【少陰】畢生道中膝栗毛

2023/04/10 タイトル変更、編集
2023/02/26 追記
2023/02/03 投稿

※少年陰陽師二次創作(後々大量クロスオーバー予定) 
※オリキャラが主人公です 
※現代のじい様神社に祀られているじい様と現代で少年陰陽師やってる昌浩がちょっと出ます
※キャラ崩壊しとるかも 
※続く予定







 少しだけざわついた車内。角の取れた四角い窓の外を、風景が流れていく。品川辺りまではガラス張りのビルばかりだったのが、静岡を過ぎて名古屋に差し掛かる頃には住宅地が多くなって、山や田んぼの緑が徐々に増えて行った。
 新幹線のぞみ号、博多行きの車窓からの景色だ。
 多くの車両のうちいくつかは清涼学園の生徒たちだけで占領されていた。
 修学旅行である。
 車内は生徒でいっぱいだ。早速持ち込んだ菓子を広げている生徒もいれば、席を回転させて向き合い、カードゲームに興じるグループもあった。
「で、安倍くん? だっけ」
「ん?」
 冴美がライトノベルから顔を上げる。先程まで冴美と同じように最近発売されたばかりの文庫本を読んでいた詩織が、少しだけ口をへの字にして冴美の方を見ていた。文庫本は窓際の狭いスペースに横になっていた。
「『ん?』じゃないよ。あれからどうなの、どっか行っちゃうのは。なんとかなった?」
「いや、まだ原因調査中……っと、そうだ」
 冴美は足元に追いていたリュックサックから、手のひらサイズの紙袋を取り出した。そのまま、はい、と詩織に渡す。
「なあにこれ」
「昌浩がくれたんだよ。あんまり何もできなかったから、せめて旅のお守りだって」
 袋の中には少しだけ手作り感のあるお守りが収められていた。厄除け、と刺繍されている。冴美は制服の下から、ネックレスのようにして首にぶら下げていた色違いのお守りを取り出した。おお、と詩織が試す眇めつ、お守りを見聞する。
「うちとよく一緒にいるひとのぶんも、って詩織のも作ってくれたから」
「へーっ、やっさしーんだねえ」
「いい子たちでさぁ」制服の下にお守りをしまいながら、冴美はしみじみ言った。
「おみやげ買ってくるなって言ったら、家の都合で京都にはよく行くから大丈夫ですって遠慮されちまったんだよな。親戚いるらしくて」
「それじゃあ要らないねえ」
「というわけでご当地調味料とかおみやげにしようと思うんだけど」
「要らないって言われてるのに持ってくのもどうかと……まっ、こういうのは気持ちだからいっか。ありがとね、私からも今度お礼しなきゃなあ」
 これまでの話や調査結果によると、安倍家に所蔵されている古い文献に、冴美の能力と似たようなものを行使していた人物が存在していた事が判明した。隔世遺伝の可能性もあるため、血筋が分かるようなものは無いかと昌浩たちに訊ねられた折、冴美は両親の実家を思い出した。県外にある祖父母の家は田舎にあり、田んぼによって区切られた道を何度か曲がったところにある、割と大きな木造平屋の一軒家である。立派な蔵もある。某歴史家によればお宝資料が眠っている可能性が高い立地条件にどんぴしゃ当て嵌まるのだ。

 うーん、可能性、あるかも。

 しかし祖父母宅は県外にあるため、また日を改めて昌浩たちと出向くことになったのだった。同時に、修学旅行が始まるまでに冴美の体質をなんとかできないことになってしまったため、うーん、と一頻り唸った昌浩が用意したのがお守りだった。

 ───えーと……藤井先輩の身を守ってくれるものです。そこまで無敵なわけではないので過信はしないでほしいんですが……

 ───これがあるから大丈夫ってわけではないってことだろ。なんかあったときの三枚のお札的なやつ?

 ───それよりは身代わりに近いかな……

 ───あぁ、たまに川に流したりしてるやつとかか。そういえば確かに、大切にしていたものが代わりに壊れてくれた、みたいな話よくあるもんな

 ───理解が早くてすごく助かります

 昌浩が用意したのは、うっかり『飛んでしまった』先で、何か危ないことに巻き込まれないようにという、せめてもの配慮だった。今までがラッキーだっただけで、これからは十二分に何かに巻き込まれる───黄昏小路のようなところに行ってしまう───ことも考えられる。冴美は素直に、気の回る後輩を拝み倒した。

 ───ちなみになんですけど、夜って、どこか行かれる予定とかありますか

 ───夜? いいや、特にないよ。ライトアップがあるからそれに行きたいってクラスメイトは駄々こねてたけど、うちは興味ないし……どうかした?

 昌浩は、いえ、と口ごもって、言おうかどうか迷っている風情だった。言葉を探しあぐねている、とも言う。

 ───京都にいる親戚から、最近夜は物騒だから、気をつけろって……

 ───あ、そういやこの間もバイクかなんかと無灯火の自転車が事故ってたな。京都って暗い路地多そうだし、気をつけるよ。……特に夕方とか……またあそこに行っちゃうかもわかんないし……

 冴美としては一度行ったことがある分、場所を強く思い浮かべやすいため、そちらの方へ行ってしまう可能性の方が高いまである。

 ───そうですね。よく自転車がかっ飛ばしてるので、気をつけてください。

 ───うん、横道いっぱいに広がらないようにするな


 防犯の心配までしてくれるとは、本当によくできた後輩である。冴美はお守りがあるという安心感にリラックスしながら新幹線での時間を過ごし、二度目の京都に到着した。
 新幹線の発車時間を遅らせる訳にもいかないので、皆でめいめい荷物を持ちあって、急いでホームへ移動する。広いホームで列を作り、教師の号令を待って、……あれ、と冴美は周囲を見回した。
 団体と離れないようにしながら、見覚えがあるはずのホームを見渡す。変わったところはない。ない、はずだ。

 それでも、まだ二度しか訪れていないという事実が理由にならないほどの、違和感がある。

 ホームを出て、スターバックスや土産物屋を横目に歩く。改札を出て、そのままマクドナルドの前で折れ曲がって階段を降りて地下鉄に移動し、ホテルの最寄り駅まで移動する。
 その間、冴美の肌はなんだかずっとザワザワしていた。
 季節は晩夏をすぎた初秋。しかし京都は盆地故にまだまだ暖かい。長袖一枚でじゅうぶんな気候だし、冴美はどちらかと言えば寒さに強い。
 冷房が効きすぎているというわけでもないし、地下鉄独特の強風が常に吹いているわけではない。

 ───やっぱり、前となんか違う気がする

 あれ、なんだかおかしいぞ、と冴美はちょっとだけ胸を詰まらせた。意識して、深呼吸を繰り返す。
 なんの根拠もないが、以前来た時とは街の雰囲気が違う。空はどんよりとした曇り空で、それは気象予報通りだが、空気そのものが重怠い。
 冴美は、ぎゅ、と斜めにかけたカバンの紐を握り締めた。……得体の知れない不安に襲われているのは、おそらく冴美だけだ。クラスの皆や同じ班のメンバー達は初めての土地、しかも京都にテンションを上げている。楽しそうなクラスメイト達に水を差すようなことはしたくなかったし、なにより。
 これ以上、奇異な目で見られることは、冴美にとって想像すらしたくないことだった。

 ホテルの部屋に荷物を放り込んだら、班行動が始まる。冴美達の班は一路南へ向かった。目的地は、全国に三万もの末社を持つ、伏見稲荷大社の総本山である。伏見稲荷山の踏破には時間がかかるし相当の体力も必要だが、頂上まで登らずとも見晴らしのいい場所があるそうで、そこまで進むことになっていた。その後は東寺へ行き、指定の時刻までにホテルに戻って、夕飯を頂くことになっている。
 移動の最中、冴美は昌浩に連絡を取る事にした。不可思議な現象に関しては素人なので冴美が何か勘違いしているかもしれないが、素人なればこそ、冴美が勘違いしているのかしていないのか、判断はプロに委ねたかった。
『京都に無事に着きました。でもなんかすごい変な感じがする。前はそんなことなかったのに、今はお化け屋敷にいる気分なんだよな。寒気みたいなのもするし。気のせいだといいんだけど』
 伏見稲荷大社に行くための奈良線に乗る前に送ったメールへの返事は、電車を降りる頃に受け取ることができた。
『気分が悪くなったら祝詞を唱えるといいですよ。短いのを繰り返すのがおすすめです。読めないのがあったら教えてください』
 数行空けて、ずらっと祝詞が並べられている。どれも短くて、覚えやすい。古文が得意と自負する冴美に読めない漢字もなかった。
 ケアの手厚いこと。なんていい子なんだと冴美は拝んだ。心の中で。しかも祝詞は怪しい呪文などではない。冴美でも知っている、日本古来の神様に奏上するための、穢れのない、綺麗な言葉達だ。元々あった昌浩への信頼が爆上がりした。疑っていた訳ではないが、彼らは絶対に変な壺やら何やらを売りつけてはこないと冴美は確信した。
 昌浩にお礼のメールを返信し終える頃、冴美は伏見稲荷の鳥居の前に到着していた。

 伏見稲荷大社は流石とも言うべきか、多くの観光客で賑わっていた。祭りが行なわれているわけでもないのに、ポツポツと屋台が点在し、空腹を刺激する匂いを漂わせている。
「昼飯、登ったところのカフェ? みたいなところで食べようって言ってたけど、ここでもいいかもな」
「そうだな。どうしても登った先で食べたいやつがいなければだが……
 班長の坊城敏次がメンバーをぐるりと見渡す。めいめい特に反対は無いと示し、まずは本殿へ。お参りを済ませ、いよいよ特に観光客で賑わっている千本鳥居の入り口へ到着した。
 写真などで有名な千本鳥居は、案外短い。参拝客はのろのろと進み、時折写真撮影をしている客の横をすり抜けたり自分達も写真を撮ったりしながら、奥社へ到着した。
「あ、おもかる石だ」
「あぁ、なんだっけ、願いが叶うかどうかってやつだっけ」
「冴美、お願いする?」
 冴美は「いや、いいや」と苦笑した。
「いま、昌浩たちに頼んでるところだしな。それでもだめなら、改めて神頼みしに来るよ」
「そっか」
 おーい、と敏次が向こうで呼んでいる。はぐれそうになっていたふたりは、慌てて人混みを抜けて大きな鳥居の前に立った。
「こっちから、さらに奥に進めるらしい」
……いきなりあからさまに人の気配が減って、山って感じだな……
 有名な二列の千本鳥居は、奥社へ向かう道と、奥社から本殿へ戻る道の二種類に使い分けられている。つまりは一方通行だ。大半の観光客は、奥社に参拝した後、めいめい鳥居を潜って本殿の方へ戻っていく。
 冴美たちは大勢の観光客を背後に、山道へと一歩足を踏み入れた。緩やかな上り坂を、淡々と進んでいく。
「すげえな、ずっと鳥居が続いてる」
「実際には何本あるんだろうな……
「さあな」
 先ほどまでの、千本鳥居を見に来たのか、人の頭の行列を見に来たのか分からない状況とはまったくもって別世界だった。辺りは山の静けさに支配され、少しだけ古びた、けれどもそれ故に重厚感のある朱塗りの鳥居がずっと続いている。
 かなりの距離を歩いて、一同はようやく初めての分かれ道に差し掛かった。立て看板に、稲荷山全体のマップと、現在地が示されている。
「げえ、」
「こんだけ歩いたのに、こんなちょっとしか進んでないの!?」
 地図の中で、冴美たちは全体の三分の一も進んでいなかった。
 絶叫した詩織はしおしおと項垂れている。彼女はこの班の中で一番体力がなかった。
「思ったより四つ辻が遠いな……
「少し急ぐか?」
「そうだな」悲しいかな、学生達には制限時間がある。「向井、無理そうならすぐに行ってくれ」
「がんばります」
 敏次の指示に、詩織はむつかしい顔をした。
「で、どっちから進む?」
「なるべく距離が短い方だな……熊鷹社を通って行こう」
 了解、とそれぞれ答え、一同は再び登山を開始した。
「そういや、さっき新池って書かれてたやつ、こだまの池かな」
「あぁ、確かそうだったと思う」
 話を切り出したのは橘という生徒だった。敏次が頷くと、「すげえ心霊スポットなんだってな」と楽しそうな橘声が続く。
「元々そういう話もたくさんあるんだろ? 神隠しとか」
「山だから、よく遭難者が出たんだろう。今みたいに道も整備されてないだろうし、鳥居から外れる人もいただろうし」
「えぇー? そんなつまんねえこと言うなよ、坊城」
「山は迷ったら抜け出せん。今でも迷子がよく出ると聞く。逸れるなよ」
 へーい、と橘が気のない返事をする。それ以降、熊鷹社につくまで、班員達に会話らしい会話はなかった。
 熊鷹社では、蝋燭を買って参拝を済ませた後、谺ヶ池へ進んだ。谺ヶ池からは、稲荷山ならではの塚群へ進むことができる。たくさんの塚の前に、小さな鳥居がいくつも置かれているが、高低差が激しいため、班員の体力と時間を考慮して、すぐに三つ辻へ進むことになった。
 三つ辻への参道へ戻る途中、冴美の視界に、ふと小さな祠が映り込んだ。近くの由緒書には、難切り不動尊、と記されている。
「藤井、もう行くぞ」
「あ、うん!」
 冴美は慌てて不動尊に背を向けた。ちょっとだけお参りしたかったが、班のメンバーを待たせるわけにはいかない。時間も押している。
 いくつもの鳥居が連なる山道は傾斜が激しく、石造りの階段はどれも段差が高かった。詩織は早々に遅れ始めたし、冴美はそんな詩織と、先を進む敏次たちとの間を繋いでいた。
「ねえ、まだつかないのぉ?」
「もう少しだ、頑張れ」
「文化部には辛い……ッ!! 冴美はなんでそんな平気なわけ!?」
「毎日家から駅までダッシュしてるからな」
「そういやあんた持久走得意だったね……
 坂と坂の間で立ち止まり、ぜえはあ、と呼吸を整えていた詩織がふと瞬く。ひいふう、と自分の前にいる人数を数えた彼女は、あれ、と後ろを振り返った。
「あ、片岡さーん! 大丈夫ー?」
 階段の下の方で、どこかをじっと見つめていたすらりとした痩躯が、こちらを振り仰ぐ。
 片岡桜。冴美のクラスメイトで、今回の班のメンバーのひとりだが、クラス内では孤立している。発言はゼロに近く、教師に促されて少し喋る程度。誰かと一緒にいるところも、冴美は見たことがない。文字通りの一匹狼だ。大抵本を読んでいるか、寝ているか、席に座ってぼーっとしてる。
 友人らしい友人もいなさそうで、今回たまたま男女で偶数になってしまった冴美の班に、他のグループから半ば押し付けられてしまったのだった。自分から喋らないので、冴美も詩織も、話しかけるタイミングを探しあぐねていた。
 詩織に声をかけられた桜は、特に何も言わず、身軽に班へ追いついた。まだまだ体力が残っていそうな橘や敏次達と比べても、ずっと身軽に動いている。疲労など、どこ吹く風といった様子だ。
「うわ、すごい余裕そうだね……
「行くぞー。のんびりしてたらほんとに東寺行く時間なくなっちまうから」
「早く着いてよおー」
「がんばれ、向井」
 暗い森を、数人で進む。太い鳥居の柱の影に、みんなの姿が見え隠れするようになって、冴美は自分達が結構かなり遅れ始めていることに気付いた。
 まってよお、と詩織の声が後ろから響く。予想よりかなり声が遠かったので、冴美は少しだけ心配になった。急がなければいけないのは事実だが、無理を強いるわけにはいかない。
「詩織、水分補給だけでもしっかり」
 心配で、少し立ち止まり、振り向いたその先に。
「しておけ………………
 千本鳥居が、ずらりと並ぶ。
…………詩織……?」
 返事が、ない。
 ざ、と木擦れが響く。ひやり、冷たい風が肌を撫でて、肌がぞわりと震えた。
……詩織、いねえの?」
 気配も、無い。
 ごくりと、喉が鳴る。唾を飲み下した傍から、口の中がカラカラに乾いていく。呼吸が乱れているせいだ。冴美は必死に息を整え、そして、───知った感覚に、は、と目を丸くした。
 この、感覚。知っている。何かが、いや、冴美が、何かを通り越えた感覚。
 無意識に服の上から握り締めていたお守りが、掌に食い込んだ。
……詩織……?」
 震える声がかき消される。ざわざわと、周りの音がやかましい。力の上手く入らない震える足で、冴美は数歩進んだ。……行けども行けども、鳥居がずらりと並んでいるだけで、誰もいない。
 逸る心を抑えながら、ほとんど走って、来た道を戻る。誰もいない。
「詩織、……橘ー? ……坊城ー! おーい!」
 やけくそで張り上げた声は、やっぱり震えていた。喉どころか内臓まで震えている気がする。気持ち悪い。
……片岡ぁー……

 ───しん、と辺りが静まり返った。

…………
 心臓が耳元にあるかのようだった。どくどくとうるさくて、熱い。なのに、背筋はひやりとして、冴美がどう頑張って堪えようとしても肌が粟立つのを抑えられなかった。祝詞を唱えようにも頭は真っ白で、何も思い浮かばない。掌に握り込んだお守りの感触も遠い。
 冴美は、おそるおそる携帯を開いた。明るい画面の端には、圏外と表示されている。
 この、感覚。覚えがある。
 何かを跨いだ、あるいは、通り過ぎた。自分の中を、何かがすり抜けた───否。
 冴美が、何かをすり抜けた。その先に広がる、別の世界。
 ここが黄昏小路であれば、どんなに良かったか。冴美の生まれて、育った場所ではないが知らない場所ではない。
 しかし、今、冴美が立っているのは、冴美が生まれ育った場所でも、黄昏小路でもない場所だ。言葉では説明しにくいが、本能とも言うべき場所で、冴美は確信していた。
 ここは、稲荷山に酷似した、どこか、別の場所だ。
…………
 登るか、降りるか。
 迷って、冴美は降りることにした。
 登っている間に迷い込んでしまったのならば、逆を行けば戻ってくることができるのではないかと考えたからだった。鳥居から外れないように、慎重に進む。鳥居を潜り抜けた先に、先程目にした伏見稲荷の本殿や、境内を思い浮かべながら、ゆっくりと。
 しかし、濁流のようにひとつの流れを作っていた観光客はぱたりと途絶え、そこにあったはずの由緒書きも消えていた。心なしか、建物に使われている木材も、少し質が変わったように思える。
 境内に到着しても、観光客をターゲットにした屋台などは綺麗さっぱり消えていた。冴美たちがが山に登り始めてから、一時間かそこらしか経っていない筈なのに、こんなのは有り得ない、……はずだ。
「ここ、……どこだ……?」
 広い境内で、冴美はひとり、ぽつねんとそこにいた。
 本殿などの主要な構造物は似通っている。確かにここは伏見稲荷大社だと言える。かもしれない。
 けれども、冴美の知っている伏見では、ない。
 稲荷大社の大鳥居の周りには住宅地が広がり、道路を挟んだすぐそこに駅があって、細々とした土産物屋などが軒を連ねていたはずだが、それもない。

 ───どこだ、ここ。

 冴美は、もう、ほとんど泣き出しそうだった。