴美は祖父母に教えられて知っていた。少しずつ夜闇に眼を慣らし、暗闇でも動けるようにする方がいい。冴美は逸る心を押さえつけて、歩幅を小さくして進んだ。
この時の冴美には考えが及ばなかったが、京都は何度も戦火に見舞われており、その度に復興を繰り返してきた。当然、主要な街道の整備も繰り返し行われている。このため、平安の時代に使用されていた主要な道、通りは、現在の通りと照らし合わせた場合、平安と現代では認識に齟齬が生まれる。
冴美がここはおそらく堀川通だろうと踏んだのは、現代で言うところの大宮通であった。堀川通よりもさらに西にある通りである。晴明神社へ行くためには大宮通の少し手前で左に曲がらなければならなかったが、残念ながら、そのための通りは存在しなかった───少なくとも、冴美には気が付くことができなかった。
ようやっと、冴美がそれらしい四辻に辿り着いたとき、空には満天の星がひしめいていた。日はすっかり沈み、夜闇に慣れてきた冴美の目でも、薄らぼんやりとしか周囲を認識できない。
なんとなく、視線を巡らせる。右手の北の方には山の稜線が見えた。山の形に夜空が切り取られていて、星々が稜線を描いていた。
左手の南の方には邸宅があるはず、とこれから進む方へと顔を向け、冴美は思わず四辻を振り返った。
反射的に、動いてしまった。
影があった。
次に冴美が認識したのは炎だった。ばちばちと爆ぜて、雷のようでもあった。
炎雷に囲まれた黒々とした闇の中に、二つの青い光が浮かんでいる。
目だ、と直感的に思った。
ひとの形をした、ものの、影。
そこにいなかったはずのものが、夜闇に浮かび上がっている、異質。
瞬間、冴美は駆けだしていた。疲労でまろぶ足をなんとか前に押し出していた。恐怖が後からやってくる。走って、息が乱れて、体温が上がっている筈なのに、体の中心がぞくりと怖気に震えていた。
───やばいやばいやばいなんだあれやばい
がしゃりと、重い金属同士を擦らせた音がした。
───人間じゃねえ、絶対、やばい、なにこれ、
夢であれ、と、初めて強く思った。
なんだかんだ受け入れていた現実すべて、夢であってくれよ、頼むからと、泣いて絶叫したかった。
ゾ、と全身が総毛立つ。
視界が、暗くなった。一歩でも遠くに行かなければならない、と頭では分かっているのに、体は言うことを聞かない。必死に動いてくれている手足が重い。煩わしくてしょうがない。呼吸は引き攣って、みっともない。情けないのと、恐怖で視界がぼやける。泣いてる場合じゃ───
───反射的に、顧みる。
冴美の視界に入ったのは、鎧だった。武将が纏うような鎧を着た何かが、もう、目の前にまで迫っている。
青い光が、冷たく冴美を射抜いていた。
「あ───」
視界の半分が、白刃で覆われた。
「あぶない!!!」
───ばきん、
「うぁあっ、!?」
何かに弾かれて、冴美はもんどりうって転がった。
「!?」
斬られた痛みはなかった。冴美は確かに、何かに突き飛ばされたようだった。けれども冴美と武将の間には何も、誰もいない。呻いている化物が持っている刀には、ほんの少し罅が入っているようだった。
化物の視線が、刀に逸れた。
「!!」
手と足、ある。
もつれながら、それでも冴美は立ち上がった。
逃げなければ死ぬと、全身全霊で理解していた。足が竦む。息が上手くできない。それでもなんとか化物に背を向けて、
───走り出せたと、思った。
ざん、と空気を切る音が聞こえた、と冴美が理解した時には、足に力が入らなくなっていた。
背に衝撃が走る。息が強制的に絶たれ、再び転ぶ。転んだ、という事実だけが後から認識できた。
だら、と何かが肌を伝った。背が熱い。じんじんと痺れて、痛いのかどうかさえ、わからない。息が上手くできなくて、苦しくて、
うごきたくても、うごけない。
うごけ、うごけと、念じる声が遠くなる。気付けば体の芯が冷えていて、うごかない。
視界が回る。
ぐにゃり、気道もねじ曲げられたような気がして、吐き気が込み上げる。
意思でどうにもならない。からだがどんどん冷えていく。節々が固まって、力が入らない。
瞼だけでも開けようとして、視界が昼間のように明るく照らされ、───それを燃え盛る赤い炎だと思ったのが、冴美の最後の意識だった。
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