桜霞
2022-10-01 17:52:22
16673文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

紅粉青蛾

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/10/31にpixivに投稿したものの再掲です。







 ナイトレイブンカレッジハロウィンウィーク、五日目

 般若の面を顔の正面に、リンはオンボロ寮の玄関を塞ぐ形で置かれたベンチに泰然と腰かけていた。
 ユウとグリムは少しその辺を歩いてくると言って、寮を離れている。今はリン一人故に、常に彼女を覆っている気安さや、どこか頼りがいのある姉御肌的空気はどこぞへ霧散していた。
 オンボロ寮の外観も相まって、般若の面だけが浮いているように鮮々しい。目元で悲しみを、口元で怒りを表現しているその面は、静かな厳かさを漂わせるには十分だった。
 何か口にして音を出しているわけではない。空恐ろしい動きをしているわけでもない。
 ただ、そこに在るだけ。
 般若は、その存在のみで、場のすべてを圧倒し、制圧していた。

 少し離れた場所からオンボロ寮の方を見やったディアソムニア寮の生徒は、言いようの無い漠然としたもどかしさに眉を顰め、口をもにょりと歪ませた。
 ただそこにあるだけだ。実害はない。
 確かに仮面の表情は恐ろしいが、そういう造形をしているというだけだ。
 ただ、ああいう造形の仮面は、はっきり言って見慣れない。
 未知への恐怖と、我知らず感じる畏怖に、どうも据わりが悪くなる。中身は事務員という話だが、さて。

 ───いや、今は仕事に集中しよう。

 オンボロ寮のゴーストを目当てに来る客が多い中、ディアソムニア寮の生徒達は「そんなものこの辺りには一切おりませんけども?」という体を言外に態度で示すことでなんとか大勢の客を捌いていた。
 ゴーストを話題にしている客からは、そっと顔を背けてさりげなく距離を取る。何か聞きたそうにしていても、気付かないフリ、他の仕事で忙しいフリで切り抜ける。寮の方を見て不思議そうにしている客に対しても同様だ。寮内の敷地を借りているのだから、これ以上オンボロ寮に迷惑をかけるわけにはいかないというマレウスの指示の元、寮生皆で頭を捻っていたところ、話を聞いたユウがリンにアドバイスを求める形で提案した方法は、中々に効果を発揮していた。

 ───それだと、寮の外観やベンチの前に座っている事務員さんを無断で撮る輩が出てくるかと思うが
 ───あ、それに関しては、気にしなくてもいいって仰ってました
 ───顔が映らなきゃいいみたいなこと言ってたゾ
 ───あと、そういう奴こそグリムとかゴースト狙いかもしれないから気を付けろって……
 ───……なるほど

 一理ある、と皆して頷いたのが数時間前。既に開園時間を迎えており、学園内に客の姿はちらほら見えていたが、正門から距離のあるディアソムニア寮の展示の前には関係者しかいなかった。
 それがあっという間に長蛇の列で、オンボロ寮の前庭は大勢の人間で賑やかにごった返していた。龍のオブジェクトに感心し、ふわふわ浮かぶ提灯に歓声を上げる子供もいれば、オンボロ寮の方へ進もうとして、般若の眼光に足を止め、戸惑いながら戻ってくる者もいる。
 大抵、般若の顔がはっきりしているところで、客はたたらを踏むようにして足を止める。瞬いて、困ったように顔を見合わせ、仮装している生徒を探し、あれはなんだと訊ねようとするが、一様に皆が顔を背けたり、忙しそうに足を動かしているので、話しかけようにも捕まらない。
 未知のモノを遠ざけたがるのが凡そヒトの性分である。
 客の大半は踵を返して般若に背を向けた。近付こうとする者もいたが、般若の醸し出す異様な雰囲気に気圧された仲間に袖を引かれ、渋々後退する者もいた。或いは───、
……あれも展示品? なのかな?」
 生者と人形の区別もつかないような輩が、無遠慮にカメラを向けて、ぱちりと写真を撮って行った。
 他の誰かがやっているなら自分も、とスマホを掲げる客は少なくなかった。けれどもその多くが眉を顰め、なんだかなあと首を傾げながらスマホを、セルフィーを、躊躇いがちに降ろす。
 おどろおどろしい寮の外観に、般若の東洋的彫刻が上手くかみ合わないのに加えて、リンはスタッフジャンパーにスラックスという出で立ちだったので、全体的な雰囲気を壊す、というのもあるが。
 何より一番、撮影者の手を強張らせたのは、

 ───、うわ、

 ───目、が。

 こちらを射抜く、おどろおどろしい般若の双眸だった。
………………
 スマホを構えたとある客は、知らず、生唾をごくりと呑み込んだ。
 写真を撮って上げようとしたが画面の中から、鬼の目がこちらをひたりと見つめている。微動だにしないその様子に、なんだか据わりが悪くなる。カメラを降ろして目を逸らしたいのに、腕が強張って、上手く動かない。
 撮ってもいい、はずだ。写真撮影禁止の看板は出ていないし、あれも展示の一つかもしれない。自分は間違ったことを、咎められることをしていない、

 ───……していない、はずなのに……

 どうしてだか、シャッターを切れない。赤くて丸い部分を押せない。スマホカメラのレンズ越しに、得体の知れないバケモノと目を合わせている。
「っ……!」
 客は、勢いよく腕を振り下ろした。ハッ、と息が吐き出される。特に激しい動きをしたわけでもないのに、胸が、肩が、これでもかと上下する。強張る指を動かしてスマホの画面を暗くして、一度長く息を吐いた後、客はそうっと顔を上げた。
「───!」

 鬼が、立ち上がって、いる。

「っ、」
 咄嗟に、カメラを構えて画面を覗き見る。
 先程までは座っていたはずなのに、───滑稽なことに、般若は写真の中だけに納まる存在ではないのに───客はどうしてか慌てふためいて、何度もスマホの画面と、その向こうにいるバケモノを交互に見遣った。
 ばっと音を立てて、何度も腕が上下する。

 ───だってさっきまではそこに、さっきまではもっと、

 遠くに、

 ……という言葉が形になったのは、客が脱兎の如く踵を返してその場を駆け足で後にしてからだった。
 心臓がけたたましく音を立てている。四肢に変な力が入っているようで、早足で進んでいるのにどうにも遅々としか進んでいないように感じる。
 とある客は、必死に人垣を掻き分けて進み、どうにかこうにか学園から飛び出して、島の中心街にあるカフェに入って頼んだコーヒーをひとくち含み、ようやく落ち着いたのだった。


 扨。


 マジカメモンスターになりそうだった客をひとり追い払ったリンはと言えば。

「うぅ~ん……、」

 ───座りっぱなしは腰に来るなぁ

 ベンチから離れない程度にその辺をちょっと歩きながら、ぐぅ、と、これまたてきとうに体に力を入れ、脱力する、というのを繰り返していた。

 その様子を遠くから見ていたディアソムニア寮の生徒は、「こいつ、客なんぞ眼中にねえな……」とどこか遠い目になったとかならなかったとか。